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騎士、脅される

 生徒会室は新聞部室より一回り広く、縦長の構造をしていた。部屋の中には長テーブルが「ロ」の字を描くように置かれ、回りにパイプ椅子が均等に置かれていた。両側の壁にはラックケースが置かれ、その中に様々な色のバインダーがぎっしりと敷き詰められていた。それ以外に目立った物は置かれておらず、まさに「仕事」をするためだけに設えられた場所であった。


「お初にお目にかかります。生徒会長の綾野美佐と申します」


 そしてその生徒会室の最奥部、窓を背にして椅子に座り、テーブルに肘をついて組み合わせた手の甲に顎を乗せた女生徒の一人が、奥のテーブルに座った高雄達を見ながら名前を名乗った。美佐は前髪を眉の上で切り揃え、後ろ髪は腰まで伸ばしていた。癖のないすべすべの黒髪で、よく手入れがなされていることが遠目からでもわかった。そしてその顔立ちもまた美人と呼べる程に整っていたが、一方でその目は猛禽のように鋭かった。

 一言で言えば、あまり近づきたくない印象であった。


「それから、こちらが副会長の梶尾裕樹。こちらが書記の中里光みつるです。どうかよろしくお願いしますわ」


 そして美佐はそれぞれ自分の両隣に座っていた男子生徒を一人ずつ紹介した。高雄から見て左に座る生真面目そうな生徒が「梶尾です」短く応え、右側に座る軽い雰囲気を持った生徒が「中里でーす」と投げ遣りに言い放った。梶尾は黒髪を短く切り揃え、中里は外にハネた癖の強い茶髪が特徴だった。


「生徒会には他にも何名かいるのですが、今都合が空いたのはこちらの二名だけでして。どうかご容赦ください」


 そうして二人の紹介を終えた美佐が、形式的に頭を下げる。今この部屋には彼ら三人と高雄とコロヌスしかおらず、高雄は息の詰まる思いを味わっていた。


「前置きはいい。ここに私達を呼んだ理由を教えてくれ」


 しかしコロヌスはその場の空気に動じることなく、まっすぐ美佐を見据えながら口を開いた。雰囲気に気圧されることなく堂々としたコロヌスの姿を見て、美佐は一瞬面白くなさそうに眉間に皺を寄せた。しかしすぐにその表情を元に戻し、コロヌスを見返しながらそれに答えた。


「あなた方を呼んだのは他でもありません。ボクシング部部長の松田さんの件についてです」


 あの噂の事じゃ無かったのか。高雄は僅かに安堵して肩を降ろしたが、その横にいたコロヌスはじっと美佐を見たまま問いかけた。


「あの不良のことか。それがどうかしたのか?」

「あなた方が彼に絡まれた時、なんの前触れもなく彼の体が発火したと聞きました。我々はそれが、あなたの能力によって引き起こされたものであると理解しています」


 高雄は再び肩を強ばらせた。コロヌスの「力」がバレている? でもどうして? ただのハッタリなのか? 彼はその動揺を顔に出さないようにしながら、それでも内心驚かずにはいられなかった。

 しかしコロヌスは、それを聞いてもなお動じなかった。彼女は美佐の言葉を受けて大きく笑った後、「そいつは面白い冗談だ」とシラを切るように言った。


「私が魔法使いに見えるか? 私は外国から来たただの留学生だ。魔法も超能力も使えない」

「いいえ。あなたは魔法使いです。そしてあなたは外国から来た人でもない。隠しても無駄です。あなたの力も、あなたがどこから来たのかも、我々は全て知っているのですから」


 美佐の目は全く揺らいでいなかった。確固たる自信がそこにあった。高雄は額から汗が噴き出すのを感じながら生唾を飲み込み、コロヌスは笑みを消して真面目な口調で問いかけた。


「なぜ断言できる?」

「私に真実を教えてくださった方がいるからです」

「真実だと? 誰だ?」


 コロヌスの問いに対し、美佐が軽く手を挙げる。その直後、それを合図にするかのように、室内に突風が吹いた。


「うっ!」

「この風は……!?」


 それは美佐の背後から、高雄とコロヌスめがけてまっすぐ吹いてきた。氷のように冷たい風を正面から受けた二人は咄嗟に両手で顔を覆い、風はそんな二人を通り越して彼らの背後で渦を巻いた。

