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メイド、食べる

 それは彼にとって全く唐突なものであった。

 深夜、特に何をするでもなく自宅の周辺を徘徊し、そろそろ帰るかと元来た道を引き返そうとした直後、彼は自分の体が白く発光していることに気付いたのだ。


「……!?」


 驚いて両手を持ち上げ、その手のひらを凝視する。手の平も手の甲も白く光り、その光は見る見るうちにその輝きを増していった。そしてそれは全身で等しく起きており、ついには視界までもが白く染まっていった。


「……!」


 彼は恐怖に駆られた。そして咄嗟に声をあげて助けを呼ぼうとした。

 しかし口を開けて叫んでも、声が喉から出てくる事はなかった。


「……!?」


 何度叫ぼうとしても同じだった。声は出てこず、代わりに空気だけが空しく喉から吐き出されていった。

 彼はパニックになった。光を引きはがそうと体を掻き毟るが、そんな彼の努力を嘲笑うかのように光は彼の体を丸ごと飲み込んでいった。


「助け……!」


 そして声が出たと思った次の瞬間、彼の体は己を包む光と共にそこから姿を消した。

 そして後には静寂だけが残った。





 ドラゴンの腹から救出された少年は、その後身柄を女騎士からメイドの手に移され、彼女に背負われたまま大浴場まで連れて行かれた。そして脱衣所でそのメイドに服を脱がされ、まず事情を説明する前にその体に着いた血を隅々まで洗い流すことになった。


「こちらは私でお世話をしておきます。コロヌス様はその間に客人を迎える準備を済ませておいてください」

「ああ、頼むぞ。ついでに鼻を元に戻してくれるとありがたいんだがな」

「あなたも初歩的な治癒魔法は使えるでしょう。ご自分でなんとかしてください」

「私の鼻をへし折ってくれたのはお前なんだがな……まあ良い。頼んだぞ」


 アイビーは少年の世話を受け入れたが、コロヌスの顔に蹴りを入れたことについて謝罪はしなかった。そしてそのアイビーに背負われて浴場に連れてこられるまでの間、少年の意識はまだ半分混濁状態にあった。目は半分開いていたが、脳が情報を処理することは出来ずにいた。

 そんな少年に向けてメイド、もといアイビーは湯気の充満する浴場に少年共々入り、そこで彼の体に容赦なくお湯を降りかけた。彼女の持つシャワーから熱水が放たれ、彼の体に付着していた赤い液体を隅々まで洗い落としていく。そんな全身にぶち当たる熱水の感覚を受けて、少年はここに来て完全に自意識を取り戻したのであった。






「う、うう……」

「おや、お気づきになられたようですね」


 見知らぬ女性の声が少年の耳に入り、脳内に届く。それに反応するように少年は目を見開いて彼女の方に目を向け、それと同時に声をかける。


「あ、あの、ここ--」


 そこで少年は気づく。目の前の、おそらく自分に声をかけたであろう女性が全裸のまま自分の隣に腰を下ろしていたのだ。そしてそれから一拍遅れて、自分も彼女と同様に全裸になっていること、自分と彼女が一緒に風呂場でシャワーを浴びている事を理解した。


「は?」


 自分が知らない女性と混浴している。それを知った少年は即座に思考と体を硬直させた。


「あ、え、あ?」


 意味が分からなかった。唐突かつ意味不明すぎて悲鳴すら上げられなかった。なぜ自分がいきなりこんな状況に置かれているのかまるでわからなかった。しかしそれでも彼の羞恥心と貞操観念はまだ機能しており、少年はそれに従うように横の女性から視線を外し、逃げるように正面に顔を戻した。

 正面の壁には鏡が張られ、そこには頬を真っ赤に染めながら驚きのあまり呆然と目を見開く自分の顔が映っていた。口もだらしなく半開きになっており、なんとも間抜けな顔だった。

 その鏡の端から件の女性がにゅっと顔を出してきたのは、少年がそうやって自分の顔を観察した次の瞬間だった。


「お目覚めになられましたか?」

「うわああっ!」


 自分の顔の真横から声をかけられたその少年が、反射的に女性とは反対方向に飛び退いた。この時件の女性によって腰に巻かれていたタオルがはらりと外れてしまったのだが、少年は気が動転していてそれどころではなかった。


