姉、全部バラす
「コロヌスに伴侶が出来たって聞いたから、どういう人か知りたくてここに来たのよ。ここには私の方から無理矢理入ったから、衛兵達を怒ったりしないでね?」
そうしてリザリスが姿を見せた後、彼らは全員で食堂に向かった。なおそこで話し合うと決まった際に「また食堂ですか」と高雄が言葉を漏らしたが、それに対してコロヌスは「ここには他に適当な大部屋が無いのだ」と答えた。
「どうやらここは戦争の拠点に使うために作られた場所らしくてな、必要最低限の設備しか置かれていなかったのだ。身なりは立派で中も広いが、実際は駐屯兵用の個室や倉庫が殆どで、ダンスホールや宴会広場と言ったような娯楽用の部屋は皆無だったんだ」
「その個室にしたところで、とても快適な場所とは言えませんでした。何せ堅いベッドを左右二列、上下二段に据えただけの、タコ部屋も同然の作りをしていましたからね。我々の寝泊まりしている部屋や、以前に高雄様がお使いになられたお部屋は、全て我々がこの城を拾得した際に改築した物なのでございます」
そして未だ手つかずの部屋も多く残っているのです。コロヌスとアイビーの説明を聞いて、高雄と春美は揃って納得した。そして春美はそれを聞いた後、「その手つかずのタコ部屋って奴、後で見せてもらっていいですか?」と尋ね、アイビーもそれを快く承諾した。そして彼らはそんな事を話しつつ食堂へ向かい、リザリスからなぜ彼女がここに来たのかについてを聞いたのだった。
閑話休題。
「でもまさか、こんなに小さい子のハートを射止めちゃうだなんて、コロヌスってば、年下好きな性癖は全然治ってないのねえ」
そうして自分がここに来た理由を話した後、リザリスはその視線をテーブルを挟んだ向かい側に座っている高雄に向けながら楽しげに声をかけた。リザリスに見つめられた高雄は思わず赤面し、そしてコロヌスが一度咳払いをしてからリザリスに言った。
「別に良いではないですか。誰が損をするわけでも無し、何か問題があるわけでも無いのですから」
「もちろんそれはわかってるわ。コロヌスの好みを否定するつもりもないの。ただ、それでも驚きなのよ。だってこの子みたいな超年下をゲットしちゃうなんて、普通じゃ考えられないからねえ」
リザリスは申し訳なさそうにしながらもそう返し、そして再び高雄の方を見た。相変わらず表情は優しげに笑っていたが、その柔らかな眼差しははまるで品定めをするかのように高雄の顔をじっと見つめていた。
なんだか怖いな。その視線を感じた高雄は少し肩をこわばらせたが、その一方で敬語を使っているコロヌスに新鮮味を感じてもいた。あの人もちゃんと敬語使えるんだ、などと失礼な事まで考えていた。
「でも安心したわ。高雄ちゃん、本当にコロヌスを好きになっているみたいで」
しかしその時、不意にリザリスがそう言った。それを聞いた高雄は驚いたようにリザリスの方を見つめ、リザリスはその高雄をまっすぐ見返した。
「わかるんですか?」
「もちろんわかるわ。あなたが心の中に抱いている感情は全てわかる。あなたが本当は何を考えているのか、コロヌスにどんな気持ちを向けているのか、手に取るようにわかるの」
そして高雄を見つめたまま、リザリスがにっこり微笑みながら言った。まったく信じられないような話であったが、しかし高雄はそれを「馬鹿馬鹿しい」と一蹴したりはしなかった。
リザリスは魔族なのだ。自分の物差しで測ってはいけない。
「さっきの話、本当なんですか?」
だから高雄は視線をコロヌスに向け、今の話が嘘かどうかを妹である彼女に尋ねてみることにした。リザリスの同族で親族であるコロヌスは即座に「本当だ」と答え、そのまま高雄に説明した。
「姉上は望んだ時、望んだ相手の心を読むことが出来るんだ。姉上が能力を発動してしまえば、もはや我々は隠れることも逃げることも出来ない。私達が今何を考えているのか、姉上には筒抜けなのだ」
「その通りよ。だから私にはわかるの。あなたが本当にコロヌスを愛してるって事がね」
コロヌスの説明に合わせるように、リザリスが柔和な笑みを浮かべて言った。そこに敵意はなく、代わりに親愛の情のこめられた暖かな眼差しがあった。
「あなたの心の中はコロヌスでいっぱい。少し不満もあるみたいだけれど、どうすればあの子を幸せに出来るか、基本的にはそればかり考えている。ああ、素敵。あなたは心からあの子を愛しているのね」
それから金髪美人は優しく高雄を見つめながら、うっとりとした口調でそう言った。美女に見つめられ、心の底を見透かされた高雄は恥ずかしげに顔を伏せたが、リザリスは構うことなく「これからもコロヌスをよろしくね」と静かに告げた。
