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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
龍の山脈・獣人の国編
80/82

友との再会

 一対の日も落ちそうな夕暮れの中、天剣鉱の採掘場からやや離れた丘の上に獣人たちの陣地があった。

 戦士が半数と、子供や老人が半数。残りの多くの戦士は魔物への警戒や狩りのために出払っている。騒ぐのは子どもだけで、多くが静かに生活を営んでいる。だが今日はいつもと違い活気がある。

 元々の遊牧の文化を持っていた獣人のテントは日本人も見たことのあるような文化ではあったが、厚い毛皮を持つ彼らのテントは仕切りに近いような薄さであった。

 そんな中、あえて分厚く手間のかかるつくりのテントが一つだけあった。獣人の王のためのテントである。

 その中は広く、しばしば話し合いの場としても用いられた。そこに十河とグラデムがいた。

 二人の周りには配下の獣人がおり、先ほどまで行われていた休戦協定の書類の整理を行っている。


「それにしても、龍人殿のおかげで、有意義な話し合いとなった」

「龍人様様だな。獣人側の目的と、ラダートル側の目的をうまく折り合いをつけてくれたな」


 グラデムは腕を組みながら生返事をし、考える姿勢を取る。十河はあまり喜ばないグラデムの反応を怪訝に思った。


「龍人のお陰だっていうのに、あんまり嬉しそうじゃなさそうだな。貴族みたいなもんじゃなかったか」

「確かに父や祖父などから龍人の話は沢山聞いている。だが実際に出くわしてみて確信したが、俺はほとんど興味もないし、尊敬という感情も薄い。なんだったら、なぜ平原から追い出されたときに救ってくれなかったのかと思ってるくらいだ」

「じゃあ、最初から頼るつもりもなかったってことか?」

「あぁ。無関心を決め込むならそれでいいと思っていた。困難を乗り越え団結した我ら獣人と、同じ釜の飯を食った黒づくめの助力、たゆまぬ努力で得た極国からの信頼と後ろ盾。これさえあれば容易に平原を取り戻せるはずだ」

「あれ、ヴェネリャが後ろ盾になるって言ってくれたのか」

「いや? だが種は蒔いてある。それを摘まれないということは、容認されているはずだ。あの女が気づかぬはずがない。まぁとにかく、龍人のことは想定していなかった」


 だが、とグラデムは続けた。


「我らの土地を取り戻すためなら、利用しない手はないな」


 にぃ、とグラデムは文字通り、獣の笑顔を十河に見せつける。悪人面の十河も釣られて悪い笑顔になった。

 十河とパルガが山羊のミルクを飲み干したタイミングでテントに入ってきた影があった。パルガだ。


「失礼する」

「お、来たな。ポルと他の仲間を連れてきてくれたか?」

「大丈夫だ。先ほど話した通り、ポル以外も紹介しよう。協定はうまく進んだか?」

「なんとか丸く収まった。俺は政治とか詳しくないけど、そう見えた」

「フム、ならば当てにはしないほうがいいな」

「言うねぇ~」


 十河は嬉しそうにパルガを迎えると、山羊のミルクを容器に注いで渡す。パルガはそれを器用に受け取って一気に飲み干した。

 その様子をじっと眺めていたグラハムはゆっくりと口を開く。


「……お前は獣と仲良くなるのが得意なのか?」

「パルガとはたまたまだって。原魔の森って言って南のほうにある密林で出会ってな」

「ウム。十河とは奇跡的なめぐり逢いをした」

「……本当に魔物か?」


 嬉しそうに大きなパルガの背を叩く十河を見て、グラデムは今度は柔らかく微笑む。十河がここまで警戒せずに気を許している者がいることに驚きつつ、友人の無邪気そうな一面を見て安堵していた。

 グラデムは気持ちをそこで切り替えて、手元の書状に視線を落としながら言った。


「では十河。後のことはこちらに任せてくれ。事情を説明するため立ち合いはしてもらったが、あまり介入されると洗脳されていただのなんだのと文句を受けるかもしれんからな」

