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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
『新たなる光』編
53/82

答えを探る者たち

 街行く人も疎らとなる夕暮れ時、『聖霊教』の大教会の中。

 七人の神が描かれた天井の下、女性司祭が中央の壇に立ち、よく通る声で聖書を淀みなく読み上げていた。

 多くの信者たちが席に着いたまま熱心に、人によってはウットリと聴き入っているが……ポルだけは眠たそうにコクリコクリと船をこいでいた。

 それに気付いた隣に座るアンミュがポルを肘で弱く突つく。


「こら、しゃんとしなさい。メヒール様が是非貴女を、とお呼び下さったのになんですのその態度は……!」

「私。信者。否」

「そ・れ・で・もっ。貴女は礼儀というものを聖書から学んだ方が良いですわっ」

「不満」


 ポルが眠いのは、真里谷の頭巾作製で徹夜してしまった上にジェイクとの模擬戦を行った後であったからだ。ちなみに模擬戦は勝利した。

 忠告も聞かずに小さく欠伸をするポルにアンミュは呆れ返るが、ふと視線を感じた方を見るとメヒールが微笑んでこちらを眺めていた。

 アンミュは慌てて見なりを正して、ポルはそのまま居眠りすることにした。


 司祭による聖書の口誦が終わると、信者たちが静かに席を離れていく。

 一方ポルはアンミュに引き摺られるような形で、メヒールの前にまで連れていかれた。


「メヒール様、この子が、ポルですわっ」

「腕。鈍痛」

「アンミュさん、あまり乱暴にしてはいけませんよ。……ポルさんでございますね?疲れているところ申し訳ありません。私は『聖霊教』の枢機卿、ヴリスタ=メヒールでございます」

「了解。枢機卿」

「まぁ!メヒールで構いませんよ。あまり畏まれるのは苦手でございますので」

「了解。メヒール」

「あ、貴女!敬称くらい……!」

「ふふ、アンミュ。貴女は本当に真面目な良い子でございますね?」

「い、いえ、そのような!普通のことでございますわ」


 ポルはいかにも眠くて堪らないといったような顔のまま、緊張を緩めていない。

 半年前のドバレアで『聖霊教』の神父に殺されかけたのだ、間違っても気を許したりはしない。

 ポルが表情や仕草からメヒールの人格を推し量ろうとするが、害意のない人間にしか見えない。


(でも。油断。禁物)


