晩餐
「ちょっと待て……俺、今さっきこのウサギを殺したばかりで疲れてるんだよ、ミキさんがやってくれよ」
ミキさんが怪訝な表情になる。腕を組み、無い胸を主張しながら言い放つ。
「グロいからやりたくない!」
はぁ、とつい溜め息を吐いてしまう。
考えてもみて欲しい。
異世界に来た初日からムカデに足を噛まれ、這々の体で水源を見つけ、そこで寝て、そこで起きると熊と蛇がとんでもない争いを始めだし、その後大蛇の解体をし、武器を作って……ともう精神的に一杯一杯なのだ。
それらを訴えた上で言った。
「ミキさん、ウサギを解体してください」
「えー」
むべもない。
結局、疲れた身体に鞭打って解体することになった。
俺が主に解体し、手伝いという形でミキさんを働かせた。手伝いの内容は内臓を埋める穴を掘ることと、血で汚れた肉を水で洗うこと。協力して生活するのだ、これくらいはして欲しい。
さっそく俺はウサギの横腹に開いた穴に指を入れ、無理矢理広げていく。
皮と筋肉の千切れる音と共に、鮮やかなピンク色の内臓が姿を見せる。
地球に居た頃の俺ならこの時点でギブアップだ。
横に居たミキさんは「うへぇ」と言いながら、穴を掘っていた。普通に解体作業を横目で見ている。平気ならやれよ。
ウサギの傷口を出来る限り拡げる。
やがて、傷付いた胃、小腸、大腸、食道、気管支、傷付いた肺、肋骨、腎臓、心臓などの内部が露わになる。
筋肉や脂肪をまだ皮につけたままにしておいて、この中身を何とかしよう。
解体のイロハなど当然知るわけもないので順番が合ってるかはわからないが、まず目についた肋骨をばきばきと根元から折って取り除く。
次に、生理的にやりたくないが内臓を取り除いていく。地球で俺が料理の手伝いでもしてたら嫌な気分になることはなかったのだろうか。
世の主婦たちが日頃から動物を丸々捌くなんて聞いたことないが。
食道と気管支をぐわしを掴み、引き抜く。
持ち上げるともれなく内臓全てがくっついて引きずりだされる。幾つかは重力に負けてプチっと切れて落ちてるが、殆どを取り出すことが出来た。
それを、ミキさんが大蛇の鱗を使って掘った穴に入れていく。
終わり、ではない。
一番の懸念事項が残ってる。
頭。
「グロいなぁ……」
なにしろ首をスパッと斬れる刃物の類が無いため、腹の傷口を拡げたようなやり方で皮を千切り、首の骨を折らなければならないのだから。
先に首を折ってしまおう。
ウサギの額を背につける勢いで力を込めると、ボクッとくぐもった音が耳に、手に振動が伝わる。多分折れた。
血抜きに使った穴を、腹と同じように拡げていく。ブチブチと。
ぽろっと首が取れた。
思っていたより怖くはない。むしろ「なんだこんなものか」って感じだ。
首を持ってミキさんにいたずらしてみよう。
首の断面を見せるように差し出してみる。
「ほーら、ミキさん生首~」
「いやーんこわーい♪うふふ」
余裕だった。つまらん。
ウサギの角は何かに使えそうなので、頭は燃やす為に残しておく。
今度こそ肉と皮と骨だけになったウサギをパーツごとに解体しよう……と思ったが、面倒くさい。
燻製肉の様子を見ることに。
濃い煙の中から取り出した、牙に刺さっていた肉はカッチカチになっていた。
カッチカチに。
「これ、食べれる固さだと思う?」
「食べれれば問題無いんじゃない?」
うん、保存食にしよう。
燻製肉は寝床である木に半分こずつ置いておくことにした。
牙が手元に戻ったので、これをウサギの解体に使いたいと思う。
しかしながら、太腿と胸肉と……なんて細かくするのは技術が要るだろうし、やる必要性が見当たらない。
皮だけを剥ぎ取る。そして皮を剥がした肉を今夜のディナーとしよう。
ひたすら大蛇の牙で皮を剥ぐ地味な作業が続く。
その間にミキさんは葉っぱや枝を精力的に集め、既に火を焚いてスタンバってる。
「そうだ、ミキさん。ウサギが残した食べかけの木の実が落ちてるかもしれないから持ってきてくれない?」
「えっ、それを食べるの?引くわー」
「そうすれば何が食べられる木の実かわかるし」
ミキさんの扱い方が段々わかってきた。殆どおどけているだけなので無視すればいい。