「わかった。よろしく頼む。困ったことがあったら……」

「あぁ。だが、政治に関してはウエノに相談したほうがマシな気がするな」

「あながち間違ってないから言い返しづらいって」


 休戦協定の後処理はグラデムのみならず、側近たちにも任せられていた。グラデムの働き掛けにより、配下の獣人たちも人間語を学習しはじめており、読み書きに関しても問題ない獣人が増えてきていた。

 昔の時代の獣人は頭脳労働などは少なく、狩猟や生活に関する知恵がほとんどであり、それに儀式や龍人族への礼節を備えた素朴な生活だった。だが、極国で生まれた多くの若い世代の獣人たちは変わりつつあった。

 理不尽な仕打ちを受けたからには、理不尽の謎を読み解いた上で挑むべきだと。

 極国で革命を成功させた後、その動きはより一層加速した。実行した内容は武力の行使だったが、それに至るまでには何も考えない訳にはいかないことを実感したからだった。

 十河とパルガはテントから出ると、素肌には冷たい涼やかな風が吹いた。

 子どもたちのはしゃぎ声に紛れて草花が揺れる音が聞こえる中を、二人は悠々と歩きだす。

 十河は横で歩くパルガの背中の毛をぽんぽんと触った。


「いま、密林を出たときを思い出してる」

「我もだ。まだ言葉を解していない頃だった」

「あん時はまだ小さかったな、パルガ。というか今がデカイのか」

「そうだな。まだ大きくなりそうだ」

「お前の親、デカかったもんな~……」

「親……ふむ、そうなるか」


 十河にはパルガが以前よりも遥かに喋れていることなど些細なことだった。ただひたすら再会が嬉しかった。

 それはパルガも同様だった。積もりに積もった話で一晩中語り尽くすこともできるが、喜びの感情をゆっくりと味わうかのように、お互いに口数は少なかった。

 しばらく歩くと、そこではささやかな宴会が開かれていた場所に辿り着く。宴会場で慎ましく歌われている簡素な歌は、楽器による伴奏もなく、手拍子だけで彩られていた。

 獣人の文化ではなく、日本人の堀内の提案によるものだ。彼らにも子守唄などはあったが、食事と酒で彼らは歌や踊りは行わない。

 そんな時は、元々、彼らは広い草原を走り回っていたのだ。

 十河は楽しげな空気に包まれている宴会場を歩いていると、なにやら泣いてるような声を耳にする。


「う、うわぁぁん!! 嬉しい、まじ嬉しい……ね、ね、私の言ってること分かるよね!?」

「うん、分かるよ! だって日本語だもん」

「そうだよね、日本語だもんね……う、うお~ん!」


 日本人の中の最年少の幼女、久保田藍に縋りつく頭巾を被った小柄な人物。肩を震わせながら何度も何度も呼びかけており、藍はその度に飽きることなく応えていた。

 十河にとっては見知らぬ人物であったが、事前にパルガから簡単に話を聞いていた。


「えっと、まりやつゆきさん、ですよね?」

「んぇ? あ~……」


 その人物は頭巾を取って、そのままそれで涙を拭いながら十河の方に振り向いた。黒い髪がさらりと揺れる。

 自己紹介をしようとした十河だったが、目が合った途端に言葉に詰まった。

 奇妙な間があった。真里谷は再び感じた感覚が十河にもあったからだった。懐かしいとも言い難い、だが不快ではないという体験。

 しばし二人が見つめ合っていると、コホンとわざとらしい咳払いが割り込む。長くボサついた髪の女性、上野だった。


「十河クン。そうやって新たな女性にターゲットを定めるのは別に構わないが、休戦の件についての共有をしてほしいんだが」

「待ってください。これはその、なんというか、懐かしい感じがしたっていうか」

「へぇ、そうやって君は……なるほど」

「何言いたいか察するけど違うから。ほら、それこそ蚊帳の外にしちゃダメでしょ」

「そうだな。だが私たちはすでに自己紹介は済ましている。そうだろう真里谷くん」

「あっ、えっと、はい。改めまして、真里谷ユキです。十河雅木さん、です、かね」

「はい。よろしくお願いします」


 見た目は怖いけど丁寧な人だな、と真里谷は思った。

 曰く、数少ない日本人たちを守ってくれる守護者で。

 曰く、獣人と肩を並べて勇猛に戦うリーダーだと。

 そしてその獣人をかつて皆殺しにした男だとも。

 思わずじっと十河の顔を見つめていた真里谷だったが、その視界にぬっと顔面が割り込んでくる。顔を紅潮させ、だれがどう見ても酔っぱらっている堀内だった。木製のコップに注がれた馬乳酒。ただの千鳥足なのか、踊っているのか分からない動きをし続けている。


