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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
極国・リドルブリゲン編
65/82

似た者同士は貶しあう

 ガヤガヤと騒がしく、熱気がある根城。暗黒街の建物の何件かは、ヴェネリャの配下たちで満員となっていた。

『青霧の箒』襲撃のために集まっていた獣人亜人は一部だった。いまや集まっている革命の同志は軍団といっても差し支えないほど大規模となっている。

 新たに加わった者と襲撃に参加した者たちとの違いは、怪我の有無でハッキリと分かる。

 大声で言い争っている者までいるが、大概はくだらないことなので子どものじゃれ合いに近い。

 彼らは獣人の王グラデムや高名な亜人のデザーロト、そしてヴェネリャに付いていくと決めた選ばれし精鋭たちだった。


「姐さん!言われた通り持って来たッス!」

「おーう、そこに置いとけ」


 テンペストが『青霧の箒』のアジトにて撃破した『守護機兵』の最後の一体を背から降ろし、ほかの二体の隣に寝かせた。

 稼動を停止している『守護機兵』をしげしげと興味深そうに見つめているのは学者肌だと自称する上野だった。


「ほぅ、これをここまで間近で見るのは初めてだな。十河くん、この鎧が取れかかっている個体から全ての鎧を取ってくれないかね?」

「ボス、取っていいのか?」

「指示を出せる指輪も砕かれてたしな、構わねーよ。やれ」

「分かった。……グッ、うぉぉ、らぁぁあ……!」


 燐光を周囲に輝かせた十河が、怪力をもってして『守護機兵』の鎧を剥ぎ取っていく。

 注目しているのは上野やヴェネリャ、数人の獣人や亜人だけであった。見ていない者からすると、中身を確認したところで相手が弱くなる訳でもないからということだ。

 十河は最後に兜を半ば無理やりに取る。本体と鎧が接着していたので少しばかり壊れてしまったように見えた。

 鎧の下から人間を模したロボットとも言えない鉄の人形が現れた。


「中身は思っていたよりも機械的ではないのだな。どちらかと言うと人工筋肉などに近い。やはり、ロボットというよりサイボーグと呼ぶべきだろう。

 ただ、何なのだこれは……理屈がわからん」

「うっひゃー!自分の皮を剥がされたさまを見ている気分ッス!これが恐怖って感情ッスね!?」

「ふーん、訳わかんねぇなぁ。クソ女郎も何をどう考えたらこんなものを創り出せるんだよ」


 意見はおおむね一致していた。それは、不可解であるということ。

 例えこの場にロボット工学に深く通じた地球の人間が居ても同じ感想を抱くか、自身の常識を覆されて発狂するに違いない。


「この鉄のような質感の筋肉も触ってみると硬い。が、容易に曲がる。骨などは存在しないが何故か人間における関節や骨、神経に似通った部位があるな。痛みを感じる?いやまさか……」

