極国革命・1
帝都での七件の強盗に二人の殺害。それが男の罪状だった。死罪には至らず、この極国へと送られた。
この極国に送り込まれる罪人としてはもっとも軽い犯罪人の部類だろう。
今日まで無駄なことはせずに細々と生きながらえていたその男だが、極国の様子がおかしいことに気付く。
「なんだこりゃ……」
他人を騙し嘲笑う者たちによる、不気味な空気が霧散して、どこか浮き足立っていた。
いつも乞食のフリをしている老人や、悪質な追剝ぎの六人組も居ない。
人と関わりを持たないようにしていた男の耳には情報が入ってきていなかった。
ゆえに知らなかった。極国が今まさに変えられろうとしていることを。
「へ、へへ」
男は直感する。これならばもしやと。
男が小走りで向かう先は、肉屋。
肉といっても売られているのは干し肉が中心だが。極国ではご馳走である。
こっそりと肉屋の裏口に回ると、いつも居る雇われの用心棒が居なかった。
男は思わずニタリとする。
(盗める、肉を食えるぞ!腹いっぱいになるまで詰め込んでやる!)
男の口にヨダレが溢れ出た。錆だらけの小さなナイフを構えて、扉を蹴破り店の中に突入した。
狭い店舗だ。一分と掛からずに、扉が開いたままの一室にいた店主を見つける。
「肉を、寄越せぇぇ!!」
欲求が先行して、そんな言葉を吐きながらズンズンと近付いていった。
すると、横から大きな影が現れて男の前に割り込んだ。
『おい』
「ひぃ……!?」
男の腕は毛むくじゃらの腕にガシと掴まれる。
店主では一人ではなかった。身丈2メートルはあろうか獣人三人が、気配も無く、同室していた。
普段ならば人の目につかない日陰にいる獣人が何故、と男の頭に疑問符が浮かぶ。
「今日ハ、何ガアル?」
「あ、あぁ……?」
猫のような瞳孔で睨む獣人が、カタコトの人間語でそう尋ねる。
男は獣人の言葉の意味が理解できずに首を傾げる。嫌な冷や汗が流れ出た。
極国で、今日、何かがあるということなのだろうか。生憎と男は知らなかった。
「な、なんのことだ?俺は、偶然にだな」
次の瞬間、男の側頭部に獣人としては手加減した蹴りが叩き込まれる。
薄い壁が突き破りながら飛んでいった男は口の端から血を流しつつ気絶していた。
『答えは「祭り」だ』
獣人は保護することを事前に通達された者たちしか知らない合言葉を口にした。
……この肉屋だけではない。この日、主に獣人による個人や集団の保護は極国中に広がっている。
革命の指導者ヴェネリャに指定された保護対象は多岐に渡る。
商人から娼婦、子どもに至るまで。選別された者たちは獣人に守られていた。
保護対象は、出来得る限り集められた情報に基づきヴェネリャの主観によって選ばれた。
冤罪を被せられた者。この国に生まれてしまった者。利用価値があるとされた者。
もしかしたらそれは糾弾されるような身勝手な選別かもしれない。
しかし、もはや出遅れだった。
一人一人の罪過を洗いざらいにし、慎重に選ぼうとするには極国は腐り果ててしまっていた。
■■□
またある場所では。
武器を持ち、準備を整え、仲間を連れて、金や食料をたんまりと蓄えている者の棲家を襲おうと画策する者たちがいた。
「あのスカした商人の家にゃ、混血じゃない人間の生娘がまだいるらしいぜ!」
「ハッハぁ!楽しみだな!」
「急げ急げ!出遅れるなぁ!」
極国の腐敗部分……凶悪な犯罪人たちは至る所で活発化していた。
極国の変化を敏感に読み取って、大胆な行動を起こそうとしている。暴れ回ろうとしている。
