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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
極国・リドルブリゲン編
76/82

革命の終わり

 十河は意識を取り戻す。

 覚醒はしていた上、感覚は元から平常だったので、意識が肉体に集まったというべきか。

 むくりと身を起こす。

 起こすことが出来た、と十河は感心する。


「……うお、空だ」


 久方ぶりの青空が、大穴が空いた雲から覗いてた。

 半年近く曇天の下で暮らしていたからか、その淡い青色は活力を与えてくれたような気がした。


「アレが開けたのか……? まぁ、いいか。良いもん見れた」


 よっと立ち上がると、やはり身体中に鈍痛が走る。自分の成したことを思い返せば鈍痛で済んでむしろ不思議だったが、十河にはどうでもよかった。

 十河はやや背の高い建物に落下していた。そこから、360度見回しても、あの巨大な『守護機兵』は見当たらない。

 そう遠くない場所で動いている影があった。集中して、目を凝らしてみると獣人たちの姿であることがわかる。

守護機兵(アレ)』を倒したのだと理解して、十河は嬉しさに口角を上げた。

 だがすぐに気をとりなおして、また集中する。


(あのイカれた女が死んだとは思えない)


 さらに最悪のケースを想定しつつ、獣人のもとに行こうと決める。

 建物の屋上から降りる。自然に、着地の際のエネルギーを弱める『想像』をした。

 十河は疲れもあって、歩いて進んでいく。

 走ることは可能だが、する気にはなれない。

 物事は終焉に向かうとき、善し悪しとは別に、緩やかになっていくのだろうと十河は思った。

 体に異常がないか、周りに敵がいないか、第一王女が生きていないか。確認しながら、歩いていく。

 十河はもう一度空を見上げる。

 青が目に眩しく、美しいと感じた。

 けれど。


「……ちっ、やっぱ生きてたか」


 それを邪魔されるように、第一王女の位置を見つけてしまう。

 意識を集中させると、それは十河と同じ方向に向かって、十河と同じく歩いていた。

 十河は回りこむように、走り、跳んで、第一王女の進行方向の細い道にたどり着く。

 太陽がちょうど真上にあるため、普段は静まりかえってそうな路地が明るく照らされている。

 しばらくして、隘路の奥から第一王女が現れた。

 真白のドレスは砂埃で薄汚れ、なによりも、彼女の顔は怒りに歪んでいた。

 十河を視認すると、第一王女は激しい感情の発露のあまり奇妙な顔つきとなる。


「よぉ、また会ったなお姉さん」

「……黒づくめ、黒づくめっ、黒づくめ!黒づくめぇ!!あなたは、理解不能よ。なんなの、あなたは何なのよぉ!」


 がむしゃらのように第一王女が腕を振る。

 数十本以上の『魔弦』が正確に十河を襲う。

 けれど十河には通用しない。


「あの! 馬鹿げた光線も! あなたの力なの!?」

「それは知らないな。まぁ、もしかしたら味方の『武装』……武器かもな」

「あぁぁぁあぁ!!来るなぁぁあぁあ!!」


 魔法を無効化する想像によって、十河に触れるたびに切れていく。

 息があがっていく第一王女とは対照的に、十河は軽い足取りだ。


「何か、言い残すことはあるか?」

「来ないで、来ないでぇぇぇ!!」


 十河は第一王女に近付いていく。

 第一王女は『魔弦』を繰り出すも、十河との距離が近づくごとにそれすらやめていく。

