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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
極国・リドルブリゲン編
63/82

血みどろの大掃除・前編

 見る人が見れば、高度な技術で噛み合っていると一目で分かる歯車群。壁に、天井に、柱にさえ歯車は張り巡らされており、絶え間なく稼働していた。

 城の内部の色調は単色。薄暗い紺色しか存在せず、寒々しさと不気味さを覚えさせる。実際は『守護機兵』の「核」となる魔鉱石を加工する際に出る排熱を城中に発散している為、ほんのりと暖かい空気で満ちていた。

 核、というのは莫大な魔力の詰まった魔鉱石……『天剣鉱』だ。その名の通り澄みきった空の様に青く、剣の様に尖った鉱石。

 その『天剣鉱』が広々とした一室にうずたかく積み上げられている。魔力のない鉱物に比べれば採掘量の多い魔鉱石といえども、考えられない程の多さだ。

 一人の女性が、照明の光を反射して燦然と輝く魔鉱石の小山をウットリと眺めていた。身に纏う真白で細やかな刺繍の入ったドレス、煌びやかな首飾りや腕輪でさえその女性の美しさの前には霞んでいる。

 彼女の丁寧に編まれた艶のある長い紫の髪が揺れる。悶える自分を抑える様に、身体をひしと抱き締めていた。


「うふふふふ、素敵。いつまでも見ていられるわぁ」


 恍惚とした表情の彼女……極国リドルブリゲンの第一王女ゼラス=ホーグウェルスその人。

 男なら誰もが唾を飲みそうな肢体をいやらしくくねらせていると、ゼラスの背後から声が掛かる。数少ない、城の中で生活を送る文官の一人であった。

 極国以外では有り得ないが、どんな高位な文官であっても自ら赴いて王や王女に直接報告しなければならない。


「失礼します、王女様。緊急にお耳に入れておきたい報告を持って参りました」

「……どうぞ?」

「はっ。市井に対して「特殊な薬草」の販売を行っていた組織がまたも崩壊した模様です。首領の消息が確認出来ません。これで国家に与していた組織が無くなるのが確認可能な範囲で十一件目でして……最も重要なことが、残された手下の組織だけでは城下の情報が限られたものしか入らなくなることです。定例の報告会の日時が近付いてきています。ですから、」

「ですから?」

「え?は、はい。もはや見逃せない状況だと判断しました。身の程を弁えない者達を掃討する為に『守護機兵』に御命令をお願いしたく」

「たったそれだけの些少な報告と、貴方の利己的なお願いで私の至福の時間を邪魔したの?」

「へっ……?」


 間抜けな声を漏らした文官は王女の機嫌を損ねてしまったのだと悟る。頭を必死に働かせて弁明しようとした。

 しかし、どうしたことか声が出ない。極度の緊張で声が出ないかと思い、喉に手を持っていこうとした。

 とうに、文官の手は無かった。あるのは血を流す手首の断面だけだった。

 文官が状況に反応する間もなく、首に赤い線が入ると頭部がゆっくりと傾いて、床に落ちる。ゼラスの足元にまで血塗れの頭がゴロリゴロリと転がっていった。

 ゼラスはそれを踏みつけて、ハァと溜め息をつく。普段は『守護機兵』の作成などに追われており、せっかくの息抜きの時間を邪魔されて腹が立っていた。


「まったく……無粋な人はこれだから。また文官が減っちゃった」


 首都である帝都や属国、他の地方から極国に送りこまれる文官は、言ってしまえば左遷された者たちだ。それも最悪級の左遷である。

 まともに経済が回っていない極国の仕事は多忙だが、基本は裕福な生活を送ることが出来る。この者のように、王族の機嫌を損ねるような事がない限りは。

 そしてこのような「不慮の事故」か何かで文官が減れば、また国外から生け贄が補充されるのだ。

 ゼラス=ホーグウェルスが発明した『守護機兵』という画期的で、人間なんかよりも手間の掛からない強力な駒が現れてからは、経済状況は単純になっていき文官の需要は徐々に減ってきていた。