「色々と困った所もあるけれど、それでもコロヌスは、私にとっては大切な妹なの。だから高雄ちゃん、この子を支えてあげて?」
それはリザリスの、心からの懇願であった。高雄は何も言わず、真っ赤な顔で真剣な表情を浮かべてしっかりと頷いた。アイビー達も安堵した表情でそれを聞いており、その中でシュリは「リザリス殿の太鼓判があるなら安心じゃな」とリラックスしたように呟いた。
一方でこの時、高雄とリザリス会話を聞いていた春美は一つの疑問を抱いていた。彼女は「ここでこんな事聞くのは申し訳ないかな」と思いつつ、それを尋ねてみることにした。
「あ、あの、質問してもいいですか?」
「もちろん。どうぞ」
そしてそんなある意味空気を読まない春美の問いかけに対し、リザリスは高雄から視線を移して笑みを湛えながら答えた。読心云々の話を聞いていた春美はやや緊張しつつ、続けて言葉を放った。
「その、お二人はさっき、藤澤君の事を年下って呼んでいたんですけど」
「ええ、確かにそうね」
「それがどうかしたのか?」
「それは、その」
リザリスとコロヌスが揃って春美に視線を向ける。その真剣な眼差しを受けた春美は「これは流石に失礼だろうか」と思い、その言葉が口から出掛かった所で理性のブレーキを掛け、一旦は踏みとどまった。しかしそれでも心の奥から沸き上がる知的欲求には耐えられず、結局口を開いてその言葉を放った。
「お、お二人は今、おいくつなんですか?」
高雄は咄嗟に春美の方を見た。それは流石に失礼だよ! 彼は口にこそしなかったが、その代わりに目に力を込めて必死にそれを訴えた。どこまでも空気の読めない発言である。
「四百五十二歳だ」
「五百八十四歳よ」
しかしそう高雄が恐怖する横で、コロヌスは怒ることなくさらりとそれに答えた。更にリザリスもそれまで浮かべていた柔和な笑みを崩さぬまま、コロヌスに続くようにして己の年齢を暴露した。
姉上、それは流石に失礼です。そしてリザリスの言葉を聞いたコロヌスはそう言って、続けて彼女を窘めた。
「客人の前で鯖を読むのはお止めください。今は五百八十六歳でしょうに」
「ええー? いいじゃない二歳くらい。ちょっとくらい誤魔化したってバレないわよう」
「そういう問題ではありません。もっとしっかりしてください」
そんなコロヌスとリザリスの問答は、しかし春美の頭には届かなかった。彼女は二人の年齢を聞いた直後に目と口を大きく開けて硬直し、その後はただ二人の「年齢」だけを脳内で反響させていた。
ただただ愕然としていた。自分はここに来て何回驚けばいいのだろうか。そんな事すら考え始めていた。
「ウソ、じゃないですよね?」
「もちろんだ。本当の事だぞ」
「私達魔族だからねえ。人間とは寿命の長さが根本的に違うのよ」
そして「年齢」を頭の中で響かせながら確認するように問いかける春美に、コロヌスとリザリスは共にそう答えた。一方でそれを聞いた春美は暫し考え込んだ後、「じゃあまさか」とあることに気づき、それを確認するかのように今度はアイビー達の方へ目を向けた。
「今年で三百九十五になります」
「千とんで二十一じゃ。まだまだピチピチじゃぞ?」
「えーと、私は今年で……二百三十七ですね。それくらい生きてます」
その春美の視線に答えるように、アイビーが丁寧な口調で、シュリが自慢げに、ソーラが指折り数えながら答えた。
当たってほしくはなかったが、予想通りであった。
「な、なるほど。わかりました。ありがとうございます」
そしてそれを聞いた春美は疑うことを止め、素直にそう告げた。これ以上頭がパンクしない内に思考を停止する事にしたと言った方が正しかった。
郷に入っては郷に従え。いきなり流れに逆らうのではなく、まずは流れに従ってみるのだ。春美は父の教えを思いだし、それを実践することにしたーーまさかこんな形で役に立つとは思っていなかったが。
「凄いですね。そんなに生きてるんですか」
「魔族だからな」
「魔族なら仕方ないわよねえ」
そうして開き直った春美の率直な感想を前にして、コロヌスとリザリスの姉妹は何でもないことのようにそう答えた。そしてそれを聞いた時、春美は「この件はこれで満足しておくことにしよう」と深入りしないことを再認識した。これはこれ、それはそれと割り切るべきであると学習したのだ。
「あの、こっちからも質問あるんですけど、いいですか?」
その時、今度は高雄がリザリスに問いかけた。リザリスは素直に頷き、そして高雄に「何が聞きたいのかしら?」と話しかけた。
「ええと、じゃあまず、いつもは何をなさってるんですか?」
「学校を仕切ってるわ。校長先生って奴ね」
「そうなんですか?」
「ええ。これでも結構人望あるのよう?」
