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生徒会長、誘う(前編)

 結局その後、美佐が自宅に帰ることは無かった。風呂から上がった後アイビーが「向こうの世界」から持ってきた予備の服を着た美佐は、自分はこのままこちらに残る旨を全員に伝えた。


「僕達は別に構わないけど、君は大丈夫なの?」

「普通そこは否定から入らないかしら? 高校生がよその男の家に泊まり込むっていうのに」


 自分でその提案をしておきながら、すんなりとそれを受け入れてしまった家主の高雄に対して美佐が口を尖らせる。それを聞いた高雄はすぐにそれに反応し、思い出したように顔を赤くして言葉を返した。


「ごめんなさい。その、いつも僕の所にコロヌスさん達が泊まりに来てるから、流れでついオッケーしちゃって……」

「いつも? いつも泊まってるの?」


 高雄の言葉を聞いた美佐が懸念と非難の眼差しをコロヌスに向ける。コロヌスは何も言い返さなかったが、この時美佐に向けていた勝ち誇ったような視線が、その問いに対する何よりも雄弁な回答となっていた。

 そこまで得意げになる必要も無いだろうに。やっぱりこいつは嫌いだ。


「ですが、本当に構わないのですか? あなたのご両親は心配していると思うのですが」


 そうして優越感に浸る好敵手コロヌスを前に歯ぎしりする美佐に、アイビーが心から心配するように声をかける。声をかけられた美佐はすぐにそちらに意識を移し、表情を元に戻してアイビーの質問に答えた。


「私の事でしたら、なんの問題もありません。私がどうなろうが、向こうは何とも思っていないでしょうから」

「でも、連絡くらいはした方がいいですよ」


 そう投げ遣りに答えた美佐に高雄が声をかける。美佐は楽しくなさそうに顔をしかめて高雄を見据えるが、高雄はその非難の眼差しに屈する事無く自分の意見を伝えた。


「きっとご両親は心配しています。何か事情があるにしても、ちゃんと今日は帰らないことを伝えるべきです」

「……とにかく!」


 その高雄の「お節介」を断ち切るように、美佐が声を荒げて言い放つ。それから彼女は立ち上がり、高雄をまっすぐ見下ろしながら声を大にして言った。


「今日はここに残ります。誰が何と言おうと、私はこの家に朝までいますから!」

「……」


 それはこれ以上ないほどに力強く、明確な意思表示だった。そんなに家に帰りたくないのか。高雄達はいきなり立ち上がって叫んだ美佐に驚くと同時に、そう疑問にも思った。

 なんでこの子はこんなにも実家を嫌っているんだ?


「わかった。なら好きにするがいい」


 しかし高雄が本格的にそれに対して思考するよりも前に、コロヌスが腕を組みながらそう言った。美佐はすぐにコロヌスの方を向き、同時にアイビーもまたコロヌスを見て言った。


「ここの家主は高雄様ですよ?」

「その高雄も先程いいと言っていたではないか。それに私が好きにしろと言ったのは、こちらもお前の事情を詮索しないから、泊まりたかったら好きに泊まっていけという意味合いで言ったのだ」

「それはさすがに無茶です」


 アイビーがすぐさま言葉を返す。美佐も目を細めて「そう言いたいならちゃんと言えばいいのに」とため息混じりに言い放ち、二人から同時に責められたコロヌスは面白くなさそうに顔をしかめた。


「と、とにかく、僕達はもう何も言わないから、綾野さんも好きにしていいよ。うん」


 そこで高雄が助け船を出す。美佐はその家主の言葉を聞いて安心したように肩を落とし、ついでにコロヌスも「君だけは私の味方だ」と安心してほっと息をついた。

 そうして安堵の表情を浮かべるコロヌスを尻目に、高雄が美佐を見ながら続けて言った。


「それじゃあ、綾野さんは寝室で寝てください。コロヌスさん達もそっちでどうぞ」

「あなたはどうするのよ」

「僕は居間で十分ですので」

「ふざけないで。私はそこまで図々しくなるつもりはないわ」


 私が居間で寝る。あなたが寝室に行って。美佐は相手の反論を許さないと言わんばかりに強い語調で高雄に言ってのけた。高雄はすかさず「客人にそんなことはさせられない」と力強く反論し、それから二人は暫しの間、攻撃的で不毛な譲り合いを続けた。


「わかった、わかった。二人とも止めろ。時間の無駄だ」


 そうして一進一退の攻防をしている高雄と美佐の間に、やがて業を煮やしたコロヌスが割って入った。それまで言い合っていた二人は反射的にコロヌスを見つめ、そして二人の邪魔をした魔界騎士は自分より遙かに年下の二人を見返しながら口を開いた。