 少年と騎士が同時に後ろへ目を向ける。そんな二人の視線の先で、その渦は周囲の風を巻き込んで加速度的に密度を増していった。そしてそれが人一人入れる程の大きさにまで膨れ上がった次の瞬間、渦が内側から弾け飛んだ。

 一際強い爆風が二人を襲う。悲鳴をあげる暇もなく、二人は目を閉じ、腰に力を入れて全力でそれに抵抗した。

 やがて風が収まる。二人が目を開けて渦があった地点を見てみると、そこには一人の女性が立っていた。

 白いロングパンツを履き、白いコートを羽織り、腰に白い剣を提げた、白一色の女性だった。背丈は高雄とコロヌスの中間で、体はアスリートのように引き締まり、無駄な贅肉はどこにも無かった。顔は少し幼く、金色の長い髪をツインテールにして両側頭部から垂らしていた。

 胸は平らだった。


「お前は」


 それを見たコロヌスが驚いた声をあげる。その声を受けた女性もまた、コロヌスに対して片手をあげて「やあ」と気さくに返事をした。


「久しぶりね、コロヌス?」

「ああ、久しぶりだな。元気にしてたか?」

「ええ。あなたも変わってないようで何よりだわ」


 コロヌスとその女性は、非常に親しげに会話を交わしていた。それを見た高雄はコロヌスの方を見て彼女に尋ねた。


「あの、こちらの人は?」

「ん? ああ、そう言えば君が会うのは初めてだったな。彼女はジョゼ・モルデ。白棗団の一員で、氷華ひょうかの異名を持つ氷使い。そして私の友人だ」

「よろしく」


 コロヌスから紹介を受けたジョゼが、高雄を見ながら軽く敬礼する。高雄も慌てて「よろしくおねがいします」とお辞儀をし、その横でコロヌスがジョゼに尋ねた。


「それで? どうしてお前がここにいるんだ?」

「一言で言えば、あんたの監視よ。生徒会に近づいたのも、あんたと直接接触せずにあんたの情報を一番多く仕入れることが出来るから」

「監視だと?」

「あんたが別の世界に飛んだって情報は、前からアタシ達の方で掴んでてね。それで余所様に迷惑がかからないようにしろって名目で、あんたを監視するためにアタシが派遣されたって訳よ」


 ジョゼはさらりとそう答え、コロヌスはそれに対して「信用無いんだな」と苦笑した。ジョゼは一つため息をつき、「悪く思わないで」と申し訳なさそうに返した。それからジョゼはコロヌスを見据え、腰に手を当てて開き直るように言った。


「そもそも、あんたが強すぎるのが悪いのよ。仮にも当代最強の魔界騎士たる獄炎が、何の説明もなしにほいほい異世界に渡られちゃ、白棗としては気が気で無いのよ。少しは自分の持ってる影響力って奴を自覚して欲しいわね」

「私は私のやりたいようにやるだけだ。白棗団の理念は知ってるが、秩序維持ならよそでやってくれ」

「ならせめて出て行く理由と期間くらい教えなさいよ。あんたの後釜を狙ってる連中は大勢いるの。もしあんたが長期間姿を消して、その間にあんたが死んだなんて誤報が流れたりしたら、その空席を狙う連中が一斉に動き出すのよ。あっちこっちで戦闘が起きて、魔界も人間界も大混乱に陥るんだから」


 ジョゼは眉間に皺を寄せ、厳しい表情でコロヌスに詰問した。しかし当のコロヌスはどこ吹く風と言わんばかりに澄まし顔を浮かべ、「白棗でも対処は難しいだろうな」と他人事のように言った。

 コロヌスの横でそのやりとりを聞いていた高雄は、「コロヌスが姿を消すだけで世界がマズいことになるのか」と自分の中で理解した。実感はわかなかったが、コロヌスが阿呆みたいに強いことは知っていたので、それが嘘ではないと信じることが出来た。

