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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
極国・リドルブリゲン編
62/82

覚悟の程は

(……何を言い出すんだ、この女)


 十河は密着してくる少女のボスの言葉に戦慄する。というのも、ゾッとするほどの冷たい声だったから。

 少女のボスと目が合っていたのはしがない男子中学生だった佐藤だった。彼は少女のボスの言葉の断片を聞き取れてしまい、顔を青くして動けない。目を逸らせない。


「アタイらが守って欲しいと言われたのは、確かに黒づくめだぁ。でもな……数は指定されてないんだよ」

「待ってくれ。守って欲しいと言われた?誰にだ?」

「さっきも言っただろぉ兄弟。王様だよ、王様。あんたらをここ極国に送り込んだ張本人、帝国の王その人だよ」


 混乱に混乱が重なるようだった。十河は無表情のまま、落ち着こうと自分に言い聞かせて頭の中で必死に整理していく。

 少女のボスは身体を見せつけるように艶かしく立ち上がると、後ろに居た佐藤の近くまで歩いていく。

 十河は座ったまま静かに『燐光』を発動した。デザーロトやテンペストが動こうとしたが、少女のボスは手をふらふらと揺らして止めた。


「おい、ボス、先に言っておく。みんなに手を出したら許さない」

「十河、先に言っておく。動くんじゃねぇ」


 少女のボスが腕を振るう。すると、彼女の手から影のような紐が意思を持つかのような動きで現れる。

 十河は身構えた、が。黒い紐が高速で十河の身体に纏わりつき、縛り上げた。黒い紐の端が地面に突き刺さると、十河は全く動けなくなっていた。身じろぎすら許されないほど締め上げられる。


(……想像(イメージ)、『魔法無効化』)


 十河は実現可能な「想像」はほぼ全て試したと思っている。だから様々なパターンから考えて、この不思議な紐は「魔法」だと判断し、「魔法を破壊する想像」をした。

 だが、紐は千切れるばかりか締める力がより強くなる。いくら魔法を破壊しよう、無効しようとしても効果は表れない。


(まさか魔法じゃない……?だったら!)


 十河は驚いたが、すぐ思考を切り替えて「大熊の怪力の想像」をする。身体全体の筋繊維の一つ一つが鉄のワイヤーになったかのように変質していくのを感じる。


「『大熊』ぁぁ……!」


 それでも、黒い紐は千切れない。分厚い石の壁でも破壊できる力で抵抗しているというのに、黒い紐の様子は微々たる変化も見せない。

 ならば。だったら。これならば。これこそは。

 十河が様々な「想像」をもって黒い紐を解こうとするも、紐には通じず、一人相撲になっていた。少女のボスが必死な十河を褒めるように頭を優しく撫でて、ニヤニヤとした顔で覗きこんだ。