「なら私にいい考えがある。この場にいる全員の不満を纏めて解決できるナイスアイデアだ」

「ナイス?」

「自分で言うこともないでしょうに」


 高雄が純粋に首を傾げ、美佐がその横で小さく突っ込む。コロヌスはそんな美佐の苦言を右から左へ流しながら、そのまま続けて自分の意見を述べた。


「全員で固まって寝室で寝よう。足りない毛布は互いの人肌でカバーするのだ」

「はあ!?」


 美佐が信じられないと言わんばかりに目を剥く。それから美佐はすぐに首を激しく左右に振りながら「駄目! 絶対駄目!」と全力でその案を否定した。


「それはいい考えですね。さっそくその通りにしましょう」


 しかし現実は非情だった。アイビーがコロヌスの案に即座に同調し、そのまま「寝支度」を整えるために寝室へと向かっていった。それまでアイビーが自分に近しい思考回路を持っていると思い、親近感すら抱いていた美佐は、一気に裏切られたような気分になった。

 しかしアイビーは止まらなかった。結局アイビーに逃げられた美佐はその思いを引きずったまま、次に高雄に助け船を求めて彼に視線を向けた。彼ならまだ常識的な判断が出来るはず。この馬鹿女の企みに苦言を呈してくれるはずだ。


「やっぱりコロヌスさんは僕の隣で寝るんですか?」

「当然だ。君を抱いているととても安心できるからな。それに君は暖かいから、肌寒い日でもぐっすり熟睡することが出来るのだ」

「人を湯たんぽ扱いするのはやめてくださいよ」

「そう言うな。君が心地よいのは事実なんだから。それに君だって、私と一緒に寝るのは好きだろう?」

「それは勿論そうですよ。あなたも、その、あったかいし」

「なんだ。君だって私を暖房器具扱いしているじゃないか。おあいこだ」

「それもそうですね。じゃあ一緒に抱き合って寝ちゃいますか?」

「もちろんいいとも。これは私達の分の毛布はいらんかもしれんな」


 完全に乗り気だった。それどころか、その瞬間を待ち遠しく感じているようにすら見えた。おまけに聞いてるこっちが砂糖を吐きたくなるようなピロートークまで平然と繰り広げて、恥ずかしいとは思わないのだろうか?


「あなたそれでいいの? 女の人と一緒に寝るって事に対して何とも思わないの?」


 思わず美佐が高雄に声をかける。それまでコロヌスといちゃいちゃ話し込んでいた高雄は美佐の方を向き、「はい、ちっとも」と即答した。

 美佐は唖然とした。


「……どうして?」

「だって、好きな人と一緒に寝ると、とても幸せな気持ちになれるんですよ? 僕を好きでいてくれる人がすぐ隣にいる。これって凄く素敵な事だと思うんです」


 そう答える高雄の目は輝いていた。美佐はそれに対して口を開けたまま何も言い返せず、一方で高雄はそう答えた後で再びコロヌスの方へ向き直り、それから二人して件の「のろけ」を再開した。


「……」


 そうしてコロヌスと楽しげに話している高雄の姿を見て、美佐は「ここに自分の味方は一人もいないのか」と痛感した。少なくとも、ここに自分と同じ道徳観念を持った人間はいないことはわかった。

 ここにも自分の味方はいないのか。


「我を通すのもよいですが、郷に従うことも肝要ですよ?」


 そう思って唇を噛む美佐に向かって、いつの間にかベッドメイクを終えて居間に戻ってきていたアイビーがその傍らに立ちながら声をかける。声がするまで全くその気配を感じ取ることが出来なかった。美佐はそれに驚き、咄嗟にそちらの方を向いて距離を取った。

 しかしアイビーはその反応を見てニコニコと笑い、自分を避けるように体を離した美佐を見据えたまま続けて言った。


「それにあなたも、今の内にどんどんアピールしておかないと。そうでないと高雄様の心をゲットするなんて、夢のまた夢ですからね」

「そんなの、あなたには関係ないことでしょう」


 美佐はそう言って強がって見せたが、アイビーの目と鼻はその美佐が嘘をついていることを簡単に見抜いていた。


うぶな人間が、色恋の話題でサキュバスを騙せるとお思いですか?」


 距離を離した美佐に自分から近づき、アイビーがその耳元でそっと囁く。その言葉は頑なな美佐の心の殻を溶かし、優しくその奥へと染み込んでいく。

 言葉の形を取った淫魔の毒は、そうしていとも容易く彼女の心を揺さぶった。


「なにを……!?」

「あら、いいリアクションですこと」


 そうして自分の体を内側から溶かされていくような感覚を味わった美佐はゾクゾクと背筋を震わせ、再びアイビーから距離を取る。それから美佐はサキュバスの誘惑に屈すまいと目の前の悪魔をを睨みつけるが、アイビーはそんな風に抵抗の意思を見せる人間をとても愉快そうに眺めながら、内心舌なめずりをしつつ言葉を放った。