 一方で美佐達はそれを全く信じていなかった。


「何言ってるんだあいつら?」

「幼稚な子供の妄想ですね」


 彼らはコロヌス達が力を持っている事は理解していたが、それがどれだけ強大なのかについてはまったく理解していなかった。一から十まで懇切丁寧に教えるほど、ジョゼは律儀な性格では無かった。


「お話は済みましたか?」


 そして我慢の限界とばかりに、美佐がコロヌスとジョゼに向かって声をかける。話し込んでいた二人はそれに気づいて会話を中断し、美佐に視線を向ける。その二人を見つめ返しながら、美佐が続けて口を開いた。


「そんな訳ですから、我々はそちらのジョゼさんから、あなた方のことを全て聞いているのです。隠し立てしても無駄ですよ」

「わかったよ。だが、それを教えるためだけにわざわざ呼んだのでもあるまい?」


 本題に入れ。コロヌスが目を細めて催促する。美佐もまた負けじと鋭い瞳を更に怜悧に煌めかせ、コロヌスをじっと見ながら言った。


「では、単刀直入に申します。あなたをスカウトしたい」

「は?」

「学園の治安を守る実行隊に、あなたを招き入れたいのです」


 美佐は本気の目を向けていた。コロヌスは表情を変えることなく、その美佐の目を見つめていた。ジョゼは黙って腕を組みながら成り行きを見守り、高雄はそのコロヌスと美佐を交互に見やった。

 やがてコロヌスが口を開く。


「それはつまり、お前の手先になってお前の邪魔をする連中を片づけろということか?」

「そうです」

「あの松田のように?」

「そうです」


 美佐は全く否定しなかった。オブラートに隠そうとせず、己の目的を赤裸々に明かしてきた。コロヌスはそんな彼女の態度に、逆に好感を覚えた。

 しかし全体的な心情は、圧倒的に「否」に傾いていた。


「あの松田とか言う男は、生徒会の権力を盾にして色々とやりたい放題やっているそうじゃないか。あれこそ学園の秩序を乱すものじゃないのか?」

「大きな正義をなすために、小さな悪に目を瞑るのはよくある話です。彼が仕事をこなし、我々の地位を盤石なものとしてくれるのであれば、我々もまた彼を糾弾するつもりはないのです」

「大した生徒会様だな。独裁者気取りか」

「独裁者で結構。この学園を完璧に制御出来るのは我々しかいないのですから。ここにいる教師も、生徒も、どいつもこいつも周りに流されることしか出来ない。自分で物を考えて自分で実行するという事を知らない。あんな無能共に学園の管理を任せていては、この学園のシステムそのものが崩壊してしまう」

「だから、お前達が学園を恐怖で縛り上げると?」

「その通りです。恐怖とは、完璧な制御を為すために必要な要素の一つなのです。飴だけでは人は纏まらない。鞭を打ち、誰が上位者なのかを知らしめる必要もあるのです」


 そしてあなたには、その鞭になってもらいたい。


「私と共に、この学園を纏めていきましょう。あなたの力で、彼らを制御していくのです」


 美佐がそこまで言って口を閉ざす。コロヌスは黙ってそれを聞いていたが、美佐が言い終えると共に頭を掻きながら口を開いた。


「なるほど。お前の言いたいことはよくわかったよ」

「そうですか。それで、決断は?」

「クソくらえだ」


 コロヌスが吐き捨てる。美佐達は息をのみ、ジョゼは「やっぱりね」と予想していたかのように言葉を漏らした。

 そして驚いたように目を剥く美佐に向かって、コロヌスが続けて言った。


「そう言って民衆を支配した独裁者はごまんといる。そしてその全員が、最後は惨めに死んでいった。恐怖による独裁は確かに効果的だが、結局は破滅しか生まないものなのだ」

「私のやり方が間違っていると?」

「大間違いだな。というかそもそも、少し歴史に目を向ければ、誰でもわかりそうなことだとは思うぞ。ご大層なことを述べてはいるが、お前は結局は子供というわけだ。理屈を垂れる前にもう少し、世界史を勉強してくるべきだと私は思うな」


