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生徒会長、身の程を知る

 決闘場所として指定されていたのは、学園から歩いて三十分ほど歩いた場所に流れている川の土手の下だった。そこは人通りも少なく、見晴らしも良く、確かに決闘の舞台とするには最高の場所であった。

 そしてコロヌスはそこに立っていた。指定された時間に高雄を連れて、その「決闘場所」に仁王立ちしていたのであった。


「ここまで来て言うのもあれなんですけど、本当に引き受けるんですか?」


 コロヌスの後ろにいた高雄が彼女に問いかける。コロヌスは前を向いたまま、毅然とした口調でそれに答えた。


「どうせこれを蹴ったところで、また別の攻撃が飛んでくるのは明白だからな。それにああいうタイプは、身の程というものを直接わからせた方がずっと効果的でもあるのだ」

「一度負かせば、それで向こうから手を引いてくれると?」

「かもしれん、という話だがな。確証は持てん。だがあの高慢ちきなプライドに傷をつけてやることは出来るはずだ」


 高雄とコロヌスがそんな話をしている内に、やがて美佐が姿を現した。彼女は隣に黒服の男を一人引き連れ、自身はいつもの制服姿を身に纏った上で腰に木刀を二本提げていた。男の方は背丈も体格も完全に大人のそれであり、どう見ても堅気の人間には見えなかった。


「まさか本当に来るとは思いませんでした」


 そうしてコロヌス達の目の前までやってきた美佐は、驚いた顔を浮かべて口を開いた。彼女もまさか本当に彼らがここに来るとは思っていなかったようであった。


「あなたも案外律儀な方なのですね」

「約束は守るタイプなのでな」


 美佐の問いかけに、コロヌスが自慢げに言い返す。それからコロヌスは顔を引き締め、まっすぐ美佐を見ながら声をかけた。


「それで? 決闘とは具体的には何をするのだ?」

「これを使います」


 美佐はそう返し、そして腰に差していた木刀の一つをコロヌスに投げて寄越した。放り投げられたそれを片手で受け取ったコロヌスは、その綺麗に磨かれた木刀をまじまじと見つめながら美佐に言った。


「これは? 剣の練習に使うものか?」

「その通りです。察しが良くて助かります」


 残った方の木刀を引き抜き、それを両手で持って正面に構えながら美佐が続ける。


「これで戦っていただきます」

「なんだと?」

「剣道、というものです。私が勝てば、あなたは私に従っていただきますよ?」


 剣道。聞いたことがある。コロヌスはそれが「こちらの世界」で行われている、木製の剣を使った競技スポーツであることをすぐに思い出した。そしてコロヌスがそのことを伝えると、美佐は驚いたように声を放った。


「ご存じなのですか?」

「こっちの世界のことは一通り調べているからな。剣道のこともその時に知った」

「まあ、勤勉なのですね」

「真面目なのが私の取り柄だからな」


 嫌みったらしく言い返す美佐に対し、コロヌスが得意満面に答える。自分の「口撃」を軽々といなされた美佐は一瞬顔を不機嫌そうにしかめたが、すぐに元の表情に戻ってコロヌスに言った。


「では、これから何をしようとしているのかも、既におわかりですね?」

「もちろん。だがなぜ竹刀ではなく木刀なのだ?」

「単純に用意できなかっただけですよ。まあ確かにぶたれたら竹刀より痛いですが、まさか怖いなんて思ってませんよね?」

「馬鹿にするな。受けた決闘は必ず受けるのが私の主義だ」


 コロヌスはそう言い返して、美佐と同じように木刀を両手で持って構えを取る。しかしその動きは若干ぎこちなく、慣れていないようにも見えた。

 実際、コロヌスは剣道の大まかなルールは知っていたが、「こちらの世界」の剣道をやった事は一度も無かった。今取っている構えにしたところで、ただ単に美佐のそれを見様見真似で模倣しているだけであった。

