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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
極国・リドルブリゲン編
73/82

極国革命・5

「十河……!」

「うふふ、囚われの女性を救いにくるなんて素敵な殿方じゃない、ヴェネリャ?」


『燐光』を纏う十河を、ゼラスはさりげない動作で『魔弦』を操って包囲し、逃げ場を失くしていく。

 十河は第一王女(ゼラス)を睨みながら歩を進める。ゆっくり、獲物を追い詰めるかのように。

 その様子を見て、ゼラスは侮った。物理的な接近戦を挑もうとしていることから、優位を確信する。


(あら、何かと思えば筋肉自慢のこけ脅しなのかしら?……まぁいいわ。近づいてきなさい。そのまま、何も理解しないまま)


 首の高さに合わせて横に張られた『魔弦』に、十河は自ら近づいていく。


「あっ……十河さんっ!透明な糸に気を付けて下さいッス!!」

「遅いわ」


 十河の首は鉄をも簡単に切り裂いてしまう『魔弦』に触れた。

 だが『魔弦』はぷつりと千切れた。

 ゼラスの端正な笑顔は固まって、歪になって、凝視する。依然と睨みつけてくる十河を。

 十河の緩やかな歩みは、ゼラスの焦燥感を掻き立てていく。


「あぁ、遅い……遅いな。第一王女。やめるには遅すぎたよ。予想だが、王を殺したのもお前だよな?」

「な……にを、余裕ぶっているのかしら?一本だけ細いのを千切ったから、勝った気でいるのかしらぁ?」

「質問を質問で返すなって。さっき文官の一人に会ったら、死体を踏む嗜みがあるんだってよ。気持ち悪いよな?」

「うふ、うふふ、良いのかしら?そのまま私に近づくのだったら、テンペストが貴方に襲いかかるし、ヴェネリャちゃんは死んじゃうわよぉ?」

「……意図が通じないな」


 チリチリと舞っていた『燐光』の光がより強くなる。飛び出した十河は幾十もの『魔弦』を、脆い蜘蛛の巣かのように破っていった。

 ゼラスの首に『剣』と化した腕を振るう。


「お前はもう、負けてんだよ」

「……っ!!」


 自分自身を『魔弦』で操ってゼラスは後退した。頬に経験したことのない鋭い痛みが走り、そこを触れると、熱い血が指に付く。


「この、ガキッ!私に傷を付けたわね!!」

「はいはい、さっさと死んでくれお姉さん」

「なら先にヴェネリャを殺してあげる!!」


 ヴェネリャに『魔弦』を仕向けるも、いともたやすく十河に掴まれて、千切られる。


「なんなの!?『魔弦』をどうやって!?」

「答える義理はないな。というか、逃げないでくれよ。手間がかかるな」

「……あはッ、貴方、貴方!面白いわねぇ!こんなに面白いの、人生で初めてよ!お父様の死に際よりも面白いわ!」


 ゼラスは醜い笑みを浮かべながら腕を振るって『魔弦』を辺りに撒き散らす。無作為な攻撃に混じって、とある一本がテンペストに向けられていた。


「ならこうしましょう!貴方にはテンペストを殺してもらうの!!」


 テンペストは『核』に刻まれた命令を無視することはできない。黒い大斧を持ちあげると、十河へ振り下ろす。


「十河さんっ!」

「大丈夫……だ!」


 十河はテンペストの懐に深く踏み込み、『グラディウス』で大斧の柄を切り落とす。抜いてから納刀するまで数秒にも満たなかった。

 そして、それが最後の十河の隙であった。

 十河は極限まで集中して、想像する。奥にある『核』をわし摑みにするようなイメージで、テンペストの腹部に触れた。


(『核』を、創り変える(・・・・・)


 十河は想像する。

 テンペストの『核』をただの『核』から特別な『核』にするように。完全に独立した「テンペスト」という人格だけになるように。

『燐光』が一際激しく発光すると、テンペストは力が抜けたようにして尻餅をつく。

 反動を抑えつつ、息を吐いてから十河は確認した。


「……大丈夫か?テンペスト」

「あ、あれ?う、動けるッス!なにをしたかわからないッスけど十河さん凄いッス!」


 その光景を目の当たりにしたゼラスは今度こそ余裕が無くなった表情へ変わっていた。


「そんな……ありえない、ありえないわ!『魔弦』で命令を刻んだのよ!?魔法なんかで変えられるようなものじゃない!理屈から外れてる!!」

「なら、想像力が足りないんじゃないか?」

「……あ、へ、ふ、は、ふふ、ふふふふふ!あはっ、あーっはっはっはっはっ!!」


 狂ったように笑いだしたゼラスは目下の床を『魔弦』で切り裂いた。その大穴に吸い込まれるように落ちていく。


「逃がすか!」


 駆け出した十河だったがすぐさま異変を感じ取る。並行感覚が揺らいだような違和感を覚える。そのせいで、ゼラスを追いかける足が鈍ってしまう。


(なんだ、魔法か!?いや、魔法を打ち消す想像は絶やしていな……)

