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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
『新たなる光』編
52/82

小春日和

 トラウム学園の目玉というべき、荘厳な造りの大図書館。

 その蔵書量は大陸一とされ、古今東西の貴重な書物が存在するという。それらを学園の中でも選りすぐりの司書たちが日夜管理している。

 蔵書の中には生徒や教員であろうとも閲覧することを許されていない物もあるとまことしやかに囁かれていた。


 冷えびえと乾燥した空気の大図書館は、授業の時間のせいかガランとしている。

 整然と幾つも並んだ、三十人は座れそうな長机。その一番奥の一番端の、小さな窓から暖かな日差しが差し込む席にポルは座っていた。

 立方体と見紛うほど分厚い魔法書が手元にあり、それを机に置いて真剣な眼差しで読んでいた。

 だが、そんなポルを挟んで男女が詰め寄る。


「ポル!ここ最近、全然決闘してない!付き合いが悪いぞ!」

「ポル!貴女が使っている石鹸を教えてくれると言ってからもう五日経ってますわよ!?本ばかり呼んでないでいい加減教えなさい!」

「…………」


 魔法書の残りの頁は少ない。

 ポルは男女を無視して魔法書の頁をめくる。

 アンミュはこうなったポルは梃子でも動かないと察して諦めるが、ジェイクは健気にも声を掛け続ける。


「なぁポル、もう身体が鈍ってしょうがないんだよ……!今ならポルに勝てそうな気がするしさ!」

「十三日前。勝利。宣言。同様」

「あ、あれはポルがまた新しい魔法を使ったから油断しただけだ!」

「決闘。結果。同様」

「ぐっ……」


 今日読みたかった分を読み終えたポルが魔法書をパタリと閉じた。

 それにジェイクが反応し、目を輝かせる。

 しかし、魔法書を両腕で抱えて立ち上がったポルはアンミュに視線を向けた。


「アンミュ。石鹸。今日。用意。明日。譲渡」

「え?本当ですの!?やっ……ふっ!良い心構えですわ!それで、いくらなんですの?」

「無料。譲渡」

「そんな訳にはいきません!私は誇り高き貴族!いくらボルボ族からの献上物だろうと見返りをあげるのが義務といったものですわ!お分かり!?」

「理解。値段。一万セスタ」

「な……せ、石鹸にしては高いですわね……宜しい。ならば明日必ず持ってくるんですわよ!」

「了解」


 恨めしげな瞳のジェイクと、ウキウキとするアンミュを引き連れるようにポルは歩く。

 日陰にあった埃っぽい本棚の一番下段に分厚い魔法書を仕舞っていると、不満そうなジェイクに訊ねられる。


「おい、ポル。石鹸なんざどうでもいいが、決闘はどうなんだ?」

「拒否。ジェイク。成長。皆無」

「なにぃ!?嘘をつけ!魔法の鍛錬は特にやっているぞ!」

「体術。剣術。等閑。未熟」

「これでも、やってるんだよ!俺だって、身長が伸びて筋肉が増えたらもっと……」


 ブツブツと、自身の子どもの身体に文句を言うジェイクだった。

 ポルが入り口付近のカウンターに居た力士のような司書の男に鞄から取り出した数冊の本を返して、図書館を後にする。

 今日の授業はまだあるが、少なくともポルが出る必要のある授業はないために、ポルは正門の方へ足を運ぶ。


「なぁ~ポル~。決闘より大事な用事って何なんだよ~」

「秘密」

「じゃあお願いだ!明日は決闘してくれ!頼む!」

「……はぁ。了解」

「よーっし!約束だからな!?」

「ん」

「それじゃあ精々気を付けて帰るが良いですわ。石鹸の件、忘れないようにお願いしますわよ!」

「了解。また、明日」


 フリフリと小さく手を振ってポルは学園の門の向こうへ歩いていった。

 アンミュとジェイクの二人は、ポルに付きまとっている事を担任のセルトスに知られていたので、予め「ポルが帰った後の授業には出ろ」と釘を刺されておりポルにこれ以上付いていくことは叶わない。

