平穏の萌芽
「ジェイク。撤回。推奨」
「いーや、今回ばかりは引っ込んでてくれ、ポル」
ジェイクの唐突な発言にポルはまた止めようとする。
こうなったジェイクは非常に頑固なことは理解していたが、いつもの我儘とは様子が異なっていた。
旧友との再会を果たした途端にこのような展開になるのは、ポルにとっても少々予想外だった。
それはアンミュも同様で、慌てて周囲にいた子どもたちを離れさせるために誘導を始めていた。
十河はジェイクの眼差しを真っ直ぐに受け止める。この行動の意図を何とはなしに察しているものの、あえて挑発することにする。
「やる雰囲気だな。大丈夫か? 君が言った通り、俺はあの時獣人を皆殺しにした男だぞ」
「そう、だからだ。これは決定事項だ。俺の名はジェイク=ヴァリアス。この剣と、魔法を使う」
「わかった。俺は……素手といえば素手だが、ケガしないようにやろう」
「手加減なんてしてやるかよ!」
十河の燐光と、ジェイクの雷光が光ったのはほぼ同時だった。
かなり近い間合いから始まった戦い。十河の視界からジェイクは消える。
ジェイクは一瞬だけ発動した雷魔法『閃脚』で超低姿勢で踏み込んだ。十河とつま先がぶつかりそうなほど深い。
目を見た。こちらを捉えられていないのを視認したうえで、ジェイクは十河の太ももに斬りかかる。
そこに手加減などなかった。ケガをさせて、ポルが激怒しようとも構わなかった。アンミュに回復でもさせればいいとさえ思っていた。
しかし、そうはならなかった。
ガギン、というおよそ肉に斬りかかったとは思えない音にジェイクは驚いた。
「おぉ、速いな」
「……ッ」
とぼけた口調の十河に苛立つ間もなく、腕を振るい、無詠唱で『雷撃』という中級の雷魔法を至近距離で放つ。狭い範囲で爆発するように雷が迸る強力な魔法だ。
激しい雷光と爆音が辺り一面を埋め尽くす。
大抵の魔物なら、これを食らえば丸焦げになって再起不能となるのがお決まりだった。
しかし十河は手のひらでそれを受け止めていた。
冗談だろと思いつつ、思考を整理するためにもジェイクはバックステップで距離をとった。
簡単に話を聞いていただけだったが、想像以上の厄介さであった。ジェイクは十河への認識を改めざるを得なかった。
「だいたいこんくらいでいいんじゃないか」
「はっ、弱腰なんだな黒づくめ」
「まぁな。ほら、普通にケガだってする」
そう言った十河は先ほど『雷撃』を受け止めた手を見せる。
もしただの人間が『闘気』でも使わずに受け止めていたならば、皮膚はただれ、肉が削げ、骨すら砕けてもおかしくない。
だが、わずかばかり火傷している程度にしか見えなかった。
それも、ジェイクが見た瞬間に完治する。
「……!?」
「こんな風に治りもする。よし、じゃあ行くぞ」
十河が距離を詰めた。攻撃の姿勢をすでに取っている。
固められた拳の目的はジェイクの脳天であることが容易に想像できる、安直なモーションだった。
自分を捉えられるわけがない、とジェイクは『閃脚』を使い、瞬間で十河の背後に回り込んだ。
十河は無防備な背中を晒しながら、ジェイクがいた空間を無様にも殴りつける。
と、同時に。
ジェイクの脳天に、殴られたような衝撃が走った。
十河としては軽く小突いたつもりだったが、身体を「鋼鉄」にしたままの拳骨は凶悪な一撃だった。
「ぐぁ……!?」
頭が割れるような痛みに困惑しつつ、背中を斬りつけようとするも、十河は振り向きもせず半身でかわした。
ショートソードが空を切り終わったところを、十河が柄ごと蹴り上げる。
武器を失ったジェイクは即座に魔法を無詠唱で放とうとしたが、思考がまとまらない。
だったらこう足掻く、と拳に力を込めた。
だが、眼前には傷だらけの十河の拳がすでに置かれていた。
宙を舞っていた剣を、それをポルが風魔法でキャッチした。決着だ。
拳を開き、深く息を吐いたジェイクは色々な感情を抑え込む。十河を見て、ハッキリと言った。
「……俺の負けだ」
「あぁ」
「聞きたいことがある。この頭の痛みはなんだ」
「そりゃ、拳骨の痛みだよ。受けたことないのか?」
「とぼけるな。そういう意味じゃないのは分かってるだろ」
「悪い、癖だ。結論から言うと、頭を殴るという結果が必ず起きると想像したんだ。だからお前が背後に回ろうが関係なかった。もう少しだけ離れてたら無理だったけど」
「……はぁ?」
「そういう能力だ。無属性魔法だっけ、それに近い。理解に苦しむなら、そういうことにしてくれ」
「納得できねぇ……」