「十河!!」


『魔弦』の束縛から解放されたヴェネリャが叫んだ。


「外を、見ろぉ!」

「はぁ!?……ッ!!」


 城下の街が傾いていた。

 ……いや、そうではない。十河たちのいる城の上部分が傾いていたのだ。

 ゼラスは、十河のたちのいる城の最上階を『魔弦』で切り落としていた。

 大木が折れるかのような重低音が響く。三人の足が床から浮き、離れようとしていた。


「二人とも、外に出るぞ!」

「あああ、ドチクショウがぁ!!」


 ゼラスが開けた大穴に飛び込むと、そこにはもう城の中はなく、薄明るい外の景色だけが三人の目に飛び込んでくる。

 城の上部や瓦礫とともに自由落下する三人。

 テンペストは主であるヴェネリャに手を伸ばす。しかしその手は届かず、空を切った。


「くっ、十河さんッ、姐さんを頼みます!自分はこのまま落ちても平気ッスから!!」

「わかった!」


 十河は『燐光』を輝かせる。何もない空中に「足場がある」と想像して、ヴェネリャの方へ跳んだ。


「掴まれッ、ヴェネリャ!」

「泣いて喜んで抱っこしやがれ兄弟!くれぐれも落とすなよ!」

「一緒に落ちてんだから落とすもなにもねーよ!」


 十河は想像した空中の足場を利用して、ゆっくりと、着実に落ちていく。

 城の上部が落ちていった。轟音とともに落下したそれは、城下の一角を飲み込んで土埃を舞い上げる。

 その瓦礫の山に十河とヴェネリャは危なげなく降り立つ。そこは、不気味なほどに静寂としていた。


「はぁ、また振り出しかよ」

「クソ、クソ、クソ!クソ女がッ!大人しく死ねばいいのによぉ!!」

「落ち着けって。大丈夫だ、俺が仕留める。第一王女の攻撃は俺に効かないことが分かったしな。ヴェネリャはテンペストと一緒に避難してくれ」

「…………」


 ヴェネリャは悔しそうに地団駄を踏んでいたのを止めて、ダラリと力を抜いた。十河の指示に釈然としない表情のまま、薄い唇を噛んで、上部を失った城を見上げる。


「……悪ぃ、兄弟、頼むぜ。ただ、一つ分かってくれ。どうか、覚えておいてくれ。ケリはアタイらでつけたかったんだ」


「アタイらでつけたかったんだよ」と、ヴェネリャは湿った声で絞り出した。脳裏では、一人の少女の笑顔を思い返しながら。


「姐さーん!十河さーん!ご無事ッスかー!?」

「……おう、こっちだ!さっさと来いマヌケぇ!」

「はいッス!!」


 と、土埃で汚れたテンペストが二人の下へと駆け寄った時だった。

 突如として城から、重い駆動音が鳴り響きはじめる。城は生きているかのように微動していた。

 十河は『燐光』を絶やさないまま何が起きても対応できるよう身を構えるが、横にいたヴェネリャは何が起こるのか予測がついてしまった。


「……嘘だろ、オイ。まさか、城の中にあった歯車は、もしかして」

「ヴェネリャ?」

「二人とも、離れるッスよ!」


 十河とヴェネリャはテンペストにひょいと抱えられ、城から遠ざかっていく。

 大きな城の変化は、極国のどこから見てもすぐに分かるほどだった。

 要塞のような城は腕を作り出し、外壁はまるで鎧のようにかたどられていき、そして立ち上がる(・・・・・)

 あまりの規格外と想定外に、十河はあんぐりと口を開ける。


 そこには、一体の巨大すぎる『守護機兵』が立ち尽くしていた。


 首のない『守護機兵』を見て、十河の声は思わず震えてしまった。


「……冗談じゃ、ねーぞ」


 城だった『守護機兵』からゼラスの『魔弦』が無数に射出され、極国中の建物や地面に突き刺さっていく。

 その役割は『守護機兵』を支えることと、ゼラスの声を伝えることであった。


 《ヴェネリャぁぁぁ?まだ生きてるんでしょぉぉぉ?どぉかしら?これが、正真正銘の、私の最高傑作よ!ねぇ、どう!?すごいでしょ!ああ、楽しい!これを動かせる日が来るなんて!今日は幸せで一杯よぉ。……うふ、うふふふふ、あっは、あひ、あはははは、ははは!アハハハハハハ!!》


