竜の養女になりまして2
前作の評判が良かったので、調子に乗って書き上げました。
たくさんの評価、感想ありがとうございます。
ぎゃあ。ぎゃあ。ぎゃあ。
後ろからものすごい勢いでロック鳥のような巨大な鳥が追いかけてくる。
なぜなら、私が卵を取ったから。いいじゃない。あっためてなかったくせに。
背負った籠には大人2人で抱えるくらいの巨大な卵が入っている。
それを割らないように気を付けながら、追ってくる鳥を引き離すためさらにスピードを上げる。
自分の人間離れした能力に感謝するのはこんなときだ。
地球にいたころじゃあこうはいかない。
私は酒井稔。
女子大生やってたけど、ある日異世界に落っこちて竜のおじいちゃんに助けてもらって養女になった。
おじいちゃんは年だからお肉はあんまり好きじゃない。
だから、卵やお魚、果物を食べたいんだけど、巨体のおじいちゃんには取るのが難しい。
それで娘の私が狩りをして、おじいちゃんの食べやすいものを作ってるの。
今日はロック鳥の巣から卵を失敬してきた。
アラビアンナイトのロック鳥みたいだからそう呼んでるけど、実際は「トルネード・ランカー」と呼ばれている。
風の魔法を使う鳥で、飛ぶのが好きらしくしょっちゅう飛び回っているから、自分の卵をほっぽりだして忘れることも多い。
だから、たまに忘れられた卵をいただいて、スペシャルオムレツを作っているんだけど…。
「もお。あんた卵のこと忘れてたでしょうがっ。」
親鳥のあまりのしつこさに辟易する。
私が触った時には、この卵はもう完全に冷たくなっていた。
冷たくなった卵は巣から捨てられ、ロック鳥の巣の下は無残な卵の残骸が積みあがる。
そんなもったいないことするくらいなら、私とおじいちゃんで美味しくいただこうと思ってるだけなのに、私を見付けた親鳥は懲りずに私を追い続ける。
このままじゃ埒があかない。
どうしようかと思っていると、巨大な影に包まれた。
「おじい…。」
喜びで顔をあげたまま硬直する。影はおじちゃんのものではなかった。
日に反射する青い鱗が美しい、サファイヤのような輝く竜だ。
「誰…。おじいちゃんじゃない。」
青い竜に心当たりはなかった。
おじいちゃんは黒い竜だし、第一大きさが違う。
おじいちゃんはそれこそ山1つ分はある巨体だけど、青い竜はせいぜいお城くらいだ。
それでも十分大きいのだけど、私はこの竜が若いからだと思った。
青い竜はロック鳥を追い払うとこちらを見て、私のしょってる卵を見ると笑った。
おじいちゃんと暮らすようになって、竜の表情はずいぶん読めるようになった。
だから、わかる。こいつが何をしようとしてるのか。
防御壁3重展開っ。
次の瞬間。あたり一帯は巨大な炎に包まれた。
やっぱり。焼いて私ごと食うつもりだったな。あいつ。
炎が収まると、無事な私を見て青い竜がきょとんとしてるうちに速攻で逃げた。
「あ。おいっ。」とかって聞こえた気がしたけど、無視してとにかく逃げた。
命からがら逃げ延びて、水場で匂いを消しつつ遠回りして巣に帰った。
へたりこんだ私をおじいちゃんが出迎えてくれる。
おじいちゃんは年老いた黒竜だ。
とっても強くて博識。娘になったけど、年が離れてるから「おじいちゃんでええ~。」と言われてそう呼んでる。
「みのり~?どうしたんじゃあ?えらい遅かったのう。」
「ちょっと、他の竜に会っちゃって。逃げてきたの。」
息を整えながら言う私におじいちゃんは訝しげな顔をする。
それもそのはずで、おじいちゃんは長生きでとても強い竜だからだ。