 早期に学校を後にすることが多くなったポルの後ろ姿を見送るしかない二人だった。

 野外演習の以前であればジェイクがその場に居るのは自然な光景だったが、アンミュもまた突っかかるという体でポルと絡むようになっていた。

 アンミュは相変わらずジェイクがポルに触れると嫌な気持ちにはなるが、それはポルへの嫌悪よりもジェイクへの嫉妬の方が強くなっていた。

 そんな心境の変化が、彼女にはどこか心地よい。


 ポルの姿が街に溶け込んで見えなくなると、ジェイクがアンミュに聞く。


「お前、随分ポルと仲良いみたいじゃないか」

「え? ……い、いえ! あ、あんな者と仲良くなどあり得ませんわ!」

「ふん。聖霊教徒の言葉なんざ信用出来るか」

「まぁ! ジェイク様は国教などに収まらない素晴らしいお人柄ですわね! その安易に人を信用しない警戒心には感服致しますわ!」

「からかってんのか。というか、宗教が貶されたのに怒らないんだな」

「もどかしくはありますが、心を全て捧げたという訳ではありませんわ。わたくしの場合、家が代々『聖霊教』なので、自然わたくしも『聖霊教』というだけなのです」


 それにジェイク様に文句など言う訳がありませんわ、と小声でアンミュは付け加えた。


「なぁ、『聖霊教』って何が良いんだ?俺からすれば自分で助かろうとしない奴らに神様が都合良く救いの手を差し出す~みたいな宗教にしか見えないんだが」

「ジェイク様はお強いので弱者の気持ちが分からないかもしれませんが、人は元来弱い生き物です。ですから……」

「あー!わかったわかった、やっぱり良い。爺やといい聖霊教徒はどうも説教くさい」


 そう言うジェイクの顔を覗きみて、アンミュは上品に笑う。


「ふふふ」

「何が可笑しい?」

「いえ、ジェイク様が普通に言葉を交わして下さるようになったことが嬉しいだけですわ」

「……父上が、別に大丈夫だって言ったからな」


 ニコニコとするアンミュにジェイクは苦い顔をして、学園に踵を返した。アンミュはそれに寄り添うように付いていく。

 ……だが、ジェイクは途中で脚を止めて門の方に首だけ向けた。


「あら、どうなさいましたの?ジェイク様」

「……なぁ、アンミュ」


 それは恐らく初めて、ジェイクがアンミュに向けた笑みだった。

 悪戯を思いついたような笑顔のジェイクは、アンミュに近寄って耳元で囁くように提案した。


「ポルが何処に行ってるか、気にならないか?」




 □□■




「おや、ボルボ族の。今日もパルガくんに会いに来たのかい?」

「肯定。訪問。連続。謝罪」

「なーに、謝ることはないよ!ほら行ってきな」


 ポルは宿屋『満腹皿の里』の気の良い女将に会釈をして、客が宿泊する奥へ向かう。

 奥の階段を上がり、突き当たりにある部屋の扉の前に立つと、一見不規則なノックをする。

 すると扉が静かに開き、ポルはそそくさと部屋に入る。中で一匹の熊と一人の女性に迎えられた。


「ポルさん。オカえリ」

「否。いらっしゃい」

「アれぇ?人間語むづカしい」

「ポル、真里谷の衣服は?」

「はい。必要物。最後」

「ポルさんニは頭が上がらナイでせう」


 ははーっとベットの上で畏まって土下座するのは、帝都で魔族だと認定された日本人である、真里谷ユリだ。

 今日はたまたまこの世界に来た時に着ていた、上下ともに黒く野暮ったいジャージの格好だった。


「リャーノ。何処」

「えー、依頼、ヲしにいっタ」

「夕方頃には帰るそうだ。……フェイン殿から手紙は来たか?」

「否定」


 真里谷は二週間ほど前に西方の森でパルガたちに保護され、帝都に運ばれた。

 その後すぐにポルがフェインに事情と真里谷の保護のお願いを綴った手紙を送ったのだが、返事はまだ来ていない。

 待っている間は真里谷をパルガの部屋、もしくは隣のリャーノの部屋に軟禁して念話を使えるポルが言葉を教えていた。


「外出たイ……動き、シないノも辛イ……」

「真里谷、我慢してくれ。それに掃除はしているではないか」

『パルガさんとリャーノさんの部屋だけだけどね……』

「人間語」

「あっはい、済みマセん」


 ポルは真里谷に人間語を教えていて、疑問に首を傾げていた。それは真里谷があまりにも言葉を憶えられないということだ。十河よりもかなり長く時間を取っているというのに、だ。

