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メイド、墓穴を掘る

 その日の昼休み、シシルフェルトは何事もなく高雄達の前に姿を現した。そしてシシルフェルトは周囲の視線を気にすることなく、堂々とした足取りで教室の中に入り、そのまま高雄達三人が陣取っている場所まで歩いてきたのであった。


「学生服姿のあなたも素敵ですよ、コロヌス。授業の方はちゃんと受けていますか?」


 そして彼らの前に立つなり、シシルフェルトは嬉しそうに頬を綻ばせてコロヌスにそう言った。コロヌスは恥ずかしそうに顔を赤くし、そして立ったままのシシルフェルトを見上げながら彼女に言った。


「母上、ここで私を娘扱いするのは止めてください。変に悪目立ちしますし、私も恥ずかしいのです」

「あら、どうしてですか? 母が子を心配して何がいけないのでしょう?」

「ですから、周りの視線が……」

「それに恋愛の方も中々順調なようで。大丈夫、焦る必要はありませんよ。急いで結婚しても何の得もありませんからね」

「ここでその話をするのは止めてください。恥ずかしいではないですか」


 さしものコロヌスも、自分が母親に構われている姿を他人に見られるのは恥ずかしいようだった。目を伏せて顔を赤らめ、逃げ場を探すように視線を泳がせるコロヌスの姿は、高雄にはとても新鮮に見えた。


「とにかく、今はあまり私に構わないでください。良からぬ噂でも流れたらどうするのですか?」

「良いではありませんか。そのようなもの、放っておけば良いのです。他人は他人。臆せず堂々としていればいいのです」


 しかしシシルフェルトは、自分が悪いことをしているという自覚は微塵も見せなかった。その傲岸不遜とも言える剛胆な姿を見た高雄は、「ああ、やっぱりコロヌスさんのお母さんなんだ」と彼女を見上げながらそのことを再確認した。

 蛙の子は蛙と言うことか。


「それで、シシルフェルト様。今ここに来られたのは、あくまで母親としてだけでしょうか?」


 そんなシシルフェルトに向かって、高雄達と同席して昼食を取っていたアイビーが静かに尋ねる。問われたシシルフェルトは「本当はそれだけだったのですが」と困ったように眉をひそめ、そのままアイビーの方を向きながら答えた。


「実は、少し面倒な事になりまして。コロヌス達の力を貸して欲しいのです」

「面倒なこと?」

「さっそく来たのか」


 それを聞いた高雄が鸚鵡返しに尋ね、彼の横にいたコロヌスが何かを察したように顔をしかめる。すると高雄は今度はコロヌスに視線を移し、コロヌスもまたそれに気づいて高雄に説明を始めた。


「ほら、昨日ジョゼが言っていただろう? 私達の他にも、次元転移の魔法を使う輩が現れるかも知れないと」

「ああ、言ってましたね」


 そこまで答えたところで、高雄がコロヌスの言わんとする事に気づく。彼は目を見開いてコロヌスを見つめ、不安げな口調で彼女に言った。


「まさか、もうそれが来たって事ですか?」

「私はそう思っている。実際の所は母上に聞いてみないとわからんがな。どうなのですか?」

「その通りです」


 そして視線を高雄からシシルフェルトに移して問いかけてきたコロヌスに対し、シシルフェルトはそれにそう即答した。それを聞いたコロヌスは表情を引き締め、高雄は息を呑み、アイビーは「我関せず」とばかりに売店で買ってきたコッペパンを頬張っていた。

 そんな三人を見ながら、シシルフェルトが続けて口を開いた。


「具体的に何が来るのまでは、シシルの方でも把握しておりません。ですが今日、何かがここに来るのは間違いないかと」

「確証があるのですか?」

「先程、大規模な魔力の痕跡を関知したという委員会からの報告がありました。それもコロヌス、あなた方が次元転移を行う際に生じる物と同量、同密度の痕跡です」

「これはほぼ確定ですね」


 シシルフェルトの説明を聞いたアイビーがぽつりと呟く。コロヌスは食事の手を止めて腕を組み、険しい表情を浮かべながら思案に耽った。その厳しくも凛々しいコロヌスの横顔を見て、高雄は眉間に皺を寄せながら誰に言うでもなく言葉を放った。