 抵抗の素振りすらみせないでへたり込んだ第一王女を、十河は冷たく見下した。


「ひっ、ひぅ……ごめんなさ、やめ……」

「もう一度聞いておく。何か言い残すことはあるか」

「……」


 第一王女は一度顔を伏せ、また上げる。

 そこには悲劇のヒロインかのような美女がいた。涙を一筋こぼして口を片手で塞ぐ。


「ごめんなさい……城の外を知らなかった私は、どんな風に生きればわからなかったの。好きに生きれば良いと思っていた。父からもそうすればいいと教えられた」

「……」

「そう、私はとどのつまり、壊れていたのね……お願いします。どうか機会をください。償ってみせます。最後には殺してくださって構いません……だから、どうか」

「なぁ」


 十河はさっきと変わらない口調で。


「その演技がかった間抜けなセリフが最期の言葉でいいのか?」


 と言った。

 それでも第一王女は表情を崩さない。より悲壮を帯びた顔つきとなって、色気のある声を出す。


「え、演技……?違います!私はただ、知りたかったの!生きている上での真の喜びとはなんであるのかを!」

「その真の喜びってのを探しているだけで、ヴェネリャにああも嫌われるのは?」

「妹には……ひどいことをしてきたという、自覚はあります。それを許せとも言いません。だから、私がおこなってきた行為への償いを、少しでも埋めらせて、くださいぃ……」


 十河は苦笑をもらしそうになるのをこらえてから、諭すように告げた。


「犯した罪がどう足掻いても償いと釣り合わないとき、人は処刑されるんだよ」


 そして淡々と言う。


「第一王女。お前は、それだ」


 第一王女は端正な顔つきを固まらせて、今度は、自分のドレス胸元を横に引きちぎる。

 白く豊満な胸が、服から溢れそうなほど露わになり、第一王女はそのまま十河に縋りつく。


「お願い!あなたの性奴隷でもいい!そう、あなただけの!私をどのように扱って構わないわ!この体をメチャクチャにしたって!だから……!」


 想定外の第一王女の言動に、十河は一瞬ポカンとした顔をする。


「あぁ、悪い」


 そして照れ臭そうにはにかんで、戯けてみせた。


「俺は貧乳好きなんでね」

「は……はぁ……?」


 十河は身を屈めながら、腰を捻り、鞘から『グラディウス』を引き抜く。

 上体をぐるんと回して、腕を振りぬいた。

 口をほうけたように開けていた第一王女の口からどぷりと紅い血があふれでる。


「ぁ、っ、か」

「生かすわけないだろ、クソが」


 ほんの僅かな時間、十河はソレと目が合った。だが、逸らすことはなかった。

 十河が軽く蹴ってやると、そのまま後ろに倒れ、頭が胴体から離れていく。

 その光景をじっと見た。

 両目にしっかりと焼き付けてから、青い空を見上げ気分を紛らわせる。


「ふぅー……」


 終わらせた、と実感して。安堵した。

 深いため息と一緒に疲労感も薄れていく。

 十河の全身から、常に張り巡らせていた緊張がぬけ落ちる。もし今、襲いかかられても全く反応できないだろう。


「ヴェネリャに『手土産』をちゃんと持ってかないとな」


 転がっていた、まだ暖かい頭部を拾い、着ていた上着の一枚にくるむ。

 肩の荷が下りたからなのか、頭部はやけに重たい。


「それじゃ、帰るか……」


 だが、唐突に。

 十河は腹の底からどろりとしたものが湧き出てきているのを感じた。


(あぁ、やべぇ、限界か)


