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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
極国・リドルブリゲン編
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極国革命・3

 極国リドルブリゲンの至る所で煙が上がっていた。

 主に獣人・亜人と犯罪人たちの戦火であり、またそれが原因でもたらされた混乱によるものでもあった。

 最も被害を受けていたのは娼婦街。混乱に乗じて、個体としての価値が高い娼婦を狙う輩で溢れかえっていた。

 特に戦闘能力に優れた者たちは出払っており、獣人たちだけでは卑劣な輩から手が回りそうになかった。

 次々と運ばれてくる情報をグラデムが処理をして命令を飛ばす。


「三番街にヒビル・ファミリーの残党が向かうかもしれん!クゥラ、ニコル、メッテは数人引き連れて指揮を執りにいけ!」

「はっ!」

「一番街の娼婦や商人は落ち着きを取り戻したようですっ、二番街の連絡待ちです!」

「待つな、伝令を送れ!トトの手が空いていはずだ!」


 耳に入る情報を整理した上でのグラデムの指示は的確であり、それを受ける配下たちも王を疑うことなく動くため、迅速な行動を可能としていた。

 しかし、入ってくる情報の量はもはやグラデムや他の命令する者たちの処理能力のキャパシティを超えようとしている。

 小さな行き違いや勘違いから生じる情報の錯綜は、目前といったところだった。


「王!西側の……三番、もしくは四番街の娼婦の何名かが確認できないとのことです!」

「くっ、では、西はレニィを確認に向かわ……」

「それは待って、ください!伝言!三十分前、北西へ向かった別働隊、その人ら、保護!代わりに、南、敵が増加!」


 そんな中、空から降り立ったのは……銀色のママチャリに跨った堀内であった。

 堀内が拙い獣人語でそう伝えられるとグラデムは頷いて、先ほど命令を飛ばそうとした者に向く。


「変更だ!レニィを戦える者を率いさせて、南に向かわせろ!」

「はっ!」

「ねぇ、グラデム、さん!まだ?まだぁ!?」

「あぁ、まだまだだ!小賢しい犯罪者はともかく、娼婦に傾倒していた野郎どもは想定以上に多そうだ!」

(そういう意味じゃ、なーーーい!!)


 堀内は思わずオカッパの髪を振り乱したくなった。

 堀内の言った「まだ」は「あとどのくらい続くのか」ということではなく「もう終わっていいですよね」という意味である。

 堀内の選んだ『武装』はただの鉄の塊ではなく『折り畳み自転車』だった。

 もちろんそれはただの折り畳み式の自転車のはずはなく、高速で空を飛ぶ、折り畳み自転車であった。


(もう……怖いっ!もームリ!嫌ぁ!魔法少女のステッキにしたほうがマシだったー!!)


 人は普段、空を飛ばない。常識である。

 ではスカイダイビングに慣れているわけでもロッククライミングで危険な高所によく行く訳でもない、インドア系の女性が上空約100メートルを自転車で飛んだらどうなるだろうか。しかも高速だ。


(怖い!怖すぎる!膝、ガックガクだよ!落ちたら死ぬしぃ!!もー地面ちょーだいすき!!)


 こんなはずではなかった、と堀内は無駄にフィット感がある自転車のハンドルに憎々しく爪を立てる。


「ホリウチ!!」

「はいっ!?」


 獣人語の発音で名を呼ばれた堀内が反射的に声の方を向けば、信頼しきった瞳をしたグラデムが見つめてきていた。


「東側の、商人たちを多く集めた域の状況が気になる! ウエノにまた確認を頼む!」

「えっ、あの」

「こんな状態だ。命令を出す立場の俺たちにとってホリウチの素早い情報伝達は命綱になる!」

「……う、うぐぁー!とことんやってやるぁー!ちくしょー!」


 重い責任感が、高所という恐怖に打ち勝った瞬間である。

 堀内は目の端に涙を浮かばせつつ、ブワリと浮かんで、およそ自転車とは言い難い速度で飛んでいった。

 文字に起こせない悲鳴が空を駆ける。

 三分とかからずに堀内のママチャリが到着したのは、暗黒街。

 拠点の屋上に着陸する。堀内は自転車を乱暴に停めて、厚い毛織り物でできた簡易テントにへろへろと入っていった。


「はぁぁぁぁただいま戻りましたぁぁぁ……うぉー寒い寒い!」

「おや、堀内くん、お帰り。自転車で空を飛んでる間は寒くないのかね?」

「なんか空気の圧縮を前面で散らしてー、周囲に体温に適した空間を固定させてる、から?飛んでる間はむしろ快適です。怖すぎてそれどころじゃないですけど!!

