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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
極国・リドルブリゲン編
59/82

凍えの中、白き世界

四章あらすじ:十河たち日本人が極国リドルブリゲンに連行されたすぐ後の帝都での話から始まる。フェイン一家が帝都を訪れ、パルガが冒険者になったのを見届けた。

時は経ち、帝都に居る面々は各々成長する。その中にはアンミュという少女と新たな関わりを持つポルやジェイクの姿もあった。

彼らは森で日本人の真里谷ユリと出会ってしまい、いざこざに巻き込まれることとなる。

パルガは真里谷を帝都の外に逃がす為、アンミュは異端となってしまった為、ポルは外の世界を学ぶ為、ジェイクは単純に巻き込まれて。攻撃に晒されながらも、仲間からの支援もあって帝都からの脱国に成功するのであった。


!注意!

五章の一話は、四章でいう「秋冬の日々」とほぼ同じ時期といった時系列です。ややこしくて済みません。少し遡るって事です。

主人公視点の三人称となります。

 極国リドルブリゲンは大陸の北西の端に存在する都市国家である。

 都市の構造は、中央に無機質で頑強な造りの要塞のような城があり、城下は脆弱な建物ばかりの雑多な街が広がっているというものだ。

 都市の背後に海の断崖絶壁があり、大陸側には黒と灰と紫とが混じったような暗く、硬く、高い壁に何重にも囲まれている。

 その壁と壁の間には堀と表現するにはあまりにも幅広い底も見えない空洞があった。大陸と極国を繋ぐのは長い一本道。そこ以外から極国に入ることは叶わない。出る場合も、同じだ。

 潮風に曝された弱り果てた大地。空はいつも曇天で植物は育たない。

 国内、都市の中での食物といえば月に数度隣国から持ち込まれる魔物の肉だったり、少量の穀物だけだ。隣り合った海から揚げられる僅かな魚介類が得られるのは、ほんの一部の者だけ。

 壁の中の生き物たちが生き残るには余りにも少ない食糧。

 するとどうなるか。必然的に、強盗で溢れかえる。それが発展した殺人などもありふれていた。治安という言葉など存在していないにも等しい。

 それが不条理だと叫ぶのは半数という少なさだった。

 何故なら、極国は凶悪な犯罪者たちが多く収容される文字通りの牢獄なのだから。足りないのなら奪えばいいとする者が半数だったからだ。

 時は経ち、帝都の征服により周辺国は減って送られてくる犯罪者は少なくなっていく。

 だがしかし、それでも国内のモラルが変わることはない。

 少ないとは言え、続けざまに犯罪者たちは送り込まれ、その度にまた風紀を荒らしていくからだ。

 犯罪、暴力を取り締まるのはただの傀儡。明るみに出る、上澄みの部分しか取り除かない。

 澱んだ空気は壁によって閉じ込められて、入れ替わることは無かった。自浄しようが、常に汚れた者が運びこまれる。また汚れていく。

 希望を持って海に飛び込んだ者も居た。数十、数百キロメートルは断崖のままだとも知らずに。

 と言っても、大半が海面に身体を打ちつけた衝撃で死ぬのだったが。


 曇り空からしんしんと雪が降っている。無垢な白雪だ。

 汚れた道や古びた建物を隠すように降り積もり、美しい。けれど、この極国においては体温を奪う天敵でしかない。

 雪を避けるだけの布を頭から被った仕事帰りの男が、中途半端に整備された道を歩く。


「お恵みを……お恵みをぉ……」

「……」


 彼は道端で寒さに震える物乞いを視界に入れるが、今日は手を差しの伸べるようなことはしない。

 無知な初めの頃は何度も痛い目にあってきた。具体的には物乞いに気を取られている隙に後ろから荷物を掻っ攫われたり。

 時間があればわざと物乞いの罠に引っかかってみせて、捕まえ、説教にも近いことをやっているが焼け石に水といったところだ。

 一人の人間の行動如きで悪事は潰えない。

 しかし彼は、特に今日は、物乞いに手を差し伸べる訳にはいかない。急いで拠点に帰らなければならなかった。

 仕事の仲介人である、常に酔っ払った『赤ら顔』という渾名のおっさんが持ってきた仕事を終えた後は、決まって厄介事が舞い込んでくるからだ。

 給金が他の仕事と比べて段違いで良い為、やらないのは惜しい。


(前回は……依存性の高い麻薬中毒者たちに襲われたっけか。あれは両腕の骨が折れても向かってくるから怖かったなぁ)