 十河の手から上着に包まれた第一王女の首が滑り落ちる。どちゃ、と湿った音をたてた。

 寒気や吐き気が襲い、十河は身をよじる。

 腹部だけでなく、腕や足も、内からねじ曲げられるような嫌な疼痛が生まれはじめていた。

 ぶわっ、と冷や汗が噴き出る。

 十河はよろめいて壁に手をつくが、立っていられなくなり地面に膝をついた。

 ズキズキ、ヒリヒリ、ずくずく、ガンガンと多種多様な痛みが身体中を蝕む。

 それは、今まで溜めこんできた『反動』だ。


「ぐぅ、あぁッ!うぐぅぁぁぁ……!!」


 自分が壊れていく。もう死ぬかもしれないと、十河は初めて弱気になっていた。

 いつも隠していた自分の弱さや臆病さを、恥も知らずにさらけだして震えていた。


 破裂しそうなほど痛む目からは熱いものが流れる。血の涙。

 もはや感覚すらない左耳では、鼓膜が破れ、血が垂れていた。


「ううぅぅ……!はぁーっ、はぁーっ……ぶッ、おぇっ、ゲホッ、ゲホ、カハっ」


 大きな血溜まりができるほど血反吐を出し、第一王女の死体が冷たくなった頃にようやく、十河は落ち着きを取り戻した。

 十河の『燐光』の反動は当初、すぐに現れていた。

『燐光』を使ってはすぐに苦しくなるという風に。

 やがて少しづつ、長い期間、多く『反動』をプールできるようになっていく。

 長時間の戦闘に耐えられるようになり、無茶苦茶な『想像』も実現できた。

 それゆえに、大きな力を振るうほど『反動』は強くなっていった。


(くそ、今回は過去最高にキツかった……反動なんかで死んでたまるかよ)


 十河がそう薄ぼんやり思っていると違和感に気付く。


「ん、あれ」


 おかしい。

 十河は指を舐めてみる。

 地面の土をほじって口に入れる。


「……まさか」


 最後に気つけ用の強い酒が入った小瓶を取り出す。

 ふるふると震える手で蓋を外し、口に含んだ。


 思考が、止まる。


 ぺっと口の中にあるものを吐くと、しばらく固まってから、十河は寝っころがり目をつぶる。

 自分の認識が誤っていたことを、ようやく知った。


「『反動』というより、『代償』なのか」


 失ったものと覚悟がそれぞれ天秤に乗っかって、揺れる。

 十河は後悔よりも後ろめたさのほうが大きいことを奇妙に思った。




 十河の味覚は、無くなっていた。





 □□■





 革命の後始末は、下手すれば革命よりも大変だったかもしれない。


 帝都の王の指揮により帝都やその属国からの人員が送られてくるまで、熱が冷めやらぬ極国内の人間たちを弁舌、ときには暴力で抑えなければならなかった。

 短い任期と高い報酬に渋々ながら承諾した文官や兵士などの人員を迎え入れる施設、物件を用意。

 再び捕らえた凶悪な犯罪人を入れておく強固な牢屋を設置。

 その他の目立つほどでない大多数の犯罪者たちの扱いを考える法整備と並行して、落ち着くように説得して回るという荒業難業。

 ヴェネリャはこれら全ての先頭に立つ。誰の目にも、その姿は頼もしく見えた。疲れも見せず活動しつづけた。

 誰かが前王とどう変わるんだと怒鳴れば、そのつど具体的なプランを語ってみせ、説き伏せてみせる。

 バタバタと忙しい後始末は二週間以上続く。

 帝都から急いで送られてきた人員たちに早速仕事を割り当て、革命の残り火も鎮火した。

 佐藤の『クマムシ』が開けた雲の穴から差し込む日の光はもう過去のもので、極国はまた薄暗い様相に戻っていた。

 それでも。

 身を縮こませるような緊迫感は明らかに軽減していた。


 かつてヴェネリャが数年を過ごした娼館に、三人が集まっている。

 新たなる極国の女王、ヴェネリャ=ホーグウェルス。

 獣人の若王、グラデム。

 そして日本人のリーダー格、十河雅木。

 革命の中心メンバーだ。

 その後の経緯などを説明し終えると、ヴェネリャは手に持っていた書類の束をバサリと机に落とす。


「つってもまぁ、応急処置的ではあるがな。それで、長いこと放っておいて悪かったなぁ、グラデムに十河」

「いえ、そのような事は」

「俺はゆっくり休めたし、文句なんてとんでもない」


 傷が癒えきっていない三人ともどこか痛ましい姿でいるが、活力は戻りきっている。

 明確な敵はおらず、一時的とはいえ治安は向上しており気が抜けられるからだ。


「そーかそぉか。……もうじき、本当の意味で革命は終わる。目立った問題点がひとまずはヴェールに包まれ、どーしようもねぇゴミは糞溜めに突っ込んでポイッと丸ごと焼却だ」