「上野さん。三行でお願いします」

「こいつは。全部が。出鱈目だ。駄目だな、私ごときの知識じゃお手上げだ」

「なんにせよ、こんな化け物が動けるのはコイツのお陰だろーよ」


 ヴェネリャがそう言いつつ指でつまみ上げたのは、テンペストによって砕かれた『核』。そのひと欠片だ。

 小さいながらも水色の鉱石は存在感を放っており、美しい。


「こんなちっこい欠片にも、かなりの魔力が詰まってんのが分かるぜ。寂れた国には似合わねー上質すぎる魔鉱石だな」

「だけど、『守護機兵』が多く居るってことはその鉱石を大量に持ってるってことでもある。近くに鉱山でもあるのか?」

「いやぁ、無いはずだぜ兄弟。アタイは少なからず知らねぇ。……おいるっせぇぞ獣人ども、どうしたんだよ」


『守護機兵』の中身を覗きにきていた好奇心が旺盛な獣人たちが、ひどく興奮していた。頭を抱えてしゃがみ込む者までいる。

 すると向こうで騒ぎたてていた獣人の輪の中からグラデムが出てくる。

 鎧のない『守護機兵』の目の前にまで来たグラデムの眉間には、シワが寄せられていた。

 グラデムの毛むくじゃらの手が『核』のひと欠片を持ち上げた。その手は震えてすらいる。


「これは『天剣鉱』。オレたち獣人が、尊いものとして崇めていた象徴だ」

「……はぁーん。読めたぜ」

「えぇ……恐らくボスの読み通りです」


 グラデムは持ち上げた『核』を悲しげに凝視したあと、ゆっくりと元の位置に戻した。

 十河はあえて、グラデムの感情を読めていないように振る舞う。淡々と質問した。


「グラデム。読めていない俺の為に説明してくれないか」

「……獣人はもともと北方の大山脈の麓に広がる平原で暮らしていた。部族間の小さな争いはあっても平和に暮らしていた、らしい」

「らしい?」

「獣人が人間より劣った種族として見なされるようになり、奴隷とされるようになったのは祖父の代からだ。それ以前は気にも留められていなかったらしい。

 ……それで獣人は、龍人が棲むその大山脈に信仰を捧げていた。ああ、獣人からすれば龍人は尊敬すべき貴族のようなもの、と言えば分かりやすいか?」

「その龍人というのに会ったことはあるのか」

「まさか。オレは生まれが何処か知らないし、育ちは極国だ。前王の父は見たことがあると言っていたが、まぁそれはいい。話を戻そう。

 獣人は古くから人間を山脈に侵入させてはならないという使命をもっていた。山脈に存在する『天剣鉱』を護るというな」

「この鉱石は護るべきもので、崇めるものでもあったってことか」


 輪の中から抜け出したグラデムについてきた獣人が声を掛ける。

 グラデムが獣人の言葉で一言二言しゃべると獣人はハッとして『核』を見やり、わなわなと震えだす。

 またグラデムが声を掛ける。獣人は頷いて、首飾りの先を服から取り出した。ほんの小さな『天剣鉱』であった。

 獣人はそれをギュッと握りしめて、ただ祈っていた。


「……功績や栄誉を称えられた家に最上の褒美として与えられた『天剣鉱』の欠片を、いまでも先祖から引き継いでいる者もいる。

 獣人に伝わるおとぎ話に出てくるほど『天剣鉱』は身近だ。どんな宝物よりも尊いとされていた。それが、このようなものに、利用されているなど……」

「なんだか、申し訳ないッス……」

「済まない、こちらも軽率だった。テンペストは悪くない。諸悪の根源は全て、第一王女だ」


 まったく同意だ、と言いたげにヴェネリャは首をゆらゆらと左右に揺らした。


「そいつを掘り出してるのは北の平原を支配してる帝国の手下の属国だろうよ」

「ボス、じゃあ対価は何なんだ?まさかタダでその『天剣鉱』を貰ってる訳じゃないだろ」

「簡単だろ、兄弟。答えはこの景色だ」


 すぐに十河は察した。

 十河自身、勘は鋭いほうではないと思っていたにも関わらずだ。


「……厄介者を、犯罪者や人間以外(・・・・)を送り込む許可か」

「賢いじゃねぇか。よしよし褒美に撫でてやろう」

「やめてくれ。なるほどな、帝都からはかなり距離があるはずと思ってたんだ。送られてくる人間とかはその属国から来ていたのか……」


 近くで話を聞いていた、腕を組むデザーロトも口を挟まずにはいられなかった。


「エルフやドワーフなどを除いた人間以外の種族は北側に集中している。今でも、属国の人間から逃げている者もいるだろう」

「……もうこれ以上、人間の好き勝手にはさせん。この最悪の国で苦しむのはオレたちで最後でしよう」

「当たり前だ。必ずや、革命を成功させる」


 闘志に燃えるグラデムとデザーロトをヴェネリャは満足げに見やった。

 そんなことにも気付けないテンペストが見事なまでに水を差した。


「あ。そういえば姐さん、イザベルさんのところに行くんじゃないッスか?」

