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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
『新たなる光』編
54/82

舞台は動き出す

 朝と昼の間。職種によって忙しさは違っていたが、この時間は忙しなく歩く人が多い。

 宿屋『満腹皿の里』の側にある小さな屋台。白い煙と、魚を焼く音と、芳ばしい匂いがそこにはあった。

 屋台の女店主が真里谷に小ぶりな魚の串焼きを手渡す。


「は~い。お待ちどうさま!召し上がれ、マリアちゃん」

「はイ。えと、百セスタ」

「うんうん、丁度ね!それで、やっぱ顔は見せてくれないの?」

「駄目デす。拒否」

「あはは!恥ずかしがり屋さんだね~。声とか素振りからするに中々可愛いと……お姉さん考えてるんだけど?」

「いえ、そんなコと……」

「ま、声も素振りも女はつくれるけどねー!あははは!」

「あ、あはは」


 カイに頭を突つかれながら反応に困っている真里谷を見て、女店主は更にケラケラと笑う。

 真里谷は自分の存在を周りに知らせるために、こうして簡単な買い物をしている。ここ数日ですっかり屋台の常連になっていた。

 マリヤツでは分かりにくいと思ったので、外では「マリア」と名乗っている。ちなみに日本では良く「まりや」と読まれていた。


「マリアちゃんを弄るの楽しいわ~。客もあんま来ないから暇してるしさ~」

「生活、出来てル?」

「ん?あぁ、これは副業だから。本業は別にあるの」

「そっカ。じゃア違う所行こうカな……」

「嘘嘘嘘!マリアちゃんが来てくれなきゃ死ぬ~!」

「あはは」


 こうして二人が仲睦まじく話している途中でも、お腹を空かした人はパラパラとやって来て串焼きを買っていく。

 それでも殆どが近くで店を開く商人や、女店主の知人らしい人ばかりだった。

 中には巡回中の兵士も居る。その若い男性の兵士は女店主とは昔からの知己のようで、高い頻度でこの屋台を訪れる。


「よぉ。おっ、マリアは今日も居るのか」

「こんにチわ」

「いらっしゃい。今日はどうするの?」

「ん~、どうすっかな……って、お前、コレ」

「何よ、ただの豚の血の腸詰めじゃない。酒に合うわよ~」

「巡回中に飲むわけないだろ……良いのか?聖霊教徒が見たらキレるぞ?」

「いーのいーの。あたしが挑発してんの分かってるから冷やかしにすら来ないしね。あたしが信仰してるのは商業の神、ミトラス様だし」

「ミトラス様は制約神だろ。こーれだから商人は」

「なんだい?あんただって小さい頃は名前がカッコ良いってだけで魔創神が好き!とか言ってたクセに」

「んな四、五歳の時の話を持ち出すんじゃねぇ……!」

「あー……二人ッて、恋人?」

「「それはあり得ない」」


 真里谷を横目にして二人はあーだこーだと悪態をつきあう。


 兵士の仕事は治安維持だ。

 様々な人が集まる帝都はいざこざや衝突が絶えず、常時はこうして巡回を行っている。

 他国との戦争の際は、国から冒険者ギルドに上位の冒険者たちを対象にして治安維持を依頼し、兵士は戦争に向かうという仕組みであった。

 しかし『人間』の国は殆ど帝国に統合されるか属国となっていたため、滅多なことが起きない限り戦争はない。

 その所為で給金は減り、帝都での兵士の数は年々減ってきている。帝都の兵を辞めた者は戦いを求めて冒険者となるか、給金が高い地方を治める貴族の私兵となるかのどちらかが多い。


