村、飛んでくる
そのエルフが案内したのは体育館だった。そしてエルフが体育館の扉を開けると、そこには別世界が広がっていた。
「おお」
「うわあ……」
扉の向こうには村があった。体育館の中に、エルフの村が丸ごと一個収まっていたのだ。
「なんだこれ? え、なんだこれ?」
「まさか村一つ飛んでくるとは。さすがに予想外ですね」
高雄が目を丸くし、アイビーが感心したように呟く。
「いくらなんでもこの体育館、こんなに広くないですよ。どうなってるんだ?」
「おそらくは、村のサイズに合わせて体育館の中が拡張されたのでしょう。外見はそのまま、内側だけが広くなったのです」
「そんなのありなんですか?」
「魔法に不可能はありませんよ」
その後も高雄とアイビーが言葉を交わし、メイドの意見を聞いた高雄は目を点にした。一方でそんな二人の前に立つコロヌスはさして動揺することもなく、横にいる案内役のエルフに声をかけた。
「ここは、君の村か?」
「は、はい。私の村です」
「村ごと襲われたというのか?」
「はい。私達の村にいきなり山賊まがいの連中がやってきて、私達を一方的に追い立てて、全員捕まえていったんです」
「売り物にするためか」
コロヌスの問いかけにエルフが頷く。コロヌスは一つ頷き、再びエルフに問いかける。
「それで、君たちをここに連れてきた奴は今どこにいるんだ? それとも奴らに脅されて、自分達で転移魔法を使ったのか?」
「いえ、私達は魔法は使えません。山賊と一緒にやってきた魔法使いが、ここで魔法を使おうとしたんです」
「彼でしょうね」
不意にアイビーが言い放つ。コロヌスが前へ向き直ると同時にアイビーが村の一点を指さす。その指された方へコロヌスが視線を移すと、そこには民家の一つからよろよろと出てきたばかりの一人の男がいた。
その男は紺色のローブを纏い、分厚い本を大事そうに小脇に抱えていた。見るからに魔術師のような外見をした男であった。
「くそっ、こんなはずじゃ無かったのに……」
男は恨めしい視線を浮かべながら、ぶつぶつと呪詛めいた言葉を吐き散らしていた。そして男はすぐにコロヌス達の存在に気づき、その恨み辛みのこもった目線をまっすぐ彼女達に向けてきた。
「おい! 何を見ている! どこの誰だか知らんが、こっちは見せ物じゃないんだぞ!」
「……と、申しておりますが」
そんな罵詈雑言に対して、アイビーがどこ吹く風と言わんばかりに澄まし顔を浮かべてコロヌスに問いかける。一方のコロヌスは大きく肩を回しながら、男をじっと見据えつつそれに答えた。
「決まっているだろう。ここまで来て、やることは一つだ」
「コロヌス様直々にですか? なんなら私が」
「いや、たまには私がやる。腕が鈍らんように、しっかりトレーニングもこなさなくてはな」
「左様でございますか」
アイビーは大人しく引き下がった。それからコロヌスは悠然と前に向かって歩き出し、高雄は怪訝な表情でアイビーに尋ねた。
「何をするんです?」
「ちょっと質問をするだけですよ」
アイビーはさらりと言ってのけた。高雄はなんとなく不安になったが、あまり突っ込むのも野暮だと思ったので、それ以上は聞かないことにした。
その間にもコロヌスはずんずんと大股で魔法使いの元へと近づいていった。そしてその途中でコロヌスは両手に炎を纏い、魔法使いを冷ややかに見つめながら声をかけた。
「おい、そこの」
「な、なんだ?」
魔法使いの男は虚勢を張っていた。顔から冷や汗を流し、怯えているのが丸わかりだった。
もしかしたらその手の炎で、彼女が何者か察したのかも知れない。しかしコロヌスにとっては、そんなことはどうでも良かった。
相手が何を考えようと、これからやることに変更はないのだ。
「今から私の質問に正直に答えろ。嘘偽りを吐くことは決して許さん」
「なんだと? 貴様、何様のつもりだ」
「もう一度言う。私の命令に従え」
憮然とした男の返礼にコロヌスが言い返す。
次の瞬間、男の立っていた場所の真横から炎の柱が噴き上がった。
「もう一度言うぞ」
コロヌスが告げる。反対側からも赤い炎が噴き上がる。男は勢いよく燃え上がる炎の柱に挟まれた形となった。
その男にコロヌスが言い放つ。
「従え。死にたくなければな」
男が屈服するのはそのすぐ後のことだった。
異変を聞きつけた綾野美佐が他の生徒会の面々を引き連れて体育館に飛んできたのは、その直後のことだった。この時には既にコロヌスの「質問」は終わっており、高雄達三人は村の中に入って囚われていたエルフ達の救出作業に入っていた。
「あなた達は何をしているのですか?」
「人助けだよ」
