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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
龍の山脈・獣人の国編
78/82

一方の、脱国者たち(後)

 地が揺れる。土煙が上がる。叫喚が響く。

 不揃いなはずの集団が、砲弾のように、左翼側の森の中腹にまで食い込んでいた。


 左翼に配置された冒険者は北の地を拠点とする者ばかりだった。それゆえ、魔法や『闘気』が使えない者が大多数である。能力を補うために戦略や、陣形、道具をふんだんに使う戦いを展開する。

 十分に魔物に通用していた。驕りでも謙遜でもなく、いかな帝国の兵士だろうとも少なくとも五人組であれば勝算は十分にあると踏んでいた。

 ――だが。


「グラァァァァァ!!」


 獣人たちの防衛を易々とかわし、ことごとく破りながら、猛進する熊。それに続く少年少女。

 彼らをただ追いかける単純作業の中で、自分たちの力は果たして帝国の兵士に通用するのかと自問しはじめていた。


()連続(ストレイト)裂開(トーン)


 パルガにまだがるポルが手を前に伸ばしたまま、同じ魔法を何度も繰り出す。

 木の生えていない僅かな隙間に、急造の道を作りだしていく。

 それが後続の冒険者たちに踏み固められ、採掘場へと続く新たな道となっていく。

 進行を阻止しようとする獣人たちの焦燥は誰の目にも明らかになっていた。

 だが、徐々に勢いを増していく獣人の圧力をも意に介さず、左翼部隊は邁進する。


『止まれ!人間ども!』

「はっはぁ! なに言ってっか分かんねーな! 止められるもんなら止めてみやがれ!」

『ぐっ……!?』


 三下のようなことを口走りながら、雷を足にまとわせて森の中を縦横無尽に動き回るジェイク。

 獣人の顔や腕を切りこみ、背後から襲われれば宙返りからの蹴りを叩きこむ。

 電撃を伴ったジェイクはまさに迅雷。ジェイクたった一人にも、獣人たちは手出しできないでいた。


「マリア!息切れするにはまだ早いですわよ!」

「は、走らなくても、いいのにぃ……! 正面に集まってきてる!八人、だって!」


 最後尾に近い位置には真里谷とアンミュがいた。

 傷付いて足が遅くなった者をアンミュが癒し、真里谷はカイからの情報を言う役割だ。

 獣人たちも木々の間をすり抜けて飛ぶ魔物が斥候の役割を果たしていると気付いてはいる。だが、対処できるかは別だ。


『あの魔物を叩き落とせ!』

『速すぎる!無理だ!』


 カイは木々の枝の間をとてつもない速さで抜ける。

 一瞬の光景を記憶して真里谷の下へとんぼ返りし、状況を簡潔に説明していた。

 彼らの進攻はもはや止められる段階を超えていた。

 勢いは勢いを呼び、獣人たちは退くことしかできない。

 疾走するパルガは雄叫びを一旦やめて、近くで並走していた脚の速い冒険者に尋ねる。


「採掘場まであとどれくらいの距離だ!?」

「はっ、はっ…….あと、少しだ!この速度ならもう、あと少し!」

「ウム!ならば飛ばすぞ!」

「なにぃ!?」


 さらに速くなるのか、と冒険者たちは驚きを隠せない。

 パルガの脚がさらに前へ。速度は増し、背上のポルは魔法を放たずにしがみつく。

 細めの木々を避け、草むらの乗り越えた。

 そして、開けた場所に到着する。


「ここが採掘場だな!?」


 呼び掛けるようにパルガは叫んだ。

 待ち構えていた獣人たちは厳しい表情で武器を構えたまま、パルガたちを迎える。

 ポルが、パルガからスタリと降りる。


「投降。推奨」


 そう言い終わった頃には、背後の森から続々と左翼の後続が現れ、その場にいた獣人たちの規模をはるかに上回っていた。

 ジェイクも遅れて到着すると、不敵な笑みを浮かべながらナイフの切っ先を獣人たちへ向ける。


「へっ、抵抗するなら容赦しねぇぞ!」

「言い方は悪いが、その通りだ。悪いことは言わない。さぁ、ここを明け渡すのだ」


 パルガが獣人に聞こえるように告げたところで、ポルは違和感を覚えた。

 彼ら獣人が恐れていることは手に取るように分かる。しかし、それは自分たちだけに向けているようではない。


(焦燥……。不幸が重なったかのような。まさか右翼部隊か中央部隊も抜けた? 私たちより早く? いえ、ありえない)


 獣人たちの警戒の仕方は守るものではない。

 どちらかというと、目の前に再び危機が訪れたためにとりあえず抵抗しているような動きだ、とポルは思った。


(つまり、私たちが来る前に何か想定外のことが起こった?)