「とりあえずは片付いたんだな。俺たち黒づくめも獣人もお役目免除ってとこか?」

「ああ。だが、獣人のほうはアタイとしては却下したいところだねぇ。特に獣人にはまだまだ残って手伝ってもらわなきゃ困る」

「安心してください。極国に残る者と、俺についてくる者は既に峻別してあります。およそ250人はこの国に残るものかと」


 ヴェネリャは眉間にシワを寄せ、指折り数えながら暗算する。

 ちっ、と舌打ちしてから手元にあった書類になにか書き込んだ。


「グラデムぅ、アタイが欲しい人員ギリギリだなぁオイコラ。ムカつく野郎だ。あー、それと、契約満了だ。そのキショイ口調もやめていいぜ」

「……ああ、そうさせてもらおう」


 契約満了。

 そうとなれば、二人は次に言うことは決まっていた。見返り、つまり褒美についてだ。

 曖昧されないためにも十河は鋭く告げる。


「ヴェネリャ、約束は守ってもらうぞ」

「言われなくてもわかってるっつの。最低限の安全保護およびの衣食住の要求だったな。言っとくがな兄弟、これは永久的にお前らを特級身分にするっつー訳じゃねぇぞ。あくまで「最低限」だ。それ相応の仕事はしてもらうつもりだ」

「分かってる。それでも、ありがたい」


 十河が要求したものは『居場所』だった。

 日本人同士で色々と考えて話し合った結果だ。

 厳しい環境とはいえ、権利と安全がそれなりに保証されるのならば、極国にいつづけるほうが良いだろうと結論が出た。

 こんな訳のわからない異世界の中では。

 十河の話が終わると、グラデムは一歩前に踏み出す。


「次は俺だな」

「……ああ、そうだな。先に言っとく。兄弟、悪ぃな。契約は契約なんでね」


 ヴェネリャは顎でグラデムに促すと、グラデムは十河に振り返って言い放った。


「十河、お前の力を借りたい」

「……なるほどな」


 グラデムへの報酬は、三つ。

 獣人の様々な権利の保護、極国として獣人の問題に干渉しないこと、そして強力な味方を貸し出すということ。

 それが指すのは、元々はテンペストだった。三年間もしくはグラデムたちが目的を達成するまでという長い期間だ。

 しかし、そこに別の者が現れる。それが、十河だった。あまりテンペストを離す気になれなかったヴェネリャにとって、渡りに綱であった。


「つまり、俺は獣人に手を貸さなきゃならないのか。確かにちょっと勝手すぎやしないか? ヴェネリャ」

「あぁ? 知るかよ。いいか、アタイの契約はな、いろぉーんな契約が組み合わさって完成した立体的な契約なんだよ。どれか一つ欠けちまっちゃ成り立たねぇんだ。条件が良いっつーことはそれだけの対価は払ってもらうってこと。それは承知の上だったろーが」

