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賞金稼ぎ、釘を刺す

 綾野美佐は苛立っていた。手駒の悉くが「報復」に失敗し、無様な醜態を晒して帰ってきたからだ。

 アイビーを襲った連中は全員病院送りになった。心身衰弱で虚脱状態となり、命の危険こそないものの、意識を取り戻すのに一週間はかかるとの事だった。要は一時的な廃人になったと言うわけだ。一方で「コロヌスの友人」とされているソーラを襲った松田の方は、もっと酷い状態になっていた。彼は傷害罪で現行犯逮捕となったのだ。

 彼がソーラを拷問にかけていたのは事実だ。しかし彼がそれを行っていたのは、自宅にあるというプライベートジムだ。それは元プロボクサーの父が現役時代に建てたもので、近隣の迷惑にならないよう防音設備も整っていた。窓にもカーテンが敷かれ、外部に中の状況が漏れる事はまず無いだろう。少なくとも捕まる前日に、松田本人はそう言っていた。

 だが実際は違った。どうやって嗅ぎつけたかは知らないが、いつものように松田が「撮影」を行っていたその時、いきなりジムのドアを蹴破って警察官の大群がなだれ込んできたのだ。松田は天才的なボクサーであったが、追跡捕縛のプロフェッショナルにとっては赤子も同然だった。松田は大した抵抗も出来ないまま警察官に取り押さえられ、そのまま御用となったのだ。


「役立たずどもが」


 無人の生徒会室の中で、美佐は一人毒づいた。少なくとも自分に害が及ぶ心配は無い。たとえあの中の誰かが事の真相をバラしたとしても、それによって発生する自らへの疑惑は全て父がもみ消してくれる。自分は絶対に安全だ。

 だがそれでも、傷ついたプライドは簡単には癒せない。あの連中は自分の顔に唾を吐いたばかりか、二度も泥を塗ってくれた。自分の理想プラン通りに動くことを全力で拒絶したのだ。

 それが許せなかった。なぜなら私は常に支配者でなければならないからだ。常に勝者でなければならない。自分の敷いたレールから外れた行いをすることなど、決して許してはならないのだ。


「随分とご機嫌ナナメのようね」



 その時、不意に何処からか気配がした。美佐が思考を中断して声のする方へ目を向けると、そこには本棚キャビネットに背を預け、元から無い胸を強調するかのように腕を組み、じっとこちらを見つめてくるジョゼの姿があった。

 ジョゼ・モルデ。美佐はこの女に対しても嫌悪を抱いていた。生徒会に情報をもたらしたのは事実だが、それでもこの女はコロヌス達と同様に、決して自分の思った通りに動いてはくれなかったからだ。今にしたってそうだ。この女はどうやってこの部屋に入り込んだのだ? それまで気配は全くしなかったのに、ある瞬間を境にまるで「最初からそこにいた」かのようにその姿を見せていた。

 自分の知らない、自分では理解できない力を行使している。それが気に入らなかった。


「子飼いの刺客がことごとくコロヌス達にしてやられて、それでムカついてるって感じかしら?」

「なんの用ですか」


 そしてそのジョゼは、愉快そうにニヤニヤと笑みを浮かべながら美佐に声をかけて来た。美佐は抱いていた嫌悪感を隠すことなく、ジト目でジョゼを睨みながら冷たく言い放った。

 しかしジョゼは動じなかった。彼女は「おお、怖い怖い」と大げさに両手をあげてポーズを取り、そして本棚から離れて二本の足で立ち、まっすぐ美佐を見つめながら彼女に言った。


「そんなに怖い顔しないでよ。今日は少しアドバイスをしに来ただけなんだからさ」

「アドバイス?」

「そ。連戦連敗で気が立っている生徒会長さんに、コロヌスの友達からありがたいお言葉をプレゼントしようと思ってね」


 そう言いながら、ジョゼが美佐の元まで近づいていく。美佐はその表情を険しくしたままだったが、ジョゼはお構いなしに彼我の距離を詰めていく。

 やがてジョゼが美佐の真横に立つ。ジョゼがそっとテーブルに手を置き、美佐の顔に自分の顔を近づける。


「もうやめときな」


 そして耳元で言い放つ。美佐が驚いてジョゼに視線を向けると、そこにはそれまでのおちゃらけた態度が嘘のように真剣な表情を浮かべるジョゼの姿があった。


「あいつらはあんたの手に負えるような連中じゃない。奴らはアタシと同様、何百年も生きてきた魔人なんだ。それもただぐうたら生きてきた連中じゃない。研鑽を積んで、知識も溜め込んだ、最強最悪の獄炎とその仲間達だ。たかだか十年ぽっちしか生きたことのない、子供の浅知恵で出し抜けると思ったら大間違いだよ」