 そんな事をぼんやりと考えていると、ふと周囲の気配がいつもと違うのに気付いた。

 人も動物のようなもので、自分の縄張りから移動することは少ないし、誰かが入っていくこともおおよそ無い。

 だが、この付近の気配はいつもよりも多かった。

 さっさと片付けよう、と決めた男は歩みを止めた。

 近くに居た浮浪者を装う男に声を掛ける。


「おーい、そこの。懐の斧で襲わないのか?」

「……ちっ、バレバレかよ」


 声を掛けられた男がボロ布を脱ぎ捨てると、男の手には肉厚な斧が握られていた。

 同時に四方から斧を持った男たちがゾロゾロと現れる。


「うちのファミリーをぶっ潰したんだ、そんくらい出来て当然だろぉ」

「報いを受けてもらうぞぉ、黒づくめぇ!!」

(……五人か?)


 黒づくめと呼ばれた男……十河雅木は視界が狭いからと布を取った。

 一重まぶたの三白眼の下には常時クマがある悪人面。笑おうものなら知人に真顔で「やめろ」と言われる、そんな顔。

 十河は自分の顔が嫌いだ。


「テメェのその顔をぐちゃぐちゃにしてやるよ、覚悟しやがれ」

「黒づくめの毛は変態どもが高く買うらしいからよぉ……有効利用してやるぜ」

「……なぁ、奇跡的に話し合いで解決出来たりしないか?」

「ほざけぇッ!!」


 十河の背後から、一際身体の大きな男が斧を振り下ろす。

 まともに当たれば、人間など容易に縦に半分になるだろう。


想像(イメージ)