 ゼラスが文官の頭をヒールの先で蹴り飛ばす。人間の頭部は重く、彼女が思っていたよりも遠くへは行かない。


「……そう。あの子、まだそんな抵抗してるのね。人間以外を引き連れて得意になっちゃったのかしら?出来損ないのクセに」


 人が目の前で死んだ……否、殺したというのに嫋やかに笑う王女の美しさが変わることはない。




 □□■




 雪を散らし降らす曇天の朝。人が息を潜めて暮らしている暗黒街にも関わらず、一角の建物はヒトが多く居るせいで否応なしに賑やかになっていた。

 亜人と獣人を合わせて四十人近くで、ただの人間は十人も居ない。食事の準備をしているのは、女性や身体の小さな子どもなどだ。

 十河とグラデムは武器の手入れなどを行う獣人や亜人から離れて、バリケードの補強作業をしつつ会話をする。


「一気に騒がしくなったな」

「全くだ。ここに住むなどとボスもどうかしている」


 昨晩、十河はボスである極国の第二王女ヴェネリャ=ホーグウェルスに仕事を告げられた。

 革命を起こし王権を奪い取る、と。

 十河にとっては突っ込みどころや質問が山のようにあったのだが、一方的に話されるだけで終わった。


「色々聞きたいこともあったのに眠いから寝るとか言って早々に切り上げるんだから困ったもんだ。なーにが夜は長い、だ。そもそもなんで深夜に来たんだよ」

「デザーロトやテンペストが十河の実力を知りたいと時間差で言って来たから、らしいぞ。詳しくは聞いていないがな」

「嘘くせぇ……どうせ演出のためとかじゃねぇの?」

「ハッハッハ!そうかもしれないな。だが、ああ見えてボスは思慮深い。何か理由があったのだろう」

「獣人の頂点たる王なのに、意外と人間のボスのことを信頼してんのな」

「ああ。オレたち獣人がこうして纏まっているのもボスの手助けがあってこそだ。オレだけではこうはいかなかった」

「……はっはーん、そうだろぉ?もっと感謝しても良いんだぜグラデムちゃーん」

「これはボス。お早い目覚めで」


 屈んで作業していたグラデムの大きな背中に、いつの間にかに居たヴェネリャがしなだれかかった。

 周りの亜人や獣人も跪こうとしたところでヴェネリャは「やんなくて良い。仕事しろ」と言った。


「今日もしなきゃなんねーことがあっからなぁ。兄弟にもいっぱい働いてもらうぜ?」

「分かりました、ボス」

「おいおい。堅苦しいじゃねぇの。もっと率直にしろっての。てめぇら黒づくめはあくまで保護対象で、兄弟は仕事仲間だ。部下じゃねぇ」

「いや、でも、グラデムだって敬語ですし」

「アタイが普通に話せっつってんだからそうしろ。グラデムは獣人の王だが一時的にアタイの部下ってことになってる。わかったか?敬語は使わなくていい」

「……ははっ」

「あ?なに笑ってんだ兄弟」

「いや、悪い。少し思い出してな」


 一瞬、眉を曇らせたヴェネリャだったが「それで良い」と言った。

 朝の食事の準備が終わると、声が掛けられて皆がゾロゾロと一箇所に集まりだす。人間と、獣人と、亜人とが入り混じって床に座っていた。日本人が隣に居ても誰も気にも留めていない。

 いただきますも無しに静かに食事が始まる。粛々とした空気だったが、藍ちゃんだけは一人興奮していた。


「わぁーっ凄ーい!タコみたいな人だー!ウネウネ!キツネみたいな獣人さんも居るー!尻尾触りたい!あの人は……」


 今では最年長の岡本が「人の事は指差ししちゃダメよ~」と穏やかに窘めるが、藍ちゃんの熱は冷めきらないようだ。

 気分を害してしまってないかと十河は心配したが、どうやら亜人や獣人たちは悪い気分ではない様子。


(意外だな。極国の連中は子どもの事は嫌いな奴らが多いってのに……)


 つまりこいつらは子どもを道具してしか見ていない連中などではないのか、と思うと、十河はひどく安心した。

 自然と、はしゃぐ藍ちゃんを中心に囲むようになっていた。亜人の中にはさりげなく人間とは違うところを見せつける者までいる。

 段々と和気あいあいとした雰囲気になってきたところで、ヴェネリャが四つん這いのテンペストを踏み台にして皆を見下ろしつつ大声を出した。


「そのまま聞けテメーら。今日は革命の下準備の最終段階だ。アタイらの邪魔になる、でっけークソどもを掃除しにいく。『赤ら顔』によると、今日は組織全体の集会するらしいからなぁ」