 ジョゼは嘲笑わらうこともなければ、憐れみの視線を向けてくることもなかった。真剣に相手の身を案じ、世間知らずの美佐に警告していた。


「これ以上あいつらを刺激したら、今度はペットの火傷じゃ済まなくなるわよ。あんたが燃えるか、もしくは学園ここが消えて無くなるか。どっちにしろタダじゃ済まない」

「……」

「悪いことは言わない。諦めな。ていうかまず、お前達のしていることは普通に犯罪だからね。まともな人間やってるっていう自覚があるんなら、マジでやめるべきだよ」


 ジョゼの言葉は、その全てが美佐の心に容赦なく突き刺さった。一切の情けもかけることなく、彼女の良心を深々と抉っていった。そして美佐は反論もしなかった。ジョゼの言葉が全て正論であることを理解していたし、同時に「これ以上続けては危険だ」と、彼女から言われる前から自分の本能が告げていたからだ。

 それが気に入らなかった。勝者であるべき自分が、悪役扱いされるのが許せなかったのだ。


「言いたいことはそれだけですか?」


 だから彼女は、素直にそれを受け入れることが出来なかった。美佐は負けじとジョゼを睨みつけ、冷たい声で彼女に言った。


「ご忠告、感謝します。ですが私は何と言われようと、今している事を失敗で終わらせる訳にはいかないのです」

「どうして?」

「私には、この学園を守る義務があるからです」


 美佐は言い切った。ジョゼが視線で続きを促す。それに反応して美佐が言った。


「私は常に、人の上に立つ者でなければならない。そして人の上に立つ者は、下々の者の平和と安寧を率先して守っていかなければならない。私は学園の上に立つ者として、下の者達の平和を約束しなければならないのです。そしてそのためには力がいる。不穏分子を抑制し、学園の平穏を崩す者を排除するための強い力が」

「だからコロヌスが欲しい?」

「そうです。彼女の力と私の力があれば、学園は今まで以上に平和になる。それこそ、松田のような不良品を手足として利用する事も無くなる。圧倒的な力で不純物を放逐し、この学園に真の平和をもたらすことが出来る」


 美佐の口調は普段通りの淡々としたものだったが、そこには今までに見たことのないほどの強い熱意が込められていた。彼女の瞳もまた同様に強い輝きを放ち、ジョゼを射抜かんばかりにその光を放っていた。

 今この瞬間、彼女の意志は静かに、しかし力強く燃えていた。


「だから私はあの方が欲しい。強大な戦力として、私の手札に加えたい。切り札としたいのです」


 しかしジョゼは、その美佐の熱弁にまったく靡かなかった。彼女はそれまでと同じ表情を浮かべたまま美佐から顔を離し、そして彼女に背を向けながら言った。


「一つ言っておくわ」


 美佐がジョゼに注目する。ジョゼはまっすぐ出入口のドアへ向かって歩き出し、そしてドアノブを掴んだところで、前を向いたまま美佐に言い放つ。


「コロヌスは道具じゃない」


 美佐が息をのむ。ゆっくりとドアを開けながらジョゼが続けて吐き捨てる。


「あんたがそう考えている限り、コロヌスは一生あんたに懐かない」


 ジョゼが外に出る。ドアがゆっくりと閉められていく。やがて重々しい金属音と共にドアが閉じきられ、生徒会室に再び静寂が訪れる。


「……」


 その中にあって、美佐は一人、無言で爪を噛んでいた。その顔はジョゼへの敵意と、自らへの嫌悪で激しく歪んでいた。


「そんなの……」


 彼女はジョゼの言葉が全て正論であることを理解していた。


「そんなの、わかってるわよ……!」


 それが許せなかった。





「みたいなことがあってさ。あいつ、全然あんたのこと諦めてないみたいよ」


 その次の日の放課後、当たり前のように新聞部の部室に顔を見せたジョゼは、既にそこにいたコロヌスに対して昨日起きたことの詳細を語って聞かせた。そこにはアイビーと高雄、春美と康夫、そして翼と尻尾を残して人の姿を持つ「半人体」となったマクシマスの姿があった。今日の異世界からの訪問者は彼だけであった。