「でも、実際に何が来るかはわからないんですよね?」

「その通りです」


 それに対してシシルフェルトが答える。高雄は苦い顔のままそれに返した。


「それじゃあ、対策のしようが無いんじゃ……」

「だが心の準備は出来るだろう。知っているのと知らないのとでは、それだけでも大きな差があるんだからな」


 そこにコロヌスが唐突に答える。高雄がそちらに目を向けると、彼女は既に目を開け、じっと前を睨みつけていた。

 そのコロヌスの姿を見ながら高雄が彼女に問いかける。


「そういうものなんですか?」

「そういうものだ。君も場数を踏めばわかるさ」

「あまりわかりたくないような……。それとついでに聞きたいんですけど」

「なんだ?」

「コロヌスさんはこの後、何が出てくると思いますか?」


 高雄が神妙な面持ちで尋ねる。コロヌスは腕を組んで前を見たまま、渋るような口調でそれに答えた。


「どうだろうな。実の所、全く見当がつかん。ドラゴンが来るかもしれないし、オークの大群が来るかもしれん」

「エルフが来るかも?」

「その可能性も否定出来んな。魔術師はどこにでも存在する。こいつは来ないだろうと高を括るのは危険と言えるだろうな」

「奴隷エルフとそれを引き連れた山賊という可能性もあり得ますしね」


 そうやってコロヌスと高雄が会話を続けていた所に、さらりとアイビーが言ってのける。高雄とコロヌスは揃って顔をしかめ、シシルフェルトは口元に手を当てながら「まあ」と声を漏らした。


「お前、随分過激な発想するんだな」

「異世界召喚モノのお約束要素を軽く申し上げただけでございます。そんな忌避するような目で私を見ないでください」

「どこでそんなの知ったんですか。そういう漫画とか買ったんですか?」

「インターネットを閲覧していたら、そのような小説がごまんと出てきましたので。参考までに読んでみただけでございます」


 コロヌス、そして高雄からの問いかけに対し、コロヌスが淡々と答える。高雄とコロヌスは「いつの間にそんなことしたんだ」と目を細めたが、一方でシシルフェルトは「勤勉なのですね」と楽しげに言った。

 確かに勤勉と言えばそうなのだが、何か違う。高雄は引きつった笑みを浮かべた。その高雄の顔を見ながらアイビーが真顔で言った。


「まあとにかく、そのような事が起きてもおかしくはないと言うことです。一寸先は闇なわけですから、心構えをしておいて損は無いでしょう」

「そんなに都合良くエルフが来ますかね?」

「ゼロではありませんよ。それこそたった今、人買いから逃げてきた奴隷エルフがこの教室のドアを開けて、こちらに助けを求めて来たとしても、まったくおかしくは」

「助けてください!」


 教室のドアが勢いよく開け放たれ、それと同時にそこから大きな声が放たれたのは、アイビーが高雄の問いかけにそこまで答えたその直後だった。


「お願いします! 助けてください!」

「……え?」


 それを聞いた高雄とコロヌスが怪訝な表情で、シシルフェルトが興味津々な顔で、アイビーがどこか勝ち誇ったような態度で、同時に声のする方へ視線を向ける。この時教室にいた他のクラスメイトも一斉に声のした方へ視線を向け、そしてそこにあるものを見たアイビー以外の全員は一様に体を硬直させた。


「お願い! 誰でもいいから助けて!」


 長く横に伸びた耳。ツヤを失い、ボロボロにほつれたブロンドの長髪。顔はやつれ、赤い瞳は涙に濡れ、ボロ布を纏った体のあちこちには生々しい傷跡がいくつも刻まれていた。手足には枷が填められ、そこから伸びていた鎖は途中で千切れていた。首にも鉄の首輪が填められ、その首輪からも途中で千切れた鎖がだらりと体の前に伸びていた。