「新入りちゃ~~ん! 楽しんでるか~~い!!」

「うぇ!? え、えっと、はい!」

「この悪人面に何かされてないか~~い!?」

「大丈夫です。何もしてないです」

「十河くんには聞いちゃいね~~っての!」

「はいはい。超弱いのに飲み過ぎですよ堀内さん。藍ちゃんの前ですし」

「あはは! ダメな大人だ~!」

「ダメダメ星人だぞ~~!」

「キャー!」


 真里谷は拍子抜けした。心のどこかで、ポルやパルガ、アンミュとジェイクや、カイという仲間に恵まれている自分などが、ひどい目にあっていたという日本人に会って良いのかと思っていたからだ。

 羨ましがられた挙句、のうのうと現われた自分を憎みやしないかとどこか怯えていた。

 でも、楽しそうに獣人と生活を共にしていて、今を全力で生きている彼らを見て、そんなネガティブな考えは霧散していた。

 そんな者たちに受け入れられたことを噛みしめる。緩んできた涙腺のツンとした痛みに頬を緩ませた。

 十河は横目でそんな真里谷の様子を見ながら、奇しくも同じようにここまで来て良かったと安堵していた。


「ところで、上野さん。ポル……褐色肌の子はどこにいますか」

「あぁ。その子なら混血(ハーフ)の子たちがいるあたりにいると思うよ」

「ありがとうございます。あの、協定の話は」

「もう。後で良いよ。その子も君の場所を聞いてきたんだ。止められないさ」

「ありがとうございます!」


 堀内と藍に挟まれるようにして遊ばれている真里谷に「また後で」と声を掛けてから、パルガを連れて足早に子どもたちの声がより大きな方向へ向かう。

 獣人と人間の混血児の多くは極国に残った。極国で以前以上に残酷な扱いを受けることはなくなったうえ、そもそも生まれ故郷であるその地を離れる理由はあまりなかった。

 それに、人間から奴隷としての扱いや迫害をされていた獣人にとっては複雑な存在である。同胞とも言い切れず、かといって年を経た者でも子どものように無知で、いかにも脆そうな彼らを見捨てることはしたくなかった。

