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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
極国・リドルブリゲン編
67/82

『グラディウス』

 ヴェネリャは十河に言った。(ガラクタ)の置いてある『赤ら顔』の住まいに行くと。

 獣人亜人たちと寝泊まりしている場所からそう遠くはなかったが、十河でさえ足を踏み入れたことのない入り組んだ場所だった。


(俺が知っていた道も、あくまで一部だったってことか。……何にせよこっち側に来ることはなかっただろうけどな)


 というのも、ヴェネリャに連れてこられた暗黒街の裏道は、誰にとっても旨味が存在しないからだからだ。

 金を持ってそうな者も居なければ、女子どもなど影すら見えない。食べ物の切れ端も落ちていないだろう。

 要するに、ここに居る者は何の目的もなく死ぬのを待つ「死に掛け」ばかりだった。

 死因は餓死だったり凍死だったり……何体もの死体の横を通り過ぎる。もしかしたら、何体かは生きていたのかもしれない。

 そんな道々の先にあった。

 ヴェネリャはおえっと言ってから、聞いた。


「兄弟、この入り口の感想を聞こうか」

「ありえない。帰りたい」


 お世辞を言うのも偲びないほどに汚れている道だった。常人ならば近寄ることもしないだろう。

 かつて極国をゴミ溜めのような国と言っている者が居たが、まさに目の前の道がそれを体現している。


「なぁ、ボス……汚すぎやしないか? 不潔というか、不浄というか。まずあの扉の先に住む場所とかあるのかよ」

「同意しか無ぇ。アタイも最初はそう思った。かーっ、毎度のことながら鼻が曲がりそうになるぜ」

「自分は臭いがわからないのが最高に嬉しいッス!」

「死ね」


 奥に『赤ら顔』の家の入り口が見えてはいるが、躊躇っていた。すると奥の木製の古びた扉がギィと開く。

 いつものように顔を赤らめた、中年の『赤ら顔』が禿頭のてっぺんをポリポリと掻きながら姿を現す。


「ひっく、外が騒がしいと思ったら、お三方かい、珍しい組み合わせだなぁ。よく来たよく来た。どうしたんで? お仕事は休みで良いんじゃなかったですかい?」

「別の用だ。アタイが城から持ち出したガラクタを預けといただろ。それを、ここまで持ってこい」


『赤ら顔』は臭いに慣れているのか、外に顔を出しても表情に変化はない。


「あぁ、アレらですかい。地下に保管してるんで持ち運ぶのは面倒でしてね。来てくれれば楽なんですが」

「つべこべ言わずこっちに持ってこいよハゲ。顎のヒゲも抜かれてぇのか」

「そいつぁ勘弁。ですが、あんなのでも一応は宝なんです、外に持ち出して盗っ人に持っていかれちゃ気分が悪いでしょう」

「んなこたぁ問題じゃねぇんだよ。盗む人間も見当たらねーし」

「どこかに潜んでいてもおかしくはないんですがね。あぁもしかして、乙女らしく臭いを気にしてるんで?大丈夫大丈夫、家の中は無味無臭です」

「味わってたまるか、ボケ」


 ヴェネリャはそう吐き捨て、意を決する。鼻で呼吸しないようにしながら、腕で鼻を塞いで『赤ら顔』の方へ歩を進めた。

 十河も辟易としながらも、彼女の後ろについていく。

 テンペストも、と続こうとしたところでヴェネリャが振り返った。


「テメェはここで見張りだ。臭わねぇんだろ?」

「えっ、嫌ッスよ!こんな汚いところ!」

「命令だ」

「嫌ッス!」

「兄弟、コイツの『核』ぶっ壊せ」

「わかった」

「全力で見張りさせてもらうッスぅ!」


守護機兵(ハイゴーレム)』らしく背筋を伸ばし大斧を構えたテンペストは、実に様になっていた。場所が場所でなければだが。

 そんなコントを見て可笑しそうにしていた『赤ら顔』に手招かれて、十河とヴェネリャの二人が扉の奥に入る。

 確かに中は、鼻持ちならない外に比べればはるかにマシな空気だった。しかしやはりというべきか、強いアルコールの臭いが充満している。

 飾り気のまったく無い室内は打放しコンクリートの建造物を十河に連想させた。


「うーし、おらよっ……とぉ」