「おうおう流石兄弟、やっぱニつ目じゃ駄目だったなぁこれは。前代未聞の半端じゃない力だ。だけど、それは無駄な努力ってやつだぜ?……さぁて、とぉ」


 少女のボスはステップして、体育座りをする佐藤の前に屈む。作ったような愛くるしい笑顔を佐藤に向けて、ゆっくりと話し出した。


「名前、言えるかな?少年」

「ま、正宗……正宗、佐藤」

「ほぉー、黒づくめは生意気にも姓があるのかぁ。そうかそうかぁ。んじゃあ、兄弟の十河ってのはどっちなんだぁ?」

「……姓の方だ。ボス、あんたがみんなに手を出さない限り暴れたりしない。解放してくれ」

「じゃ。駄ぁ目」


 睨みつけてくる十河が可笑しいのか、少女のボスはクスクスと笑うばかり。細指を十河に向けると、黒い紐が十河の口を覆った。


「黙って大人しくしとけ兄弟。……さて、マサムネ。アタイが、君に、言いたいこと。分かるかな?」

「わかりません」

「わからない!じゃあ、教えてあげよう」


 ゆらりと手を伸ばした先は、佐藤の細首。まだ未発達な喉仏を押し込むように掴む。少女のボスは手の平で波打つ頸動脈の感覚を楽しむ。

 美人は見ているだけで心が安らぐという。しかしそれは時に反転し、見ているだけで相手を不安にさせることもあった


「アタイが聞きたいのは、気持ち、だよ。マサムネ」

「キモチ……気持ち、ですか」

「そう、気持ち。ハッキリ言うぜ。兄弟以外、要らないんだよ。お前らは、不要だ。守るという手間が、余計なんだよ」


 佐藤が人間語をまだ修得しきれていないというのを知ってかしらずか、語りかけるようにゆっくりと言葉を紡ぐボス。

 佐藤もその他の女性陣も一人の女性に気圧されていた。十河だけは少女のボスを止めなければと死に物狂いでもがいている。


「選べ。子どもも産める女共を生かすか、将来役に立つかもしれない自分だけを生かす。そうだ、後者を選ぶならアタイの夜の奉仕も付けてあげよう」

「……?」

「おいおいおいおい……カマトトぶってる、感じじゃあねぇな。あー。もしかして速くて聞き取れなかったのかぁ?」


 じゃあ、と言ったボスは色気のある表情から一転して、また先程のような無機質な瞳になる。


「ゆっくり言うぜ。お前が、死ぬか。女が死ぬか、だ。選びな。生きたいか、死にたいか」

「え……?」

「今の顔。選択肢を理解したな?言葉が分かったな?よしよし、上出来だ。さぁ、どうする」


 首を掴まれたままの佐藤は、身じろぎすら出来ないほど困惑していた。口の中が乾くのを感じながら、視線を忙しなく巡らせる。行き着いた先はグラデム。長い付き合いの者を、今は敵側なのだとしても、縋るように見てしまう。

 それにボスが気付くと、片眉を上げて何の反応も示さないグラデムを見やる。意地の悪い笑みを浮かべた。


「そうかぁ。友達のグラデムに殺されたい、って?」

「違う!否定、します!」

「じゃあ、グラデムに女共を殺して欲しい」

「違う!違う!」

「わがまま言うなよぉ。どっちかしか選べないんだからよぉ」

「でも、でも……」

「分かった!分かったよマサムネ。選べ切れない君に新しい選択肢をあげよう」

「……?」

「全員、死ぬ」


 端的な言葉に、佐藤は固まった。ボスはその反応が心地良いかのように笑っている。室内に置かれている篝火が、その恐怖を誘う笑顔を照らしていた。


「知ってるぜ?もう何人も死んでんだろ?女も、子供も。親しい奴も居ただろ?だったら、みんな仲良く死んでしまえば良いじゃねぇか。どうせ、兄弟の足手まといだしなぁ」

「そ、そんなのっ」

「……あぁ?」


 少女のボスが、佐藤の首を強く締めた。佐藤は弱々しく抵抗しながら苦しむが、ボスは歯牙にもかけないで握り続ける。

 笑顔のままのボス。だがその声には怒りに似た感情が織り交ぜられていた。


「ちーっと虫が良いんじゃねぇの~?アタイが兄弟に回す仕事っつーのはお世辞にも安全とは言えねぇ危険なもんばっかだった。どれも命がけだったはずだ。それなのにお前らときたら、兄弟が命がけで稼いできた金でのうのうと暮らしてんだぞ~?」

「っ……」

「息苦しいかぁ?知ったこっちゃねーなぁ。さぁ、とっとと答えろよ。自分が死んで他人を生かすか?それとも、死ぬことが怖いから他人を殺すかぁ?……自分は無関係でーす、みたいな顔しやがって。ムカつくぜ」


 少女のボスの最後の一言で、鬱血してきていた佐藤の顔が歪む。形容するならば、怒りの表情になっていた。

 首を締めてくるボスの手首を両手で掴む。僅かに首を締める力が緩むと、佐藤は堰を切ったように喋りだした。


「死にたくない、殺したくない!それに、僕もまた、戦いたい!」


 発音は正しいものの、違和感を覚える人間語だった。

 ……極国において、佐藤正宗は遣る方無い気持ちで過ごしていた。自分よりも歳下の子が死にゆく様をただ見つめ、女性が苦しみながら死んでいくのを看取るだけであることに。

 自分の能力なんてたかが知れていることなど自覚していた。だから無茶などもせずに大人しく根城に籠っていた。だが、数歳だけ年上の十河は違った。

 確かに十河は不思議な、それこそ魔法のような力を使う事が出来る。十河自身からその事を聞いた時は何とも思わなかったし、その力があるからこそ強いと思っていた。

 けれど、それだけじゃなかった。佐藤が十河について段々と理解を深めていくと、十河という人には「皆を守る」という信念に基づいた芯があることに気が付いたのだ。

 じゃあ自分は?