 ポルにはドバレアの神父もまた一見そのように見えたが、実際はただの誘拐殺人鬼だった。

 アンミュがポルの人柄についてをメヒールにつらつらと話す。

 内容は、照れが入るせいで小言が織り交ぜられたが、ポルがいかに優秀かということだった。


「……ふふ、なるほど。ポルさんは素晴らしい人材でございますね」

「まぁ、そうとも言います。もぅ、本来ならば貴女が喋らないといけませんのに」

「感謝。アンミュ」

「ふん!手間が掛かりますわね!」


 見た目も中身も正反対のような子どもたちのやり取りにクスっと微笑んだメヒールは、やや真剣味を帯びた顔になる。


「さて、私自身がポルさんに会ってみたかったというのもございますが……実は今日は用があってお呼びしたのでございます」

「ポルにだけ、ですの?」

「その通りでございます。申し訳ありませんが、少しの間アンミュさんはここで待っていてください」

「わかりました。ポル、くれぐれも失礼のないようにするのですわよ」

「善処」

「善処、じゃないですわよ!」

「ふふふ。詳しい話は私の部屋で。ポルさん、付いてきて下さい」


 ーー賑やかな外とは違う、静寂とした空間に二人の足音だけが反響する。


 そこは教会堂に隣接した施設……かつて日本人たちが収容された大部屋もある、修道女や司祭たちが活動する場所。

 更にその奥、等間隔に窓やランプがある長い廊下を長々と歩く。

 やがて二人がメヒールの言う部屋へと辿り着いた。

 ポルから先に中に入り、メヒールによって扉が閉められる。

 二人がそれぞれの椅子に座ると、メヒールがゆっくりと口を開いた。


「……ここからの話はくれぐれも他言無用でございます。ポルさん、これを」


 メヒールがポルに手渡したのは、机の引き出しから取り出した羊皮紙の束。

 ポルがそれらを手に取って、一枚一枚めくって見る。

 縦に丁寧に並べられた人間語の単語の横に、何かしらの記号もまた同じ様に描かれているようだった。


「その横の記号は、魔族『黒づくめ』が用いていた文字です」

「……!」

「その文字を見るのは初めてでございますか?」

「肯定。謎」

「……そうでございますか。先ほどアンミュさんが、ポルさんは多くの蔵書を見境なく読んでいると仰ってましたが、それでもでございますか?」

「肯定。初見」

「まぁ、それもそうでございましょう。もし魔族の言語が記された本が一冊でもあれば、トラウム学園の教員がとっくの昔に解き明かしているでしょうね」

「肯定」

「……トラウム学園の教員であっても恐れている、黒づくめ。得体の知れない魔族に関するものに触れたくない、というのも理解できます」

「……」

「何人にも断られ、あの学園長であってもこの文字の解読の依頼を拒んだのでございます」


 つまり何が言いたい。そう思うポルは徐々に警戒を強めていく。

 回りくどいメヒールの喋り方は、ポルに遅効性の毒を連想させた。


「ポルさん、貴女にそれを差し上げましょう。心配はありません、もう写しはございます」

「……何故」

「その文字は間違いなく彼らの文字です。その文字体系を解き明かすことが、魔族に対する強力な一手となるかもしれないのでございます」

「理解」

「そして、それを仮にポルさんが完全に解き明かせば、ボルボ族は王にすら讃えられるでしょう」


 ポルは、無表情のままで耐えた。

 メヒールの顔から言葉の真意を探ろうとするも、そこにはポルから見ても美しい微笑みしかない。


「ポルさん。貴女があの『紅吽龍彗』の一人から認められるほどの才の持ち主であることを見越してお願いします。魔族の言語を解き明かしてみて下さい」

「命令?義務?」

「いいえ、そうではございません。これはお願いでございます。ですが、貴女にとっても興味深いのではございませんか?」

「……」


 ポルは答えない。

 返事の言葉より、もし「お願い」を受けてしまった場合、やがて解読した場合の未来がどうなるか思案する。


「この国にも賢人と呼ばれる人間はいます。しかし、多くは職などに追われており、文字の解読と並行して行うのは極めて困難、あるいは不可能なのでございます」

「……」

「ポルさんは授業が物足りず、図書館に籠もってばかりというのですから……どうでしょう、戯れとして魔族の文字を解読するという偉業を成し遂げてみては?」


 ポルは、重たく口を開いた。


「……了解。私。天才。無問題」


 ポルのその返事に、メヒールはぱあっと表情を明るくして、安堵の溜め息を漏らす。

 ガラリと雰囲気が変わったメヒール。ポルも釣られて肩の力が抜けてしまう。


「はぁぁ〜!良かったのでございます!実は、恥ずかしい話なのでございますが、解読は教皇様が私に命令されたことなのでございます」

「丸投げ?」

「と、とんでもございません!その、私如きでは、全く解読が出来なくてございました……」

「理解」

「こんな自分が情けないのでございます……あっ、先ほども言いましたが、この事は他言してはいけません。良いですね?」


 ポルは黙って首肯する。

 メヒールも頷き返すと、るんるんとした動きで立ち上がって扉に向かった。


「ふっふっふ……これで教皇様をギャフンと言わせられるかもしれないのでございます!」

「解読。見返り。名誉。限定?」

「少ない私財から出来る限り金子を捻出させていただきます。それと……エルフ族にだけ伝わる魔法も教えてあげましょう」

「愉悦」

「ふふ、ポルさんは予想していたよりも面白い方でございました」

「感謝」

「いいえ。それは私の言葉でございます、ポルさん」


 二人は仲良さげに長い廊下を通ってアンミュの下へ戻るのだった。

 その間に二人が視線を合わせることはなかった。




 □□■




 夜の帝都は酒盛りをする冒険者が多く、人通りの多い街路はまだ熱が収まらない。

 羽目を外した酔っ払いの冒険者と治安を守ろうとする兵士とのいざこざはほぼ毎日の恒例だった。

 そんな喧騒が遠くで聞こえる大きな十字路にポルとアンミュは居た。

 基本的に庶民と貴族の住まう土地は分けられており、小高い丘になっている中央に貴族たちが固まるように住んでいる。だからその境目辺りである十字路で二人は別れることになった。


「それでは、わたくしの高貴な家はこちらですので此処で失礼しますわ」

「了解。夜道。注意」

「ならず者より多く兵士が闊歩している帝都でそんなこと。それに、下賤な者などわたくしの魔法で撃退しますわ!」

「ん」

「な、何ですのそのいい加減な返事は!?……と、ところで。ポルはこのまま帰るのですの?」

「否。用事。存在」

「……そう。では貴女も気を付けて。また明日、ですわ」

「是」


 素っ気なく別れた二人。ポルが左の道に入り、アンミュが中央に向かう道を進んだ。

 と、思われたが。


「よし、行きましたわね……」


 アンミュはそそくさと引き返し、とぼとぼと歩くポルの背中を見つめる。

 アンミュは昨日、ジェイクから「ポルが何処で何をしているか探れ!」と命令されていたのだ。報酬はお願いを何でも叶えてやるとのこと。

 アンミュは拳を握りしめ、決意を胸に大いに燃えていた。


(ジェイク様に頭をナデナデしてもらうために!ポル、悪いですが、利用させてもらいますわよ……!)