『赤ら顔』は後ろ手に扉を閉めると、扉の近くにあった自身よりも大きな分厚い岩をゆっくりと押し動かして扉を塞いだ。

 それを見て、十河は素直に驚いた。軽く見積もってもその岩は数百キロはある。


「オッサンって意外と力持ちなんだな。すげぇ」

「へっへっへ、そうだろそうだろ。そうでなきゃ仕事の仲介人なんて出来やしねぇよ。

 なんてったって恨みを買う仕事だ。外の道も好きで汚してんじゃねぇからな?」


 恨みを売られた者、つまりは『赤ら顔』が発注した仕事による被害者などが嫌がらせに汚しているということだ。

 当初は嫌がらせによるものだったが、今では公衆トイレのような場所と化してしまっている。


「危なくないのか?嫌がらせだけじゃなくて、襲われたりもするだろ」

「俺ぁこう見えて強いし、逃げ足もスゲーんだよ、ひっく。こっちだこっちだ。面白い物もないから、黙ってついてきな」


 片手に持つランタンに火を灯し、『赤ら顔』が二人を案内する。

 中はやたらと広く、仕切りの多い家は迷路のようになっていて、人が踏み込めば方向感覚が狂うようになっている。

 二階に上がったかと思うと、またグルリグルリとあっちこっちに歩き回る。と思えば再び階段を降りて、また違った空間に出る。

 そうやってしばらく三人は歩いていた。すると、廊下の途中で『赤ら顔』は足を止めてしゃがみ、ネズミの通り道のような穴に指を掛ける。


「ここだここだ。……ふんっ」


『赤ら顔』が壁に見せかけた木板を持ち上げると、隠し通路が現れる。地下へ続く階段があった。


「足元は暗いから気をつけたほうがいいぞ、ひっく」

「酒を飲んでるオッサンの方が危なさそうなんだが」

「俺ぁ慣れてるからよ」


 階段はそこまで長くなかった。部屋らしき場所にでると、『赤ら顔』が設置してあった蝋燭に火を点けていく。

 蝋燭は多くあるが、それでも薄ぼんやりとしている。木箱や布で包まれた何かが置いてあるのは確認できる程度の光度だ。


「蝋燭が勿体無ぇから、早く済ませるか上まで持ってくんだな、ひっく」

「ご苦労さん。さて兄弟、王家に伝わっていた宝のお披露目といこうか。だけどよぉ、マジでガラクタだぜ?」


 ヴェネリャは木箱の蓋を蹴り上げて雑に開ける。中に腕を入れると、無造作に何かを取り出した。

 それは鞘に収まった短剣であった。演技掛かった動きのヴェネリャが鞘から引き抜く。


「じゃじゃ~ん。ガラクタその一ぃ、無駄にカッコ良い武器ぃ」

「……っ」


 十河は思わず息を飲んだ。

 鈍く光を照り返す真っ直ぐな刀身には美しい刃紋が浮かんでいる。

 緻密に織り込まれた柄糸をヴェネリャが指で弄くりながら訊ねた。


「これ見て、どう思うよ」

「どう、って。なんつーか、綺麗だし、切れ味は良さそうだ。宝ってのも納得がいく」

「おっ、良いね。じゃあ答え合わせといこうか」


 ヴェネリャはくるりと短剣を回して逆手に持つと、勢い良く短剣の切先を手に突き立てた。


「お、おいっ!?」


 十河とてこの半年以上異世界で生きてきて、剣を見たことなど腐るほどある。

 どう見ても、その短剣は業物と呼べるものだ。仮に刃引かれていたとしても鋭い切先はヴェネリャの手を貫通する。

 はずだった。

 すぐに身を起こして、ヴェネリャが刺した方の手を開いて見せる。無傷だ。

 ヴェネリャは赤い舌をべろりと出して、悪戯が成功したかのように嫌らしく笑った。


「ざーんねぇん。正解は無傷、でしたぁ」

「いや、いやいや。待て待て。直前で止めたんだろ?」

「違うんだなぁ。そうだ、『赤ら顔』。ほれ。それでアタイの手をを刺してみろ」

「そんな不敬なこと先っぽしか出来やしません……よっ」


 言いつつ、『赤ら顔』は遠慮もせずにヴェネリャの手に短剣を突き出した。

 しかし短剣がヴェネリャの手を傷付けることはなく、剣の先が皮膚に触れるか触れないという位置で止まっていた。『赤ら顔』は興味深げに短剣をなんども前後させる。


「すげぇすげぇ。本当に傷付けられねぇ。なんの魔法だこりゃ」

「だろぉ?それがこの武器のガラクタなとこでよぉ。傷をつけられねーんだよ、コイツは。果物でさえ不可能だ。見えねぇ壁に阻まれたように止まっちまう。武器として機能しない武器をガラクタって言わずになんて呼ぶんだっつーの」