 奴隷エルフだった。誰がどう見ても奴隷なエルフが、今このクラスの前に姿を現していた。


「え?」

「マジかよ」

「コスプレ?」


 誰も動けなかった。あまりに痛ましく、そして現実離れしたその光景を前にして、「こちらの世界」の常識しか知らなかったクラスの生徒達はどう反応していいのかわからなかったのだ。

 四人を除いて。


「もちろんシシルも協力します。コロヌス、頼めますか?」

「しょうがないですね」


 あんなの見せられたら断れるわけ無いでしょう。シシルフェルトにそう頼まれたコロヌスが重い腰を上げ、それに続くようにして高雄とアイビーも同様に席を立つ。


「皆も来るのか?」

「当然です。私はコロヌス様の侍従でございますので」

「僕も行かせてください。僕だけ除け者にするのはさすがに無しですからね?」


 揃ってそう言ってのけたアイビーと高雄を前にして、コロヌスは思わず苦笑した。そして「美しい友情ですね」と自分のことのように嬉しそうに呟くシシルフェルトの前で、コロヌスは一つため息を吐いてから二人に言った。


「わかったよ。じゃあ行くとしようか」

「はい!」

「仰せのままに」





 「向こうの世界」を知らないクラスメイト達は、その三人組の行進を呆然と見つめていた。一方で彼ら――高雄達三人は全く迷いのない足取りで、未知の事象を前にして全く動けずにいた生徒達の間を縫うようにして教室の中を進んでいき、あっという間にそのエルフの前へ辿り着いた。


「あ、あの、私」


 その三人組を見たエルフは、明らかに怯えた視線を彼らに向けた。高雄はどう接していいかわからずに気まずい表情を浮かべ、アイビーは無言でコロヌスを見た。


「安心しろ。もう大丈夫だ」


 そしてコロヌスはそのエルフの前で少し腰を落とし、相手と目線を合わせてエルフの頭を優しく撫でながら声をかけた。


「困っている事があるなら、忌憚なく話してみるがいい。この獄炎、コロヌス・デル・トリスタータが相談に乗ろう」


 獄炎、という単語を聞いた瞬間、そのエルフは見るからにその表情を明るいものに変えた。そしてコロヌスの目をじっと見つめながら、エルフが恐る恐る口を開く。


「本当に? 本当にあの獄炎なんですか?」

「もちろんだ」

「私達を助けてくれるんですか?」

「任せておけ。だがまず、場所を変えよう。ここでは人目につくからな。それと、君がどこからやって来たのかも教えてくれ。その場所に行ってみたいんだ」


 コロヌスの言葉に、エルフは大きく頷く。その顔はまだ僅かに怯えの色を残していたものの、それでもかなりの落ち着きを取り戻していた。


「……達って?」


 その一方で、コロヌスの後ろで二人のやり取りを聞いていた高雄は首を傾げた。


「まさか、集団で来てるってことですか?」

「まるごと集落で来てるのかもしれませんね」


 アイビーがさりげなく言い返す。高雄は不安げな表情を浮かべてアイビーを見やったが、彼がそのままアイビーに向けて声をかけるよりも先に、コロヌスがエルフに話しかけた。


「ところで、ここへは君一人で来たのか? 他にも仲間がいるのか?」

「は、はい。います」

「どれくらいだ?」

「四十人です」


 直後、三人は石のように固まった。自分の目の前でいきなり硬直した三人を見て、エルフは不安げな表情を浮かべた。


「本当に集落じゃないですか」

「アイビー、お前もう喋るな」

「ごめんちゃい」


 高雄が呆然と呟き、コロヌスがエルフを見つめたまま背後のサキュバスに声をかける。そして主からそう告げられたアイビーは、ぺろっと舌を突き出しておちゃめな笑顔で謝罪した。

 全然反省してないのは明らかであった。

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