極国革命・7
『クマムシ』のコックピットには操作盤などないが、佐藤はまるで答えを探すようにキョロキョロとしてしまう。
意を決して、しかし怯えるように見上げる。
「あんなの……どうすればいいんだ」
「落ち着け小僧、っつっても、俺も混乱しすぎてどうにもな」
城が立ち上がり、動いている。
そんな非現実な光景を『クマムシ』の中から眺める佐藤とデーボスの二人。
鈍色に光る『クマムシ』は4対の足をせわしなく動かして、荒野となってしまった巨大な『守護機兵』の通り道を高速で走っていた。
時折、第一王女の狂った笑い声が破壊音に入り混じって聞こえてくる。
悪魔や死神がいるとすれば、こんな風に笑うのだろうと佐藤は怯える。
「主人よ、あれに向かってはいるが、どうすればいいのか分かっていないのか?」
「分かってる!分かってるよ。君の力で、破壊するつもり、だけど……」
「その通り、魔力が足りぬ。私は目覚めたばかりの上に、能力に制限が掛かって10%も力が出ぬ。自然回復の能力など現状無いに等しい」
「おいおい小僧、何の話だ?まさかコイツでアレを破壊できんのか!?」
「出来る、はず」
佐藤が力なく目線を下におろすと、パネル上に円グラフで魔力の残量が表示されている。円の中心には無慈悲にも「0.4%」とあった。
「活動限界は?」
「動くだけならあと一年は動き、眠っていれば五百年は保つ」
「アレを発射するにはあと何%いる?」
「最低でも、25%」
「くっ」
『クマムシ』が追いかけていた巨大な『守護機兵』は、娼婦街の真上で立ち止まる。
立ち止まったのを見て、いよいよ攻撃が始まってしまうのだと佐藤は直感した。
「『クマムシ』!外部から魔力を取り入れる、って具体的にはどうすればいいの!?」
「直接魔力を注入してもらうか、魔力が含まれた物質を摂取するなど」
「おい、それってよ、『天剣鉱』ならいけんじゃねーか? アレってとんでもない量の魔力が含まれてんだろ?」
「……! それ、です!『クマムシ』!いまはとにかくアイツの足元に向かって!」
「あいわかった!」
『クマムシ』は粗末な石の建物を壊しながら、娼婦街へと向かう。
道中、慌てふためく住人に衝突しそうになるが機敏に避け、素早く進んでいく。
だがそれよりも巨大な『守護機兵』の行動は迅速だ。
第一王女のものと思われる笑い声とともに『守護機兵』の右腕が振り下ろされていた。
それに思わず目を覆いたくなったが、遠くからみると黒い糸のようなものが巻きついて、その勢いを止めてみせていた。
拳圧によって、強い突風が吹いた。
瓦礫が飛んできて『クマムシ』にこつこつと当たっていく。
「見ろよ!あれはボスだっ、ボスの鎖だ!さすがだぜボス!涙が出てきちまいそうだぁ!ハッハッハ!」
「まだ、左腕、ある!安心しちゃ、ダメです!」
眼前にまだ『守護機兵』が存在しているだけで佐藤の不安がなくなることはない。
やがて『クマムシ』はある広場へと、転がりこむように到着する。
そこには獣人が多く集っていた。要人の保護を終えていた、グラデムたちだ。
誰もが薄汚れていて、武器を構える姿もどこか疲弊している。
「次から次へと……!みんな、構えろ!」
「待って、ください!僕です、佐藤です!」
『クマムシ』は佐藤の考えを汲んで、外から佐藤が見えるように体の一部を透明化する。
グラデムは面食らいつつも、配下の獣人たちに武器を下すように目線を送った。
疲れを押し流そうとため息を吐いたのち、佐藤に落ち着いた声音で尋ねる。
「それは『守護機兵』なのか?デーボスはどうした」
「これは『守護機兵』じゃありません。デーボスさんは、後ろにいます。無事です。そんなことより、話を、聞いてください!」
「そうだな、こんなデカブツに乗ってきたんだ。頭上のアレをどうにかしようと言いたいのだろう。何か手があるんだな?」
