極国革命・6
寒さや痛みのせいで小刻みに震える佐藤。『クマムシ』と名乗る背後の大きな鉄の塊に振り返った。
それは機械的な外見をしているが、小さな挙動もごく自然な生き物の動きそのものであることがうかがえる。
目にあたる部分が点滅を繰り返して白く発光のち、覚醒したようにハッキリ明るくなった。
「嗚呼、何百年ぶりだろうか。止まっていた自我の目覚めは実に心地よい。まさか、私が再び動き出すときが来ようとはな。たぎる、たぎるぞ!……さぁ、新たなる主人よ。私はどうすればいい?」
「……えっと」
「なん、なんだコイツぁ!?『守護機兵』か!?」
佐藤が返答に窮していると、隣にいたデーボスが慌てふためき、鉄槌を構えようとする。
それに対して『クマムシ』は機敏に反応して、喜色を含んだ声をだす。
「むむ、なんだお前は。主人の敵か。そうか、敵だな。では排除させてもら……」
「待って!違うよ。この人は味方だよ。それで、デーボスさん、これは、さっきの爆弾と同じ、兵器」
「お、おう、そうなのか。味方なんだな?ずいぶんと大きいが……」
「それでは主人。私はどうすればいい」
「どうしようにも……そうだなぁ。ここは地下なんだけど、外に出してもらえないかな。……ゲホッ、ゲホ」
胸に痛みが走り思わず咳が出た。佐藤は口に手をしたが、その手を見て驚く。わずかに血が付着しているのだ。
もう僕は駄目なんだと佐藤が諦めかけていると、『クマムシ』がそれを覗き込む。
「なんと、主人よ、怪我か。怪我をしているのか。よく見ればデーボスとやらも怪我をしているようだな。しばし待たれよ」
『クマムシ』から放たれた白い光が一瞬二人を包む。二人の肉体の状態を即座に調べた『クマムシ』は診察結果を述べはじめた。
「主人は脚がグチャグチャで、内臓にもダメージがあります。放っておくと死にます!吐血にかんしては食道が切れただけでしょう。そして、デーボスとやら、これはいかん。内臓にとてもとてもダメージを負っているので、このままでは安らかにポックリと死ぬ!ということで、ささ、両人とも早急に私の中へ」
ずんずんと動いた『クマムシ』が腹部の横を晒すと、音もなく縦にながい楕円形の穴が開く。
デーボスは疑心暗鬼に佐藤と『クマムシ』を見比べたが、佐藤がしっかりと頷くのを見て、乗りこむ覚悟を決める。
佐藤はデーボスに背負われて『クマムシ』のなかへ入った。チュートリアルのときにどのような機能があるかは理解していたが、実際にそれを見ると驚く。
操作は口頭で済むのでレバーなどはないものの、映画で見たような戦車の中とコックピットとを併せたような内部。そして何よりも、外の景色が360度映し出されている。
佐藤とデーボスが椅子につくと、二人の身体の至るところに黒いネットのようなものが被せられた。
「うおっなんだコレ!」
「落ち着いて、デーボスさん。これは、生命を、維持するもの」
「なんだそれ、スゲェな」
「ふぅ、これで両人とも死ぬことはない!さて、では主人よ。私は……」
その時だった。クマムシが起動したときとは比べ物にならない轟音が鳴り響き、地面ごと震えはじめた。
瓦礫が『クマムシ』に降り注ぐもビクともしない。しかし中から外が見えているため、デーボスは落ちてくる瓦礫をいちいち避けようとしている。
「お、おう!?これもコイツの仕業か!?うおー!瓦礫がぁ!」
「そうなの?『クマムシ』」
「いや、違う。上を見ると良い。巨大ななにかが動いているのが原因らしい」
佐藤が素直に上を見上げるとひび割れから薄暗い日光が覗く。
鈍く照らしだされる城が、動き出しているのが目に入り、まだ戦いが終わっていないことを知った。
その出来ごとに到底理解は追いつかないが、佐藤は『クマムシ』に触れて、目つきを鋭くする。怖れや緊張からではなく、使命感に突き動かされたからだった。
やるべきことが、増えてしまった。
「では主人。上へ、いけばいいのだな?」
「うん。……上へ!」
「あいわかった!」
ワクワク、といった感情が伝わってくる『クマムシ』の様子に佐藤は頼もしさを覚えずにはいられない。
積もった埃をふり払った『クマムシ』は鉄の体を縮めると、弾丸のような速さで上へ跳躍した。
□□■
極国を象徴する城は、今、自ら動き出していた。
《アハッハッハッハァ!ほぅら!ほぅら!みんな死んじゃうわよぉ!抗って抗って抗って抗って抗いなさぁい!!アハハハハハハ!》
その一歩一歩が、極国を破壊していく。
足音のたびに世界が壊れ、過ぎ去った後には平地以外の何も残っていない。