 ……何も、無い。そう思って、思えてしまって、思い込んでしまった。

 表には出さないように、必死になってグラデムや岡本や上野に仕事はないかを聞いて回った。与えられる仕事は全て、お手伝いに近い至極簡単なものだった。

 自分の価値はこの位なのか?

 存在理由はこの位なのか?

 何かの為に生きていないのか?

 日々、自分も含めた皆が痩せ細っていく中でも、やはり何の良い変化をもたらすことが出来ないのか。

 そう自棄になりかけていた頃、美しくも恐ろしい同年代ほどの少女から言われた言葉に、恥ずかしさと怒りを激しく感じた。


「役に立つ、するんだ!それが、小さいでも!それでも、戦えない!自分は、弱い!それ、理由……!」


 負けじと、ボスを睨む佐藤。吐き出される言葉は文法もなっておらず、涙声になっていた。

 それにも関わらず少女のボスは正面からキッパリと言い返した。


「戦えないだぁ?それは逃げだボケがぁ!確かにお前は、この国の中じゃどんな野郎と戦ってもおおよそ死ぬ。弱いからな。けどなぁ、戦うことは出来るんだぜ!?」


 しばし見つめあっていた。佐藤はボスの言葉を完全に理解するまでには至っていなかったが、目を逸らさないで言った。


「戦う」

「どうやって?」

「わからない。でも、戦う。死ぬなら、戦う!仲間、殺すなら、死ぬ!戦って、死ぬ!」


 ……一方のボスは、タカをくくっていた。

 魔力もなければ突出した能力もなく、そして争いのない平和な国から来たと協力関係に当たるグラデムから聞き及んでいたボスは、黒づくめのことを「見知らぬ世界から来た力の無い者たち」と正確に、冷静に判断していた。

 だからタカをくくっていた。どうせ、甘ったれた貴族の子どものような奴らばかりだと思っていた。

 そんな人種がボスは大嫌いだった。守るにしても、価値のある対象でなければ腰を上げる気にもなれない。グラデムに押し付けて、間接的にどのような者たちかも聞いていた。

 特に耳に入ったのが「お人好し」という特徴。中には自由に行動する黒づくめも居るが、多くは他人を慮る。

 馬鹿な、とボスは思った。食料も衣服もまともに手に入らない極国で他人を慮るなど、鼻で嗤われる。

 気に食わないと思い、今回の行動に至った。国王自ら保護を要求する人種であることも苛立ちを手伝った。

 そんな奴らに限って、少し脅してやれば化けの皮など簡単に剥がれるものだ。

 だが見たことか。目の前の、魔法使いの女にも劣りそうな貧弱そうな少年は、一皮めくってみれば闘志を剥き出しにした戦士になったではないか。

 緊張を解いた少女のボスは先程よりも楽しそうに、嬉しそうに、愉快そうに歯を見せて笑い、叫ぶ。


「クックック……結構!結構!結構!」


 ボスが腕を指揮者のように振ると、十河を縛っていた黒い紐が解けて少女のボスの身体に戻っていった。

 十河は笑い続ける少女のボスにストレートの一発でも喰らわせてやろうかと思ったが、ややこしくなりそうなので控える。


「気持ち、いーや、覚悟はわかった!あー良いね、満足だ!一番しょっぼそうなガキに訊ねてコレだ!予想以上の結果!ギャハハ!死ななくて良い……いやむしろ死ぬな!今まで通り守ってやるよ、誓ってやる!」