二十分ほどで全ての皮を剥ぎ終わった。
「ふー、やっと終わったぁ!」
キツイ作業というわけではないが慣れない事はやはり疲れる。
空を仰ぐと日は姿を隠し始め、夜が迫っていた。俺の知っている夜空とは違い、星が瞬いているようだ。
火はパチパチと微かな光を漏らす。消してしまわないように枝を傍に置くと、やがてその枝に燃え移っていった。
「お待たせ~!というか日が落ちるの早くない?薄暗い中お姉さん頑張ったわよ~」
振り返ると、ミキさんはシャツを捲り皿代わりにして木の実を持ってきていた。へそが見えてますよ。
視線に気づかれたのか、ニヤニヤしながら尋ねられる。
「んー?お姉さんのおへそに見惚れちゃったかなー?」
うるさい。
木の実をボロボロ落としながら、ミキさんがにやついた顔で覗きみてくるが無視して木の実を手に取る。
大きさはゴルフボールくらいの薄い赤色をした丸い実だ。
やや固いその木の実を割ってみると、体積の多くが種であり、皮に面した部分に少し果肉のようなのが確認できた。
匂いを嗅ぐ。無臭だ。
ちょっと齧ってみる。
「渋っ!」
とても渋い。渋柿よりも渋いのではないだろうか、実は渋柿を食べたことが無いのだが。
だが、食べられないわけじゃない。有難くいただこうとしよう。
問題点は量が少ないことだな。
他にも食べられる木の実を見つけたいなぁと思いを巡らせていると、ミキさんが残念そうな顔をしながら木の実を手で弄ぶ。
「あぁ、それ渋いのね。私渋いもの嫌いなのよねぇ……」
「こんなサバイバルで四の五の言ってる場合じゃないだろ」
「そんなことより私は肉を食べたいです!」
「そっすか。自由な人っすね」
「ありがとうございまーす♪」
「褒めてねぇ」
出会ってからまだ数時間しか経ってないのにやけに仲良くなっている気がする。過酷な環境のせいもあるのだろうか。
ウサギの尻の穴から首までを昼前に食べた大蛇の肉をぶっ刺していた木の棒でぶっ刺す。ついでに種を除いた木の実をウサギの身体に詰め込む。
よし、ウサギの丸焼きだ。
ウサギにぶっ刺している木の棒の両端をお互いに持って、火を挟むようにする。
ジリジリと焼かれるウサギだったものを見つめてると、ミキさんがおもむろに話し掛けてきた。
「ねぇねぇ、十河くん!十河くんって童貞だよね?」
なにを言い出すんだこの痴女。
「いきなりなんだよ、そうだよ、だからなんだよ」
「いやー、さっきはへそチラしただけで思春期の少年のようにまじまじ見てきたから面白くてさぁ!」
ほれ、ほれと言いながらへそを見せてくるミキさん。
アホめ、見えるのと見せてもらうとじゃ興奮度が違う。
「はいはいエロいエロい!それより、ぼやかしていたけどこれからどうやって生活する?」
照れちゃってもう!としなをつくるがそれも無視。
というかこの人結構、痛……グイグイ来るな。
「俺は出来ればこの密林を抜けたいんだけど、なにぶん、どこまで密林が広がってるのか分からないし」
「そうねぇ、水が無きゃ強行軍もすべきではないわねー」
そう、今居る場所の湧き水しか水源がない。これでは動こうにも動けない。
他の場所の水源を探せばいいのだろうけど、この密林の事を十全に理解していないので危険な行動になるだろう。
「じゃあ一先ず目標は他の水源を近くで探すとかか?」
「んー。それより水を入れる事が出来るなにかと、食料をもうちょっと欲しいかなー?」
ふむ。確かに、それはあるな。
肉がうっすらと焼けてきた。焼ける部分のムラを無くすために回そうと思ったらポロリと木の実が二つほど落ちてしまったので慌てて戻す。
「そういえばミキさんにもさっき武器作っておいたぞ」
「へぇーどんな武器?さっきの槍みたいなの?」
「振って使うタイプの鈍器」
「なんで私が近接武器なのよ!それだったら私が槍を使うわ」
近接武器という言葉がさらりと出てきたことに少し驚いた。
「ミキさんってマンガとか読む方なのか?」
「そうねぇ、弟が勧めてきたマンガは取り敢えずってところかなぁ?それのお陰でこの状況も混乱せずにいられるから助かったわねー」
弟さんも結構グイグイ行く方だったか……