「隠してるわけじゃないが、詳しく話すとややこしいんだよ。頭、ケガしてないか」
「……かなり痛む」
ポルとパルガ、アンミュが決闘を終えた二人に近づいてくる。
頭をさするジェイクに「屈んでくださいまし」と言って、アンミュが回復魔法を掛けてあげていた。
ポルはジェイクにショートソード渡してからさきほど動きの指摘などを行っている。手合わせ、もとい決闘が行われるたびにジェイクから毎度のことしつこく聞かれるため、先に伝えることにしている。
そして、パルガは息も切れていない十河に静かに近づいた。
「おう、パルガ。見てたか~? 俺、めちゃくちゃ強くなっただろ。子ども相手だったけどさ、昔と比べたら」
「あぁ。十河」
「うん?」
「あまり無理をするな。我は、その力を使った十河を知っている」
予想外の答えに、思わず十河は固まる。
燐光の反動のことは誰にも伝えていなかった。獣人たち、日本人にすら。
弱点があるのだと知ってしまえば、不安になると思って。
そんな思いを知ってか知らずか、パルガは訊ねる。
「いつもその光の力を使った後、苦しんでいただろう」
「そ、そうだな。でも昔より慣れたお陰か、あのくらいじゃ苦しむことはなくなったよ」
「本当か?」
「……半分嘘だ。でも半分は本当」
「正直に言うのだ」
「言い方は変だけど、いつでも反動で苦しめる。ただ、今まであまり気を抜ける機会が無くて」
「そうか……」
納得していない、といった顔で見つめてくるパルガ。十河はその大きな顔を撫でて誤魔化す。
パルガは懸念が当たってしまったことは気がかりだった。
人を守るためなら無茶を通して突貫する男であることは理解していたが、苦しみを溜めこむとは。パルガはここまでの十河の道中を想像し、ため息を吐いた。
パルガはさらに他のことを思い出し、十河に伝えようとしたところで、ポルが十河に近寄る。
「お疲れ様。十河。相変わらず、強かった」
「相変わらず? いやぁ前はもっと、無様だったろ」
「ううん」
自分の勇者はやっぱりカッコよかった。ポルはこそばゆい喜びに微笑む。
そんな様子を、遠巻きにみていたアンミュとジェイクは不満げに見つめる。
「ポルったら、本当に嬉しそうにしてますわね」
「ふん。あの黒づくめが強いことは認めるけどな。ソゴウだったか。くそ、今に見てろよ……」
「ポルからはあまり詳しくは彼の話を聞きませんでしたけど、確かに強かったですわね」
帝都でアンミュは一度、念話にてポルの記憶を見せられたことがある。
その時に助けに来てくれたという彼とパルガを見たが、ポルの記憶の中ではだいぶ美化されているように思えてならなかった。
(そこまで背は高くなかったですし、顔はもっと恐ろしいではありませんこと? 強者であるポルがだらしない顔をして、まったく)
二人してもやもやとした感情を抱えていると、周りに人が集まっていることに気づいた。獣人たちや、黒づくめだ。
遠巻きに眺めていた黒髪の女と龍人も、十河のもとに近づいていく。離れたことが不安だったのか、黒髪の女はポルのもとにそそくさと近寄っていった。
黒髪の女のことを気にしてるような龍人だったが、十河に話しかける。
「黒づくめという種族は面白い力を使うんだね。興味深い。あの子も、そうなのかな?」
「さぁ。少なくとも自分たちの仲間ではないから何とも言えないな」
「同じ黒髪なのにかい?」
「色が同じだけだ。あの女が魔族っぽいのがより気に食わないね。あんたの方があいつに詳しいんじゃないのか」
「そうでもないんだがね。なるほど。単なる偶然の一致だと」
十河は黒髪の女について考える。思い出すのは、帝都に現れた魔族。
あの魔族は言った。日本人の血を継いでいると。
十河は、悪意を持って黒づくめを貶めた魔族の顔を思い浮かべると吐き気を催すほどだった。もしもポルにくっついている黒髪の女が奴の仲間だとしとしたら、十河にとっては生かしておく理由はない。
しかし、誰しもが彼女のことを気にかけていた。龍人は守護するように動き、獣人も聖地から現れた女性だと大事に扱い、日本人ですら無邪気な振る舞いを見たとたんに優しく接していた。
十河はどうにか穏便に排除できないか考える。
「十河」
パルガが話しかけ、十河はハッと我に返った。
「あ~……どうした」
「そう怖い顔で睨むことはない。ポルが大丈夫だと言っているのだ」
「怖いのは元々だって……悪かったよ。でも警戒くらいはさせてくれ」
「フム。我の本能も大丈夫だと告げてはいるのだがな」
「なんだそりゃ」