 ボスの言葉に反応したのはごく僅かで、多くの亜人獣人は何のことだか分かっていないようだった。すると、デザーロトとグラデムが立ち上がってそれぞれ亜人や獣人に向かって人間語ではない言語で話し出す。


(ああ……オツムがまともな、ってこういう意味か)


 つまり人間語を修得出来ているか、そうでないかということだった。

 亜人や獣人は誇り高く、自分の種族は特別であると考えている者が多い。言い換えれば保守的なのだ。

 よって世界の共通言語になりつつある人間語を自ら習おうとする者は限られていた。


「最後のクソどもは今までで一番でかい規模だ。十河が崩壊させた小さめの奴らとも、アタイらでぶっ潰した奴らとも比べものにならねぇ。性根までゴミみてーな奴らだ。良いか、頭以外を徹底的に殺すぞ。徹底的にだ。命の灯火なんぞ欠片とも残すな」


 だがそんな事もお構いなしにヴェネリャは熱く語る。デザーロトもグラデムも可能な限り同胞たちに同じ内容を伝える。

 亜人や獣人たちはボスの言葉を理解するにつれて、藍ちゃんに向けていた優しげな気配を潜ませて、高まる士気に熱を帯び始めていた。


「場所はこの暗黒街の端だ。奴らは集会で全員が仲良く固まる。……ぶっ潰すぜ」

『オォッ』


 短く、力強く、戦闘員たちは声を揃えて応えた。ヴェネリャは満足そうに口角を釣り上げる。


「それで良い」

「あのー、姐さん。自分はいつまでこうしていれば良いッスか」

「台が喋るんじゃねぇ」

「人格の否定ッス!自分人じゃないッスけど!」




 ▽▽▼




 誰も近寄ろうとしない暗黒街の奥、海岸絶壁を背後にした場所に目的の組織のアジトがある。

 フードを目深に被る十河と、傘をさすヴェネリャが並んで歩いている。二人は真っ直ぐにそのアジトへと向かっていた。

 二人の周りには誰も居ない。浮浪者も、ゴミも、全くと言っていい程見当たらない。


「それで、何でボスの配下は亜人とか獣人ばっかなんだ?」

「んなの決まってらぁ。犯罪を犯してこの国に連れて来られた連中の殆どが人間だ。そんな屑は信用出来ねぇ。それに比べあいつらは、種族が人間以外だからってだけで連れて来られただけだ」