 凄い、不思議だ。十河は思った。

 だけどそれだけだった。短剣を見ても、なにかを感じることはない。他にもあるようだが、特異なことは何もない。

 やはり重要なのは中身ではなく場所だったのか、と若干ガッカリした気分になる。


「他にもあるぜ。黒いゴツゴツしたタマゴみてーな物体とかよー」


 ヴェネリャがオモチャ箱を漁るように、十河を驚かせられるものを物色する。

 『赤ら顔』は意気消沈としている十河を見やって、手に持っていた短剣を十河に向けて下投げする。


「十河、これ見るか? ほーれ」

「おいッ、宝だろ!手渡しくらいしろよ……!」


 パシッと、十河は抜き身の短剣の柄を捉えて、握る。

 その時だった。

 十河の頭の中に音声が響き渡る。


 《日本人のDNAを感知しました。照合を開始します》


 十河の脳内に、長らく聞いていなかった機械的な音声が、突然どこからともなく聴こえてくる。


「はっ? なっ、なん……!?」

「あ? どうしたぁ、兄弟」


 十河の戸惑いなど意に介さずに、その音声は続いていく。


 《照合中。終了。合致率は5.6%です。あなたは『グラディウス』の所持権を保有していません。所持者・タレイシカイトより許可を得なければ使用不可能です》


 唐突に騒ぎだした十河にヴェネリャと『赤ら顔』が声を掛けるが、十河の耳には届かない。構っている余裕などなかった。

 響いてくる音声はやや早口で聴こえてくるというのに、十河は内容全てを理解する。


(聴こえるというか、刷り込んでくるっていうか、表示される……そんな感じだ)

 《最終使用日より119万1362日が経過しています。50年以上の未使用が確認されました。所持権の破棄と見なします。規定に基づき所持者・タレイシカイトの所持権を消去します。消去しました。『グラディウス』の現在の所持者は存在しません》


 異世界のものではない。確実に日本人による何かだと、十河は確信する。だが、疑問は次々と噴出してくる。


(タレイシカイト。当然のごとく聞いたことない名前だ。この『グラディウス』の所持者……だった奴。転移にタイムラグがあって、俺よりもさらに前に来たやつなのか……?119万日前って、何年前だよ)

 《日本人のDNAを感知しました。所持者不在のため、仮登録を開始します。しばらくお待ち下さい》


 短剣……『グラディウス』を見つめて立ち尽くす十河にヴェネリャが唾とともに怒声を飛ばした。


「聞こえてんのか兄弟ぃ? どうしたんだっつってんだろぉがぁ」

「……悪い。えー、何て説明すればいいんだ。これは多分、黒づくめが関係してる。かなりな」

「ガラクタにぃ? なんで分かんだよ」


 なんて説明すればいいのやら、と十河が頭を捻っていたところで再び音声が響いてきた。


 《仮登録を終了しました。所持者はソゴウマサキ。仮登録により、性能が40%低下します。低下しました。ーーーーに干渉されました。性能を50%制限します。制限しました。

『グラディウス』の能力の説明を開始します。スキップしますか?》


 まるでゲームみたいだな、と思う。それはどうしてか十河を酷く苛立たせた。

 ヴェネリャと『赤ら顔』に「すこし待っててくれ」と短く言う。音声のほうに意識を傾けた。


(いいえ、ノー。スキップしないでくれ)

 《畏まりました。『グラディウス』の能力を説明します。

 決して破壊されることはありません。鉄でも容易に切れるほどの斬れ味を誇ります。狙いの対象に一瞬で近付くことが可能です。現在の能力は10%のため、1.5メートルの範囲内です。能力は以上です》