同類の悪人からすらも恐れられる者たちだった。人間の理性のタガが外れた壊れている者たち。
彼らを放置することこそ、無秩序を意味している。
「……そこまでだ」
そんな男たちに、予期もしていない声が掛けられる。彼らは血走った目を向けた。
甲虫のような肌、横並びのハサミを持ったデザーロトと、他数人が立っていた。
「ハッハぁ!こんな寒い国に虫なんて珍しいじゃねーの!」
「諸君らを捕縛する。大人しくしてもらおう。抵抗するなら、容赦はしない」
デザーロトに有無を言わさぬ物言いに、常識が壊れている男たちは心底おかしそうに笑う。
「俺らが何をしたんだ?ここは極国!住むだけで犯罪人の国だぜ!?」
「だから変えるのだ、馬鹿が」
「やってみろ馬鹿が!闇の理に願い誓うぅ!」
ピタリと構えられたデザーロトの長剣は薄暗い陽光の残滓を反射する。
相対する男たちは魔力を流し、またある者は『闘気』を纏い始める。
捕縛指定された凶悪な犯罪人たちは、強い。
魔法や『闘気』を使える者のほうが少なくないくらいだ。だからこそ、極国に送られるほどの悪逆を行えたとも言える。
革命側の戦闘の精鋭達と、暴れ狂う悪意との戦火は極国中に広がっていった。
□□◆
そして、革命の中核。
要塞のような城でもまた、静かに作戦は進行されていた。
ヴェネリャと後から忍び込んだテンペストは第一王女を暗殺するため、佐藤と四本腕のデーボスは『守護機兵』の多くを統率する『親』となる『天剣鉱』を探し出し破壊するために、十河と別行動をしていた。
十河は『青霧の箒』のボスを支えるように引き摺って、謁見の間への廊下を歩いている。
彼らを先導するのは人間のように服を着込んだ『守護機兵』。テンペストのように言葉を発することはない。
前を歩く『守護機兵』に聞かれるだろうが、困ることはないだろうと判断して、十河は『青霧の箒』のボスに尋ねる。
「なぁ」
「は、はい?」
「テンペストって、明らかに他の『守護機兵』とは違うよな。なんでか知ってるか?」
「し、知りません」
「そうか」
外見からは窺えないが『青霧の箒』のボスの足の指は10本中7本は無く、歯も7本抜かれている。
彼の精神は見るからにボロボロであり、何かをやった訳でもない十河にも怯えていた。
十河は同情もしないし哀れにも思わない。
何故なら、この後に殺すからに他ならなかった。感情を覚えないようにしていた。
「何か、言い残すことはないか」
「はい?」
「最後に言い残すことはないかって聞いてる」
「どういう、ことです?」
「俺はアンタを殺す。計画の支障にならないようにな」
「……」
「アンタは本来ならアジトへの襲撃の時に死んでいてもおかしくなかった、いや死ぬべきだったが、楽に城に侵入するには不可欠な存在だったから殺さなかっただけだ。
だから、アンタは運が良い。何かこの世に言い残すことはないか?」
十河は辞世の句のようなものを、度々このように殺す者に訊ねていた。
自分の証明を残さずに死んでしまっては、どんな人間であれ救われないと思っているから。
「……いや、無い」
「……そうか」
ここで初めて十河は隣の男を憐れんだ。
最も不幸なことは残すものが何も無いことだと信じていたからだ。
やがて観音開きの大きな扉の前に着く。
その扉が厳かに開かれると、寒々しいほど広い謁見の間が視界に映った。
中央には灰色で途方もない大きさのカーペットが伸び、左右の端には太く荘重な石の柱が均等に並ぶ。
光は柱に飾られた照明だけ。そして、人の気配は全くない。十河は『燐光』を発動するまでもなく悟る。
玉座のある奥の階段の上部には薄い垂れ幕が引かれており、王の姿は視認できない。