判断の根拠になりはしないパルガの発言だったが、少しばかり、十河も肩の力を抜く。
そうこうしているうちに挨拶などを済ませた真里谷を含めた日本人が十河のもとへ集まってきていた。獣人も、同様だ。
酒の入った容器も並べられていく。料理は魔物の肉や、家畜の乳製品、野草を調理したものだった。
本格的な宴会場になっていくにつれ、その場が温まっていくようだった。
龍人が音もなく十河の近くに立っていた。
「十河といったな」
「あぁ」
「しばらくあの子を頼むよ。ポルという娘にも頼んでおいた」
「いや待った。あの女について聞きたいことが……」
「うん。後にしてくれ」
にべもなくそう返答すると、龍人はその場から飛んで消えていった。
会話をしていた十河ですら、すぐそこに居たのを忘れそうになるほど速い離脱だった。
山脈の方面に消えていったが、戻ってくることも容易いことは疑いようがない。
「クマムシ、帰還せり! 十河殿、任務終了いたしましたぞ~! 敵軍の帰還を確認してまいりましたぞ~!」
そんなタイミングを見計らったかのように、十河に声が掛けられる。
戦車のような鉄の体躯を持つ四対八脚の『クマムシ』だ。佐藤が連れてきたようだった。
「おお! 皆々様お揃いのようで。このクマムシ、盛り上がってまいりましたぞ。労働の疲れも吹き飛ぶというものです」
「うお、なんだこの魔物は!」
「青髪の少年。初対面で私を魔物扱いとは度胸がある。それによく考えると獣人や混血児、日本人以外の種族がいるのは不自然だな。もしや敵か」
「魔物じゃなかったらなんだ、お前も魔族か? 受けて立つぜ」
「待った、待った! 休戦になったんだし、仲良くして、ね!」
急に始まりそうな喧嘩を仲裁する佐藤を見て、何故か大笑いする堀内。それを見てつられて笑う岡本と久保田。
血気盛んなジェイクを止めることもせず、ポルやアンミュは黒髪の女を挟んで他愛ない話をしている。
その3人の下に、上野と真里谷が混ざって話を始めていた。好奇心旺盛な上野は、二人から獣人からや極国では知りえなかった情報を聞けることにウキウキしているようだ。
そんな景色を見た後、ふと、十河は隣を見る。いつの間にか干し肉を齧っていたパルガがいた。
「もうちょっとしたらグラデムたちも来ると思う。その時に、改めて話をしようぜ」
「あぁ、そうだな」
「こういうこと言うのは良くないかもしれないけどさ」
「大丈夫だ。安心するがいい」
「……なんか、なんとかなりそうだなって、思う」
「ウム」
久しぶりに十河は警戒を完全に解いて、その場に座って横になる。
空には満月が浮かんでいた。それをしばし眺めた後、目をつぶり、深呼吸をした。
□□■
龍人の女……メレナは山脈近くまで戻ってきていた。
壁のようにそびえ立つ山脈の方面を険しい表情で見つめながら、頭に響く声に意識を傾ける。
周りには、誰もいない。
((では、同族たちに動きはないと))
((今のところはだ。君が居なくなったこと、宝箱が開いたことはいつまでもは隠せない))
((私が動いても良かったのでしょうか))
((仕方あるまい。そのままにして、奴が気づき、彼らに教えてしまえば、どうなることやら))
((……やはり強さとは、難しいものですね))
((強さを追い求めるのは君たちの文化であり、考え方だろう))
((私は彼らとは違います。彼らはそれだけに傾きすぎた。外にも出ずに))
((そう。だからメレナ、特異な君だけを向かわせた。くれぐれも頼んだぞ))
((守り通してみせましょう。魔族へ対抗できるあの者はどうしているでしょうか))
((さてな。前々から私の頼みが聞こえているはずだが動きはない。今更動くかどうか))
((おそらく私どもは移動します。他の人間にも頼むのはどうでしょう))
((生半可な者では敵うまい。あまり期待はしないほうがいい))
それに、とメレナと対話する者は言葉をそこで止める。
メレナも当然分かっていた。そうなると龍人と人間たちの戦争になる可能性が高い。
強き魔族に心酔する同胞たちのことを快くは思っていないが、それでも同胞。
彼らが人間や獣人と敵対することは避けたかった。
利害関係などではない。ただ歴史を振り返れば当然のことだった。
龍人の同胞も歴史を分かっているはずだが、繰り返すことに抵抗は恐らくないと思うと無念だった。
((では戻ります。龍王様、動きがあればすぐに思念を飛ばしてください))
((あぁ。……まったく、王という割には無力だね。本当に))
メレナは龍王の表情を読み取ったかのように、寂しそうな笑顔を見せた。