「あぁ、分かった分かった。どうせ断れば、黒づくめの保護はなしとか言い出すんだろ」

「ご名答。たかが数人の黒づくめなんて、守るのも容易だし、捨てるのも容易。アタイのことがわかってるなぁ、兄弟。アソコが濡れちまいそうだ!」

「はいはい」

「おーいおいそろそろ反応が雑すぎんじゃねーの? ったく、つまんねーの」


 呆れた顔をして、十河はグラデムに向く。


「で、どのくらいの間手伝えばいいんだ」

「理想としては国を取り戻すまでだがな。元の契約に則って三年までにしよう」

「待て。国を取り戻すって言ったか?」

「そうだ。耳が遠くなったか?」

「左が聴き取りづらくてね。はぁ……マジかよ。最長で三年とかありえねぇ」


 この世界に来てよりもずっと長い時間。

 いや今更か、と十河は開き直ることにした。


「よし……受けよう。言っとくが、グラデム。戦わないで済むならそれで済ませるし、なによりもそんな三年も長々とする気はないからな」

「ふっ、俺もそのつもりだ。ありがとう、十河」


 と、そこで。

 部屋の扉がバーンと開かれたかと思うと、そこには黒い鎧の『守護機兵』のテンペストが立っていた。

 しかも、その背後にはなぜか日本人たちがひょっこりといる。


「話は聞かせてもらったッス!十河さんを一人で行かせようとするなんて姐さんはヒドイ!こうして黒づくめの方々を案内した甲斐があったッス!」

「……おい、テンペストぉ。誰が、連れてきて良いっつった? 話を盗み聞きしていいっつった? 帝都の王様か? 聖霊様か? なぁ、教えてくれよぉ」

「だ、ダメとも聞いてないッス!そんな怖い顔をして脅すのは止めてくださいッスーーー!!」


 ため息を吐いたヴェネリャはテンペストを近くへ呼び、グラデムと十河にはジェスチャーで部屋から出るように指示した。


 グラデムは「俺は外そう」と言って、部屋から出るとさっさとどこかへ行ってしまった。

 怪我が治ってないからと『クマムシ』に拘束されたままの佐藤を除く、全員の日本人が十河を無言で囲んでいる。

 十河は仕方なく、弁明をはじめた。


「みんなが聞いていた通り、俺は、グラデムたちについて行きます。みんなは安全が保障された極国(ここ)に残ってください」

「最長で3年、だったかな?」

「はい」


 上野の確認に、十河はハッキリと言った。

 困り顔の岡本と堀内、よく分かってないといった風の表情の久保田。

 すると、無表情だった上野がボサボサの髪をわしわしと掻いてから答える。


「また一人で、ボロボロになろうと言うのかね」

「俺が好きでやってることです」

「ボロボロのまま、またボロボロになりいくのか。とんだマゾヒストだね君は」


 十河の全身は『反動』……『代償』によって、怪我だらけになっていた。

 右の腕骨にはヒビが入っており、脚は両足ともびっしりと内出血で紫に。

 食事はあまり喉を通らず、激しい頭痛に襲われることもしばしばあった。

 これらは『燐光』では治らない。


「あと半月もすれば完治しますよ。たぶん」

「私はね、十河くん。わかってほしいんだが、君を放っておけないんだよ。なんの恩も返せないまま死んでもらっては困る」

「恩って。ただ自分は自分にできることを」

「傲慢だな君は」


 熱っぽい口調になった上野は、キョロキョロとする久保田の頭を撫でてから「少なくとも私は」と静かに呟いた。


「君に感謝している。だからその恩を返したい。いや、それだと君は拒否する人だね。そう、恩を返させて欲しい」

「……具体的には?」

「簡単だろう? 私も獣人たちの国を取り戻すのを手伝うのさ。つまり君についていく」

「……」


 過去にグラデムに言われたことを思い出す。守る者と信じる者を区別しろ。

 十河は測りかねる。彼女はどうなのかと。

 拒否してしまうのは簡単だ。

 あなたは弱く、自分の手間が増える。頼りない、もとい足手まといだ。この国に残ってくれ。

 そう言えばいいのだから。


「十河くん、どうかね?」


 でもそれは、きっとひどい裏切りなのだろうと十河は諦めることにした。


「……わかりました。ただ、決して無茶をせず、危険には近づかないことを約束してください」

「よし、それでいい」


 上野はふっと満足げに微笑んだ。

 次に十河は岡本と堀内、久保田の方を向く。


「そういうことで、上野さんは自分についてくるそうです。三人はヴェネリャの保護の下で……」

「あら〜、やぁね十河くん。私たちもついていくに決まってるじゃない」

「え?」


 ついてくる人は上野だけだと思いこんでいた十河は、驚きを隠せなかった。