 結局その兵士は豚の血の腸詰めを含め数本を買って、「あばよ」と言い残し去っていった。同僚たちと食べるらしい。


「……豚ノ血を詰めタ奴、食べチゃうのカな?」

「あの馬鹿のことだからどうせちょっとだけとか言ってガブガブ酒を飲みつつ自分で食うんだろうよ」

「怒らレないノ?」

「そりゃ怒られるよ。あいつ酒入ると都合良く記憶が飛ぶから明後日くらいには、何も憶えてませ~ん!とかほざいてるよ」


 真里谷はこの世界の人間がどのような人間かを知るためにこうして会話をしているのだが、どうにもこうにも気の良い外国人にしか見えない。

 いたって普通に、魔法を使うことを除けば、地球と変わらないただの人間として暮らしている。


「ここラの人、聖霊教徒ばっカじゃ、ナいの?」

「そうだねぇ。よくここら辺を『聖霊教』の司祭とかが布教してるけど、そんなに居ないかな。冒険者とか、貴族様とか、農家とかに聖霊教徒は多いのかね」

「へぇ」

「あたしみたいに農業もせず家畜も飼ってないような商人は光るだけの太陽神じゃなくて、制約神ミトラス様を信仰してるのが多いよ。勝手に商業の神って解釈してるけど」

「商業の神、じャないの?」

「本当は魔法だとか、肉体だとか、精神だとかいろーんな所に制約を設けている神様なワケ。そこからお金が一局に集中しないよう制限を掛けてくれ~!ってどっかの商人が願ったから、商人の神にもなったとか」

「へぇ~」


 お喋りな女店主は真里谷が黙っていても、こうしてベラベラと一方的に話してくれるので助かっていた。

 真里谷は外に出るのに慣れ始めてきたからか、危機感のようなものが薄れてきている。


(毛の色を見られたら殺されるのかね?あの、兵士さんにも……あー、なんか、そう思うと、少し怖くなってきた)

「……」

「でさぁ……って、どうしたの?マリアちゃん」

「も、もウ戻る。マた明日」

「は~い、またね~。カイくんもバイバーイ」

「ぴー」


 フードと頭巾が風でめくれないように気をつけながら真里谷は宿屋にさっさと戻っていく。

 階段を登り、奥の部屋の鍵を開け、鍵を閉めて、やっとフードと頭巾を脱いだ。真里谷の長過ぎる黒髪が露わになる。


「はぁ……疲レた」

「ぴー」


 相変わらず前髪で目が見えない真里谷が横になろうとベットに向かうと、先にカイが小さく羽ばたいてベットに乗った。


「鳥如きガ私よリ先にベットで寝るナぁー!うらー!」

「ぴぃ!」


 カイを潰さないようにベットに飛び乗る真里谷。ぼふっと埃が舞って、窓から差し込む日光に照らされる。

 ベッドの横には新調された麻袋が二つあった。大きい方が真里谷のもので、小さいのがパルガのもの。

 アンミュが情報をリークし、兵士やらが押し寄せてきた際にすぐに逃げられるよう衣服や非常食などの荷物が入っている。

 追われる覚悟は出来ていたが、真里谷は冷静過ぎるパルガの対応が不満だ。


「アンミュちゃんはチクるような人じャ、なイと思うけドなぁ」

「ぴー」


 部屋にはカイと真里谷しか居ない。パルガも、隣室のリャーノも冒険者として依頼を受けにいっていた。

 仰向けになる真里谷はカイを額に乗っけて寝転がり、汚れて帰ってくるだろうパルガのためにタオルを用意しとこうと目を閉じて思った。

 ポルから人間語しか喋っちゃダメと厳命を預かっていた真里谷だったが、ついつい日本語で愚痴を零してしまう。


『聞くのには慣れてきたけど、やっぱまだスラスラ喋れないなぁ……つか、単語とかそんなに早く覚えられるかーッ!十河とか何者なん!?どーせK大生とかなんでしょ!エリート乙っ!』

「ぴー」

『ん?おうおう?慰めてくれるかカイくんよ。……いや、そういえば前提としてお前オスなん?』


 頭をこすり当ててくるカイを優しく掴んで、股間を凝視する真里谷だった。




 □□■




 白磁のカップの中で揺れる淡い橙色の紅茶に、アンミュの顔が映る。その顔は本人が見てもひどく強張っていた。


「あら、アンミュさんは猫舌でございましたか?」

「い、いえ。綺麗な色だったものでしたので」

「ふふ、冷めないうちにお飲みください」


 メヒールが淹れた紅茶をちびりと飲むが、アンミュは緊張で味が感じられない。

 以前教会に入った時はポルを連れてのことだ。だが今日はアンミュ一人である。

 いつもと違って祈りや聖書の口誦を聴くだけが目的ではない。

 つい先ほど、朝の司祭による口誦が終わるとすぐに、アンミュは聖書台の近くに立っていたメヒールに「わたくしも部屋にお邪魔しても宜しいでしょうか?」と尋ねた。

 そして二つ返事で快諾をしてもらい、今に至る。

 目的は一つ。メヒールが黒づくめの言語が記された資料を持っていないかを調べるということ。

 アンミュは部屋の中を目だけ動かして観察する。


(本はあまり置かれていないようですわね……木板もなし……棚には、聖書ですわね。あとは……)