「前ヘ進メ」
ここまで二人を案内した『守護機兵』とは別の、玉座の近くで佇む『守護機兵』が声を発した。最低限の発声機能なのか、テンペストの声よりも不自然である。
だがその『守護機兵』は城下の『守護機兵』とは異なって、鎧というよりも生身の人間に近しい姿。
(ああいう量産型じゃない姿の個体って、だいたい強いのがお約束だが)
王を護衛するような『守護機兵』だ。十河は遠からず近からずだろうと予測する。
二人は広過ぎる謁見の間のせいで距離感がおかしくなりそうだった。限りなく玉座に近付こうとするが、途中で「止マレ」と制される。
二人は玉座の方に頭を垂れつつ、膝をついた。
(さて、ここからだ)
十河の仕事は単純である。
……王を殺すこと。
「この度はお招きいただき、誠に……」
十河が動くタイミングは『青霧の箒』のボスの口上が終わり、王から声が掛けられた時である。
『ウサギ』の想像をもって飛び出し、『グラディウス』で首を刎ねる。
様々なものを試し斬りした。十河の『グラディウス』は冗談のように何でも斬れる。
人間の骨ですら、容易に。
(問題は『守護機兵』だけど……この『グラディウス』さえあれば大丈夫だろう)
などと計画を確認していると、ふと、十河は違和感を覚える。
つらつらと述べられていた『青霧の箒』のボスの口上が止まっていたのだ。
予定ならば、時間稼ぎの為に、もう数分は続いているはずである。
十河は横を見やろうと首をやや傾けた。
しかし『青霧の箒』のボスの姿はそこになく、立ち上がって、ヨロヨロとしながらも玉座の方へ走っていた。
「なっ!?」
「お助けくださいッ、王よ!お助けくださいぃ!!この者は、この不届き者どもは、革命を起こそうとしておりますッ!!」
十河は想定外の事態に反応が遅れ、初動は鈍った。
予定変更せざるを得ない。『青霧の箒』のボスはひとまず無視して、王の殺害を優先する。
十河は舌打ちをしたくなるのを堪え、思考を切り替えた。
「想像、『ウサギ』!」
口に出すことはルーチンとして想像を具現化しやすくする。十河の脚はたちまち強化され、その地を砕くほどの脚力で前に飛び出す。
玉座のすぐ目の前まで辿りついていた『青霧の箒』のボスは垂れ幕に手を伸ばす。
(『守護機兵』を先に……いやッ、王に逃げられる!まずはなにがなんでも王を……!)
そこで。
玉座の側にいた『守護機兵』は流れるような動きで鞘から剣を抜き、『青霧の箒』のボスの胴を両断した。
「……ッ!」
十河は『守護機兵』の人間よりも洗練された、完璧とまで言える動きに驚愕する。
あまりにも呆気ない幕引きだった『青霧の箒』のボス。その上半身は垂れ幕に情けなく縋り付いていた。
死体を隠すかのように垂れ幕がハラリと落ちる。
十河は、目を見開いた。
玉座に座っていたのは、黄金の冠を被り、埃の積もった豪華な服を着飾った、骸骨であった。
なんだと、と思わず口から漏れた十河の呟きは『守護機兵』の剣により遮られた。
即座に上体を後ろに倒し、大質量の剣の一撃を避ける。
(速く、正確にッ)
二の太刀を繰り出そうとした『守護機兵』の腕を『大熊』の怪力で、制すように止める。
腰に差してあった『グラディウス』を素早く鞘から抜き、『守護機兵』の胸を貫いて股まで切り裂いた。
想像通り、ではあった。
『核』となる『天剣鉱』が破壊されたことにより、『守護機兵』は活動を停止する。
十河は倒れた『守護機兵』を見下ろしてから、訝しそうに手元の『グラディウス』を見やる。
(いま、『燐光』が……気のせいか?)