走っても逃げられないほど巨大な足に踏み潰されていく建物。善も悪も関係なく、全ての者が逃げ惑っていた。
その巨大すぎる『守護機兵』が向かう先にあるのは、娼婦街。
第一王女ゼラスはヴェネリャの潜伏先を知っていた。知っていながら放置して、何もしなかった。今のような状況の時のために、むしろ大切に守っていた。
破壊という最高の快楽のために。
そんな『守護機兵』の体の表面を駆け上がる影が一つ。十河である。
猛獣と見紛うような裂帛の気合を吠えながら、十河はひたすらに上を目指す。
「……おッらぁぁぁぁぁ!!!」
《フフフフ、頑張ってぇ、黒づくめ。どうかどうか、貴方の力を見せてちょうだい。そして絶望してちょうだい!》
『燐光』による察知で第一王女の居場所を探ろうとしても、『天剣鉱』の魔力が強過ぎて、第一王女の魔力が埋もれてしまっていた。
ならばいっそ中に入ってしまおうと鎧を模った壁を殴ってみるが、それは分厚く、時間をかけなければ貫通は不可能であることがすぐに分かる。
しかも十河に反応して、防衛の攻撃が矢継ぎ早に襲いかかる。鎧と化した壁の一部から太い石の針が生まれ、飛来する。
「ちぃ……!さっきから鬱陶しいんだよッ!」
石の針を蹴り砕いた十河は、ガチッと歯を噛みしめ、移動速度を上げていく。
傷付きながら、避けながら、探りながら……十河には一分の休憩すらも許されていない状況であった。
「どこにいやがる!第一王女!」
《さぁ、どこかしらね?実は足の先かしら?クスクス》
『燐光』の反動が心拍音とともに強くなっていく。石の針を壊す拳は内出血を起こしている。反動による、内出血だ。
十河の身体機能は限界にまで蝕まれていた。
それでも十河は、雄叫びをあげながらほぼ垂直な鎧の壁を登っていく。
だが、そう時間もかからないうちに、無慈悲にも第一王女は無事に目的地へたどり着いてしまった。
娼婦街には、娼婦はもちろんのこと獣人たちが数多くいた。どうすることもできず立ち尽くす者が大半であった。
見上げてくる下々にも、第一王女ゼラスの声は届いている。
《はいっ、娼婦街の近くに到着〜。それじゃあ……》
明らかに違った動きがあった。歩くだけだった城は、腕と呼ぶには大きすぎる石の塔を掲げていく。
大きすぎるゆえに石の塔の上昇はひどく緩慢としていて、呑気にも見えた。
真下の娼婦街で震える者たちの行き過ぎた恐怖は裏返って、空々しい期待すらさせた。
三分の一ほど雲にかかりながら、石の塔はピタリと止まる。その数秒の静止は、数時間の静止にも思えた。
《……ぜぇ〜んぶ、破壊しま〜す》
掲げられた腕が空間を引き裂いて落ちていく。自由落下に加速を伴った拳槌。
しかし、拳槌というよりも、巨大隕石が落ちていく様のようであった。
茫然とした十河は最悪の未来を想像してしまうが、ハッと意識を取りまとめる。人など見えない高さにいるが、下にいるであろうヴェネリャに祈る。
(頼む、ヴェネリャ……!)
すると応えるように、影のごとく黒い鎖『グレイプニール』が、何十本と荒ぶりながら『守護機兵』の腕へと巻きついていく。
巨大な『守護機兵』の腕からしてみれば糸よりもか細い『グレイプニール』。だがそれらは複雑に絡み合い、落下のエネルギーを殺していった。
ギチギチ、と鎖が軋む音が聞こえる。
風を破る音は小さくなっていき、十河から見れば地面スレスレで『守護機兵』の拳槌は止まる。
「止まった……!」
一拍遅れて、地面に跳ね返った風圧が十河の頬に触れた。
十河は頬が緩まずにはいられなかった。やった、と歓喜に震えた。
一人孤独に『守護機兵』に挑んでいると錯覚しはじめていた十河は、仲間の存在を感じて覇気を取り戻し、殴りつづける壁に向かって叫びつけた。
「第一王女ッ!俺は、俺たちは、お前なんかには負けない、屈しはしなっ……!」
《ねぇ、知ってるぅ?》
矮小な存在の声など聞こえていないのか、ゼラスは甘ったるい声で十河の言葉を遮る。
状況は最悪のままだった。決して良くなってなどいなかった。
十河の火照っていた体が冷えていき、目の光が萎んでいく。
視線の先では、『守護機兵』のもう片方の腕が堂々と掲げられていた。
先程の腕よりも力が込められている。殴る、という意志がその腕を見る者すべてに伝わってきた。
《腕は二本あるのよぉ?》
二撃目が、墜ちる。
ヴェネリャの『グレイプニール』は先ほどの右腕を抑えているが、次の左腕とも抑えられる保証はどこにもない。
十河は脇目もふらずに『守護機兵』の胴体部分から離れた。斜め下の、娼婦街に向かって落ちていく。
(速く、速く、速く、速く……!!)