「な、なんで? なんでこれ、どういうことなの?」

「大丈夫。別に取って食うつもりはありませんよ」


 そんな慌てふためく少年の姿を楽しげに見つめながら、その女性ーーアイビーがシャワーを元の位置に戻しつつ立ち上がる。そしてなおも気が動転したままのその少年に向かって、アイビーはわざとらしく尻を振りながらゆっくりとした足取りで近づいていった。少年はそれから逃げようと後ずさりをしたが、水に濡れた床は思いの外滑り、思うように逃げる事が出来なかった。

 そんな少年にアイビーが追いつく。彼女は少年の前で腰を下ろし、そっと自分の顔を少年の顔に近づけていった。


「どうか落ち着いてください。今はあなたの体についた汚れを落としているだけなのです。ですからどうか怖がらずに、ここは私に任せていただけないでしょうか?」


 アイビーの声はとても穏やかで、敵意が無いのは明らかだった。少年はその心を解きほぐす声を聞いて一瞬警戒を解こうとしたが、しかし別の意味でまたすぐに体を強ばらせた。


「どうしても信用できませんか? 確かに難しいとは思うでしょうが、どうか信じてはいただけないでしょうか?」

「い、いや、そうじゃなくて、その」


 相手の態度の変化に気づいたアイビーが悲しげに目を伏せ、そして相手を悲しませてしまった事に気づいた少年が慌てて首を横に振る。しかし目線だけは絶対に下げず、少年はその間近にあるアイビーの顔を凝視していた。

 綺麗に整った、理知的な面持ちであった。紫色の髪が水に濡れて肌に張り付き、切れ長の瞳には知性と理性の光が宿っていた。まさに大人の女性と言うべき美しさを表していた。

 もっとも、少年が固まっていたのはアイビーの顔に魅せられていただけでは無かったのだが。


「ああ、なるほど」


 そんな口を真一文字に結び、緊張した面持ちで自分を見つめてくる少年の姿から、アイビーはなぜ目の前の彼がこんなに力んでいるのかを理解した。

 彼の本命は「顔」ではない。


「女の裸を見るのは初めてですか?」


 本意を察したアイビーが楽しげに問いかける。図星を点かれた少年はさらに顔を真っ赤にしたが、紫髪の女性はそんな目に見えて狼狽する少年をさらに愉快そうに見つめていた。ここまでウブだとさらにいぢめたくなってしまう。アイビーは心の中で舌なめずりをした。

 そしてアイビーはおもむろに立ち上がり、顔だけを見つめようと必死に視線をあげる少年を見つめ返しながら彼に向き合った。


「な、なにを」

「恥じる事はありません。むしろ良い機会です。どうぞお好きなだけご覧になってください」


 そう言った次の瞬間、アイビーはおもむろに彼の前でポーズを取り始めた。腰を反らして胸を前に突き出したり、片足を持ち上げて堂々と見せびらかしたり。アイビーは相手がそういうことに免疫が無いのをいいことに、次々と破廉恥なポーズを決めてはやりたい放題やっていた。


「さあ、さあさあどうです? 私のこの淫らな姿、好きなだけご覧になってくださいな。そして私の姿を網膜に焼き付けて、存分におかずにしてくださいまし!」


 自分の裸体を晒すことに、アイビーは全く抵抗を持っていなかった。それどころか彼女はどんどんと大胆になっていき、ついには自分からそんな事までのたまうようになっていった。

 もっとも、当の少年はアイビーがポーズを取り始めた時点で自分の目を両手で覆っていた。しかし指の間を僅かに開け、その隙間からちらちらと相手の姿を覗き見てたりもしていた。


「な、なんでこんなことするんですか!」


 やがて少年がヤケッパチな声を上げる。その悲鳴にも近い声は、しかし反響することなく広い浴場の中へと吸い込まれていったが、それを聞いたアイビーは唐突にポーズを取るのを止めた。そしてそれから四つん這いの姿勢になって--これが最も扇状的で「危険な格好」であったのだが--少年に近づき、手で隠されていた相手の顔をじっと見ながら少年に問いかけた。