 そうして構えを取ったまま肩を窮屈そうに揺らすコロヌスを見て、美佐は愉快げに口元を緩めながら彼女に言った。


「無理はなさらない方がいいですよ? 素直に私は素人ですと言ってくだされば、それなりにハンデを差し上げますので」


 明らかに形だけ真似ているコロヌスを嘲笑していた。高雄はそれを知って苛立たしげに顔をしかめたが、その前に立つコロヌスは首を回した後、余裕そうに笑みを浮かべながら「笑わせるな」と美佐に言った。


「私に剣の勝負を挑もうなど百年早い。今からそれを嫌と言うほど教えてやる」

「まあ、それは楽しみですわ。ではじっくりと教えていただきましょうか」


 美佐も同じように笑みを浮かべて言い返す。二人の間では既に戦う前から火花が散っていた。

 その二人の間に件の黒服の男が立つ。男は二人の邪魔にならない位置に立ち、両手をしっかり体にくっつけていた。スーツが不自然に膨らんでいたりということもなく、怪しい部分はどこにも見られなかった。


「今回は正式な試合ではなく、私的な決闘です。なので試合前に行う諸々のルールは省略ということでお願いします」

「礼も正座も無しということか」

「正確には蹲踞というものです。お互い立ったまま、開始の号令と同時に始めましょう」


 美佐の言葉にコロヌスが頷く。それを見た美佐は男に視線を送り、男もまた頷いて軽く咳払いをする。

 美佐がコロヌスの方へ歩いていく。コロヌスもまた美佐へ向かって歩を進め、そして互いの距離が三メートルほどになったところで、両者が同時に足を止める。

 幾許か、静寂が訪れる。コロヌスも美佐も口を開かず、ただその時をじっと待つ。高雄も黙って生唾を飲み込み、木刀を持つ二人の姿を見つめる。


「始め!」


 男が声を張り上げる。号令と同時に美佐が駆け出し、コロヌスはそこに立ったままそれを待ち構える。


「はああっ!」


 美佐が一瞬で距離を詰め、木刀を上段に振り上げる。空気が切り裂かれ、切っ先がコロヌスの脳天めがけて振り下ろされていく。

 コロヌスの目はまだ前を向いていた。体も微動だにしなかった。美佐の姿は目に見えていないようだった。


った!」


 美佐は勝利を確信した。





 その五分後、美佐は地面に倒れ伏していた。


「なんで……?」


 彼女の顔は汗でぐしゃぐしゃに濡れており、自分がなぜこんな目に遭っているのかわからず呆然としていた。木刀を持つ手に力はこもっておらず、辛うじて握っているという有様であった。


「そんな、ありえない」


 草いきれを肌で感じながら、全身汗だくの美佐が力なく呟く。一方でその傍らに立つコロヌスは一切息を乱しておらず、それどころか汗一つ流していなかった。


「剣道をした事は一度もないが」


 一つ息を吐いて木刀を肩に担ぎ、美佐を見下ろしながらコロヌスが告げる。


「剣にはそれなりに馴染みがあるのでな。動きを見切ることには慣れているんだ」


 お前の太刀筋は止まって見える。

 コロヌスが容赦なく言葉を放つ。


「それで、どうする? まだ続けるか? 確か剣道は、どちらかが一本を取るまで続けるのだろう? なら私達の戦いはまだ終わってないはずだが?」


 そしてそのまま、コロヌスが微妙に間違った知識をひけらかす。しかしコロヌスの言う通り、この時点ではまだどちらも「一本」を取っていないのだった。

 もっともそれは、互いの実力が拮抗したが故の結果では無かった。単純にコロヌスが一太刀も浴びせないまま、美佐の攻めをことごとく回避していただけであった。そしてコロヌスは単に避けるだけでなく、自分から木刀をかち合わせると同時にそれを斜めに傾け、美佐の木刀を自らの刀身の上で滑らせ、その勢いを利用して美佐を自分の真横に転ばせたりもした。

 美佐は完全に「遊ばれて」いた。


「お前はまるで猪だな。突っ込むことしか能がないから、そうやって簡単に倒されるんだ」

「うるさい……!」


 もちろん高雄には、この時放たれていた美佐の剣筋は全く見えていなかった。しかしコロヌスにとっては、たかだか十数年しか生きていない美佐の剣は、まるでナメクジが這い回るかのようにのっそりと遅く見えていたのであった。