佐藤は力強く頷いた。
「はいっ、そうです。これには、アレを破壊できる力が、あります!でも、魔力が足りないので、補給するために『天剣鉱』が必要なんです!動かなくなった『守護機兵』から、急いで、僕にください!」
「……また、か」
また、弱々しくため息をするグラデム。
「え?」
「象徴は、象徴としての本来の役割を果たさず、物として使われるようになった。それが有用なのだとしても」
寂しそうに呟いたグラデムは、一転、声を張り上げる。
「聞いたか!?急ぎ、忌々しき『守護機兵』から我らの誇りを取り戻せ!隣の仲間、子孫を守るために!」
「オオッ!!」
数十人の獣人たちは俊敏な動きで散り、姿を消す。
そうかと思えば、三人から四人で残骸と化した『守護機兵』を担いでもってきた。次から次へと『守護機兵』が運びこまれ、積み重なっていく。
「腹だ!腹に埋まっている!」
「爪が折れていない者が取り出せ!」
「鎧を早く剥ぎ取れ!」
飛び交う、怒鳴り声のような獣人の言葉。
青く輝く『天剣鉱』は続々と『クマムシ』のもとに集められていく。
「グラデムさん!それを、これに渡して!」
「ああ!」
正体不明、だが佐藤が乗ってきた『クマムシ』に貴重な『天剣鉱』が渡されていく。その行為に躊躇いはなかった。
すると一人の獣人が上を指さして、震える声で叫んだ。
「つ、次が来るぞぉ!急げ、急げぇ!」
巨大な『守護機兵』はゆっくりと左腕を持ちあげていく。石や鉄の軋む音が、獣人たちの恐怖をより煽る。
グラデムは『クマムシ』の中でパネルを凝視している佐藤に唾を飛ばす。
「佐藤!まだか!?」
「まだ、もう少し!もうちょっとだけ!!」
パネルに表示されている魔力の残量は「23.4%」。最低ラインといった25%まであと一歩だった。
「『クマムシ』!もう撃つことはできないの!?」
「残念ながら撃てません、不発に終わります。いやはやしかしこの『天剣鉱』とやら、凄いですな。僅かな量でここまで魔力を回復できるとは」
「グラデムさん!早く、『天剣鉱』を……!」
上を見てから、グラデムは手に持っていた『天剣鉱』を『クマムシ』に与える。
それが、ここら一帯から集めた『守護機兵』から集めた最後のひとかけらだった。
「…….ダメだ。足りない」
佐藤の言葉の意味は、その場にいた者の一割もわからなかった。
だが、理解できてしまった。
「……そうか。ここまで、か」
力無くグラデムが上を見上げる。それに獣人たちもならい顔を空へむける。
落ちてくる大きすぎる拳は、ここら一帯を容易に破壊しつくすだろう。
佐藤は対照的に下を向いて唇を噛む。血が滲むほど。後悔が胸中に渦巻いていた。
逃げるように促していれば、死ぬことはなかったかもしれないと。
「ごめん、なさい」
「謝る必要はない。いずれ、死んでいた。それだけのことだ……」
グラデムは、獣人たちは、何を考えるでもなく上を見上げていた。
感情を殺すでもなく、非情な現実を受け入れるようになっていた。
だが、そんな時だった。
小さくも強い光が、拳へ飛んでいった。
それを獣人たちは見た。いや、獣人たちだけではない。下で絶望を抱いていた者たちの多くがそれを見た。
目を奪われるほどに必死な灯火が、音もなく、巨大な『守護機兵』の拳とぶつかった。
不思議なことに、物理法則などないかのように。『守護機兵』の拳はビタリと止められて、弾き飛ばされた。
意味を理解したグラデムは、叫ばずにいられなかった。
「……十河ぉ!!」
グラデムの声を皮切りに、助かった、と獣人たちの間に喜びの声が爆発的に広がった。
それをグラデムがすぐに諌める。体の熱を再燃させ、グラデムは声を荒げる。
「喜ぶのは後だ!『天剣鉱』を取り出していない『守護機兵』を探すんだ!はやく!」
「しかし王ッ、これ以上遠くの守護機兵を探すとなれば、時間が!」