それのお陰って。マンガ読んだだけで異世界に飛ばされたことに驚かないなら苦労しないだろ。いや、異世界行ったことある人なんて前例がないと思うけど。
「ねぇ、そろそろ焼けたんじゃない?」
気付くと、肉はもうこんがりと焼けていた。食べ頃だ。
火から外して、そのまま直接かぶりつく形で食べだす。
固い。味が無い。
一口噛んで相手に渡し、一口噛んで渡すという方法で食べていく。こんなサバイバルで、どうこう言っている場合じゃあないだろうし。
木の実を口に含んで用心深く噛んでみると、蒸したお陰か幾分渋さが抑えられてる……ような気がする。
それなのにミキさんは一つも木の実を食べていない。
「ミキさん、木の実食べねぇの?」
「いいのいいの。私野菜嫌いだし、十河くん男の子だからお腹減るでしょ」
女は野菜を好んで食べる生き物だと思っていたが、目の前の女性は違うようだ。
ミキさんはぷらぷらと手を降りながら拒否、というか拒絶を示す。
恐らく、ミキさんが言ったことの前者の理由が食べない理由をほぼ占めてると思う。なんとなく。
けど、いらないって言うなら遠慮せずに木の実は食べてしまおう。
……うーん、しかし不安だ。
なにがと言われれば、魔物、と答える他ない。
今、この瞬間にも魔物に襲われないという保証はどこにも無いのだ。
一角ウサギくらいだったら、すぐに殺されることは無いだろうが、熊や大蛇だった場合は一目散に逃げる必要がある。目と目が合った瞬間に死ぬと気付く。なんつって。
こんな状況下のなか脳内でくだらないことを考えたのがアホらしくなったので、ここは一つ真面目なことを聞いておこう。
「ミキさん。もし魔物が現れたとき、どうする?」
もぐもぐと固い肉を咀嚼しながらミキさんはうーんと首を捻る。
ゴクリと肉を飲み込んだ後、手にしていた肉を俺に渡す。
「そうねー、このでっかい蛇みたいなのが出てきたらほぼゲームオーバーね。でもこのくらいのウサギも居ることだし、魔物が皆この大蛇みたいなのでは無いんじゃない?」
はむはむと肉を噛みながら頷く。おっ、この部分の肉柔らかい。
肉を手渡す。
「そうだな。万が一ってこともあるだろうけど……どの道、逃げ場は無いからな。戦う準備くらいはしとかねぇと」
肉を受け取る。
「逆でしょ?どこもかしこも逃げ場じゃない。私なら撹乱させるように逃げ回るかなー」
肉を手渡す。
「いやなんつーか、ここはもうすでに魔物のテリトリーで、だから逃げ場は無いんじゃねってこと」
肉を受け取る。
なんだか肉が冷めてきた。
「ふーん、でも悲観しててもしょうがないでしょ。あ、その肉もういいわ、あげる。お腹いっーぱい」
そう言われたので手渡さずにガツガツと食べる。む、足美味しいなこれ。
ふと、食べてから、本当にこれだけでお腹いっぱいになったのか?と思った。
「危険だーって言うなら寝ようか。もう暗いしね。行動はまた明日からにしよ」
肉の無くなった骨をしゃぶりながら、こくんと相槌を打つ。
「よし!じゃあ私もう寝るねー、朝は早く起きた方が起こしに行くってことでよろしく!」
そう言うやいなや、ミキさんは木の上にスイスイと登っていく
ミキさんって身体能力は高いよな、確実に。
……そうだ、身体能力といえば。
一角ウサギと戦い、勝ったんだが、俺はあんなに動ける人間だったか?
運動は苦手ではないが、小学生の頃剣道を齧っていた程度で、中学高校ともに帰宅部の俺があそこまで動けるとは自分でも驚いている。
なんだろう、戦いの才能があったりすんのかな?
それともアドレナリンがばんばん出て、普通以上の動きが出来たのか?
様々な考えを巡らしてみるが、やはりわからない。
「まぁ、ビキナーズラックとでも思っておくか」
いくら動けたとしても、次もまた勝てるとは限らない。
油断はしないでおこう。身体でも鍛えておくか?
「ふぁ~……流石に、眠い。火は消しとこ」
火を足で押し消そうとしたが、草の靴(仮)が燃えてしまいそうなので、槍で揉み消す。
明かりが消えた所為で寝場所の位置が分かり辛かったが、なんとか辿り着き、木を登り、ドサっと身体を横たえた。
疲れていたから、すぐに泥の様に眠った。