「黒づくめの俺が言うのもなんだが、処刑とかされなかったんだな。奴隷にされたり」

「聖霊教があるからな。あれは中途半端に命を大事にしやがるせいで、中途半端に生き延びちまうのがいるんだよ」

「言えてるな。……ああそれと、組織は『青霧の箒』だっけか。何をしている組織なんだ?」

「人身売買だ。奴隷商なんてもんでもねぇ。ヒトを好き放題に拉致しまくって売って、女を金で買って使う」

「……理解したよ」

「それより、どうだよコレ。珍しいんじゃねーか? ほれ、ほれ」

「傘が? いやぁ、別に。この世界じゃ珍しいのかもしれないけど、俺らの世界には道端に捨てられるほどあったからな」

「はぁ? なんだそれ。つまんねぇの」


 歩いているうちに粗末な土と石の建物が周囲から無くなっていく。目と鼻の先に、横に広がった頑丈そうな煉瓦造りのアジトが現れた。

 他とは違うと主張するがごとく、登れないように角度のついた壁が視界一面に広がっている。中央にだけ出入りすることが出来る鉄の門があった。

 門番が居た。ガラの悪い男二人だったが、装備品はかなり上質。十河とヴェネリャを視認するとすぐに武器を構えて、声を荒げる。


「ここが『青霧の箒』だと知ってんのかぁ!?さっさと失せろやぁ!」

「オイっ、失せろっつってんだろ!」


 十河とヴェネリャの歩みは遅くすらならない。散歩中みたいな気楽さで門に近付いていく。


「さて、兄弟。ここで問題だ。門番の前からアタイらが失せる為にはどうすればいい?」

「あー。目にも止まらぬ速さで突破する」

「はぁい、残念。正解は……」


 ヴェネリャが腕を振るうと、ドレスの袖から黒ずんだ鉄鎖が蛇のように飛び出していく。門番二人が抵抗する間もなく身体に鉄鎖が絡みつき、縛りあげた。


「門番を殺す、でしたぁ」


 鉄鎖は門番の男たちの背中が臀部に接するように、ゆっくりと折り畳んでいった。

 門番二人の断末魔が辺りに響く。


「そういうクイズは苦手だ」


 十河は鉄の門の前に立ち、腕を後ろに引く。雪に混ざって燐光が舞う。呼気を吐き出してから、言った。


想像(イメージ)、『魔族の拳』」


 衝撃音と共に鉄の門は湾曲して突き飛ばされ、地面に埋まり、唯の鉄屑と成り果てる。


「暴れろ、ヤンチャ共」

『オォォォオオーッ!!』


 すると、鬨の声が二人の背後から押し寄せてきた。亜人が、獣人が、暗黒街の中から無数に飛び出してくる。手に武器を持つ者もいれば、素手の者までいた。

 最大級の規模である『青霧の箒』だけあって、対応は早い。武器を持った男たちが続々と雄叫びながら飛び出してきた。

 その中には護衛を引き連れた魔法使いが居た。詠唱を唱えつつ、獣人が多く固まっている方に手を向ける。

 しかし、黒い鎧の『守護機兵』テンペストが俊敏な動きで迫り、大斧で数人の胴を纏めて薙ぎ払った。

 閑寂としていたアジトは狂騒に満たされ、白い雪が紅く染まっていく。




 □□■




 極国内に散らばる幹部達の報告を聞きながらも『青霧の箒』の頭目であるパッズは苛立っていた。

 仕事仲間とすら言い難いが、情報の共有くらいは行なっていた組織が次々と何者かによって壊滅に追い込まれていたからだ。不自然なほど情報は入ってこない。幹部の報告にもそれに準ずる内容は無いに等しい。

 潰された組織の共通点は解っていた。王族に媚を売っている、という点だ。そうなると残りは自分たちの『青霧の箒』だけとなる。


(一体なんの為に潰してるんだ?私怨を持つのはあらかた殺してきた。まさか革命でもする気か?それともどっかの組織が水面下で膨張してるのか?)


 だがパッズは恐れている訳ではない。『青霧の箒』には数多くの魔法使いが居て、武器も国内では上質なものを配給している。国を練り歩く『守護機兵』を除外すれば、戦力は国内で随一だと自負していた。返り討ちにしてやるとも考えている。

 幹部の一人の報告が終わると同時に、一人の下っ端が会議場の扉を荒々しく開けて飛び込んできた。


「た、大変です!既に壁を越えられて、襲撃を受けています!」


 来たか、と心の内でニヤリとしながら無表情のまま訪ねる。


「何人くらいなんだ?そんでどこの奴らだ」

「それが、獣人と亜人どもです!数は五十は居ます!そ、それと……『守護機兵』も」

「なんだと」


 獣人の荒々しい咆哮が聴こえてくる。もう建物内に入られている。

『守護機兵』までいることは想定外だったが、パッズは慌てない。打つ手はあった。


「魔法使いを狩り出せ。全員だ!中に引き入れてから囲んで叩け!」

「頭ぁ、商品どもはどうします?」

「そうだな……負けたらどちらにせよ終いだ。肉壁に使え」

「はいっ」


 そう指示を出しながら、パッズは群青色の石が嵌っている指輪に少ない魔力を込める。

 パッズは王女に対し情報提供や金の援助の見返りとして、『守護機兵』を求めた。思ってもいないことまで言って『守護機兵』を褒め称えると、快諾されたのだ。


(あの人形狂いには感謝してるぜ。最強の手下をポンとくれるんだからよ)

「命令する。獣人と亜人を見つけ次第……殺せ」


 会議場の四隅に立っていた四体の『守護機兵』の目に赤い光が灯り、動き出す。腰に差してあった、人間には扱えない重さの長剣を一斉に抜いた。


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