 なんとも怪しげな動きのアンミュが、ポルの姿を視認出来るギリギリの距離で付いていく。

 普段のポルであれば自分に向けられる視線、気配などから追跡されていることに勘づいたであろう。

 しかし、今のポルは寝不足に加えて激しい模擬戦、極め付けには聴きたくもない説教を聴かされたせいで疲れ切っていた。足取りもやや弱々しい。

 結局ポルはアンミュに気付くことなく、宿屋『満腹皿の里』に行き着いて中へ入っていった。


(宿屋……?宿泊客に会いに来たのですの?)


 冒険者の野太い笑い声が聴こえてくる宿屋にアンミュは戦々恐々としながらも、勇気を出して中へ入る。

 だが、コソコソと隠れるように忍び込んでいると女将に声を掛けられた。


「おや、ボルボ族の子の友達かい?」

「ひゃっ!?あ、あのですわね……そ、そうですわ。あの子、忘れ物をしていたから追い掛けたところでしたの」

「ふぅん。あの子が行った先なら奥の階段を上がって、突き当たりの部屋だよ」

「感謝しますわ。ほほほ失礼あそばせ」


 アンミュは逃げるように奥へと進み、暗い階段を登る。

 抜き足差し足で突き当たりの部屋の扉の近くまで来ると、話し声が微かに聴こえてきた。

 キツイ体勢のまま、扉にそっと耳を押し当てる。最初に、ポルの声から聞こえてくる。


「どう?真里谷」

「ウん、ピッタリ!凄イ!髪、全て隠レる!」

「眉毛なども見えないように、フードは我が買っておいた」

「ぴー!」

「あっ、こら!カイ!突いタら駄目!破けル!」


 アンミュはポルの声と動物の鳴き声はすぐに判別出来たが、その他二人の声が誰かはわからない。

 しかし、何処かで聞いたことのあるような声である気がした。


「完璧。早速。明日。買物」

「えっ?もう?まダ、人間語、微妙」

「問題無い。昨夜、リャーノと設定を考えたであろう。ポルに言ってみるのだ」

「あー。えっと……私、人間ノ捨て子。ドワーフ族に、育テられた。人間語、苦手でス。リャーノに会いニ来た友達でス」

「理解」

「ウム。帝都に居るドワーフ族は多くない。少なくとも黒づくめだとバレることはなかろう」

「……っ!!」


 黒づくめ。その単語を耳にして、アンミュは身を固くする。

 聞き覚えのない声の二人が自然と思い出された。野外演習で会った熊の冒険者と、髪の長い黒づくめの少女だ。

 固唾を呑んで、音を出さないように後ずさる。

 とにかくこの場を離れないといけないとアンミュは思った。

 けれど数歩後ろに下がったところで、何かにぶつかった。


「ひっ……!」

「無礼を失礼するのである!」


 食事を終えたばかりであったリャーノが、片手だけで的確にアンミュの関節を固める。

 そしてパルガの部屋の扉に合図のノックをする。

 開かれた扉の向こうにいた二人と一匹は、招かれざる珍客に目を見張る。緋灰鳥のカイはわかっていない様子。


「くっ……!離しなさい!冒険者!」

「なぁ!?ピンク髪ちゃン!?」

「わたくしの名前はアンミュ=トスオルトですわ魔ぞ……!!」


 アンミュの口をそっと塞いだのはポル。扉の鍵を掛けながら、リャーノが言い放つ。


「う~むッ、緊急事態であるな!」

「失望しましたわポル……!まさか、貴女が異端だなんて!」


 異端。

 当然のことながら、災厄をもたらす魔族を庇うことは『聖霊教』の意思に背くということ。

 ポル は大きく溜め息をつく。


「アンミュ。冷静。要求」

「うるさいですわ!冒険者、貴方たちも同じですわよ!」

「フム。困ったものだな」


 リャーノの関節技に抵抗していたアンミュの力が抜ける。リャーノはアンミュを解放する。

 俯くアンミュの顔は苦渋に満ちていた。

 信じていたのに裏切られたという気持ちが、大半を占めていた。


「ポル……納得のいく、説明をしなさい……」


 ポルは黙って返事をしないまま、アンミュの頭に手を載せた。


「それが貴女の返事ですのね……?」

「……」


 死を覚悟して、ギュッと目をつぶったアンミュの頭の中に、声のような意識が伝わってきた。


((アンミュ、黙っていてごめんなさい。これから、貴女に私の記憶の一部を見せる。そこからは貴女が判断して))