「なんで、とは?」

「は、恥ずかしくないんですか? 男の人に裸見せたり、変なポーズ取ったり、エッチなことしたり。これもうただの痴女じゃないですか!」

「はい。痴女ですよ」


 アイビーが即答する。少年はそこまでハッキリ答えられた事に驚き、「えっ?」と間の抜けた声を上げる。

 そんな少年に向けてアイビーが続ける。


「実は私痴女なんです」

「え、は?」

「男の人に自分の裸見せたりするの大好きなんですよ。エッチも大好きなんです。普段はメイドなんでおおっぴらにやったりはしないんですけどね」

「はあ?」

「あ、ついでに言うと私サキュバスなんです」

「ああ?」


 何言ってるんだこいつ! 異界からやって来た少年はまともな言葉も返せず完全に混乱していた。そんな少年の顔を覆っている手をアイビーが無理矢理掴んでどかし、露わとなった少年の顔をじっと見つめた。少年もなぜか顔を背ける事が出来ず、目の前に映る美女の眼差しを正面から受け止めた。

 女性の瞳は金色に輝いていた。その目は琥珀のように妖しく煌めき、見ているだけで吸い込まれそうな魅力を備えていた。さらに少年は目の前で四つん這いになっていた女性が頭から捻れた一対の角と背中から一対の蝙蝠の翼を生やしている事に気づき、大きく息をのんだ。


「ま、まさか」


 展開が速すぎて何がどうなっているのか追いつけずにいたが、自分が異常な状況に置かれていると言うことは理解していた。


「本当に、サキュバスなの?」

「はい。私はサキュバス。亜人族、もとい魔族に属する者の一人です。信じていただけたようで何よりですわ」


 確認するように問いかける少年に向かってアイビーが微笑む。それからアイビーは視線を下に降ろし、ある一点をじっと見つめながら少年に言った。


「そしてサキュバスなものですから、エッチな事にもとても興味があるのです」

「え」

「そう、たとえばその、雄々しくそびえ立つソーセージとか……」


 アイビーがそう言いながら、うっとりと頬を朱に染める。口から熱い吐息が漏れ、金に光る瞳が物欲しげに潤んでいく。

 少年は悪寒を覚え、そして下半身に血が集まっていく感覚を覚えた。自分まで視線を下げる必要は無かった。目の前のサキュバスが今何を欲しているのか、彼は直感で察することが出来た。


「一口だけでいいので、ちょっと味見させてもらってもよろしいですか?」

「だ、だ、ダメです!」


 子犬のように上目遣いでねだってくるアイビーに対し、自分の「ソーセージ」を咄嗟に両手で隠しながら少年が言い返す。言葉だけでなく首も激しく左右に振り、全身で拒絶の意を示す。

 しかしサキュバスも退かなかった。膨張しきった「ソーセージ」を隠す少年の手の上から自分の両手を添え、囁くように言った。


「お願いします。ね? 先っちょだけ、先っちょでいいですから。ね?」

「ダメなものはダメです! だ、だいたい、先っちょだけとか言って全部食べる気なんでしょう!?」

「失敬な。今日はほんの味見だけです。味見だけですから」

「それを信じろって言うんですか?」

「サキュバス、ウソ、ツカナイ。ワタシ、ショウジキモノ」

「なんでカタコトなんですかあ!?」


 少年は涙目になりながらも、眼前のサキュバスの誘惑に抵抗し続けた。しかしそれも長くは続かず、似たような流れの押し問答をしていく内に少年は自分の体から力が抜け落ちていくのを感じた。