 アンミュ本人としてはさりげなくおこなっているつもりだが、他から見るとバレバレである。

 メヒールは咎めもせず、可笑しそうに笑う。


「ふふ、私の部屋が気になりますか?」

「ひゃっ!?え、えーっとですわね、この珍しい機会に目に焼き付けておこうかと思いましてホホホ」

「これからも来ていただいて構いませんよ。それで、何からお話しましょうか?」


 まるで女神のようなメヒールの笑顔にまさか緊張する日が来ようとは、とアンミュは思った。

 ゴクリと唾を飲み込み、意を決し、単刀直入に言う。


「メヒール様、わたくし、実はあの魔族『黒づくめ』が気になっているのですわ!」

「……。『黒づくめ』でございますか。あの、半年前に災厄を運んできた」

「ええ。以前から父母に『黒づくめ』の恐ろしさを聞き及んでいました。それがもし、再び現れて親しい者たちが恐怖に貶められるかと思うと怖くて……」

「大丈夫でございます。彼らはもう極国リドルブリゲンに閉じ込められたのです」

「ですけれど、その、まだ帝都に潜んでいないとも限らないと思いますの!」

「……誰かが匿っていると?」

「あっ、いえ、民を疑っている訳ではなく!あの、ですから、黒づくめについてや彼らの言語が記された資料、などはないでしょうか?メヒール様が良ければ、見せて頂きたいのですが……」


 言ってやりましたわ。アンミュは今度は唾を飲み込むまいとグッと堪える。

 身を硬くするアンミュを、メヒールは目を細めて見た。

 メヒールは小さく溜め息を吐く。


「……アンミュさん、貴女の国や家族を想う気持ちは分かりました。しかし、そのような資料などは一切ありません。彼らが何処から来たか、何が目的なのかは私も知りたいことなのでございます」