 コロヌスが淡々と言い放つ。そうして彼女が言葉を一つ発する度に美佐の顔はどんどん怒気をはらんでいき、ついには「一年生が私に指図をするのですか?」と眉間に皺を寄せながら怒りの声を上げた。


「高校に上がってきたばかりの人間が、上級生に偉そうに指図をするのですか? 身の程を知りなさい!」


 この人はコロヌスの実年齢を知らないのだろうか。机を叩いて立ち上がり、肩で激しく息をする美佐を見ながら、高雄はふとそんな事を思った。それから彼は美佐にコロヌスのことを教えたとされるジョゼに目をやり、そして彼の視線に気づいたジョゼは思い出したように呟いた。


「あ、あいつの年齢教えるの忘れてた」

「いいでしょう。あなたがそこまで無礼な態度を取るのであれば、我々にも考えがあります」


 しかしそんなジョゼの呟きにも、それを聞いて「うわあ」と渋い顔を見せる高雄にも気づくことなく、美佐は無理矢理怒りを抑えて席につきながら、コロヌスに向かって静かに声を放った。


「わかりました。あなたが我々の要求をのまないのであれば、こちらとしても考えがあります」

「ほう? それはなんだ?」


 コロヌスが愉快そうに問い返す。美佐はそれには答えず、そっと視線を高雄に向ける。


「藤澤高雄君を退学処分にします」


 美佐がその言葉を放つ。刹那、ジョゼがコロヌスの真横に立ち、引き抜いた剣の刃を彼女の首筋に押し当てていた。

 高雄が頬にそよ風を感じた時には、既に彼女はそこにいた。


「駄目よ」


 ジョゼがコロヌスの耳元で囁く。空気が一瞬で張りつめたものになっていく。刀身全体から白い煙が立ち上り、まるで薄氷を踏むような、空気が凍り付いていく音が辺りから響いていく。コロヌスはまっすぐ美佐を見つめたままだったが、ジョゼはそのままコロヌスだけに聞こえるように小声で言った。


「あんたが本気で爆発したら、それこそ大惨事になる」

「……」

餓鬼ガキの挑発に乗るんじゃないわよ」


 コロヌスは何も言い返さなかった。その拳は微かに震えていた。

 それからジョゼとコロヌスは、その体勢のまま互いにぴくりとも動かなかった。高雄は固唾をのんで見守り、美佐はそのジョゼの行為を「自分達を守るためにしたこと」と認識し、彼女に好意を抱いた。

 そのうち、コロヌスが一つ深呼吸をする。それを見たジョゼもやがてゆっくりと剣を降ろし、空気が一気に弛緩していく。


「わかったよ。何もしない」


 そしてコロヌスが諦めたように声をかける。ジョゼもそれを聞いて安心したように一息吐き、それから「やりすぎないようにね」と言って剣を腰に戻した。

 一方でコロヌスは高雄の方を向いて「帰ろう」と短く促し、高雄もそれに対して頷いて答えた。ジョゼは何も言わず、その後ろ姿を黙って見送った。


「私の言葉がデタラメだと思ったら、大間違いですよ」


 そうして自分達に背中を向けるコロヌス達に、美佐が静かに告げた。その言葉にはどこか勝ち誇ったような響きすらあった。


「藤澤君がこの先も平穏な学園生活を送れるかどうかは、あなたの返答にかかっているのですよ。もし無碍にしようものなら」

「やってみろ」


 その言葉を遮るようにコロヌスが言い返す。それから彼女は足を止めて肩越しに美佐を睨み、そして思わず息をのむ美佐に向かって続けざまに言った。


「もし高雄に手を出してみろ」

「……」

「その時はお前だけ殺してやる」





 コロヌスの恫喝は、美佐とその取り巻きの心根を凍り付かせるのに十分な威力を持っていた。しかし美佐達は結局、コロヌスはあくまで「力」を持っているだけであり、性根の部分は松田と同じような「凡百の不良でしかない」という判断を下した。

 生徒会の面々が「自分達がパンドラの箱を開けようとしている」ことに本格的に気づくのは、まだ先のことであった。

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