「……あー、あー、あー」


 一転して無表情になったヴェネリャがテンペストに言う。


「てめぇはよー。人のアガった機嫌を平坦にすんのが上手ぇなぁ、オイ?」

「いやー照れるッス!自分も人の気持ちというのががががががーッ!姐さんなんで地面に縛りつけるんスかー!?」


 テンペストを足蹴にしてから、ヴェネリャはげんなりとした顔で十河に告げた。


「急で悪いが兄弟、娼婦街に行くぞ」




 □□■




 娼婦街とはつまり、表通りのことを指す。

 最も多くの『守護機兵』が巡回している、最低限の安全が保証されたところだ。極国で二番目に安全な場所と言ってもいい。

 表通りの十字路の角にある、一際目立つ大きな建物の中に十河とヴェネリャは居た。

 テンペストは目立つため、ヴェネリャの護衛という名目で十河は付いてきていた。というより、連れてこられた。

 普通の接待を行う質素な室内の長椅子にヴェネリャは座り、十河はその背後に立って人を待っている。

 しかし二人きりという訳ではなく、十河は色気に溢れるように意図された服装を着こなす娼婦たちに囲まれていた。少しばかり動揺している。


「クックック、兄弟は娼館に来たことねぇのかぁ?さっきからソワソワしっぱなしで可愛いなぁ?」

「うるせぇ……みんなを養ってるのに無駄金なんか使えるかよ」


 目のやり場に困っていた十河に、香水の匂いをまとわせた女性たちがニコニコとしながら十河に擦り寄る。


「あら、無駄金なんて酷いわ。黒づくめだろうが、ヴェネリャちゃんのお友達なら疲れも吹き飛ぶすんごいサービスしてあげてもいいわよ?」

「ちょっとー。抜け駆けしないでよ!私こんなウブな人の相手してみたい!」

「ねぇねぇ、ヴェネリャちゃんの恋人だったりするの!?気になるー!」


 はしゃぐ娼婦たちを無理にどかす訳にもいかず、十河は狼狽えていた。

 はじめは十河の反応を見て楽しんでいたヴェネリャもしばらくすると苛立ってきて、叫んだ。


「がぁぁあぁぁあ!うるっせぇビッチども!いい加減仕事に戻れやタコがっ!」

「お昼は仕事は少ないから良いんだもん。ねー?」

『ねー?』

「ゴタゴタ言うんじゃねぇ、おら、帰った帰った!」

「もう、恋人さんを取ったりなんてしないわよー」

「こんな人殺しを快楽にしてそうな悪人面がアタイに釣り合う訳ねーだろうがッ」

「否定はしないけどもうちょっと言い方があるだろ……」


 初対面なら怯みそうなヴェネリャの恐喝も娼婦たちには効かない様子だった。

 娼婦の一人がヴェネリャに尻を蹴り上げられると、娼婦たちはぶーぶーと文句を垂れつつ部屋から出ていった。

 十河は久々に違った感覚の疲れに襲われながら、ヴェネリャに訊ねる。


「知り合いなのか?」

「……数年だけ、一緒に暮らしていた連中だ。ったく、尻軽っぷりは変わってねぇぜ」

「それに比べてアンタは変わっちまったねぇ、あたいは悲しいよヴェネリャ」


 娼婦たちとほぼ入れ替わるように入室してきたのは、背筋に針金が通っているような老婆だった。服装は男性用のシャツとスーツだが似合っている。

 深く刻まれたシワから十河はかなりの高齢と予想するも、老いは感じられない。


「けっ、まだ生きてやがったかババァ。誰かが遺骨を持ってくるのかと思ってたぜ」

「おやおや。あたいを間違えてお母様~って呼んだ子が立派になって。お乳飲むかい?」

「こんの、クソババァ……!死にてぇのかぁ?あぁん?」


 額に血管を浮かび上がらせて凄むヴェネリャを老婆は肩を竦めるだけを受け流して、対面の席についた。


「あたいを殺しちゃった後に、お母様ごめんなさ~い!死なないで~!とか言って、ピーピー泣いちゃうんだろ?やめときなって」

「……ふー。ババァと口喧嘩しても無駄なだけだったわ。要件だけ言うぜ」

「はぁいどうぞ……の、前に隣の彼氏くんを紹介してくれるかい?」

「彼氏じゃねぇ絞め殺すぞ。髪から分かると思うが、魔族認定された黒づくめだ」

「雅木、十河です」

「これはこれはご丁寧に。あたいの名はイザベル。好きに呼びな」

「じゃあ、イザベル……様?」


 キョトンとした後に、イザベルは豪快に笑いだす。

 しばらく待ったが、笑いは長らく止まらなかった。

 もう少し待ってみたが終わらない。老女の笑いはかれこれ数分は続いた。

 イライラを隠さないヴェネリャと、若干イラッとしてきている十河。


「はっはっはっは……いやぁ、悪かった。隣に王女様がいるってのに、あたいなんかが様付けなんてヴェネリャ様に申し訳ないよ。ククク……」

「おいおいおいおい、なに普通に言っちゃってんのババァ様ぁぁん?」

「ここまで連れてきたってことはどうせ知ってるんだろ。そのくらい分かるさ。それで、要件って?」