 ゼラスの哄笑が極国中に響いたとき、国中の者たちの動きは一様にして止まり、現実だと思い難い巨大な『守護機兵』に、絶望に似た感情を抱かせていた。


 まるで、この世に終末が訪れたかのようであった。




 □□■




 佐藤正宗は脚が裂けるような激痛で目を覚ます。無意識に太ももに爪を立てるが、紛らせることもできない。


「うっ……ぁ、ぁ、ぁぁ!」

「……おう、ボウズ生きてたか。死んだかと思ったぜ」

「はぁ、はぁ……デーボス、さん?」


 佐藤がおぼろげな意識のまま顔を上げると、壁に寄り掛かるデーボスが見えた。

 頑丈な亜人であるはずのデーボスも、酷く傷ついているのが分かった。佐藤はよく目を凝らし、瞠目する。


「デーボスさん!う、腕!」

「なぁに、四本中の一本がなくなっただけだっつの。そう慌てんなって。血は止まってるしな。それより、ボウズの方がヤバイんじゃないか?」

「あんまり、考える、余裕ないです……」


 佐藤が脚に力を込めると、膝より下は全く動かない。太ももは動くがよじるだけで痛みが走る。


「痛ぅ……!」

「はは、二人とも死にかけだな。だけど、ホラ見てみろ。『守護機兵』は動いてねぇ。作戦は成功してる」

「それは、良かった、です……ところで、ここは?」

「地下だ。地下のさらに深い地下。爆発で落ちるんじゃないかと危惧してはいたが、まぁ、そこまで深くないみたいで運良く助かったよ」


 光源がどこかもわからないほど薄暗い。佐藤は、なぜだかホッとしている自分がいることに気付いた。

 寒さや飢えで厳しい日々から逃れ、任せられた仕事を完遂しているからだろうと簡単に思いつく。

 佐藤は途絶えない痛みに耐えながら、細い腕で這い、デーボスの方へ近づいていく。


「……デーボスさんは、好きな人、みたいな、居た、ですか?」

「お、おお?なんだその質問は。そうだな、居たよ。ほら、あのメチャクチャ可愛い一つ目の」

「ああ……あの人、ですか。可愛いの、ですか?」

「はぁ!?可愛いだろうが!捻りつぶすぞ!」

「あはは……僕は、居ません。たぶん、誰からも、好かれても、いません」


 佐藤はずりずりと這う。瓦礫が太ももの肉を傷つけるも、むしろグシャグシャな膝から下の痛みを誤魔化せていた。


「だから、ここで終わるのは、最高なんです。これ以上は、蛇足、なんです。デーボスさんは、元気そうだから、まだ、生きるだろうけど……」

「バカ言うな。もう少し休憩すれば、俺もなんとか動ける。一緒に上に戻るぞ」

「良いんです。もう、疲れました。ここで、死んだほうが、良い」

「ばーーーか!ガキが言う「死んだほうが」ほど信用できないもんはないっつーの!どいつもこいつも、生きれるうちは生きるべきだ。年を取ってからの引き際だけは見誤っちゃいけないが……な!」


 這ってくる佐藤の腕を掴んで、デーボスはなるべくそっと引き寄せた。


「これでいいか?」

「ありがとう、ございます」


 佐藤は脚を庇いつつ、デーボスの隣に座る。


「ここで終わっていいのか?」

「まぁ、はい。そうですね」

「嘘つけ。上に戻ったらなぁ、お前は英雄扱いだぞ?みんなに、褒められるんだぞ?」

「……それは」

「ほら迷った。それが生きたいってことだ」


 佐藤がこれほどまでに死のうとしているのは、もう長く生きられないと悟っていたからだった。

 足先は感覚が無く、身体中に悪寒が走り、思考もうまくまとまらないでいた。もう間も無く、自分は死んでしまうのだと他人事のようにわかっていた。

 だけど、デーボスに言われて考えが変わった。

 死にたいと思いながら死ぬのではなく、生きたかったなぁと思いながら死のうと。


「……はは、じゃあ、やっぱり、生きます」

「おおーい!コロコロ意見を変えるなよ!」


 そうすれば未練が残って、来世は人間に生まれ変わるかもしれないと夢想する。ここではない、地球の、日本の、人間に。

 少しだけ眠ろうと、佐藤は壁に背を預けた。


 《日本人のDNAを感知しました。照合を開始します》


 佐藤の頭の中で、合成音声らしき声が響く。

 どうしてか佐藤が驚くことはなかった。ただ、その声に意識を傾ける。


 《所持者不在のため、仮登録を開始します。しばらくお待ちください。……仮登録を終了しました。所持者はサトウマサムネ。仮登録により、性能が40%低下します。低下しました。ーーーーに干渉されました。性能を50%低下します。低下しました。それでは『クマムシ』の能力の説明を開始します。スキップしますか?》

(……しない)

 《補助用AIが搭載されています。機能をONにしますか?》

(じゃあ、する)


 黙り始めた佐藤が気になって、デーボスがちらりと横を見る。


「おい、ボウズ。死ぬなよ。大丈夫か?」

「えぇ……だいじょうぶ、です」


 佐藤のか細い返事が終わるとほぼ同時だった。もたれかかっていた、デーボスが壁と勘違いしていたソレが動き出す。

 デーボスは耳にしたことのない、佐藤は聞いたことのあるような、機械的な音がする。

 二人が振り返ると、デーボスの背丈よりも遥かに大きい4対8脚の金属の虫がいた。目の部分が青白く発光し、活動を再開をしたことを示してみせた。

 そして、厳かな声で喋りだしたのだった。


『クマムシ、ここに復活せり』

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