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少年、お節介を焼く

 高雄が「それ」を見つけたのは、買い出しを終えて近所のスーパーマーケットから自宅に帰る途中の事だった。ある路地にさしかかった時、そこから誰かの声が聞こえてきたのだった。その口論らしき複数人の声を耳にした高雄は全く無意識のうちにそちらへ視線をやり、そしてすぐに「見るんじゃなかった」と後悔した。


「おいテメエ! あれはいったいどういうことだ!」

「ふざけやがって! 俺達をハメやがったな!」

「うっ……! あぁ……っ!」


 路地の陰で数人の男が一人の女性を囲み、好き勝手に暴力を振るっていた。そして高雄は、その殴っている男の一人と殴られている女に心当たりがあった。

 男の方は松田とかいうボクシング部員。そして女の方は生徒会長の綾野美佐。二人とも自分と同じ学園に在籍している生徒であり、自分やコロヌスにちょっかいをかけてきた連中だ。そしておそらくは、松田と一緒にいる男達もまた、彼の仲間なのだろう。


「あいつらがあんな連中だなんて聞いてねえぞ! 俺達を騙しやがって、この野郎!」

「痛い、痛い……もうやめて……!」

「うるせえ! もうテメエのパシリなんざこっちも懲り懲りなんだよ!」


 美佐は反論の機会すら与えられず、一方的に殴られ、蹴られていた。男達は相手が地面に倒れ伏してもなお暴行を止めず、それどころかその熱気はますますエスカレートしていった。


「いつもいつも俺達を見下した目で見やがって! そのくせ汚れ仕事は全部俺達に押しつけやがる!」

「金持ちだからって調子乗ってんじゃねえぞ!」

「ぶっ殺してやる! 俺達を甘く見た罰だ!」


 また面倒くさいものを見てしまった。その私刑の光景を目の当たりにした高雄は、最初はそれを全部無視して家に戻ろうと思った。自分はヒーローではない。なんでわざわざトラブルの中に首を突っ込まなければならないのだ?

 それにそもそも、美佐も松田も、共に自分の理不尽な要求を通そうとせんがために、こちらに一方的に攻撃を仕掛けてきた連中なのだ。そいつらがどれだけ内輪もめをしようが、こちらには関係ない。むしろいい気味だ。


「これ以上僕達に構わないでよ」


 高雄は自分の心に言い聞かせるようにそう呟き、早足でさっさと路地から遠ざかっていった。しかしこの時、歩道の人通りは少なく、道路を走る車の量も少なかった。おかげでどれだけ距離を離しても、件の路地から響く悲鳴と怒号はいつまでも高雄の脳内で反響し続けていた。

 違う。人や車のせいではない。割り切ろうとしても割り切れず、自分で路地の出来事をここまで引きずって来ていただけなのだ。


「……」


 高雄は段々イラついてきた。なんであいつらのことがこんなに気にかかるんだ? あいつらは敵だ。好きにやらせておけばいい。ここでお節介を焼いて、また変なトラブルに巻き込まれるのは御免だ。向こうはこっちに気づいてない。ほかの通行人も向こうに気づいていない。このまま逃げて全部忘れても、誰も咎める者はいない。

 コロヌスさんだって自分を責めたりはしないだろう。だってこのことを知らないんだから。

 でも、本当にそれでいいのか?


「……ッ」


 高雄が足を止める。強く唇を噛み、レジ袋を持ってない方の手で首からかけて制服の下に隠していた「お守り」を強く握りしめる。

 不意にコロヌスの顔が浮かび上がる。凛々しく、優しく、情熱的な大人の女性。自分の恋人。

 その人が、今まっすぐ自分を見つめている。怜悧な眼差しで、自分の心の奥底まで見透かしている。そしてその鋭い瞳が、自分の心に問いかけてきている。

 それが君の本心なのか?


「僕は……」


 本当でこれでいいのか。

 逃げてしまっていいのか。

 本当にこんなことで、コロヌスと正面から向き合えるのか?


「……ああもう!」


 高雄が叫び、踵を返して走り出す。すれ違っていく通行人が怪訝な目つきでこちらを見るが、知ったことではない。今の高雄には件の路地しか見えなかった。


「おい!」


 そして路地の前につくなり、高雄が声を張り上げて奥の男共を呼びつける。それまでいいように美佐をいじめ抜いていた男達はそれに気づき、いっせいに高雄を睨みつける。


「なんだテメエ?」

「俺らになんか用かよ?」


 やっぱり来るんじゃなかった。不良共の殺意に満ちた視線を一斉に浴びて、高雄は一瞬背筋が凍りついた。しかし逃げるわけにはいかない。

 ここで逃げたら、皆に胸を張って顔向け出来ない!