「構わん!右腕はボスが止め、左腕は十河によってもはや壊れた!だが、まだ何かあるかもしれん!さぁ!」
「おやおや、そんなに慌てて。王よ」
配下の獣人たちを急かそうとしていたグラデムだったが、広場に現れた者たちにギョッとする。
「おい、なんで、女子どもがここにいる!? 門付近まで退避しろと命令したはずだぞ!」
「無体なことを言わないでおくれ。あんたらを失くしてしまえば、私らは生きている意味なんてないよ」
先頭に立つ一人の老いた女獣人がしわがれた声で言う。
当然だが、現れた女子どもたちは獣人の戦士の親族ばかり。男たちは妻のすがた、子のすがた、親のすがたを見つけ呆れる。
グラデムが男たちの心情を代表するように叫ぶ。
「なんの為にきた!あの、巨大な『守護機兵』がまだ何かするかもしれないだろう!?」
「うるさい王様だこと。それにここにいるのは、自分の意志で来た者だけ。ジッとするのは、もう終わりにしたいんだよ。それに」
チラと、老いた女獣人が『クマムシ』を見た。
「どうやら少なくとも私は、来た意味があったみたいだからね」
老いた女獣人は懐に手を入れると、紐のついた青い鉱石を取り出した。
それは紛れもなく『天剣鉱』だった。先祖から代々受け継いできた、誇りだった。
グラデムは厳しい表情で睨む。
「それも、『クマムシ』に明け渡すというのか」
「そのまさかさ」
「捨てるのだな」
「違う。証明するのさ」
「証明?」
「我らの誇りは、誇りであったと」
しばしグラデムは考え込んだ。
だが、女子どもたちがモゾモゾと動きだしたのを感じて、ふと顔を上げる。
青の輝きは、老いた女獣人だけでなく、他の者たちも掲げていた。
夫から渡された『天剣鉱』を、父から託された『天剣鉱』を。
「……まったく、しょうがないやつらだ」
グラデムは一人ずつから目を合わせながら受け取っていく。
そのどれもが小さな欠片でしかなかったが、『守護機兵』に埋められていたものよりも、綺麗に輝いていた。
ズンッ、と重苦しい音が響く。頭上の『守護機兵』が『守護機兵』の形を失って、落ちてこようとしていた。
「グラデム、さん!」
佐藤の声を受けたグラデムは、家族たちから受け取った『天剣鉱』を急いで持っていった。
欠片たちを『クマムシ』の外殻に押し当てると、溶けるように吸収されていく。
「さぁ、使うがいい!我らが誇りを!」
パネルに表示されていた魔力の残量の数値が勢いよくあがっていく。
「31%……!いける!『クマムシ』っ、急いで発射用意!!」
「仰せのままに!」
4対8脚をアンカーのように地面に突き刺すと、『クマムシ』の背に長短様々なバレルが展開されていく。
数秒も立たないうちに石の雪崩によって潰されるかもしれないのに、その場の誰も目を閉じず、『クマムシ』を見ていた。
「このあと動こうなんて考えずに魔力をありったけ詰め込んで、頭上のすべてを、吹き飛ばせ!『クマムシ』!」
「あい、わかったぁ!!」
佐藤が、高らかに宣言する。
「最終兵器、発動!!」
ヴォン、と静かな音とともに眩い光線がバレルから射出される。
何十、何百本もの美しい光柱だった。
頼りなさそうな線の光が石の瓦礫にあたると、石は無かったかのように消失する。
光放つバレルはなめらかに動きつづけ、光線を操っていく。
空を見上げていた佐藤は黒い絶望が白で塗りつぶされていくのを見て、思わず涙しそうになった。
「勝った、のかな」
……光が収まった。
すなわちすべて、終わったのだ。
石の質量が娼婦街を破壊し尽くすことはなく、代わりに、光線に貫かれた厚い雲が消え去っていた。
ほとんど見ることすら叶わない日の光が、祝福するかのように極国へと降り注いでいた。
熱い歓喜に包まれる。
そこには一片たりとも間違いはないが、生きている喜びよりも、勝利した喜びが大きく勝っていた。