呆然と呟く美佐にコロヌスが平然と言い返す。この時コロヌスは最後のエルフの縄を解き、他のエルフが集まっている村の中央に誘導させ終えたばかりであった。美佐はそれから改めて体育館の中を見回し、そしてそこに現れた「村」を見て頭を痛くした。
「これが、あのジョゼという人の言っていた転移なのですか?」
「そうだ。私達もまさか村ごと飛んでくるとは思わなかったが」
「今はどのような状況なのです?」
「そうだな。簡単に話しておこうか」
それからコロヌスは、今の状況を簡潔に説明した。それを最後まで聞いた生徒会の面々は一様に顔をしかめた。
「そんな馬鹿な」
「ありえない。非科学的だ」
「でも、実際に目の前にあるわけですし……」
そう。どれだけ否定しようとも、「それ」は今自分達の目の前に出現しているのだ。それを知った美佐は腹を括ったように表情を引き締め、そのままコロヌスに話しかけた。
「では、そのエルフの村は、もうここから動かすことは出来ないのですか?」
「まず無理だろうな。体育館を元通りにしたかったら、この村を丸ごと打ち壊すしか無いだろう。この村は完全に、この体育館の中に固着しているからな」
「そうですか」
そのコロヌスの返答に、美佐は淡々と返した。そのような答えが返ってくることを既に予測していたからだ。
しかし、だからと言って、納得出来る訳でも無かった。
「ですが、このまま体育館を使えないままで終わらせる訳にもいきません。何か他に解決策は無いのですか?」
「新しく体育館を造るかしない限り無理だろう。もしくはこの村を壊すかだな。だがーー」
そこまで言って、コロヌスがエルフ達に視線を向ける。村の中央に集められたエルフ達は、皆不安そうにコロヌスと美佐を見つめていた。
「彼女達をここから追い出せるか?」
美佐は言葉に詰まった。そんな目で見られても困る。彼女は迷惑そうに眉をひそめたが、即座に否定する事はしなかった。
「無理な話だ。だろう?」
それを見たコロヌスが笑って問いかける。美佐は何も言わず、渋い顔のまま踵を返した。
「会長?」
「どうするんですか?」
「戻って対策を考えます。皆もついてきてください」
周りからの言葉に、会長はただそれだけ伝えて元来た道を引き返していった。取り巻きも困惑しながらそれに続き、彼らは結局何も出来ないまま引き下がっていった。
その背中に向かってコロヌスが声をかけた。
「もしどうしようも無かったら、その時は母上、もといシシルフェルト先生に頼んでみるといい。何かいいアイデアをくれるかもしれんぞ?」
美佐は何も答えなかった。取り巻きも同じように無反応だった。そうして無言で立ち去っていく美佐達の後ろ姿を見ながら、コロヌスは困ったようにため息をついた。
「やれやれ、強情な奴らだ」
「でもこれ、本当に大丈夫なんでしょうか?」
そのコロヌスの元に高雄がやってきて声をかける。コロヌスは「わからん」とばかりに肩を竦め、そのまま高雄に言った。
「だが、問題は無いだろう。体育館一つ無くなったところでさして影響は無かろう」
「すごい悪影響出ると思うんですけど」
「運動がしたければ外ですればいい。それにこれは私の勘なんだが」
コロヌスが問いかける。高雄が彼女を向き、コロヌスも高雄を見ながら続けて言った。
「転移がこれだけで済むとは思えない。これからもっと酷いことになると思うのだ」
「そんな、縁起でもないこと言わないでくださいよ」
「こういうのは常に最悪の状況を想定しておくのが吉なのだ。君も常に神経を張りつめておいた方がいいぞ」
コロヌスが真剣な顔で高雄を見据える。高雄はその顔をまっすぐ見つめ、コロヌスがそのまま言葉を続ける。
「世の中、何が起こるかわからんものだからな。今のような状況になれば、なおさらだ」
高雄は黙ってそれに頷いた。エルフの方にいたアイビーから声がかかってきたのはその直後だった。
「ところで、こちらのエルフの方々はどうすれば?」
「母上に連絡しておいてくれ。さすがに私一人でどうこう出来る問題じゃないからな」
「かしこまりました」
コロヌスの返答にアイビーがお辞儀をして答える。それからアイビーはおもむろに携帯電話を取り出し、シシルフェルトに連絡を取り始める。
取り巻きのエルフ達は不思議そうにその道具を使うアイビーを見つめていた。コロヌスと高雄は遠くからその光景を見ながら、一様に不安げな表情を浮かべていた。
「本当にどんどん来るんですかね」
「心の備えはしておいても損はないだろう」
そうして戸惑う高雄に、コロヌスはそう答えた。
一時間後、空から降ってきた恐竜がグラウンドに落着した。