 十河の周囲に燐光が舞った。

 重い金属の衝突音。斧を振り下ろした男の顔が驚愕に歪む。

 十河は片手で、それも素手で斧を受け止めていた。

 刃は少したりとも十河の肌に食い込んでおらず、男がいくら力を加えようとも動く気配すらない。


「馬鹿なっ!?」

「はいはいお約束」


 相手のリアクションに飽きていた十河は、斧を受け止めた手で斧の柄を掴むと、無造作にそれを折った。

 今度は驚く隙も与えないうちに肘で鳩尾を打ち抜き、折れた斧を近くに隠れていた者にアンダースローで投げつける。

 投げた先から悶絶した声が聞こえてから、その場に居た三人はハッとして動き始めた。


「遅いんだよ」

「野郎ッ」


 集中した十河の視界の中では、斧を振りかぶる男たちの動きはゆっくりとしていた。

 一人一人の斧を捌いて、歩いて近付き、三人の喉仏に軽く拳を入れる。全員が喉を抑えて膝をついた。

 男たちは何が起こったのかが分かっていない。


「げほっ、テメェ……なにじやがっだぁ!?」

「斧を避けて喉を殴っただけだ。なぁ、お前らのファミリーはもう潰れたんだから大人しく……」


 なんとかこれ以上無駄な争いはしないように十河が諭すように話しかけると、一人の男が顔を真っ赤にして叫ぶ。


「はっ、馬鹿が!俺らは囮だよ!今頃テメェ以外の黒づくめは全滅だボケぇ!!」

「……それは無いと思うけど」


 十河はパルガの拳くらいの想像をして、三人の顎を殴って砕く。これでしばらくは固体の食べ物は噛めないだろう。

 日本人たちを心配はしていないが、十河は帰路を急いだ。

 近道ということで、壁を駆け上がり、建物の屋根を伝って今の根城を目指す。


「つーか居場所割れたか。引越ししなきゃな……今の場所はそこそこ気に入ってたんだけど」


 寒さを無効にする想像をしようかと思ったが、勿体無いと感じて我慢した。

 外から見ると住処は分かりにくい。土や石や煉瓦で出来た建物同士の隙間を通った先にある、だだ広い空間だった。

 十河は地面に降り立ち、隙間を通ると、いつも通り火を囲む者たちが居た。隅っこには斧の男の仲間と思われる者たちが転がされている。


「……哀れな」

「十河さん、お帰り。もしかして今日の仕事って『赤ら顔』の人の?」


 火の番をしながら鍋に火を当てて、水を煮ている男子中学生……だった佐藤が、十河に話しかける。メガネは煤で少し汚れていた。


「そうそう、当たり。あのおっさんの上司が本当の依頼人らしいけど、どんなヤバイ奴なのか……」

「今回の報酬はどれくらいでしたか?」

「これくらい、っと。一ヶ月は生活出来る金だな。贅沢をしなければ、だけど」

「あはは。でも凄い金額だなぁ、なにをしたらこんなに?」

「違法な商売をしてるヤクザみたいなのを潰す依頼だった。こんな国で違法もクソもあるかっつーの」


 そう十河が愚痴るように言うと、壁際にある箱に腰掛けていた一際大きな影が話しかけてきた。


「……だが、その最低限の法を敷いている奴のお陰で生きてこれるというのもあるだろう?」

「まぁ、そうだな。グラデム、あの斧の男たち、片付けてくれてありがとな」

「鈍った身体が更に鈍りそうな雑魚だった。まともに戦える人間もいないのか、この国は」

「悪人とは言ってもな……こいつらはただの犯罪者だろうし」

「弱くとも、魔法を使われると厄介だがな」

「グラデムを倒せる魔法使いって相当強くなきゃ駄目だろ」

「いや、魔法の火は苦手だ」


 十河と言葉を交わすのは獅子のような顔面で、全身に毛を生やした歴とした獣人。

 更に言えば彼、グラデムは獣人を束ねる若き獣人の王だ。仮初めの……であるが。

 極国に来て間もなく、日本人は獣人たちと契約を結んでいた。

 日本人の代表である十河が金を稼いできて、グラデムを筆頭とした獣人たちが日本人を守るというもの。

 話を持ちかけたのはグラデムの方である。十河は帝都にて獣人の男たちを虐殺したことを正直に話すと「戦いの中で死ねたのなら本望であろう」とグラデムは語っていた。


(……じゃあなんで、あいつらは泣いてたんだろうな)