 その時だった。


「う、がああああああ!!!」


 唸り声が採掘場に響き渡る。

 空気を裂くような声に、その場にいた全員がギョッとして顔を向けた。

 一際大きな獣人が奥から後ろ向きで跳ぶように現れる。俊敏な動きだったが、負傷していた。

 肩で息をしながらその獣人が振り向き、こちらを確認した。だが、すぐに奥の方に視線を戻していた。

 それを見て、ヒゲ面の傭兵が不思議そうに声を上げる。


「ど、どういうことだ?俺たちより先に右翼か、中央部隊が突破してたのか?」

「なわけねぇーだろ!パルガのスピードでここまで来たんだぞ!」


 ジェイクの言う通りだとポルは思う。

 本来の言い伝えられた作戦でも、中央軍は後から来るはず。右翼軍がもしも先に到着していたとしても、傷ついた獣人の様子からすると、さらに早く到着して戦闘が行う必要がある。

 そもそも、自分たち左翼軍以外に人間が見当たらない。


(何か、居る)


 その場にいた全員が戸惑っているうちに、左翼軍の後続が続々と到着していく。

 それを見た獣人のひとりが何かを叫ぶと、先程の大きな獣人が声を張り上げた。


『撤退だ! 捕虜は放置しろ! アイツもまずは放置だ! 逃げることを優先するんだ!』


 その声に獣人たちが反応すると、採掘場を守るように構えていた獣人たちが散り散りに駆け出した。

 背を向けて走り出した獣人に、慌てて左翼軍の傭兵たちが弓矢などを向ける。


「お待ちなさい! 私たちの目的は採掘場を取り戻すこと! 目の前のことに集中なさい!」


 後続から現れたアンミュは、獣人が逃げた状況だけはすぐに把握し、そのように叫んだ。

 ほとんどがその声を無視して獣人に狙いを定めていたが、素早い獣人が一目散に逃げるのを当てられそうにないと早々に諦めていた。


「アンミュ。適切。採掘場。進行」

「そ、そうだな。進むぞ!まずは採掘場を確保し、陣を敷くんだ!」


 ポルの魔法を目の当たりにしていたラダートルの兵士が同調して声を上げた。

 左翼軍は獣人がほとんどいなくなった採掘場に押しかけるように進む。逃げた獣人から背後から襲われることも警戒しながら、展開しつつ採掘場へとじりじりと足を踏み入れていく。


「カイ!」

「キィーー!」


 空を飛んでいたカイが真里谷のもとに舞い戻ってきた。うんうんと頷く真里谷にパルガが尋ねる。


「周囲の状況は?」

「近くにはほとんど獣人は見えなくなったって。でも、周りにいる可能性もあるよ、ってことと……」

「それと?」

「中央に居たらしい丸っこいゴーレムも撤退してて、他の軍もここに集結するらしい!」

「ウム。報告感謝する」


 本来ならば、順調に行っていると言っていい。

 連携の取れた獣人といえどこれほどの規模の軍に屈するのは時間の問題であっただろう。

 しかし、左翼軍は先ほどの絶叫が気がかりだった。開けている空間をいくら見渡しても、獣人が戦っていた相手の姿が見えてこない。


「そこの髭の者」

「ん、あぁ……なんだ、喋る熊」

「ここで、獣人と戦う第三勢力が現れたとしたら、どんな者なのだ」

「それが分かってりゃここまで慎重になってねぇ」


 それもそうか、と改めて警戒を強めたパルガだったが、ふと不思議な感覚に包まれた。


「ム?」


 なにか近くにいると感じ取った。その感覚には魔物に接敵したときのような嫌悪感はなく、ただ五感のようにあるべきものがそばにいるといった、本能的なものだった。

 しかし更に奇妙なことに「知らないのに、知っている」気配があると、直感的に思った。


(どういうことだ。我は、我が分からぬ)