「え、何これ、え?」

「お気づきになられましたか。実は前々から、この浴場の中にあなたの体から力を削ぎ落とす特殊なガスを放っていたのです」

「ま、まさか」


 ここに充満してる湯気のような煙って全部。


「その通りでございます」


 相手の心を察したアイビーがにっこりと微笑む。少年は逃げ場が無いことを悟り、脱力すると同時に目の前がまっ暗になった。

 そして少年の体から完全に力が抜け落ちたその一瞬を、サキュバスは見逃さなかった。


「さあ、共に高みへ参りましょう。エレクチオンしちゃいましょう!」


 鼻息荒く少年に詰め寄り、陰部を隠す少年の両手を力任せにはぎ取る。充血した「ソーセージ」が屹立し、それに気づいた少年が再度体に力を込める。

 しかし手遅れだった。


「レッツ・イート! レッツ・イート! 久しぶりの男の子の精! ヒャッホー!」


 アイビーが興奮を隠すことなく叫ぶ。そこにいたのはもはや大人の女性ではなく、ただのセックス狂いの痴女であった。そんな狂乱するサキュバスを前にして、少年は興奮よりも前に恐怖を覚えた。


「た、助けて……」

「ゲヘヘヘヘ。残念、誰も助けてはくれません。あなたはもう私に食べられる運命なのですよ。ウヘヘヘヘ」


 歯をガチガチ鳴らして怯える少年に対し、小悪党のような下卑た笑みをこぼしながらアイビーが迫る。少年はもはや逃げることも出来ず、その場に固まって己の行く末をただ見守るばかりであった。

 浴場の入口のドアが外から吹き飛ばされたのは、まさにその時であった。





「アイビー・シュトロナーム!」


 ドアが吹き飛ばされ、白煙を上げる入口から猛々しい声が響く。それと同時にそこから浴場の中へ、一人の女性が大股で入ってきた。赤い髪をなびかせ、完成された美しさを持つ豊満な裸体に炎を巻き付かせながらこちらに近づいてくるその女性は、明らかに怒っていた。


「貴様、私の婿候補に唾をつけるとは、いい度胸だな?」


 女性の存在を認識したアイビーが少年の眼前でため息をつき、そして彼から顔を離しゆっくりと立ち上がる。少年はその呆れた顔を見せるサキュバスと、自身の回りで炎を揺らめかせつつ怒りの形相でこちらに近づいてくる別の女性とを交互に見やり、困惑した表情を浮かべていた。


「あなたも大した嗅覚ですね。お犬様に転生されてはいかがですか?」

「黙れ。サキュバスのサガだなんだという言い訳は通用せんぞ。その子は私の物だ」


 呆れたように言葉を放つサキュバスに対し、赤髪の女性がそれを一蹴するように言い放つ。サキュバスは少年を庇うように彼の前に立ち、赤髪の女性もまたサキュバスとある程度離れた所で立ち止まる。

 そこで少年はあることに気づく。それまで浴場に充満していた湯気のようなガスが完全に消え去っていたのだ。ガスが雲散霧消したことで今や周囲の光景が完全に見えるようになり、ここが思っていた以上に広々とした場所であることに驚いた。

 実は赤髪の女性が全身から熱を放ち、煙を蒸発させていたのだが、少年がそのことに気づくことは無かった。


「こんなこすいガスまで使用しおって、そんなにその子を手込めにしたいのか」

「ご冗談を。これはほんの遊びですよ。ちょっとちょっかいをしただけなんです」

「嘘をつくな! 人間であろうと魔族であろうとこの濃度のガスに長時間浸されたらどうなるか、貴様が一番知っているだろうが!」

「一発ヤらないと気が済まなくなりますね。何せこれは霧状の媚薬ですから」

「百発だバカタレ! 前にそれを私に使ったのを忘れたのか!」

「ああ、そういえばそうですね。あの時あなたは確かに百回絶頂しましたっけ」

「言うな馬鹿!」


 激昂する赤髪の女性を前にして、昔を懐かしむようにサキュバスが返す。赤髪の女性はそれを聞いて益々顔を怒りに染め、今や悪鬼の如き形相となってサキュバスを睨みつけていた。