「その人から離れろ!」


 自棄やけっぱちになりながらも高雄が叫ぶ。それを聞いた不良連中は少し驚いた後、高雄が誰を指しているのかを理解し、一様にニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。


「おいおい、正義のヒーロー気取りかよ」

「カッコつけやがって」

「おい、こいつ俺らと同じ制服着てるぜ?」

「お前何年のどいつだよ? 名前言ってみろよ? ああ?」


 新たな獲物を見つけた男達が一斉に近づいてくる。それはつまり、自分達の方から美佐から距離を離しているということ。おまけにその場にいた全員が固まって、一つのグループとなってこちらに向かってきていた。

 好都合だ。死ぬほど怖いが、美佐は今完全にフリーになっていた。


「おいテメエ! 耳ついてんのか?」

「なんか言えよこの野郎!」


 痺れを切らした不良共が――なんて短気な連中なんだろう――口々に罵声を浴びせてくる。高雄は正直生きた心地がしなかったが、それでも高雄は逃げだそうとはしなかった。そして相手の罵声に言葉を返そうともせずにレジ袋をその場に落とし、服の下に手を突っ込んで「お守り」を掴む。


「シカトこいてんじゃねえぞコラァ!」


 不良の一人が叫ぶ。もう限界だ。これ以上罵り声を聞いていられない。

 高雄は力任せに紐を引きちぎり、襟から「お守り」を持った手を一気に引き抜く。そしてその手を大きく振りかぶり、不良に向けて「お守り」を力一杯投げつける。


「ああ?」


 それに気づいた不良の一人が素っ頓狂な声を

あげる。

 その不良の顔に「お守り」がぶつかる。

 次の瞬間「お守り」が破裂し、中に溜め込まれていた赤い炎が勢いよく噴き出した。炎の塊は意志を持つかのように大きな膜へと変化して不良達に襲いかかり、固まっていた不良全員が炎に包まれた。


「ぎゃあああっ!」


 一瞬で火達磨になった不良連中が仲良く悲鳴を上げる。そして体に着いた火を消そうと、その場で無様なダンスを踊る。しかしどれだけ踊ろうが、壁にぶつかったり地面を転げ回ったりしようが、その全身を覆う炎が消える事は無かった。

 だがその路地に水場や水道は無く、消すにはとにかく動き回るしか無かった。だから不良共は結局、惨めな舞踏を続けるしかなかった。


「熱い! 熱いい!」

「勘弁してくれ! 助けてくれえ!」

「母ちゃん! 母ちゃあああん!」

「……なにこれ」

「やりすぎだよ」


 起き上がってそれを見ていた美佐は顔面蒼白となっていた。自分で火をつけた高雄も同様に呆然と突っ立っていた。コロヌスはこんな危険オーバーキルな代物を「お守り」として持たせていたのか。高雄は今になって、あの魔界騎士がどれだけ過激な力を持っていたのかを再確認した。

 しかし今は思い出に耽っている場合ではない。高雄は「火踊り」に興じていた不良共の脇をすり抜け、一目散に美佐の元へと向かった。


「行くよ!」


 そして美佐の目の前に立つと同時にその手を掴み、相手の意見も聞かずに元来た道を引き返した。


「あなたは……!」

「いいから!」


 そこで美佐も相手の正体に気づくが、高雄はお構いなしに美佐を引っ張っていった。人の形をした炎の横を通り、途中でレジ袋を拾って路地を抜け、逃げるように自宅へ向かう。連中が追ってくることは無いだろうが、それでもはやく安全を確保したかったのだ。


「どうして?」


 その道中、手を引かれていた美佐が弱々しく尋ねる。高雄は前を向いたままそれに答えた。


「放っとけなかっただけだよ」


 美佐はその高雄の背中を呆然と見つめていた。その目は僅かに潤み、頬はほんの少し赤らんでいた。ほんの少し高雄の手を握る手に力を込めると、向こうもそれに気づいて自分の手を握り返してくる。

 どうしてここまで優しくしてくれるのだろう。美佐は困惑した。自分と彼はそこまで仲良くは無い。それどころか、敵同士と言ってもいいのに。どうして自らの身を危険に晒してまで自分を助けてくれたのだろう?


「あなたは……」


 高雄の家に着くまで、美佐は自分の表情と涙腺を引き締めるのに多大な努力を強いられた。しかしなぜ自分の感情がここまで激しく揺さぶられているのか、自分でも全くわからなかった。





「そんなことがあったのか」


 簡易的な治癒魔法で傷を治し、ついでに睡眠魔法で眠らせた美佐を引っ張り出してきた布団の中で眠らせた後、コロヌス達は居間に戻ってきた高雄から事情を聞いていた。そうして話を聞いた後、三人はそれぞれ異なる反応を見せた。


