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終わらない一目惚れ  作者: 七五三木
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午後六時のこと

午後六時十八分。

時計は、静かに秒針を鳴らし、今の時間を伝えていた。

時計と近い場所で寝ていた少女は、目を覚ました。そこには目の奥まで射し込んでくる白い光があった。



少女は、太陽の光というのは常に苦手だった。

誰にでも自身を明るく照らし、人を元気にする力を持ち合わせているなんて、あんまりにも、自分と違いすぎるからだ。



少女は、ふと鏡に映った自分を見た。目が赤く、醜く腫れていた。今朝方から、少女の父親によるしつこい嫌味や暴力というのが関連しているだろう。

少女はそれにひたすら耐えていた。時折、少女の目からは数滴の涙がこぼれ落ちていた。辛いことを忘れようと、少女はその後寝た。寝た後に目が腫れることは少女自身も当然ながら知っていた。知っていながら、少女は記憶や自身を消し去りたかったのだ。

少女は、呆然と自分の泣き腫らしていた目を見ていた。泣き腫らした少女の目は、自分のことを小馬鹿にしているようだった。



そして、それから数分経った後、少女は父に謝罪をしに行こうと一階へ向かった。少女にとって、父親とは先程以来、会いたくないものである。先程、少女の父親が激怒した理由というのは、とても単純なものだった。成績が少し落ちていた、という中学生さながらの事だった。父親が会社の社長を勤めているせいか、娘の勉強にはとても厳しかった。有名私立大学を出た少女の兄とひたすら比べ、その場で罵倒した。少女はその度に、心が折れていた。



少女は、階段を静かに降りた。向かうべきは少女の父親の部屋だった。少女の家は一般の家とは違い、百十坪超の土地や百八十坪超の延床面積で、広々とした庭やウッドデッキは当然のように持ち合わせていた。云わば、少女の家は金持ちで、経済的に困ることはなかった。

だが、少女は産まれたばかりの子羊のように、手や足が震えていた。素直に少女の体は恐れを感じていた。

怖い、が、でも謝らなければ此処では生きていけない。両親という存在はとても恐ろしく、逆らってはいけない存在であるからだ。部屋に閉じ篭ることが今の最善策であるという事は知っている。だが、今しなければ。従順に父親に従っておけば、父親は少女に優しくしてくれ、認めてくれる。彼女はその一心で、震えながら廊下を歩いた。



父は今何をしているのだろう。また私に会ったら、怒って殴るのだろうか。

少女はそんな事ばかり考えていた。それと同時に父親が自分を殴る姿を想像した。やはり怖い。恐怖が体中を駆け巡る。少女の足の動きは止まりかけていた。


その時、少女は、ドン、と誰かにぶつかった。俯いて歩いていたのが原因だろう。心臓が握り締められるように、少女は固まった。そして、すぐ謝ろうと強張る体を動かし、少女は顔を上げた。



「ご、ごめんなさ…!」



言葉の途中で、声が止まった。少女の前には見知らぬ黒のスーツを身に纏った男の人がそこには居た。歳は二十代半ばだろうか。身長は百八十くらいで、小さく小柄な少女を、男は冷めた目で見下げていた。



「あ…。ご、ごめんなさい…ごめんなさい」



男の目が怖くて、同時に父の姿と重なって、少女はひたすら謝り続けた。謝れば、男が許してくれると思っていた。それ程までに、少女は小さい身体ながら追い込まれていた。



数回謝ると、男はハッとして無表情から笑顔に変わった。少女には、それは作り笑いなのか本当の笑顔なのか分からなかった。正解としては、男の笑顔は本物の笑顔なのだが、少女にとってはどちらでも良かった。機嫌が良い時に出るのが笑顔だという事を知っていたからだ。



「いや、いいんだよ。ごめんね」



彼は続けて、物腰柔らかい口調でそう言った。少女は男の優しそうな声に惹かれるように頷いた。男は続けて、流暢に話し出した。



「いやあ、ついさっきここへ着いたんだケド、社長の部屋が分からなくてさぁ。 あ、君って岩倉社長の娘さんだよね?」

「は、はい…岩倉夕凪と言います」

「夕凪ちゃんね。僕は古寺。岩倉社長とはお世話になっててね」



古寺と名乗った男は微笑みながらそう言った。 古寺の話曰く、少女こと夕凪の父親は古寺と仕事場での付き合いが長く、その話から古寺も仕事場では上の立場である事が推測された。

古寺は夕凪に続けて質問をした。



「夕凪ちゃん歳は?いくつ?」

「えっと…13歳です」

「学校はどこ通ってんの?」

「社長と仲良い?」

「毎日楽しい?」



など、古寺は夕凪に多くの質問をした。夕凪は古寺の最後の質問に対し、どう答えていいか分からなかった。

楽しい?いや楽しくない。毎日が窮屈だ。家では父に蔑まれ、母に相手にされず、学校でも孤立している。楽しいわけがない。

だがそうやって断るのも男に悪い。夕凪は、普通です、と言うと、強引に会話を止めるようにその場から去った。

古寺は、去った夕凪の後ろ姿を無表情で見ていた。




それから一時間後の事だ。夕凪は右往左往しながら邸内を歩き回っていた。息を切らせながら人を捜しているようだ。その姿からは焦りが見られ、何処か余裕もない。さて、誰を捜しているのか。――答えは簡単だ。夕凪が捜しているのは、彼女の両親だ。両親の姿を先程から見ていないのだ。



夕凪は古寺と別れてから、急いで自身の部屋に戻った。父に謝る事に関心がなくなったからだ。と言ってもやる事はなく、一階に行くとしても古寺が居る。古寺の優しい風貌なのにも関わらず、異様な雰囲気が出ている事を夕凪は感じ取っていた。夕凪は少しベッドで横になり、眠りにつく事にした。



そして数十分後、喉が乾いたので夕凪は一階にあるダイニングの冷蔵庫へ向かった。するとその間に違和感を感じた。床に赤黒い数滴の血が落ちていたのだ。ダイニングに踏み込むと、さっきよりも多い量の血溜まりを見つけた。明らかに異常じゃない状態を察知し、夕凪は両親の姿を捜した。何だか嫌な気がしていた。そして、その嫌な気が確信へと変わるのは数十分後のことだった。





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