竜は年を取れば取るほど力をためこむから、年のいった竜の縄張りにはまず他の竜はこない。
だから、私は今までおじいちゃん以外の竜は見たことなかった。
「他の竜~?おかしいのう?みのり~。どんな奴じゃあ?」
「真っ青な竜だった。おじいちゃんよりだいぶ小さかったよ。まだ若いんじゃないかなあ。」
「ほおほお。青竜かあ。あやつらはもっと南に住んどるんじゃがのう?何しに来たんじゃろな~。」
南の竜が気ままに旅でもしてたんだろうか。
で、私をご飯にしようとしたと。迷惑な。
「おじいちゃんに防御壁を習ってて良かったわ。もうちょっとでご飯にされちゃうとこだった。」
「何い~?みのり。ケガしたのかあ~?」
「ううん。安心して。私も卵も大丈夫よ。卵を狙ったみたいだけど、私もまとめてブレスであたり一帯を焼き払おうとしたの。乱暴な竜ね。」
青い竜のことをぷりぷり怒っていたらおじいちゃんに心配されてしまった。
慌てて状況を説明すると、おじいちゃんは首を傾げていた。
「そおりゃあ、ずいぶん短気な奴じゃのう~。竜は自分の縄張りは綺麗にしときたいもんじゃから、普通はそんなことせやせん。縄張り目的じゃないんかいのう~?」
「縄張り目的じゃない…。じゃあ旅行かしら。」
「りょこう~?何じゃあ。そりゃあ。」
どうやら縄張り目当ての竜ではないらしい。
それで旅でもしてたのかと思った私が考えを口にしたら、おじいちゃんには言葉の意味がわからなかったようだ。
「旅のことよ。ホントは南に住んでる竜なんでしょ?若い竜だったし、他の世界を見たくて住んでたとこを飛び出した。とか。」
「おお。ありそうじゃのう~。わしも若い時分は世界のいろんな場所に行ったものよ~。」
「わあ。どんな所に行ったの?」
私が水を向けるとおじいちゃんは上機嫌で昔の話をしてくれた。
水晶の山や地の果てまで落ちる滝など、おじいちゃんの語る異世界の自然の雄大さに私はすっかり引き込まれ、青い竜のことなんて忘れてしまった。
次の日、おじいちゃんが珍しく狩りについて行くと言い出した。
私が不思議に思って尋ねると、昨日の青い竜がいたら危ないからと言われ、忘れてた自分の迂闊さに頭を抱えた。
確かに、また会ったら今度は無事で済むかわからない。
おじいちゃんの気遣いをありがたく受け、久しぶりに一緒に狩りに出かけることになった。
「わあ。一杯なってる~。」
「ようさんあるのう~。」
レモンのような形で大きさはラグビーボールくらい。
私とおじいちゃんはパンの実と呼んでいる。
以前、赤い鳥さんがお礼に持ってきてくれて、あんまり立派な実だったのでおじいちゃんと探したらこの木が見つかった。
おじいちゃんが知らない間にこの辺り一帯は果樹園のようにいろんな果物の木が増えていて、今ではよく季節の果物を取りにくるようになった。
おじいちゃんが近づくと、木に登っていた鳥さんや動物たちは一目散に逃げて行った。
ごめんねー。と心の中であやまりつつ、さっさと木に飛び移って果物をもいでいく。
幾つかの木から均等に取ると、おじいちゃんのもとまで戻った。
その時、木の向こうからやってくる青い光が見えた。
「おじいちゃん。あれが昨日行ってた竜よ。」
「んん~?よく見えんのう~。どこじゃあ~?」
おじいちゃんは老眼だ。
人間よりは遥かに視力がいいけど、寄る年波には勝てないらしい。
私も良くは見えないけど、鱗が反射したのでわかった。
この辺にあんなに青く光るものなんて無いもんね。
「あそこよ。ほら正面の山のちょっと右っ。」
「おお。何か光っとるのう。こっちに向かって来とらんかあ~?」