 ……しかし、そもそも十河があの短期間で人間語をほぼ完璧に修得したことが異常であることにポルは気が付かない。

 十河とは違う感触に戸惑いながらも、ポルは真里谷に根気強く人間語を教え続けていた。

 やっぱり電撃が必要なのかな……とポルが無表情のまま考えていると、パルガが窓から外を眺めながら言った。


「しかし、ずっと部屋に居るのも苦しいだろう」

『ネット環境さえあれば別なんですけどねぇ。ぐふふ』

「外出。危険」

「であるが、長期の依頼などで留守にしてしまう場合、リャーノが居なければ真里谷は孤立してしまう。真里谷の存在は周囲に知らせておくべきだ」

「えーと。だかラ、バレないようニ、外、出ようてこト?」

「その通りだ」

「私。運搬。下宿先」


 パルガのその意見にポルは不満を抱く。そんな事をするより、自分が住まうモーブリーの家に運び込む方が安全だと思ったからだ。

 しかし、パルガはそれを却下する。


「駄目だ。もし露見した時、ポルは勿論、下宿先の住民にも迷惑が掛かる」

「……なら、如何?」

「変装してもらう。毛一本たりとも見えないような服装をするのだ」

「衣服。全て。普通」


 ポルが真里谷のために持ってきた衣服は、モーブリーさんの奥さんに大量に貰った衣服の中でもサイズの合わない大きめの物を持ってきただけ。

 髪の毛まで隠せるものは当然なく、帽子屋に行こうとも髪の毛を全て覆えるものなどはない。


「うむ。そればかりは裁縫して、自作するしかあるまい」

「裁縫!?私、無理!可能の逆!」

「心配。無用。私。可能」

『うぉぉぉぉ……玉止め玉結びしか出来ない喪女でありますぅ!申し訳ない気持ちで溢れかえるぅ!どれだけ、無能なんだ私はぁ!』

「マリヤツ。無問題。元気。噴出」

「へへ……その言い方、面白イネ……」

「フム、ならば一日でも早くしよう。ポル、今日のところは帰るがいい。人間語は我が教える」

「了解」


 真里谷とパルガに手を振って、ポルが帰ろうと扉に足を向けた時だった。


「ぴー」


 パルガは動かず、ポルは脚が止まり、真里谷は硬直した。

 音……何かの鳴き声の発生源だと思われる真里谷が座るベットへ、パルガとポルの視線が集中する。

 真里谷は迷いなく言い放った。


「今のハ、オナラ」

(おん)拘束(バインド)粘着(クリング)。」

「ぎゃぁ!?」


 ポルの闇の魔法で真里谷の体は縛られて、ジャージの色も手伝って黒い芋虫のようになる。

 ジタバタと藻掻く真里谷を横目に、ポルがベットの周辺をまさぐる。

 すると、ポルはベットの下に小さな影を発見した。


「ぴー」

「……マリヤツ」

「違う、怪我ダから、保護、保護シてたノ!窓の下で横たわテ!苦しソウだっタ!」


 ポルがベットの下から引っ張り出したのは、ポルの手の中にスッポリと収まるほどの小鳥。

 赤い嘴に灰色の毛並みのその小鳥は翼の先だけ、金属さながらに硬い。

 小さなその鳥は緋灰鳥(ブラッディアシュ)という魔物だった。


 無言のポルに向かってだだ漏らす真里谷の言い訳を纏めると「開いていた窓から傷付いた小鳥が居たので我慢出来ず保護してしまった」とのこと。

 真里谷は、もしかしたらポルやパルガが小鳥を危険だと判断して殺してしまうのでは、と青ざめていた。

 しかし、ポルは小さな指先で、小鳥の小さな頭を撫でるだけだった。


「緋灰鳥。討伐レートC」

「ただし、集団の場合に限る。一匹だけならば、Eですらない」

「……じゃア飼っテ良シ?」

「肯定。この子可愛い」

「やったァ!って、ポルさん普通ニ喋リ……?」

「名前は、有るのか?」

「あ、うん。カイといウ名前」

「カイ」

「えーっと。私の世界ノ、私の国ノ言葉ノ、『灰』の読みの一つ」

「ぴー?」


 二人と一匹に覗き込まれているカイは、ポルの手のうえで不思議そうに首を傾げる。