 共に暮らす日本人と獣人を合わせた人数は十七。獣人が十一人に、日本人が六人。どちらも男女比は女の方が高い。

 最初の頃は日本人はもっと居たのだが、少なくない人数が、死んだ。

 その度に泣いて悲しんだ。だけど、最後に死んだ人の時にはもう、誰も泣かなくなっていた。

 死因は誘拐殺人などではなく、感染症だったり肺炎だったりだ。

 この国で病気になることは死に直結していた。

 日本で診察したなら「このお薬を飲んで、暖かくして寝て下さい」で終わる病気でも、あっさりと死ぬのだ。


「グラデム。この場所はもうバレてるみたいだからそろそろ引っ越さないか?」

「風も通さないし、良い寝床だったのだが……明日には移動しよう。もう場所は決めてある」

「流石だな。……あれ、佐藤くん、女性陣は?」

「奥で料理を洗って……ほら来ましたよ」

「あら、十河くん帰ってたのね~。ちょうど準備ができたところだったのよ~」

「十河お兄ちゃんお帰りー!」

「十河くんお帰りっ!お仕事お疲れ様!」


 奥から現れたのは物腰の柔らかい女性の岡本と、幼稚園生だった久保田こと藍ちゃん、それにまだオカッパ眼鏡を貫く堀内。それと、女性の獣人たちだった。

 彼女たちの手には野菜と少量の肉があった。野菜は色鮮やかとは言えず、瑞々しさとは程遠いみすぼらしいもの。それでも貴重な栄養源だ。


「おお、今日は豪勢ですね!」

「そうなのよ~。上野さんが上手に値切り交渉してね~」

「こんな国で値切るって……」

「ふふん。褒めてもいいのだよ十河くん?君が先日に裏取引市場をほぼ壊滅に追い込んでくるたお陰で、たっぷりと脅し取れたよ」

「……護衛は?」

「勿論。男獣人BとCについてきてもらった」

「ルブックとクゥラさんな!?」

「そうそう。ル何某とク何某だ」

「もうわざと言ってますよねそれ……!」


 飄々とする上野という名の女性の手には野菜はない。本人曰く「肉体労働は割に合わない」だそうだ。

 真水を沸騰させていた鍋に熱が通りにくい野菜と肉、そして塩を投入していく。熱がすぐに通る野菜は、最後に入れる。

 肉は固くなるくらい煮詰める。肉汁などに含まれる栄養はスープに変わり、平等に行き渡るからだ。


「なぁ、グラデム。次の住処はどこらへんになる?『赤ら顔』のおっさんから離れるのも……」

「安心しろ、むしろ近くになる。城から離れた西の住宅街だ」

「確かに近くなるけど、そこって……暗黒街じゃ?」

「何処も暗黒街のようなものだ。それに、オレとお前がいるんだ。そうそう手は出してこんさ」

「だと良いんだがな」

「どこから情報が来てるのかはわからんが、お前らが魔族認定されたことは知れてるし、獣人を好む人間なぞおらん」

「……だと、良いんだがな」


 統一されていない、ところどころにヒビの入った土器の皿やボロボロの木の皿が配られ、なるべく平等になるように食事が盛られていく。

 帝都に居た頃は健康的だった日本人も、痩せてしまっている。獣人は一見分かりにくいが、同じく痩せていた。

 日本人は「いただきます」と言って、獣人たちも指を組んで何かを呟いてから食事に手を付ける。

 皆、スプーンもどきで野菜スープをかっ喰らう。暖かい食事が年中通して寒い極国の人々に共通の幸せだった。


「はぁ、生き返る。やっぱ仕事終わりの飯は最高だな」

「十河くんはおっさんなのかな?若者ならば美味しいとだけ言って感謝したまえ」

「上野さんは野菜を洗う手伝いすらしてませんよね?」

「まぁまぁ、上野さんが野菜を買ってきたんですし」

「ぷはぁー!美味かー!」

「うふふ、美味しいわね~」

「はぁーまじで温まるわぁ」


 日本人たちはわざと明るく振舞っているが、対照的に獣人たちは黙々と食事を摂っていた。


「ちぐ、しょ……がぁ!」


 そんな時に、背後で転がっていた斧の男たちの一人が起き上がっていた。膝を震わせつつも、強く斧を握っている。

 獣人の男陣と十河はすっかり忘れてたようで、すこし驚いた。


「こ、の、呑気にぃ、ひょくじ、なじょをぉ……!殺す……殺ひゅ!」


 耳の穴から血を流している様子を見る限り、鼓膜が破れているらしい。発音がグダグダだ。

 十河以外の日本人は緊張していたが、十河と獣人には「ある音」が近付いてきているのが分かっていた為、動かない。

 十河がグラデムに話しかける。


「あんま住処に長く居たことなかったから知らなかったけど、ここってあいつらが巡回する道なんだな」

「それもあるから、ここは良い住処なのだ」

「無ひを、ひゅるなぁぁぁあ!」


 男が斧を投げんと振りかざした。しかし、その手は後ろからガシッと掴まれる。

 何が自分の手を掴んだのかを悟った男は顔色を青くして、ゆっくりと振り返る。

 男の後ろに立っていたのは汚れ一つない美しい白の鎧だった。身長は優に二メートルを超えている。


「はぶっ、まっ、待って、違、これはふ」


 その鎧は無慈悲に男の手を握り潰す。絶叫が響き渡る。

 寝転がる男の仲間たちも掴んで、引き摺り、住処を横切って向こうへと消えていった。

 堀内と藍ちゃんが互いに耳を塞ぎあっていたのが面白くて、十河は少し笑う。

 引き摺られていった男たちを見送ってから、グラデムは呟いた。


「魔法を使わなくともアレを相手にするのは骨が折れそうだ」

「『守護機兵(ハイゴーレム)』、か。前から気になってたんだけど、動力はなんなんだ?」

「……さぁな。知らん」