青い竜はこっちにどんどん近づいて来た。
攻撃してくる気だろうか。でも、こっちにはおじいちゃんがいる。大丈夫だ。
「黒の長老~。長老ですよね~?」
「んん?わしに用かいのう~?」
「そうです。俺、青の里の使いで来ました。新しい長に変わったんでご報告します。」
青い竜は自分が使いだと名乗った。
じゃあ、昨日はおじいちゃんを探してたのね。
それでも焼かれそうになった恨みは忘れないけど。
「そういや、そろそろじゃったなあ。新しい長は誰じゃあ~?」
「ヒーリス様の息子イージス様です。」
「そうか。そうか。んで、おんし、昨日ここに着いとったかあ?」
「え?ええ。長老を見付けられなくてここ数日。ぐはっ。」
「ちっとは加減せんかあ~。ひとんちの縄張り荒らしといて謝罪も無しかい~。」
おじいちゃんも忘れてなかったみたいだ。
青い竜を尻尾で吹っ飛ばした。
まあ、自分家を焼かれたら怒るよね。
青い竜はすぐに体勢を整えて戻ってくると、私に気づいたようだった。
「うえ。何でそれを…。あああっ。てめえ、昨日のチビっ。やっぱり長老のとこのやつだったかっ。おめえが逃げなきゃ俺は昨日のうちに。ぐひっ。」
「反省が無いのう~。」
「全然謝らないね。この子。教育がなってないわ。」
今度は前足で蹴りを食らって、青い竜は顎を抑えて涙目だ。
それでも謝らない。態度悪いなあ。
「そんで~。使いで来たくせに、ひとんち荒らした謝罪は~?ブレスも追加せんとわからんかあ~?」
「ひっ。す、すみませんっ。腹減ってて。ぐへっ。」
「腹減ったら森を焼き払うんかい~。」
今度は脳天チョップ。
おじいちゃんのチョップだから竜でなかったら頭がつぶれてるだろう。
頭を押さえて唸っている青い竜におじいちゃんは「知らせは了解した~。イージスによろしゅう言っとけ~。」と言って巣に向かって飛び始めた。
青い竜は「へ?いや、ちょっと待って下さいよ。どこ住んでるか教えて下さいって。」とか言ってたけど、おじいちゃんは無視していた。
「まったく~。青の奴らは考えが足りんやつばっかりじゃあ~。」
「青い竜って脳筋なのね。」
「のうきん~?何じゃそれは~?」
私が「考えるより体が動くひとのことよ。脳みそまで筋肉が詰まってるみたいだから脳筋って言うの。」と説明すると、おじいちゃんは「おお。それじゃあ~。みのりは上手いこと言うのう~。」と感心してくれた。
巣に戻ると私は早速パンの実を焼き始め、おじいちゃんはどこかに連絡を取ってるみたいだった。
パンの実が焼けたので呼びに行くと、おじいちゃんは「ふ~。やれやれ。」と言って美味しそうにパンを食べ始める。
「どうしたの?」
「ん~?使いに来たのがあんまり若かったんで、おかしいと思ってのう~。連絡してみたら勝手に飛び出したやつじゃった。むぐむぐ。」
「ええっ。じゃあ、ただの家出じゃない。」
「里でも探しとるようじゃったから、こっちに来とることは知らせといた。場所さえわかればすぐに捕まるじゃろう。そもそもわしの巣を知らん時点で使いじゃないからのう~。」
「自分の勝手を正当化しようとしたのね。だめだめじゃない。」
「使いに選ばれるのは名誉なことじゃからのう~。功を焦ったんじゃろ~。しかし、考えが足りんのう~。」
そう言って、おじいちゃんも呆れているようだった。
あの青い竜は思った以上に若かったのかもしれない。やってることが子供過ぎる。
とっとと引き取られることを願いながら、私はパンの実と他の果物でフルーツパンを焼こうと今夜の献立を考え始めた。