 有難い、と十河は言うか悩んだがやめた。まだその仕事の内容も聞いていない。それに、まだ明確に答えてもらってないことがある。


「……それで。王様がなんで俺たちを助けようとしたんだ」

「おいおい、さっきまで縛られて無力化されてた男の態度とは思えねーなぁ、クックック。が、気分が良い。話してやる。テンペスト、椅子だ」

「椅子なんて気の利いたものはないッス」

「てめぇが椅子になんだよ。そんなのも分かんねぇのか」

「理不尽ッス!権威の暴力ッス!」


 そう抗議しつつも『守護機兵』のテンペストはそそくさとボスの近くまで行って大きな身体を縮こませる。ボスは軽やかに跳んで、どかっとテンペストの背に座った。


「さて……まずは王様についてだったか?えー、お前らがここで生き延びてんのは王様の指示のお陰で、アタイに保護するようにお願いしてきたって単純な話だ」

「王様は俺たちの味方と言えるのか?」

「さぁ?どうだか。もしかしたらとんでもねぇ悪事に利用するつもりかもしれないにゃー?」

「……」

「冗談だっての兄弟ー!ギャハハ!すぐに真に受けんなっつの。ま、王様に関しちゃあ安心して良いと思うぜ?」

「……そうか。それじゃあ次に、」

「おっとそこまで。こっちが一つ質問に答えたからには兄弟にも一つ質問に答えてもらうぜ」

「……ああ」


 隠し立てしていることは無いと判断して、十河は質問するように促した。

 一方的な交渉になってしまっていることは薄々とわかっている。だがあの黒い紐がある限り、十河は強気には出れない。


「よし。そんじゃあ質問だ」


 少女のボスが片膝を立てる。覗き込むように十河を見つめ、口元を隠しつつ言った。


「兄弟の力についてだ。まさか黒づくめに備わった標準装備って訳じゃねぇだろ。魔力の波動も感じねぇ、聞いたことも無い不可思議な力だ。それについて洗いざらい話してもらうぜ」

「わかった。知っている限りで良いなら」

「あん?……いや、それで良い」


 少女のボスは十河のまるで力の全体像を解っていないような言い方とあっさりと了承したことに、えも言われぬ感情を抱いた。


「まず、俺はこの力のことを『燐光』って呼んでる。そんでこいつは、頭の中の想像を具現化出来る。限界はあるけどな。ちなみに魔法じゃないみたいだ」

「ほー……」

「化け物みたいな腕力にもなれるし、鉄のように硬くもなれる」


 すると跪いていたデザーロトが顔を上げて「ボス、私も質問して宜しいでしょうか」と言った。少女のボスは黙って頷く。


「十河、では私を吹き飛ばしたのは何だ?あれも貴様の想像とやらか?」

「ああ、そうだ。空気が爆発したように想像した」


 正確にはダイナマイトの爆発の想像だ。爆薬というものが存在するとは思えなかったので、この言い方で誤魔化した。

 ダイナマイトの爆発など十河は体験したこともなかったが、動画では見たことがある。

 しかし、所詮はその動画を思い出して再現をしているだけに過ぎない。衝撃力はそこそこの再現ではあるが、破壊力に関しては微妙と言わざるを得なかった。


「そいつぁスゲー。……何か道具でも持ってたりすんのか」

「いや、そう言う訳じゃない。それに、そこまで万能って訳でもない」

「というと?」

「身体を『変質』させることは可能だけど『変形』することは出来ない。空気の爆発とかの外部への『想像』は、俺の体のすぐ近くでしか出来ない……って感じだ。使いすぎると後で反動でかなり苦しいしな」

「なーるほど。『闘気(オーラ)』の亜種かなんかかと思ったが、外に干渉出来るんなら違ぇよなぁ」

「それじゃあボス。次はまた俺の番だ。あんたの、俺を縛ったものは何だ?魔法じゃねぇよな」


 実はまだ隠している『燐光』の能力はある。だけど全てを素直に教えやるほど、十河はお人好しではなくなっていた。

 十河の質問にボスはピクリと反応する。眼光を鋭くして十河を睨んだ。


「おいおい兄弟、なんで魔法じゃないって決めつけられんだぁ?」

「魔法を無効にする想像をしたのに、破れなかったからだ」

「……ちっ、なんでもアリかよ。そこまで分かられちゃあ、まずアタイの事まで話す必要があるな。つーか今のいままで自己紹介すらしてなかったなぁ」


 テンペストの背の上に立って、十河たちを見下ろす少女のボス。真剣な表情になって、腕を組む。紫色の髪が冷たい隙間風で靡いた。


「さっきのは『グレイプニール』。極国の王家に代々受け継がれる神器で、どんな奴の動きも止められる鎖だ。こいつは、誰にでも使える訳じゃねぇ。王家の血を引く者、この紫の髪をもつ者だけが操れる代物」


 十河は、ボスが口にした単語に対して衝動的に質問したくなる。それを堪えて、大人しく続きを待った。


「アタイの名はヴェネリャ=ホーグウェルス。親父に追放された、この国の第二王女様だ。そんで、女王になるつもりの革命家。……ここまで言えば豚でもお仕事の内容は判る。だよなぁ、兄弟?」

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