「あー、腹立つぜ。……アタイらは革命をする。あいつらをぶっ殺す算段が立った。

 良いか?三日後はビッチ共々、外に出るな。巡回してる『守護機兵』も動かなくなる可能性もあるからな」

「おや、そんなことをわざわざ言いにここまで来たのかい?可愛い娘だねぇ」


 秘密をあっさりとバラしたのはヴェネリャもまた同じだった。

 一方イザベルは革命などという突拍子もないことを言われても、反応すらしない。

 穏やかな瞳でヴェネリャを見つめ、説得するかのように言う。


「勝ち目は薄いよ。お母様が止めてもいいかい?」

「やってみろよ老害。アタイはやるぜ。止めようとするあんたがその実信じられないくらい強い魔族だったとしてもアタイはやる」

「思い上がっちゃいけないよ。別に止めやしないさ。大事な娘の決めたことだ」

「だからよぉ……」


 からかうんじゃねぇと続けようとしたヴェネリャだったが、イザベルは食い気味に言ってのける。


「娘さ、お前は娘同然だ。いつも言ってるじゃないか、可愛いヴェネリャ」

「……ちっ。せめて美しいって言いやがれ」

「くっくっく、駄目駄目。垢抜けてすらないよ。オムツはまだ履いてるのかい?」

「テメェと初めて会った時はもうすでに十歳だボケがぁ!」


 ……ただの護衛だから。十河は頭の中でそう言い聞かせて、アウェーの空気に耐え続けていた。

 イザベルは話がひと段落ついたので、首をこきりと鳴らす。


「もう秘密話は良いだろう。おぉい!ニコ、入りなぁ!」


 イザベルが背後の扉に向けて叫ぶ。しばらくすると、そっと扉が開いた。

 娼婦の格好をした金髪の素朴な少女が現れる。先ほどの勢いある娼婦たちと違って、どこか気弱そうな印象の少女だ。


「ほら、ニコ。挨拶とお礼をしな」

「は、はい」


 その少女はしっかりとヴェネリャを見据え、深々と頭を下げた。


「数日前、乱暴なお客さんに連れ込まれたところで助けてくださって、ありがとうございました!……あぁ、良かったぁ、やっとお礼を言えたぁ」

「あ?何のことだよ、つーか誰だ」

「えっと……確か五日前に助けてくださいましたよね?」


 頭を下げてお礼を言う文化でもあるんだな、と考えていたところで十河の記憶に引っ掛かった。


(五日前?五日前って言うと確か、初めて会った時……)

「ボスがなかなか来なかった理由はそれか。なるほど」

「……ぁあ?あー、あん時のか。娼婦ならババァのところの可能性があったからな、借りをつくっといて正解だったわ」

「そうだとしても!ありがとうございました!とってもカッコよかったです!」

「けっ、るっせー。ババァ、これで貸し一つだぜ」

「何を言ってるんだい?一生掛けても借りなんぞ返しきれないよ、くっくっく」

「……うっぜぇ」


 実は根は良いやつなのか。それとも彼女らの前だからこそ砕けた態度なのか。

 十河には判断しかねた。前者だったならば、『青霧の箒』のアジトであのような虐殺はしまい。

 後者であるならば、人質に取られて革命が失敗してしまうかもしれないと思ってしまった。

 するとヴェネリャが立ち上がる。ニコとイザベルを睥睨して言った。


「こんなゴミ溜めの国で今まで死なずに生きてんのが最高の幸せ、もしくは不幸せってことに気付いた方が良いぜ。

 ここじゃあ、いつ死んでもおかしくねぇ。なにが起こってても不思議じゃねぇ……そうだよな?」

「……?は、はい」

「あぁ、そうだね。その通りさ。何が起こっても、ね」

「じゃ、帰るぜ。せいぜい生き延びるんだな。いくぞ、十河」

「ああ」


 余計な心配だったな、と十河は苦笑した。


(警戒のしすぎに越したことはないけどな……)

「ああ、そうそう。マサキ、だったかな?」


 退室しようとした十河にイザベルが声を掛けた。その声音はなぜか弾んでいる。

 嫌な予感がしたヴェネリャが「おい、無視しろ十河」と言うも、十河はつい立ち止まってしまった。

 様になっている嫌らしい笑みをたたえたイザベルが告げた。


「ヴェネリャはねぇ、こんなところで数年育てたがまだ処女だよ。くっくっく」

「……はぁ、役に立たない情報どうも。ボス、行こうか」


 十河は反応を示すことなく、また歩きだした。

 特に会話もせずに二人で娼館の外に出ると、ヴェネリャが開口一番に良い笑顔で褒めたたえる。


「よーしよし!兄弟、良くやった!見たかよぉ?あのババァの肩透かしを食らった顔をよぉ!クックック、最っ高だぜ!」

(……こんな言動で処女なのかよコイツ)


 十河は内心めちゃくちゃ動揺しまくっていたのだが、ヴェネリャがニヤニヤとして喜んでいたので、表に出さないようにと太ももをつねって色々な感情を押し殺していた。

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