「どうした? 次はどう攻めてくるんだ?」

「うるさい! うるさい! ふざけるなぁッ!」


 自分からは一切攻め込まず、相手の攻撃を全ていなしていく。そうして攻撃で避けられ、転ばされるほどに、美佐は感情を高ぶらせていき、そうして美佐が感情的になっていけばいくほど、それと反比例するかのようにコロヌスの戦意は冷め切っていったのだった。

 最終的にはコロヌスは、それをもはや単純作業ルーチンワークと言わんばかりに淡々とこなしていくまでになった。美佐はそんなコロヌスの「飽き」にも気づいており、それがますます彼女のプライドをズタズタにしていった。


「どうして、どうして……!」


 そして今に至る。美佐は結局一度も相手に触れる事の無かった木刀を握りしめ、悔しさを滲ませながら言葉を放つ。


「なんなのよこれは。どうなってるのよ……!」


 自分は全力で戦っているのに、どうしてあいつはああも余裕なんだ?

 どうしてそんなにつまらなそうな顔をしているんだ?


「あなたはいったいなんなのよ!」


 倒れた美佐が顔を上げ、感情を爆発させる。コロヌスはその恨みのこもった視線をしっかり受け止めながら、静かな口調で相手に言い返した。


「魔界騎士だ」

「まかいきし?」

「ジョゼから聞いてなかったのか?」


 呆然と鸚鵡返しをする美佐にコロヌスが問いかける。美佐は呆けたまま何も言わなかったが、それが何よりの答えだった。


「あいつめ、本当に上っ面の情報しか教えてなかったのか。役立たずめ」


 それを見たコロヌスが顔を上げ、ここにいない相手に向かって毒を吐く。美佐は目の前の女が何を言っているのか全くわからなかった。

 そんな美佐に、コロヌスが再度向き直る。魔界騎士と名乗ったその女はそれから彼女の前に腰を降ろし、片膝立ちの姿勢になりながら彼女の眼前

に木刀を置く。


「まあ、いい。とにかく、今日のところはこれで終わりだ。こいつは返しておくぞ」


 そしてそう言い放ち、腰を上げて高雄の方を向く。そうして自分に背を向けるコロヌスを見た美佐は、地べたにうつ伏せになったまま声を上げた。


「まだ勝負はついてない!」

「お前の負けだ」


 しかし前を向いたまま、コロヌスが冷ややかに言い返す。


「自力で立ち上がれる気力も無いはずだ。強がるのは止めろ」


 その声には形容しがたいプレッシャーが含まれていた。それを間近で受けた美佐は心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚え、息を詰まらせた。そして魔界騎士の言う通り、今の美佐にはもう立つ力すら残っていなかった。


「安心しろ。勝負ならいつでも受けてやる」


 そうして口を噤んだ美佐にコロヌスが告げる。それから彼女は高雄の元へと歩き出したのだが、彼の傍まで来て足を止めたところで、再びコロヌスが美佐に言った。


「だがお前の仲間にはならん。これ以上私につきまとうな」


 それは明確な拒絶だった。美佐は目を見開いてコロヌスを見たが、コロヌスはその視線を感じながらも、それを無視した。


「さ、帰ろう」


 そのまま高雄に声をかける。高雄はすぐにそれに対して無言で頷き、彼女と肩を並べて家路へとついた。


「待って」


 美佐の懇願が遠く聞こえる。か細く、弱々しい声だった。


「待ちなさい……!」


 コロヌスはそれすらも無視した。高雄も同様にそれを無視した。これ以上面倒事に巻き込まれるのは御免だったし、それに何より、自分の友人に危害を加えようとした連中の肩を持つようなことはしたくなかった。

 彼らはそこまでお人好しでは無かった。


「待ってよ!」


 小さな嗚咽の声が背後から聞こえる。さすがにそれには高雄が反応した。助けに行くべきか、話だけでも聞いてやるべきか、かなり逡巡した。

 しかし結局、彼はそれを無視した。

 もういい加減に生徒会とは縁を切りたかったからだ。

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