「十河くんさー、ちょっと私たちを侮ってない? 私だって革命のとき、空を駆け巡って情報伝達したって話は何度もしたよね?」

「堀内さん、いやでも、藍ちゃんは……!」

「上野お姉ちゃんがお外にいくんだったら私もいく!」

「とのことだ。そんなに懐かれるようなことはしてないんだけどね」

「お姉ちゃんも大好きだよ!」

「はっはっは、ありがとう。それで、どうなのかね? 十河くん」


 全員の視線を一身に受けて、しかめ面で十河は長考する。

 いろいろと断る理由を考えたが、また同じく諦めるのが楽だろうと、折れた。

 傷だらけの自分を省みて、彼女たちの提案を肯定するための言い訳にした。


「頼って、いいんですね?」

「もちろんさ。遅いくらいだ」

「上野さん、『武装』を持ったからって強気になってませんか?」

「そうかもしれない。だが、それのなにが悪い? なぁに、無敵だと思い上がるほどバカではないから安心したまえ」


 ついてくると言われて、十河は正直に嬉しかった。仲間なのだと実感した。


「それじゃ、まだこれからも、よろしくお願いします」


 十河は悪っぽい笑みをわざと浮かべ、バカ丁寧に礼をして、彼女たちを笑わせた。




「あ、そういえば、佐藤くんはどうするんですか? 聞いてないですよね」

「あぁ、彼ならきっとついてくるだろうよ。たぶんね。残るなら残るでヴェネリャにこき使われればいいさ」

(ひでぇ……)




 □□◆




 日本人たちの話し合いが終わり、部屋の前からいなくなった。

 この娼館は人払いを済ませていたので、今はテンペストとヴェネリャ以外には誰もおらず、静かだ。

 誰もいなくなったことを確かめたテンペストは一旦部屋を出たが、すぐに戻ってきた。


「グラデムさんや、十河さんたちがいなくなって残念ッスか? 姐さん」

「ハッ、別に。居ればそれなりに便利だろうがどうってことねぇ。『赤ら顔』とかデザーロトみたいな亜人たちは残るみてぇーだし、なによりアタイも忙しくなるだろうしな。あーぁ、めんどーくせー」

「大変そうッスけど、姐さんなら大丈夫ッスよ!」

「あ? アタイの治世は完璧にしてやるっつーの。なんでもかんでもやってやる。アタイが言ってんのはその後のことだ」

「後、ッスか?」


 こぽこぽと熱湯が注がれる音。

 カチャリと陶器がそっと当たる音。

 静かな室内に柔らかな音が響く。

 テンペストのガタイには似合わない小ぶりなティーセットが机に並んでいる。


「アタイはたったの数十年で死ぬ。だが国もそれで死んじゃ革命の意味がねぇ。それは革命ですらねぇ。変えなきゃなんねぇんだよ。アタイが子を産んでソイツに後を継がせても、また前の極国に戻るだけだ」

「じゃあどうするんスか?王政を廃止するんすか?」

「それも考えたんだがよぉ……犯罪者を纏めることを主体とした国になるんだったら、それは悪手なワケよ。仮に良質な変化だとしてもだ、変わるときに莫大な力が加わって、歪む。ヒビ割れから毒が入り込んで腐っていく。だから」

「だから?」


 コトリとソーサーが置かれ、透き通った茜色の紅茶が淹れられたカップが乗る。


「テンペスト。お前が、アタイの後に王になれ。お前なら長く生きられるだろ」

「……そうッスねぇ。何年も稼働しているッスけど『核』の魔力が減る様子がないッスしねぇ」

「驚かねぇんだな」

「だって、良いじゃないッスか!永遠の王ッスよ!カッコいいッス!今のうちから国政のこと勉強しとかないといけないッスね!」

「ああ。……テンペスト、ありがとう」

「いいえ。いいッスよ」


 ヴェネリャは安堵した微笑みを浮かべながら、暖かな紅茶を口に含んだ。


「……ちっと、紅茶を淹れる腕が落ちたんじゃねーの?」

「そんなはずないッス。もしそうだとしたら、きっと彼女が……手伝ってくれたんでしょう」

「ふふ、違いない」


 机の上に置かれたティーカップは三つ。

 ヴェネリャのものと、飲めないが気分だけで渡されたテンペストのもの。

 そして、今は亡き友人のもの。

 二人はそのカップを懐かしむように見つめる。

 ヴェネリャがそっと、そのカップを縁を指でなぞる。


「アタイの手でじゃねぇが……仇は取ったよ」


 愛しい、友の名を呼んだ。

これにて五章、完結です。締めは相変わらず難しいですね。

極国のみんなとの別れの場面を入れようかと思いましたが、どいつもこいつもアッサリと別れそうなので省きました。


次章は『龍の山脈・獣人の国』。

帝都を脱出したパルガたちと十河たちがついに再会します。

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