 奥に進むと整備された洞穴が現れる。天剣鉱を掘るために掘られたもの一際大きなもので、遂には洞穴を囲うように左翼軍は展開を完了した。

 捕虜らしき人間たちがいた。天剣鉱を発掘する工夫(こうふ)だ。目立つ外傷はなさそうだったが、青ざめた表情でラダートルの兵士に助けを求めに来た。


「あぁ! ありがたい! なぁ、もう、ここを出ないか!? 獣人も居ないんだろう!?」

「分かっている。獣人は撤退した。それより聞きたいことが……」

「悠長にしてる暇はないって! 化け物がまた出てきちまう! せっかく洞穴に押し戻したってのに!」


 その言葉に、近くにいたポルが一早く反応する。


「化け物。詳細」

「デケーものを叫びながら振り回す女だよ! 奥から、突然現れて、獣人も黒づくめ(・・・・)も慌てふためいてたんだよ!!」

「……!!」


 パルガとポルは思わず顔を合わせる。

 極国から来たとされる獣人ならば、もしかしすると。

 捕虜だった工夫の話す化け物のことよりも、二人の関心はそちらに向いていた。

 彼がいるかもしれない期待がかすかに湧き上がっていたまさにその時だった。洞穴から「ゴンッ」と鈍い音が聞こえてくる。左翼軍はざわめき、武器を構える。

 捕虜だった男たちはその音を聞くやいなや怯えながら離れていく。

 鈍い衝撃音は、段々と近づいてくる。それに伴って、最初に聞いた叫び声が左翼軍の耳に届いた。


「があああああああ!!」


 ひとつの影が悲痛な叫び声とともに現れた。

 薄汚れたドレスのような服を着た女。頭髪は足首まで伸びており、野生児のようだった。

 重量感のある鉄製の棺のような箱を持ち上げていることから、かなりの膂力があるのは一目瞭然だった。

 そして何よりも、その頭髪は黒かった。


「黒づくめ……!」

「あああああああああ!!」

「ひぃ!」


 その女は立ち止まることなく、棺を振り上げながら左翼軍へと飛び掛かる。

 洞穴の近くにいた傭兵はなんとか身をよじるように避けて離れるが、石の足場は易々と砕ける。

 よく見ると、洞穴に近い採掘場のあちこちに似たような痕跡があった。


「なんだコイツは!」

「撃て、撃てー!」

「ああああああああああ!!」


 弓矢や(クロスボウ)を構える傭兵たちだが、女はまた飛び掛からんと踏み込む。

 パルガは、女の踏み込みが石の地面を陥没させているのを目にして、次の瞬間には傭兵たちが無惨にも殺されるのを想像することは容易かった。

 だが、その想像通りにはいかなかった。

 一瞬にして、光が女の前に割り込むように現れる。光は、突然現れた男から漂っていた。


「いい加減に、落ち着けっての!」


 男はそう叫ぶと、周囲に漂う光が一層輝く。棺が振り下ろされるが、男はただの拳で弾き飛ばす。

「ガンッ」とおおよそ拳と鉄がぶつかったとは思えない音がした。

 男は勢いそのままに女の懐に潜り込んで、腹部に殴りかかろうとする。

 女は獣のような動きをしながらも、即座に反応し拳を足の裏で受け止めていた。

 それも予測していたのか、拳を開いて女の足首を掴み、もう片方の手で棺を持つ手首を抑えた。

 噛みつこうとする女を横目に、男は振り返り腰を抜かす傭兵たちに声を掛けた。


「おいッ、無事か!?」

「ひぃ!」

「反応あるなら大丈夫だな! さっさと逃げろ!」


 傭兵たちが怖がるのも仕方がない。女の一撃を防いだその男もまた黒髪で、しかも戦闘中の必死さのまま悪い目つきに睨まれたのだから。

 左翼軍は混乱した。獣人たちが占拠した採掘場を取り戻そうとしていたというのに、黒づくめ同士が戦っているのを理解できないでいた。

 けれど、一つの考えが左翼軍の間で共有されようとしていた。

 どちらも黒づくめなのだから、関係ないのではないか?と。

 冷静さを取り戻した左翼軍の兵士や傭兵は武器を構え、相対している黒づくめ諸共攻撃をしかけようと準備をしているさなかだった。

 パルガと、ポルが飛び出した。それを見て、左翼軍の多くは攻撃を慌てて中止する。


「十河!!」


 パルガの声に反応したのか、女は掴まれていない片手で的確に男の目を狙う。

 男は余裕をもってそれを避けたが、避けた手が男の後頭部を掴んで引き寄せた。大口を開けて、男の顔面に食らいつこうとする。

 男はとっさに足を掴んでいた手を放し、アッパー気味に女の顎を打ち抜いた。

 それとほぼ同時に、女は男の腹を思い切り蹴り飛ばした。男は思わず手を放してしまい、距離を取られる。

 男は腹をさすっているものの、大したダメージはなさそうだった。

 パルガとポルが男……十河に近づいて、もう一度声を掛ける。


「十河」


 十河は自分の名前を呼ぶ大きな影に驚く。そして少し背が伸びた、見覚えのある褐色肌の少女を見やった。

 十河は一瞬だけ状況を呑み込めないでいたが、すぐに懐かしさと喜びを噛みしめる表情になる。

 ニヤリと笑う顔は、まさに悪人顔であったが、パルガとポルには懐かしくてたまらないものだった。


「ううううう……!!」


 唸りながら再び動き出そうとしている女。2人と1匹は女に向き直った。

 パルガは二本足で立ち上がり、ポルは手をかざして構え、十河の燐光はさらに輝きだした。

 なにもかも不揃いな3つの影が、横並びで戦いの意志を滲ませる。


「手伝ってくれるんだな?」

「「肯定」」


 異口同音に、そう言った。

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