「ん。返却」

「あ、どうモ」


 ポルはカイを真里谷の頭の上にひょいと乗せた。

 パルガは遠巻きに、真里谷の頭の上で毛繕いするカイを見ながら推測を話す。


「フム。運悪く集団からはぐれ、門を通って迷いこんだのだろう」

「肯定。空。結界」

「へー。そんなノ有るンだ」


 帝都には大結界が張られており、空からの魔物の侵入は不可能となっている。

 半年前に魔族によって破壊されていたが、二ヶ月ほど掛けて、国を代表する魔法使い達によって修復されている。

 隠れていたのが危険な魔物ではなかったので、ポルは胸を撫で下ろした。


「安心。私。帰宅」

「ウム、帰路に気を付けるがいい」

「あ、じゃアね、ポルさん」

「ぴー」


 ポルは、今度こそパルガの部屋を後にする事が出来た。


「……パルガさん、カイ、食べたリしないヨね?」

「ウム。恐らく」

「恐らくってッッッ」




 ▽▽▼



 日が落ちたばかりの夜。

 商人モーブリーの家。その二階の客室に、居候というかたちで寝泊まりするポルは居た。

 数日振りの湯浴みを終えて、寝間着に着替えたポルが髪をタオルで乾かしながら、ランプの灯りを頼りに本を読んでいる。

 ポルが学園に入学してから読んだ書物は数知れない。冊数を重ねる毎に読むスピードは上がり、この本もつい先ほど読み始めたばかりだというのに、もう折り返し地点だった。

 一を知れば十を悟る……といった速度である。

 この書物から学ぶ箇所はもうないかなとポルが考え始めた頃に、扉を控えめにノックされる。


「ポルさん。頼まれていた石鹸、持ってきましたよ」

「……うん。入って、良いよ」


 カチャ、と扉が開く。

 穏やかな笑みのモーブリーが、紙に包まれた石鹸を片手で数個持っていた。


「はい、どうぞ。ポルさんと妻が使っているのと同じ石鹸です」

「わざわざありがとう。モーブリーさん」


 ポルは両手でその石鹸を受け取ると、そのまま通学鞄に仕舞う。


「卸先から多目に購入していた甲斐がありました。まぁしかし、上流貴族や王城でも使われるだけあって値が張っていまして、売れ残っていたんですよ。いやぁもっと商才が欲しいものです」

「お金、支払うよ」

「いえいえ!とんでもない。私の自腹ですよ。それは自分で使うのですか?」

「友人に、あげる。お金は支払うって」


 モーブリーはポルの口から出た「友人」の言葉を聞いて、より相好を崩す。


「それはそれは!たいへん結構なことです。友達は多く出来ましたか?」

「ううん。その子と、もう一人だけ」

「では、学園には慣れましたか?」

「うん。図書館が、凄い。知らないことが沢山書いてある本が、沢山ある」

「帝都での日々は、楽しいですか?」

「うん。する事が多い。忙しい」


 そんな事を言いつつも、表情を輝かせているポル。それは、親しい間柄でなければ分からない微かなもの。

 モーブリーは嬉しそうに、優しく問いかけを続けた。


「こうして普通に喋ってくれるようになったということは、私もポルさんの家族の一員になってきたということでしょうか?」

「……うん」

「妻のことは好きですか?」

「二人目の、お母さん」

「はっは!明日言ってあげて下さい。きっと、大喜びしますよ……では、失礼しますね」


 モーブリーは扉を後ろ手に閉めながら「おやすみなさい、ポルさん」と言いつつ、ポルの部屋を後にした。


 タオルを椅子に掛けたポルは、帰り際に買った布地を机の上に広げる。布にはすでに切取り線が引かれていた。


「……むふ」


 するべき事に溢れた日々に、ポルは確かな充実と喜びを感じていた。

 真里谷の髪を隠す頭巾の作製に意気込んだポルは、寝る間も惜しんで作業を続けた。

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