「度胸あるんですねえ……」


 春美は堂々と不良の前に立った高雄に対して感嘆の声を上げた。


「まったく危険なことを。無視して立ち去っても良かったのですよ?」


 アイビーは高雄の身を案じ、無茶な行動を取った彼を優しく咎めた。


「君がやりたいと思ったからそうやったのだろう? なら私は君を責めはしない。よくやったな」


 コロヌスは素直に高雄の行動を認め、その労をねぎらった。高雄はその三者三様の反応を受けて満足感を覚え、同時に我が身の軽率さに対して反省もした。さすがに気が逸りすぎたか。


「だが、出来ることなら今度は素直に助けを呼ぶんだ。自分一人で出来ることは限られているのだからな」


 そんな高雄に向かって、コロヌスが今回の行動を認めた上でしっかりと釘を刺す。自分の動きの非を認めていた高雄もそれに素直に頷き、そして「今度はちゃんと他の人に助けを呼びます」と答えた。それを聞いたコロヌスは「それでいい」と返し、そのまま言葉を続けた。


「助けを求めることは決して恥ではないからな。むしろ危険なのは、何でもかんでも一人でこなそうとする事だ。先程も言ったが、一人で出来る事は限られているからな。無理をすれば必ずボロが出る」

「あの人もそんな感じだったんですかね」


 そんなコロヌスの言葉に対して春美がそう反応し、彼女はそのまま障子で仕切られた寝室の方に目を向けた。今そこには寝かされていた美佐がおり、春美はその傷だらけで運ばれてきた生徒会長を見ながら口を開いた。


「昔の生徒会は今みたいにガチガチじゃなかったらしいんです。あの人が会長になった途端に独裁体制になって、教師の方も逆らえなくなったみたいで」

「なんですかそれは」

「教師も逆らえないってなんだよ」


 春美の説明を聞いたアイビーとコロヌスが同時に声を上げる。高雄も初耳と言わんばかりに春美を見つめ、そうして三人の視線を受けた春美は「私も詳しくはわからないんですけど」と断りを入れた上で話を続けた。


「なんでも、あの人の父親だか母親だかが学園の出資者らしくて。だから色々無茶が出来るらしいんです」

「マズいことがあっても親がもみ消してくれると言うわけか」


 コロヌスの台詞に春美が頷き、それから「あくまで噂なんですけどね」と付け足すように言った。しかしコロヌスはそれを聞いて、寝室と居間を仕切る障子を、そしてその奥で眠っている美佐を見ながら声を放った。


「なら、直接聞いてみればいいだろう」

「え?」

「嘘か本当か、美佐に直接聞けばいいのだ」


 ああ、なるほど。春美がひらめいたように顔を輝かせる。そんな春美を見たアイビーは顔をしかめて「今は安静にしておいてくださいね」と声をかけ、春美とコロヌスは同時にそれに頷いた。


「わかっている。無理矢理起こす気は無い」

「目が覚めてしばらくしたら、それとなく聞いてみるつもりですから」

「アグレッシブだなあ」

「全くその通りでございますね」


 そんな二人を見た高雄が呆然と呟く。彼の横にいたアイビーもそれに同意してため息をつき、それから気を取り直すように彼に言った。


「さて、高雄様。そろそろ夕食の準備を始めましょうか」

「もうそんな時間ですか?」

「あ、じゃあもう帰らないと」


 アイビーの言葉を聞いた高雄と春美がそれぞれ反応する。するとコロヌスが帰り支度を始めた春美を見て、「せっかくだから、君も一緒に食べていかないか?」と声をかけた。


「いえ、せっかくですけど、今日はちょっと用事がありまして。ごめんなさい」


 しかし春美はそれを丁寧に断った。コロヌスは残念そうな顔を浮かべたが、無理に引き留めようとはしなかった。そしてそれからコロヌスは、今度は高雄とアイビーに視線を向けて彼らに言った。


「それじゃあ、今日は四人分作ればいいことになるな」

「え?」


 自分は帰るって言ったのに。そう不思議そうに目で訴えてくる春美に対し、コロヌスは無言で寝室の方を親指で指し示した。


「あの人にもご飯あげるんですか?」

「懐柔するにはまず胃袋からだ」


 意図を察して驚く春美にコロヌスが答える。そしてコロヌスの言い分を聞いた春美は素直に納得し、それからコロヌスは再度アイビーと高雄に目をやった。


「そう言うわけだから、頼めるか?」

「もちろんです」

「お任せを」


 少年とメイドは即答した。その後二人は自然な足取りでキッチンへと向かい、それを見た春美は呆然と呟いた。


「お人好しだなあ」

「だが、放ってもおけんだろう。いくらこっちにちょっかいをかけてきたとは言っても、今のあいつは怪我人なんだ」


 懐柔の件を抜きにしても、放り捨てる訳には行かない。コロヌスは春美の呟きにそう答えた。春美がそれに反応して彼女の方を向き、コロヌスはその春美の顔を見ながら笑って言った。


「それに、昔から言うだろう?」

「何をです?」

「情けは人のためならず、とな」





 それが結局自分の首を絞める事に繋がるとは、この時のコロヌスは全く想像していなかったのであった。

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