 保護したばかりの混血児たちは瘦せ細り、精気もなく。もはや息をする屍のようだとこぼす獣人も居た。

 だが今では、獣人の子と走り回れる程度には元気を取り戻しつつあった。

 子どもは純粋であるがゆえに、無邪気に差別をする。何気なく、何の考えもなしに、いとも簡単に見た目などに言及する。

 それを完全に防ぐことはできないが、大人たちは流れを変えるように促すことは可能だ。

 獣人の王(グラデム)は人間から疎まれ、極国で震えていたのは彼らも同じだと言い聞かせた。混血児を好ましく思わない獣人の考えも少しづつではあるが変わりつつあった。


「黒づくめ! 黒づくめだ!」

「距離。保持」

「なんで~?」

「理由。彼女。困惑」

「ふ~ん?」


 ポルは混血児と獣人の子どもたちの取り込まれているように中心にいた。わざとそこにいたわけではなく、自然と流れでそのようになっていた。

 ポルの背後には相変わらず例の黒髪の女が隠れており、さらにその後ろには大きな龍人が穏やかな笑みを湛えながら座っているのだから当然といえば当然だ。

 そんな状況に色々と言いたいことのあった十河であったが、ひとまずは目的の人物に声を掛ける。


「ポル」

「っ! ソゴウ」


 十河の声にすぐに気づくと、ポルは席から立ってそそくさと近づいていく。十河もただ待つことはせず、子どもの波を掻き分けるようにして近づいていった。

 十河は握手でもしようと考えていたが、予想に反してポルは懐に飛び込んできた。十河は驚きつつも、軽く頭を撫でて応える。


「久しぶり。大きくなったか?」

「うん。生きててよかった」

「はは……。何度も死にかけてたよ」

「でも、生きてる」

「あぁ、そうだな」


 昔よりも精悍になった十河を見て。昔よりもあどけなさが抜けたポルを見て。

 お互いに成長や、苦労があったことを容易に思わせていた。

 パルガは二人の再会に立ち会って感極まってジーンとしていたが、子どもたちは飽きて好き好きに離れだしている。

 龍人はというと、特に何をするでもなく座ったままだった。大人しくはしているものの、あまりの存在感に十河は気になりだし、ついに声を掛けることにした。


「協定の立ち合いのあと、どこに行ったのかと思ったがここにいたのか」

「うん、彼女がここにいるのは分かっていたからね」

「目的はあくまでこの女、なのね。停戦協定はついでということでいいのか?」

「そうとも言える。連れていくことも考えたが、そこのポルに懐いてしまってはね」

「戦いに巻き込まれては困るって?」

「そういうこと。それになるべく、私としては彼女の意思を尊重したい」

「言葉も喋れない様子だったが」

「なに、目覚めたばかりだからだろうさ。ポルのお陰で意思疎通はできる」


 そうなると、いましばらくはポルの行動次第ということになるのかと十河は悩む。

 チラリとポルの方を見ると、そんな考えもお見通しなのか、ポルは安心させるように頷いた。


「大丈夫。この旅に、目的はない。パルガについてきただけ」

「あれ、学園とかは良いのか?休んでるとか」

「無断欠席。わからないけど、退学になってると思う」

「えぇ……なんで急に」

「色々。あった」


 ポルがそう言った後、視線をふいっと向こうにやる。十河もそちらを見ると、二人の男女が座っていた。アンミュとジェイクだ。

 二人とも貴族らしく上品そうに座っているのは共通していたが、ジェイクのほうは明らかに苛立っている表情を浮かべていた。


「アンミュ。ジェイク。こっちに」

「あら、良いんですの? 感動のご対面を邪魔してしまい」

「もう大丈夫。紹介したいから」

「あぁそうだな紹介してもらおうか!」


 ジェイクはそう叫び、立ち上がってずかずかと詰め寄ってくると、十河ににらみを利かせる。

 まだ子どもの範疇を出ないジェイクだったが、十河は彼の物怖じしない性格と、獣人から聞いていた話から彼の誰だかすぐに分かった。


「君が獣人よりも素早い、雷を操る短剣使いで良いのかな」

「あ? そうだが、そんなことはどうでも良いんだよ」

「なるほど。黒づくめが嫌いか?」

「どうでもいい、それもな」

「だったらなんだ」

「お前は、ポルの、なんなんだ! 答えろ!」


 十河は桃色の髪の少女とポルに視線を投げると、すっと逸らされてしまう。

 ポルの何なのかを聞いてきたことから、ジェイクがポルのことを好きなのかとすぐに検討がついた十河。だがあまりにも真っ直ぐすぎる言動に、そう単純なものではないのかと逆に分からなくなっていた。


「言うなれば、お互いに命の恩人ってところなのかな」

「私はソゴウ助けてない」

「何言ってんだよ。密林出たあと出会ってなかったのがポルじゃなかったら……」

「あぁぁぁぁ待て待て! おい! 聞きたいことがある! お前が、獣人を皆殺しにした黒づくめだよな」

「ジェイク!」


 獣人の陣地のど真ん中で突然の発言に、さしものポルも大きな声を出す。

 獣人たちの多くは未だ人間語は分からないため、注目する者はいない。

 十河は焦っていたポルの肩に手を置いて、制する。


「大丈夫だポル。あぁ、そうだな。それは俺だ」

「そんな強くは見えねぇな。さっきは戦ってるところを見れなかったし」

「まぁ、確かにそうかもな」

「察しが悪いな黒づくめ。俺と戦え。決闘だ」


 そう言うや否や、ジェイクはショートソードを抜き、切っ先を十河へと向けた。

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