『守護機兵』。剣も魔法もまともに通用しない魔鉱物にコーティングされた「鎧で出来た」人工のゴーレムだ。

 脱国しようとする者が殆ど居ないのも、ある程度の商売が成り立っているのも彼らのお陰である。

 総数は千は優に超えているという。半数は城の警備に回されているらしい。

『守護機兵』の所有権と指揮権は国王とその親族のみが握っており、極国内でのみ生産される、人工知能も備えたこの国の最大戦力だ。


「守護機兵と言えば、『地獄の出入り口』は相変わらずか?」

「ああ、『赤ら顔』によると数日前にまた二体増えて、今は合計56体の門番だってよ」

「今更そこから逃げようとする者がいるものか」

「『赤ら顔』のおっさんも、何処から情報を仕入れるんだか」

「恨みを買いそうな仲介役を何年もやってるだけのことはあるということだろう」

「俺にはただの酔っ払いにしか見えねぇんだけど」


 ちなみに、十河とグラデムの会話に割り込める者は居ない。

 日本人は人間語を少しずつ勉強しているものの、流暢に会話出来るほどでは無い。獣人に関しては勉強する気も起きないらしい。

 しかしグラデムだけは、獣人が生き延びるためにと人間語を血の滲むような努力で習得していたのだ。

 十河は藍ちゃんとじゃれ合っている堀内に問いかける。


「堀内さん、獣人語の方はどうですか?」

「結構憶えてきたよ!簡単な日常会話くらいならいける……かも?」

「そうですか!それは良かった」

「はぁ、あのさぁ……人間語マスターの十河くんさぁ!もっと言語の憶え方とか伝授しても良くなーい!?」

「え、いや、それはちょっと……」

「これでも、ちょー苦労してるんだからね!?獣人さんは優しいから、そこまで辛くはないんけどさぁ」


 十河は日が経った頃に気が付いていた。自分がこれほど早く人間語を喋れるようになったのは、『燐光』の影響が強いのだと。

 苦笑いの十河に、もう食事を終えていた上野がニンマリと笑って話しかける。


「おや。人間語を憶えたのもその『燐光』とやらのお陰、と言言いたげな顔だね?」

「まぁ、そんなところです」

「それは魔法でもなく、その『闘気(オーラ)』?でもないんだろう?」

「はい。俺たちにはまず魔力がないですから、どちらでもないはずです。俺の『燐光』は」

「想像を具現する能力……か。なんでも出来てしまいそうだね。まるで神様だ」


 十河たち、おいては日本人の間の「神」という単語は褒め言葉と受け取るには難儀なものがあった。

 化け物じみていると言いたいのだと、十河は納得する。


「そんな、大した……」

「普段の数倍の身体能力を得る肉体強化から、空中を走るなんてことまで出来るのだから。大したものさ」


 十河は舞い散る火の粉を見つめながら「そこまで万能じゃないですよ」と呟いて、小さな肉片を口に運んだ。

 建物の僅かな隙間から見える空は曇っていて、風情などあるはずもないが、上野はじっと見上げる。


「創作物にしか存在しないと思っていたようなことを、真剣に語る時が来るなど、不思議な気分だね」

「……まったくです」


 十河はこれ以上話を広げると遠い昔にも思える記憶を呼び起こし、傷口を広げてしまいそうに思えて、口を閉ざした。


 食事を終えると、各々が雪解け水で皿を洗い、持っている物の中で一番高級品の布団や毛布に包まって、皆で固まって眠る。

 風は無いとは言え、野晒しだ。火を消すことは死を意味する。

 仕事上がりの十河は眠ることが暗黙の了解になっていたが、十河は当番だった若い男の獣人のルブックを無理に寝かしつけて、自分が火の番をしていた。

 火を消さないようにすることを頭の片隅に置いて、思考を止めていた。それが、眠ること以外での十河の少ない娯楽になっている。

 考えないことは楽だ。

 だけど、ふと怖くなって。たまに呟いてみる。


「……ちゃんとやれてるよな」


 日本人の十河雅木として。

 普通の感性を持っている、人間の十河雅木として。

 ……この極国に来てから、十河は数え切れない人数を殺してきた。人間も亜人も獣人も。共通点は、悪人だということ。

 誰かに想って犯罪を犯したヒトではなく、下衆という種類の悪人だ。

 それでも、それだからこそ自分は正常のままだと思いたかった。

 たとえ手がどれだけ血にまみれていようとも、正しいことをしているのだと。


「……はぁ、なんだかなぁ」

「ほう、なにを感傷に浸っているのだ?らしくない、というよりも気色が悪いぞ」

「……上野さんこそ、眠れないんですか?」

「元気が無い僕アピールをする十河くんが目障りで、とてもじゃないが眠れなかったのだよ。ほら、火の番は昼まで寝ていた私に任せるといい」

「……ありがとうございます」

「中学生じゃあるまいし、うじうじ悩むのはやめたらどうだい?藍ちゃんの方が適応しているように見えるが?」

「馬鹿は死んでも治らないんですよ」

「言えてるね。でも、十河くんが死んだら私たちが困るから、どうか馬鹿のままで居てくれたまえ」

「……うぇーいうぇーい。じゃ、お言葉に甘えて俺っちグッドナイトするぜうぇーい」

「君は、実に馬鹿らしいな」


 上野はクスクスと笑った。


 余っていた布団を身に包んで横になり、誰ともわからない人と背中合わせになって、十河は目を閉じた。


(……考えることをやめるのが、嫌なんだよ……)


 余計な夢は見ませんようにと、十河はすぐに眠りについた。

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