浮かんだ疑問は置いておいて、十河は次いで玉座で項垂れる骸骨に目線を向ける。
衣服の黒ずんだ部分は血の跡だろうと当たりをつける。
(つい先日に死んだって様子じゃない。この国は、とっくの昔から、第一王女の天下だったってことか)
ドロドロとした骨肉の争いを容易に想像させた。
やれやれ、と十河は溜め息を吐いて踵を返す。ヴェネリャよりも、佐藤たちと合流しようと思いつつ。
だが、またその足は止められた。
十河の頬が引きつる。座り込みたくなるような現実が目の前にあった。
「はぁ……どこから湧いたんだ、お前ら」
十河の眼前には数多くの『守護機兵』がひしめいていた。音も出さずに、続々と現れ、人工的な赤い目で十河を見つめていた。
蜘蛛のような『守護機兵』。
鳥のような『守護機兵』。
小人のような『守護機兵』。
「ご丁寧にどれも見たことない姿形のやつらが登場しちゃってまぁ、なんだ……面倒くさい」
謁見の間を見回してみても、窓などは存在せず、出入り口は一つしかない。
逃げ場はない。抜け出すためには、一直線に扉まで戻らなければならなかった。
(考える必要は、ない)
戦うのみ。身体を動かすのみ。
この先にどうしようと未来のことを考えるなんてことを、しないで良い。
(……ああ、そうだな)
この戦闘時だけが煩わしさを忘れられた。
十河は重心を沈め、覚悟など決める間もなく、大群に向かって走り出す。
最も近くにいた『守護機兵』が丸い重りのハンマーを振るう。それを躱しながら『グラディウス』を腹に突き、次に移る。
身体が痛む。肺が痛む。
横から刺突武器が十河の肩を抉るのも無視して、立ち塞がった『守護機兵』の腹を割きつつ股下を抜ける。
傷口が熱い。血が熱い。
襲いかかってきた鳥型の『守護機兵』を停止させた時、数秒の余裕が生まれる。
そこで『燐光』を発動しようとした。
「……やっぱりか、クソッタレ」
息を吸い、前に転がり出る。
どうすれば傷を負わずに倒せて、前に一歩でも多く進めるか。十河が考えることはそれだけ。
腹を割く。ひたすらに腹を割く。
獣のように全身を使うことで熱を帯びる体とは別に思考は冴えている。
先ほどの検証で、一つ、判ったことがあった。
(『グラディウス』を持っている間……『燐光』は、使えない)
それが意味するのは『グラディウス』を握っている時の十河は『ただの人』だということ。
身体を『鋼鉄』にすることもできなければ、傷を『再生』することもできない。
状況が状況だということもあったが、分泌される脳内麻薬のお陰か、動揺にまでは至らなかった。
かつて『燐光』について惑わされることは何回もあった。
(ただ、使えないとなるのは初めてだな)
しかし『グラディウス』を振るう今はただの人であるはずの十河は、化け物とも呼ばれる『守護機兵』から生き延びていた。
この半年で十河は変わった。
『燐光』に頼る者から『燐光』を利用する者へと。
『燐光』という力は、借り物から己の物へと化していた。
一般人とは間違っても言えない領域にまで到達しているのだった。
気付けば、十数体の『守護機兵』を残骸にし、扉の近くまで来ていた。
あと、二体ほど倒せば脱出できる。
嵐のような猛攻をかいくぐり、狙いの二体の腹部に『グラディウス』を向ける。
が、『グラディウス』を握る十河の手首が横から掴まれた。強化もしていない骨が悲鳴をあげる。
十河は『グラディウス』を手放す判断を瞬時に下し、想像する。
「想像、『魔族の拳』ッ!」
腕を掴んだ『守護機兵』にも構わなかった。全力で腕を振り抜くと、その『守護機兵』の腕がぶちぶちと千切れた。
「ウオオオォォッ!!」
合わせて数百キログラムはあろうか二体の『守護機兵』を、一撃でもろとも殴り飛ばす。
手首にぶら下がる『守護機兵』の腕を捨て、地面に落ちる直前の『グラディウス』を拾い再び走る。
十河が鞘に『グラディウス』を納めると、十河の周辺で『燐光』がまた光り輝いた。
「想像、『木人の拳』!」
十河が向けた拳の先は扉そのもの。
物の見事に扉は砕け、十河が走り抜けた場所に瓦礫が降り注いだ。
十河が振り返る。だが瓦礫の山となった背後ではまだ動く気配があった。
(ったく、一時的な足止めにしかならないな)
事実、瓦礫の狭間から『守護機兵』が這い出てきている。人工的な赤い目は依然として十河を睨みつけていた。
十河は走って逃げることが得意であった。『燐光』さえあれば半日でも逃げ回られる。
(倒せなくはないけど、作戦通りなら無駄なことだし、体力も残しておきたい)
さて、ではどう逃げようか。
十河が『燐光』を発動するために集中しようとした時だった。
遠くからの轟音が反響しながら耳に届き、城がかすかに揺れる。
堅固であろう城が揺れるほどの威力を出せるもの。十河の心当たりは一つしかない。『武装』だ。
と、なると。
十河は『守護機兵』に視線を戻す。
「やったか。佐藤くん」
十河に向かってきていた『守護機兵』たちはまるで彫像のように固まって動かなくなっていた。