「私からしてみれば、あなたは少し堅物すぎる。もっと奔放に、柔軟になった方が、男の方ももっと気軽に接してこれると思うのですが」

「余計なお世話です」

「いっそのこと、明日あたりデートに誘ってみるのはいかがでしょう? 道徳だ破廉恥だと言い訳をつけて二の足を踏んでいるようでは、いつまで経っても恋は進展しませんよ?」


 そしてサキュバスは、相手の反論などお構いなしに持論をぶつけていった。それを正面から食らった美佐はたまらず口を閉ざしたが、アイビーもそれを見てクスクス笑った後、すぐにコロヌスと高雄の方へ意識を移して「さ、そろそろ寝るとしましょうか」と彼らに声をかけた。


「む、もうそんな時間か?」

「はい。少し早い気もしますが、早寝早起きは健康の第一歩ですからね」

「毛布の分配は結局どうなるんですか?」

「私と綾野様で使うことにします。今日はそれほど寒くはないですし、お二人は互いの人肌でぬくみあってもらうことにいたします」

「それで構わんぞ。さて、寝室に向かうとしようか」

「お二人は先に休んでいてください。私達も後から向かいますので」

「わかりました」


 美佐が言い返す余地はどこにもなかった。話は彼女の意思とは関係なくとんとん拍子で進んでいき、そのまま高雄達はアイビーの指示に従って寝室へと向かっていった。そうして二人が寝室の奥へ消えた後、残ったアイビーはゆっくりと美佐に目を向けた。


「さ、我々も寝るとしましょう」


 美佐は頷くしかなかった。





 その後、四人は高雄とコロヌスを中心にして横一列に並びながら眠りについた。コロヌスの背中側にアイビーが、高雄の背中側に美佐がつき、そして外側の二人が毛布を羽織って仲良く就寝した。


「……」


 しかし美佐は寝られなかった。目の前の光景に見入ってしまい、目を閉じることが出来なかった。


「ううん……」

「たかお……あったかい……」


 互いに向き合い、両腕を互いの背中に回して強く抱き合う一組の男女。まぐわう事こそ無く至極健全であったが、その互いを愛し合い肌を重ね合う姿は十分扇状的であった。

 そして途轍もなく破廉恥であった。


「ころぬすさん……あついよ……」

「うふふ……」


 どうしようもなく破廉恥なのに、それを羨ましいと思っている自分がいる。今高雄と抱き合っているのがコロヌスでなく自分だったら、どれだけ幸せな気分に浸れるのだろう? そう考えてしまう自分がいる。

 浅ましい。忌々しい。

 美佐はそのことに対して歯噛みしたが、その一方で全く違う事を考えている自分がいる事にも気がついていた。


「いつまで足踏みしているつもり? 自分から攻めないと、あの子はこっちを向いてくれないよ?」


 自分の中のもう一人の自分、産声を上げたばかりの新しい自分が、心の中でこちらを見ながらニヤニヤと笑っている。欲求そのものが、倫理を盾に本心を否定する自分の理性を嘲笑っている。


「デートしちゃいなさいよ。その子が好きなんでしょう? だったらもっとガツンと行かなきゃ。あのアイビーとかいう人も言ってたじゃない」


 悪魔が自分に囁いてくる。


「あなたはもう十分我慢してきた。自分を殺してきた。いい加減欲望に素直になってもいい頃よ。そうでしょう?」

「……ッ」


 それまで抑えつけていた、暴れる意志すら見せなかった自分の中の「獣」が、今になって牙を剥いてきている。原因はわかっている。恋と毒だ。


「明日、朝一番に高雄を誘いなさい。学校なんてクソ食らえよ。あの見張り連中も無視しなさい」

「……じぶんを、さらけだす」

「解放するの。自分の全てを。大丈夫、高雄君は全部受け入れてくれるわ」





 高雄への恋慕とアイビーの撒いた毒は、確実に綾野美佐の理性を蝕んでいった。

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