「まああんたのことだから、不意打ちを食らってヘマするとも思えないけど、一応耳に入れておこうと思ってね」

「わかった。感謝する」


 そのジョゼからの情報提供を聞いて、コロヌスは素直に謝辞を述べた。しかしその一方で、奥の方で壁にもたれ掛かりながらその話を聞いていたマクシマスは顔を渋らせた。


「その美佐という女子は、馬鹿なのか?」


 マクシマスは遠慮を知らなかった。突然聞こえてきたストレートな罵声を受けて周囲の視線がマクシマスに集まり、その周りの目を受けながらマクシマスが続けて言った。


「彼女とその部下は、二度も襲撃に失敗している。しかもその内の一人は、どうやってかは知らないが犯罪現場を押さえられ、警察に捕まってすらいる。次は自分がその対象になってもおかしくないと言うのに、それでもなおコロヌスに執着するというのか?」

「止める気は無いみたいね。あいつは本気でコロヌスを狙ってる。現在進行形でね」


 マクシマスの言葉にそう答えた後、ジョゼは再びコロヌスに目を戻した。


「その内何かアクションを取ってくるかもしれない。警戒しておいても損は無いかもね」

「わかっている。もしかしたらまた、私ではなく他の誰かを狙ってくるかもしれないからな」

「そういうこと」


 コロヌスとジョゼの会話を聞いた人間三人が一斉に肩を強ばらせる。コロヌスはその三人に目をやり、安心させるように微笑みながら「大丈夫だ。対策は考えてある」と言った。


「ソーラと一緒に作ったんだ。こいつを持っておいてくれ」


 コロヌスはそう言って鞄の中に手を突っ込み、そこから三個の赤い直方体を取り出した。直方体の上部には小さな輪っかの形をした金具がつけられ、そこから赤い紐が通されていた。紐の両端には金具が取り付けられ、互いが噛み合うような形をしていた。


「これは?」

「お守りみたいなものだ。もしもの時はこれが守ってくれる。いざという時のために、こいつを肌身離さず持ち歩いておいてくれ。ネックレスみたいに首からかけておくとなお良いだろう」


 コロヌスがそれをそれぞれ一つずつ、三人に差し出していく。三人はそれを受け取り、言われた通りに首に巻き、うなじの部分で金具を噛み合わせる。そして件の直方体を制服の下に隠し、目立たないようにしておく。


「これでいいですか?」

「そうだ。完璧だ」


 そうして装着を終えた春美の問いかけに、コロヌスが満足げに頷く。他の二人も同様にお守りを身につける作業を済ませており、そちらを見たコロヌスはまた満足したように首を縦に振った。


「しかし実際のところ、向こうは次にどのような行動アクションを取ってくると思う? 実力行使か? それとも権謀術数を張り巡らせてくるのか?」


 その直後、マクシマスが全員に話しかける。高雄達人間組は何もわからないとばかりに首を横に振り、コロヌスも「全く検討がつかんな」と沈んだ声で言った。


「ジョゼ、お前は何か聞いてないのか? 次の計画とか、作戦とかいった奴は」

「全然、何も。アタシ信用されてないから、そういう重要な話には参加させてくれないのよ」


 そしてコロヌスからそう問いかけられたジョゼは、残念がるような口振りでそう答えた。しかし実際にここで生徒会の話を暴露しているのだから、信用されなくても仕方ないのでは? 高雄はそう思った。


「うん。確かにそうかも」


 実際に高雄からそう問いかけられたジョゼは、素直にそれを肯定した。春美と康夫は苦笑し、マクシマスは「威張るな」とため息をつき、コロヌスは諦めたように首を横に振った。


「でもまあ、どっちにしてもわかってることが一つあるわ」


 その中で、不意にジョゼが言葉を発した。彼女は真剣な面持ちを浮かべ、前方の一点を見つめながら続けて言った。


「次の手が何であれ、連中のやることはロクなものじゃないって事よ」


 それには全員が賛成した。それから彼らは「警戒を怠らないように」と意思を統一させ、生徒会からの次なる攻撃に対して心の準備を済ませた。





 コロヌスの下駄箱に一通の手紙が入っていたのは、その三日後の事だった。


「またこのパターンか」

「実際便利ですしね」


 それを見たコロヌスはうんざりしたように顔をしかめ、その横で高雄がそれをフォローするように言葉を放った。

 しかし当の高雄も、「捻りが無いなあ」と内心呆れていた。もう少し凝った送り方をしても良さそうなものなのに。


「ん?」


 だがそんな彼らの不満は、その手紙を読み進めていく内に雲散霧消していった。手紙の中身はそれだけに衝撃的だった。


「なんだこれは」

「うわあ……」


 それはコロヌスに一対一の決闘を申し込む、綾野美佐からの果たし状であった。

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