「……え?」


 ポルが伝えた通り、アンミュの頭の中にポルの記憶が刷り込まれるように一気に流れ込んでいく。


 黒づくめに関する情報。

 南部国の街ドバレア。

 神父。

 真夜中。誘拐。

 薄暗い地下。

 子どもの骸骨。

 助けに現れる熊と黒づくめ。


 ポルの手はアンミュの頭から離れた。

 魔法によって伝えられたポルの記憶。それが本当にポルの記憶かどうかはアンミュには定かではないが、衝撃的なものだった。

 口を開けて惚けるアンミュにポルは話し掛ける。


「無属性魔法『念話』。最近。進化」

「そ、そんなことより!今のは、事実ですの!?神父が子どもを誘拐殺人など!!」

「うむ。我輩もそれを聞いた時は耳を疑ったのである」

「だが、事実だ。我と十河が居なければポルは死んでいただろう」

「だかラ十河って何者ナの……?」


 アンミュはわなわなと震え、自分の身体を抱く。

 自分の宗教の暗部を覗き込んでしまった罪悪感に襲われる。

 しかし、アンミュはふと冷静に思い直した。


「待ちなさい……もしや今のが洗脳なのではありませんの!?作り物の記憶なのでは……」

「ぬぅっはっはっは!洗脳であるのならば、アンミュ殿は洗脳であると気付けないのである!そもそも、洗脳することが可能な魔法など聞いたことないのである」

「しかし、メヒール様が黒づくめは洗脳が得意だとっ」

「フム。我は魔法に詳しくないが……それこそが、洗脳と言うのではないか?」


 指摘されてアンミュは言葉に詰まる。

 どうも信じられなかった。メヒールや、闘技場で『宴』を観たという父母の言葉を信じ切っていたアンミュからすれば、黒づくめというのは恐ろしい存在でしかなかったからだ。


「わたくしが騙されていたと言うのですの……?」

「そう易々と信じてはくれないやもしれないであるが、その通りである。国民の半分以上、そして貴族の多くが『聖霊教』の信者である。真実は時として虚偽に、虚偽は時として真実として変えられてもおかしくはないのである」

「そんなっ……信じられる訳が……」


 動揺するアンミュに、ポルが鞄から人間語と日本語が書かれた羊皮紙を取り出しながら話す。


「今日。メヒール。依頼。黒づくめ。言語。解読」

「どれドれ。ってうぉぉ日本語!これハ懐かしイ……!」

「それが、何だと言うのですの?」

「必要性。疑問」


 ポルがメヒールと会話していて引っ掛かったのは「他言無用」ということ。

 外部に黒づくめの言語が漏れることに何の問題があるのかということだった。


「それは個人的にポル殿が、内密に頼まれたというこであるか?」

「肯定」


 首を捻ることもなく、リャーノは一つの仮説を思いつく。


「……。ポル殿、気分を悪くしてしまうかもしれないであるが、我輩の仮説を聞いてくれるであるか?」

「是」

「『聖霊教』は黒づくめの言語に関する重要、もしくは危険な資料を持っており、それを秘密裏に解き明かそうとしているという説である。しかし、言語と直接の関係は持ちたくない。だから優秀でかつ切り捨てても問題ないポル殿に依頼したのではないであろうか」

「安心。同意見」

「フム、合理的だな」

「くっ……言いがかりも、甚だしいですわ!」

「だったら」


 ポルが羊皮紙の一枚をアンミュの眼前にかざす。


「証明」

「……え?」


 言葉足らずなポルが言いたいことをリャーノが代弁した。


「つまり。『聖霊教』の枢機卿ヴリスタ=メヒールの部屋に、黒づくめの言語が記されたものが無いことを証明せよ、ということである」

「そんな……!有るかどうかも、わからないですのに……」


 事態が飲み込めないようになり、よろけたアンミュをパルガがそっと支える。アンミュがパルガを見上げた。

 パルガは唾液の滴る太く鋭い牙を見せつけるように口を開いて、アンミュを覗き込みながら言った。


「証明しなければ、我はお前を喰べる」

「………………ひゃい」


 真里谷はカイを愛でながら、日本語で『ヤーさんより質が悪いんじゃないですかねぇ』と呟いていた。

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