「そう、ですの」


 アンミュは安心した。良かった、そんな物はやはり無かったんだと。

 けれど、そうすると同時に胸中に不満が生まれる。知人や友人だと思っていた者たちに対してだ。

 どうしてそこまでして、黒づくめを庇おうとするのか。

 恩人であることは聞いたし、実際に視せられた。だけど、それは自身を危険に晒してまですることなのかと悩ましい。

 ともあれ、メヒールの口から「無い」と聞かされたアンミュは気が緩んだ。


「力になれず申し訳ないのでございます」

「そのようなことはありませんわ!小娘の我が儘です。聞き逃してくださいませ」

「うふふ、ではお話を変えましょうか。私、先ほどからアンミュさんから漂う良い香りが気になっているのでございます」

「はい!これはポルが用意してくれた石鹸でして……」


 心のつっかえが取れたアンミュは安心した笑顔で、柔らかな物腰のメヒールと言葉を交わす。

 当たり障りのない、平和な、女の子同士の楽しげな会話だった。

 メヒールは時に少女のように明るく笑い、アンミュは母に甘えるように喋る。

 ゆったりと、短くない時間が流れた頃に、扉がコンコンと叩かれる。

 メヒールが「どうぞ」と言うと、女性の司祭が扉を開いた。


「メヒール様、そろそろお時間です。お客様がいらっしゃいます」

「あら、もうこんな時間でございましたか。アンミュさん、ごめんなさい。今日はここまででございます」

「いえ!とっても楽しかったですわ!わたくし、一人で戻ります。それでは、失礼致しました」

「うふふ、またいらっしゃい」


 貴族の娘らしくアンミュは丁寧な礼をして、軽い足取りでメヒールの部屋を後にする。

 メヒールと女性の司祭はその様子を笑顔で見送った。


 アンミュの足音が聴こえなくなると、メヒールが言う。


「あの子に監視を」

「畏まりました」


 二人は人形のような笑顔を湛え続けていた。




 □□■




 空に浮かぶ王城に登城したことがあるのは厳選された腕利きのメイドや高位の文官、貴族などの限られた者だけ。内部の詳しい場所まで知っている者となると殆ど居ない。

 幾重にも入り組み、万が一の侵入者が到達出来ない深奥にあるのが、王の寝室も兼ねた執務室。

 豪華さよりも実用性が重視された机につく国王が居た。

 その傍らに立つのは若くして大将軍の地位へと就いたアルス=ヴァリアス。

 二人に表情は無かった。二人して淡々と、王が握る一枚の羊皮紙を見つめている。


【極国リドルブリゲンにて、革命は成った。

 前王・ザエラスド=ホーグウェルスに代わり、第二王女・ヴェネリャ=ホーグウェルスを新たな王とする。

 万人問わず詰め込まれ腐敗していた自国を、純粋に犯罪人のみを収監・監視・管理を行う、磐石な体制を敷いた『牢獄の国』へと変えていく所存。

 あーもうかったりぃわこの文体。

 んじゃ、そういうわけだから。遠くから引き続き応援しとけ王様。

 それと、黒づくめが凄いのを手に入れてたが……一体、何なんだアレ?言えねぇなら構わないけどよぉ。


 女王様・ヴェネリャ=ホーグウェルスより】


 王は、後半の言葉遣いが失礼極まりない手紙を机に伏せて置く。


「……黒づくめは『神の創りし玩具』を手に入れたか」

「彼らは、戦ってくれるでしょうか」

「そうでなければ困る。彼らこそが世界の救世主なのだから」


 アルスは苦笑いをする。王の言葉を虚言だと笑ったのではなく、貧弱そうな彼らが真の救世主という言葉と結びつけることが難しかったからだ。

 王が席から立ち上がる。頑丈な造りの窓へと近付いて、手を翳しながら眩しそうに一対の太陽を仰ぎ見た。


「創主の予言通り黒づくめは現れてしまった。大災厄は近づいてきておる」

「こんな時にこそ勇者が現れてくれれば最善なのでしょうけど」

「数百年も現れておらぬのだぞ?今更叶わぬ話であろう。まったく、我が治世の時に厄介事ばかり舞い込みおって……」


 アルスには分かった。今、この王は真剣に喜んでいると。世界を揺るがす歴史の転換点に立っていることに歓喜している。

 やれやれと思うが、仕えていてこれほど楽しい御方もいないだろうとも思う。


「ところで、国王様。極国での革命は御存知だったのですか?」

「でなければ黒づくめを送り込まぬ。慎重に慎重を重ね、第二王女とは文通をしていた」

「お見それました」


 真面目くさって礼をしながら、「子と孫の間くらいの年齢の娘と文通友達かぁ」とアルスは内心で面白がる。

 王はアルスを睨みつけていた。


「内容は革命の概要など、至極真面目な事だ馬鹿者が」

「さぁ、なんの事でしょう」


 呆れる王もまた、真面目くさって勅命を下す。


「国王として命ずる。『天聖騎士団(ロイヤルナイツ)』にすぐに動けるように待機せよと伝えよ」

「承ります。しかし、それは王が直接伝えたほうがよろしいのでは?」

「ふん、どうせ極国に関する事務処理が押し寄せてくる。簡単な遣いくらいなんてことはなかろうが。それと……極国で革命が成ったことを民に流布せよ」

「では、部下を通じて『新聞屋』に流しましょう」

「うむ、それでよい」


 王は窓から都を見下ろす。

 老いを感じさせぬ眼光で王は凝視していた。王城からだと小指ほどの大きさもない、円と十字を重ねた地球でいうケルトの十字架に似たものを。

『聖霊教』の十字架を。


「調子に乗る、きゃつらの鼻っ面を叩き折ってやるぞ」

「……はっ!」


 ふと、アルスが机に置かれた羊皮紙を見やると、裏面に何かが書かれているのが目に入った。

 アルスが手に取ってそれを読む。


【追記ぃ。獣人が黒づくめと手ぇ組んで、故郷を取り戻すためにあんたのとこの属国を攻めるんだとよ。極国は一切関与しねぇ約束したから。ヨロシクー】


 アルスは冷や汗をかきながら、わなわなと震える。


「国王様、あの、裏面はご覧に?」

「わしも其方も「まだ」気付いておらぬ。良いな?」

「……はぁ……」


『神の創りし玩具』を持つ黒づくめと結束した獣人たちによる戦火は、間違いなく帝都にまで影響を与えるだろう。

 戦を指揮する将軍という立場のアルスは、王の御前であっても溜め息をつかざるを得なかった。

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