安全を確保した着地のことなど頭に浮かばなかった。十河は体を『鋼鉄』にして、娼婦街の建物の一角に派手に墜落する。
だが、すぐに立ち上がって上を見上げた。拳が向かう場所に検討をつけようとして。
また一瞬、思考が止まる。それこそ無駄なことだと知ったからだった。
北に百メートル走ろうが、南に二百メートル走ろうが、さしたる意味を成さない。そう思わしめた。
下界から見上げる『守護機兵』はまるで悪夢のイメージの中にいるような脅威で、立ち向かうのが馬鹿馬鹿しくなるくらい恐ろしいものであった。
巨大。広い空を覆い尽くす『守護機兵』は神の化身だと言われても遜色はない。
ハァ、と息を吐いた十河は、目をつぶった。
(……それでいい。むしろ、好都合じゃねーか。そのほうが、想像しやすい)
現実味を帯びているほど、身近なものであるほど、『想像』が難しいことがあるのだと十河はここ最近知った。
十河の『想像』で創りだす虚構は、実際とはかけ離れた性能を有していたり、都合のいいように補足されていることもあった。
(それでもいい。いや、なんでもいい)
仲間を守れるならば、何でも良かったのだ。
「行くぞッ!!」
想像の限りを尽くして飛ぶ。
向かい来る『守護機兵』の拳があまりにも大きくて、地面に落ちているのではないかと思うほどだった。
ならそれでいいと十河は想った。地面を、空から落ちてくる地面を受け止めるのだと。
「…………ァッ!!」
向かいくる風圧だけで息が苦しく、身体のパーツがどこか取れてしまいそうだった。
輪をかけて無謀なことをしようとしている自分という存在がいるという認識自体が、十河の中で薄れていっていた。
「肉体は飾りとなり、意識は世界に溶けて消える」。
察知のときには特に自然とおこなっていたその無意識が、十河を包む。
十河は、絶叫した。
「『止める』……ッ!!」
十河はその時、堕ちていく『守護機兵』の拳を止めるという「概念」となった。
端すら見えぬ拳と小さな影が衝突する。
十河は、肉体からなにかがプチプチと剥がれ、弾けるような気がした。
その拳は止まり、さらに、かち上げられる。
『守護機兵』の二撃目も止められたのだ。
下々の者たちにはなにが起こったのか全くわからなかった。
振り下ろされていく隕石のごとき拳が途中で止まったかと思うと、天に向かって跳ね除けられたようにしか見えなかった。
『守護機兵』の左肘から先は崩れ、荒野と化している『守護機兵』の後方に、石塊がバラバラと落ちていった。
ついに『守護機兵』の右腕は動かず、左腕はなくなった。
▼▼▽
ゼラスが張った『魔弦』は声も拾える。
娼婦街の近くに刺さっている『魔弦』から聞こえてくるのは「生きている」という歓喜の声だった。
とても嬉しそうで、ゼラスには不快だった。
いつもと違い思い通りにならず、いつもと違って人生が楽しくなくなっていた。
理屈にあわない現実に、訳がわからなくなっていた。
「黒、づくめ……」
広い王の間の中央で、表情を削ぎ落として佇むゼラス。憤怒を通り越して、落胆の境地に至っていた。
「……もういいわ」
ポツリと言う。
「もう楽しむのはやめる」
右腕を投げやりに横に振る。
続けて左腕を縦に振るう。
ぶちぶちと、十本の『魔弦』の接続を巨大な『守護機兵』から切断した。
「ここまで来れば、人形を操る必要もないわよね?」
城の中に何百とあった歯車たちが一斉に止まる。力が逃げ切れなかったいくつかの歯車は砕けて、バラバラと落ちる。
不協和音を響かせて、ゼラスの立つ場所が傾いていく。ゼラスは『魔弦』で自分を操って、壁を切り裂き、悠々と外へ出た。
皮膚が裂けるような冷気に触れるが、ゼラスの顔には一片の変化はない。
「……ぶっ壊れちゃえ」
感情も失くした彼女の瞳のさきでは、ついさっきまで喜び勇んで操っていた『守護機兵』がただの瓦礫の土石流となって下に降り注ごうとしていた。
「ふひ、ふふ!壊れろ、壊れろ、壊れろ」
呪詛のように繰り返すゼラス。
狂気をはらんだその瞳で、瓦礫に潰される下の連中を幻視する。
「死ね、死ね、死ね……死ね、全てまとめて死んでしまぇぇぇ!!」
赤く破裂する人間だけが、今の心を穏やかにさせてくれるのだろうと期待して。