そう言ってリザリスが軽くウインクをする。高雄はどう反応していいかわからず苦笑をこぼし、続けて次の質問を放った。
「前にアイビーさんから異界マニアって話を聞いたんですけど、具体的にはどんなことをしてるんですか?」
「色んなことをしているわね。異世界に直接転移してそこを旅して回ったり、その世界の物品を集めて回ったり。まあ、単なる趣味よ。別に研究やら何やらをしている訳じゃないわ」
「なるほど」
いまいち全体像が掴めなかったが、それでもリザリスが何をしているのかについては何となくわかった。高雄はそれで納得することにして、続けてリザリスに別の質問をした。
「他のご家族はどんな感じなんですか? コロヌスさんのご両親ってどういう人なんでしょう?」
「うーん、人って言うより魔族なんだけど、これはちょっと説明し辛いわね。私が説明するより直接見てもらった方が早いかもしれないわ」
その問いに対して、リザリスはそう答えた。高雄は満足出来る答えが得られず肩を落としたが、それを見たリザリスは「そんなに落ち込むことは無いわ」と励ますように声をかけた。
「どういうことですか?」
顔を上げて高雄が再度尋ねる。リザリスは満面の笑みを浮かべてそれに答えた。
「だってもう皆ここに来ているんですもの」
は? その場にいた全員が目を丸くする。全員の視線を受けながらリザリスが軽く手を叩く。その次の瞬間、食堂内の空間の一部がねじ曲がり、その捻れの中からぞろぞろと三人の人間が姿を現した。
「おお、ここがそうか。中々立派じゃないか」
先頭に立ち、威厳のある低い声でそう言い放つのは、装飾の施された黒い礼服をカッチリ着こなし、前髪を後ろになで上げ、綺麗に整えられた髭を口元に生やした壮年の紳士。
「コロヌスはちゃんとしているようですね。シシルはとっても嬉しいです」
小声でぼそぼそ喋りつつ次に出てきたのは、白い髪をうなじで束ね、血の気のない青ざめた肌と青い瞳を持ち、露出の無い灰色のドレスを身に纏った人形のような女性。
「うわー! すごーい! きれいなおへやー!」
そして元気溌剌と言わんばかりに大声を出しながら最後に出てきたのは、前の二人の腰ほどの背丈しか無い、二束の三つ編みを後ろに垂らし薄青色のワンピースを身につけた小柄な少女。
三者三様、それぞれ異なる個性を身につけていた。
「な」
そしてそれを見たコロヌスは絶句した。一方で捻れから姿を見せた三人は同時にコロヌスに気づき、それぞれ彼女に向かって一斉に声をかけた。
「おおコロヌス! 久しいな! 元気にしていたか?」
「また会えましたねコロヌス。またあなたの顔が見れて、シシルは安心しました」
「コロヌスお姉さま! 結婚したって本当ですか!? 旦那様はどちらにいらっしゃるのですか!?」
まったく賑やかなことであった。そうして三人からの集中砲火を受けたコロヌスは最初に何を言えばわからず、ひきつった笑みを浮かべるばかりだった。一方で高雄と春美も突然の事に唖然とし、そんな二人に助け船を出すかのようにアイビーが説明を始めた。
「あちらのお三方は全員コロヌス様の親族、ご両親と末妹でございます」
「か、家族の人なんですか?」
「その通りです。クセはありますが、皆良い人ばかりでございますよ」
アイビーがそう言うのと、新たに出てきた親族三人が高雄に目を向けるのはほぼ同時だった。それから立派な髭を生やした男性が「失礼、そう言えばまだ自己紹介をしておらなんだな」と最初に口を開き、続けて恭しく一礼をしながら言った。
「私はゼルヴェー・ドル・トリスタータ。コロヌスの父である。よろしく頼むぞ、藤澤高雄君」
その髭を生やした紳士に続いて、今度は彼の横に立つ人形じみた女性がぺこりと小さく頭を下げながら言った。
「シシルフェルト・ペル・トリスタータと申します。コロヌスの母です。藤澤高雄君、どうかシシルをよろしくお願いします」
最後にその女性の横にいた小柄な少女が、直角になるまでに腰を曲げながら元気の良い声で言った。
「ペトラム・ケル・トリスタータ! 百七十二さい! コロヌスお姉さまの妹です! 高雄お義兄さま、こんごともよろしくおねがいしまーす!」
三者三様、個性の光る名乗りであった。そしてその三人を前にして、春美は目を輝かせていた。まったくここは宝の山である。春美はいきなり出てきたこの面々に対してもはや恐怖も怯えも抱かず、純粋な好奇心に満ちた眼差しを向けていた。
一方で高雄は呆然としていた。そしてその顔のまま、胸に抱いていた一つの疑問を口にした。
「なんで皆、僕の名前知ってるんですか?」
高雄とコロヌスが「イくところまでイった」ことがトリスタータ一家の中で周知の事実と化している事を高雄とコロヌスが知らされたのは、そのすぐ後の事であった。