「とにかく、貴様の狼藉を見過ごすわけにはいかん。それ以上その子にちょっかいをかけると言うなら、容赦はせんぞ」

「別に寝取ろうとかは考えてませんよ。それともまさか、コロヌス様は童貞信仰とかお持ちなのですか? さすがにそのお歳でそれはちょっと引きますよ」

「違う! お前は一々性に奔放過ぎるんだ! その子を見ろ! 怯えているだろうが! これ以上無垢な子供にトラウマを植え付けさせる訳にはいかん!」


 そう言って、赤髪の女性がその身に巻き付かせた火力を更に高める。それまで蛇のように巻き付いていたそれは瞬く間に全身を包み込んでいき、一瞬で「蛇」から「鎧」へと変わっていった。そしてその鎧の放つ凄まじい熱量は、サキュバスとその背後にいた少年の体にも容赦なく吹き付けられた。

 その熱波をまともに浴びた少年は思わず両目を強く瞑った。しかしその圧倒的な力の奔流を前にして、彼の前にいたサキュバスは一歩も退かなかった。


「あなたは勘違いしておられる。私はこの子に性教育を施そうとしているのです。無知な子供に知識を授け、大人の階段を登らせようとしたのです。あなたはそれを邪魔しようとなさるのですか?」


 無粋なお人だ。そう言い返した直後、サキュバスが己の力を解放した。

 衝撃波を体の内から外へと飛ばした後、黒く蠢く闇色の煙が足下から這い上がって彼女の裸体を包み込んでいく。やがてそれは数秒もしない内に胸元の大きくはだけたドレスへと変化していき、次いで右手に向かった煙の一部が長い槍へと変化していく。

 そしてその槍を見た赤髪の女性が自身の右手を横に流す。そしてその手に鎧から炎の一部を移し、それを一振りの剣へと変えて握りしめる。そうして錬成した炎の剣の切っ先をサキュバスに突きつけ、険しい顔つきのまま眼前の女悪魔に告げる。


「なんだかんだ言いがかりをつけて、精を貪るつもりなのだろう?」

「ただのお駄賃ですよ。ギブアンドテイクです」


 サキュバスが微笑んで言い返し、黒いドレスの色合いをさらに強めていく。顔は笑っていたが、体からは眼前の女性に対する敵意が滲み出ていた。そして赤髪の女性もまた自身に向けられる敵意に反応するように、己の身を包む火力を上げていった。

 赤から青へ、炎の鎧が鮮やかに色彩を変えていく。見た目には美しかったが、体に当たる熱量もまた増加していった。しかしそれを正面から受けたサキュバスは煩わしげに半目になって顔をしかめたが、少年は熱がる素振りも見せずに呆然とその光景を見つめていた。


「熱くない? なんで?」


 実はサキュバスが不可視の障壁を展開し、それによって守られていたために少年は熱の影響を受けずに済んでいたのだが、少年がそれに気づくことは無かった。


「それがやりすぎだと言うのだ。たとえどんな理由があるにしろ、自分の流儀を押しつけるべきではないとわかっているはずだ」

「あ、あの」


 そして赤髪の女性がそう言ったその時、不意に少年の方から声がかかってきた。その女性とサキュバスが同時に声のする方へ顔を向けると、そこには怯えながらもこちらをじっと見つめてくる少年の姿があった。

 その目は確かに怯えきっていたが、同時に僅かな好奇心の光が宿っていた。


「こ、ここ、なんなんですか? お二人はいったいどこの誰なんですか?」


 それを聞いて、それまで臨戦態勢にあった二人の美女は、ここに来てようやく「異世界人」がいることを思い出した。そして同時に、なぜここに「異世界人」を連れてきたのかについても。

 戦っている場合ではない。


「……体は洗い終わったのだろう?」


 全身を覆っていた炎の鎧を消しながら、赤髪の女性がサキュバスに問いかける。サキュバスもまた纏っていたドレスを消し、ゆっくりとそれに頷く。


「続きは食堂でしよう。急げよ」


 そしてそれだけ言って、赤髪の女性は全裸のまま浴場から外へと出て行った。それを呆然と見届けていた少年に対し、サキュバスが一つ安心したように息を吐いてから穏やかな表情で話しかけた。


「今日はここまでにしておきましょう。さ、主の気が変わらない内に早く上がってしまいしょうか」


 美女の目は笑っていたが、その体からは黒いオーラが滲み出ていた。

 少年はそれに逆らうことが出来なかった。

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