 あ、えーと、上野さん、グラデムさんが東側の状況が気になるそうです」

「ふむ、東側か。……問題ない、かな。東側の連中はどうやら門から脱出しようとしているのが大半のようだ」

「まだ終わりませんかねー。革命」

「革命を本来の意味でいうならば、数日から数ヶ月はかかるものだ。まぁしかし極国はさほど広くない。上手くいけば、あと数時間で終わるのではないか?」

「十河くんたちの方は、どうです?」

「十河くんと佐藤くんの安否は分からないが、『守護機兵(ハイゴーレム)』とやらの多くが停止したあとも、他三名は生きているよ。だから大丈夫だろうよ」


 ボサボサの髪をかきあげる上野が見つめるのは、水晶玉の形をした『武装』の上に浮かぶ横に長い楕円形のパネルだった。

 青色を基色としたその半透明のパネルには赤い点や、黄色い点、緑の点などが散在している。

 上野の水晶玉のような『武装』は、高機能なレーダーである。

 使用者が意識した場所にいる者を察知して現れたパネルに表示し、使用者の区別によって、点で表された対象の色は変化する。

 水晶玉を中心として半径13キロメートルが感知できる最大範囲。極国の3分の2はカバーしており、それは充分過ぎるほどだった。

 上野の『目』は全てを見通していた。

 指先で水晶玉に触れて操作しながら、上野はパネルから視線を離さないでいる。


「む?何だこの密度は。あぁ、戦闘しているのか。デザーロトの方は……よし、捕縛し終えたようだな。

 ではこれは……マズイな。注意が向いていない。横腹を突かれそうだ。そういうことで堀内くん、いいかね?」

「ぶぇぇぇ?また行かなきゃいけない感じぃ?」

「行かなきゃいけない感じだ。混血児のそばにいる班に、東から何人か敵が接近していると伝えてくれたまえ」

「えー……岡本さんの『武装』と亜人さんなら大丈夫じゃない?」

「万が一があるからさ。私が「視て」いる範囲ではその万が一は許されないのだよ。君も岡本さんと藍ちゃんに、もしもがあっては悲しいだろう?」

「あーもーはいはいわかりましたいってきまーす。堀内は、飛ぶ運命から逃げられないのだった……!」

「さっさと行きたまえ」


 ぶっきらぼうに堀内を追い出そうとする上野。

 堀内はそんな彼女をじろっと睨んでみたが、上野のパネルを見つめる眼差しは真剣そのものであり、文句も言えなかった。

 悲しみを湛えつつ、堀内は自転車に跨って再離陸する。

 表現のしようがない叫び声は煙突のある建物に着くまで続いた。

 武器を持って警戒する亜人に囲まれながらも暖をとっている混血児たちの輪に、堀内は倒れるように滑りこんだ。


「岡本さーん、藍ちゃーん……堀内でーす……だいじょぶですかー……」

「あらぁ、堀内ちゃん大丈夫?どうしたの?」


 そんな堀内を心配そうに覗きこむのは、岡本。彼女の両手首には模様の描かれた腕輪が嵌められている。

 久保田も同様に覗き込み、堀内の頭をなでなでしていた。


「痛いの痛いの飛んでいけ〜」

「心配してくれる聖母と天使がここにはいるぅ!もうやだよーあの自転車こわいよー乗ると毎回ジェットコースターだよー!」

「えー、怖かと?楽しそうなのにー」

「藍ちゃんは怖いもの知らずだよね……」

「そんなに怖いなら、無理して乗らなくてもいいのよ?」


 そう言われた堀内は苦笑いして「それを言われちゃったら、ねぇ」と呟いた。

 よいしょ、と堀内が立ち上がる。痩せた混血児や、護衛の亜人をチラリと見ながら報告する。


「……えっと、そうです。上野さんから伝言があります。南から敵が何人か来るそうですよ。警戒してーとのことです」

「まぁ!それは大変ね。ところで、南ってどっちかしら?」

「え?うーんと、こっち?」

「そっちじゃないの?」

「あっち!」

「もーこんなときに方位磁針があったら!」

「うふふ、ピンポイントで地球のあったら嬉しいわねー。そもそも、使えるのかしら?」

「簡単なのを佐藤くんが作ってたんですー!意外とちゃんと方角は存在するみた」


 いですよ、と続くはずだった堀内の言葉は、唐突な爆音に遮られる。

 壁は、魔法の爆発によって大きな穴が開けられていた。

 肌を刺す冷気が流れ込み、砂埃が舞う。室内は瓦礫だらけとなる。

 残念ながら堀内と岡本、久保田が指差した南とは別の方角のある壁の穴から、ぬっと複数人の男が現れた。


「あの『青霧の箒』の商品がいると聞きつけて急いでやってきたが……こりゃ何人か殺しちまったか?」

「数人くらい構わんだろ。そっちの方が好みの客もいるだろうしな」


 下品に笑い合いながら、砂埃の先に男たちは進もうとしたが、進めなかった。

 そこには壁があった。琥珀色の半透明な壁だ。壁の向こう側で岡本が両手を広げている。


「ギリギリセーフね〜」


 一対の腕輪である岡本の『武装』の能力は、『バリア』である。

 岡本にはゲームなどの知識がなく、現実にも存在しない『バリア』という概念がいまいち分からなかった。