 音声は終わる。説明が終わってからも十河が強く念じて何度か質問してみるが、応答は得られなかった。

 十河は『グラディウス』を睨む。成る程、強い武器だ。理屈はわからないが、日本人にしか使えないのだろう。

 だが、やはり、十河には腹立たしかった。『グラディウス』の柄を握り締める。


「ふざけてんのかッ……」


 十河は知っている。この世界はあまりに現実的で残酷であることを。

 必死に生きている自分たちを嘲笑うかのような、それこそゲームの中に有るような手の中の武器が、憎くて堪らなかった。




 ▽▽▼




 十河はヴェネリャと『赤ら顔』に『グラディウス』のことを端的に説明した。

 ヴェネリャの判断で他の宝の一部を外へ持ち出すことになって、今はすでに外を歩いている。『赤ら顔』は家に残った。

 十河が選んだ宝は金銀財宝、以外のものだった。大体はテンペストに持ってもらっている。


「……物騒だな」


 十河は、ヴェネリャが黒いゴツゴツしたタマゴと表現していたものを観察している。

 地球にいる現代人がみれば、分かる人は多いだろう。

 手榴弾だった。

 先ほどそれに触れてみたところ、音声がまた聴こえてきた。しかし『グラディウス』の時とは内容が異なっていた。


 《日本人のDNAを感知しました。所持者は存在しません。

 個体・ソゴウマサキは所持権を取得不可能です》


 と聴こえたのだ。


(つまりこの日本人のDNAを感知するモノは、一人一種類までしか持てないのか……?)


『グラディウス』の柄を握りながらそうおもってみたものの反応はなかった。

 手に持つ手榴弾のピンを軽く引っ張ってみる。予想通り、引き抜ける様子はない。


「いや、まぁ引き抜けても困るんだが」

「その『グラディウス』の所持権ってのを今は兄弟が持ってるから、その手榴弾、ってのは使えないっつーことか」

「もしかして姐さんの『グレイプニール』と同じなんスかね?」

「いいや。まったくじゃねぇ、ちょっと違ぇな。アタイは、能力と名前しか知らされてない。兄弟の言う、ディーエヌエーってのは理解させられてねぇ」

「……」


 十河にはもうキャパオーバーだった。いきなり洪水のごとく流れ込んできた新情報を捌ききれていない。

 落ち着いたように見える今も、十河は混乱している。

 今すぐこの情報を上野や佐藤と共有しなければどうにかなってしまいそうだった。


「あ、そうだ」


 と思いついたように十河は『グラディウス』を鞘から引き抜く。建物の石の壁に向かって突いてみることにしたのだ。

 鉄をも切る、というのが何処まで本当なのかを知りたかった。


「よっと」


 慎重に『グラディウス』を前に突き出した。ただの剣であれば、切先がほんの少し埋まるくらいだろう。

 すると。豆腐とまでは行かずとも、多少の抵抗のみで易々と貫く。石の壁を、だ。


「はぁっ!?」

「……嘘だろぉ」

「ひぃぇッ、自分の鎧も貫けそうッス!」


 慌てて壁から『グラディウス』を抜く。どこか欠けたり、なども一切ない。決して壊れないというのも本当であろうと予測する。

 何気なく一緒に見ていたヴェネリャとテンペストも、開いた口が塞がらない様子だった。

 ヴェネリャが細く溜め息を吐いて、ゆっくりと話す。


「……兄弟。黒づくめの中で、暴走しそうなのって居るか」

「え? 居ないと、思う」

「……。じゃあ良い」


 歩き出したヴェネリャは考えた。そしてニタリとほくそ笑む。

 これがあれば、黒づくめは多大な戦力となると。革命はより容易になると。

 そんなヴェネリャに十河は宣告した。


「待て、みんなにコレを持たせることはすると思う。だけど、それはあくまで自衛のためだ」

「おいおい、利用するなってかぁ?そんなチンケなナイフでさえ、そんなにヤバイのによぉ?」

「ああ」

「はぁ……面倒くせぇなぁ、兄弟は。力を持てるもんが、力を持ってる暴君に抵抗できるってのによぉ。

 まぁ、いい。気持ちはわからんでもない。無理強いはしねぇよ」


 十河が拍子抜けするほど、ヴェネリャは理解を示した。


「良かった。女性ばかりだし、戦わせるのは少し抵抗が……」

「でもよぉ?」


 と妖美な笑みを浮かべたヴェネリャが嬉しそうに続けた。


「一人だけ、戦いたいって言ってた男の子が居たよなぁー?」


 顔を顰めた十河は、やられたと頭を抱えた。

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