 だが、だからといって使わないのはもったいない、と元・主婦らしい感想を抱くのだった。


「お、岡本さんすっごーーー!反応速度!反応速度!!」

「うふふ、これでも高校生のときは卓球部のエースだったのよ〜。でも、関係あるかしら?」

「ありますよ!たぶん!」

「なら、コーチの指導の賜物ね〜」

「コーチって?」

「えーと、技とか動き方を教えてくれる人よ〜」

「師匠のごた人?」

「うーん間違っているような合っているような……藍ちゃん師匠だなんて難しい言葉よく知ってたわね〜」

「えっへん!」


 そんな呑気な会話をしている三人。

 だが日本語が解らない男たちには、黒づくめがどのようにしてこちらを殺そうかと楽しそうに相談しているようにしか見えなかった。

 なにせ琥珀色の壁の向こうに男の一人が放った土属性魔法が届いた形跡はいっさい無い。


「このアマ……高度な光属性魔法を使うぞ!気をつけろ!」

「黒づくめは魔法が使えないんじゃなかったのか!?」

「知るかよ!!」

「魔力が尽きるまで殴り続けろ!」


 男たちはやたらめったに武器で切り掛かり、殴り掛かる。わざわざ『闘気』を出す者もいたが、琥珀色の壁が揺るぐことはない。

 久保田はというと、檻の向こうにいる動物を見学するようにぼぉっと見つめていた。それがまた男たちの癇に触る。


「馬鹿な!黒づくめの魔力は無尽蔵か!?」

「そもそも魔法なのか!?魔法具の類じゃ……」

「こんな、硬い、魔法具!帝都にだってあってたまるか!!」


 壁の内側を、男たちの一人が見やる。黒づくめの他に混血児がいた。なにが起こっているかわからないのか、ただ呆然としている。

 男はその景色に違和感を覚えた。


(……女子供だけ(・・)だと?)

「えぇい、無能どもが!どけぇ!土の理に願い誓う!我に抗う者を転ばせる、土塊の鎌の力の肯定を!」


 苛立った一人が魔法を放つ。それは中距離先の足下の地面から鎌をつくりだし、対象の脚を切り裂くという魔法。

 壁をつくりだしている岡本を狙おうとする。

 しかし、いつまで経ってもその魔法が発動する気配はなかった。

 何のことはない。岡本の『武装』の能力は、害のあるものを自動的に全て遮断するからだった。


「発動しない……?そんなバカな!」

「ッ!?後ろだ!」


 一人が背後を振り返りながら叫んだが、もうすでに手遅れだった。


「フンッ!」

「ぐぁっ……!」


 護衛をしていた亜人たちが回り込んで奇襲を仕掛ける。男たちの何名かは、なす術もなく無力化された。

 残りの男たちは亜人の数よりも少なく優劣は火を見るよりも明らかだった。

 そう時間もかからずに男たちを取り押さえられた。紐で腕を縛られ、口も布を噛まされている。

 日本人の三人はほっとして、顔を見合わせる。


「せっかく堀内ちゃんが怖い思いをしてまで来てくれたのに、私がドジなせいで危なかったわね〜……」

「助かったんですから、いーでしょ!ね?藍ちゃん!」

「うん!おばさんかっこ良かったよ!」

「あら〜本当?」


 怯えた瞳で男たちは黒づくめを見つめる。

 自分たちがこれからどうなるかを知っているのに無邪気に嗤っている、と。

 亜人の半分の人数ほどが縛った男たちを引っ張って、外に連れ出していた。


「あら、どうしたのかしら。ここで監視しておけばいいのに」

「通じるかわからないですけど獣人語で話しかけてみます。……どこ、行く?なにを、する?」


 堀内の言葉に一人だけ反応を示す。獣人語が少しだけ分かる亜人だった。

 しかし、彼はなにも言わない。代わりに他の亜人にたいして首を横に振って、一言二言しゃべると、今度こそ堀内に話しかける。


「なんでも、ない。きけんを、はなす」

「あ〜なるほど。……隔離するんだそーです。私たちや混血児を思ってのことかな?」

「あら〜紳士な方々ね〜」


 岡本が丁寧に頭を下げる。亜人たちは岡本に反応は示さず、逃げようと暴れる男たちを引きずるように建物から離れていった。

 ……無反応は当然だとも言えた。

 ヴェネリャが本当に危険だと判断した犯罪者は捕らえられる。こんなに凶悪な者でさえも支配下に置けるというアピールになるからだ。

 では、それほどでもない犯罪者も加えるとなると?

 捕らえなければならない人数は膨れ上がるだろう。いや、多すぎてそもそも不可能である。

 では、どうするか。簡単な話だった。

 誰もいない裏路地。微生物すら生きていないパサパサの土壌の上に男たちは転がされる。


「〜〜〜ッ!〜〜〜!!」


 女子供の前で、人殺しをなるべく避けることは亜人なりの配慮だった。

 手加減なしに斧や剣が振るわれる。骨を断つ鈍い音が、残響を残すように連続する。

 白っぽい土に、赤々とした血が染み込んでいった。


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