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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
『新たなる光』編
49/82

野外演習・弐

出来損ない(ラック)』、と一括に称される魔物がいる。

 それらはどれもが人間の形が崩れてしまったような出で立ちで、どれもが肉や骨や内臓が剥き出しになっている。

 この醜い魔物はほぼ全てが凶悪であり、一律で討伐レートプラスマイナスAとされる。

 トラウム学園の教員たちの一説では、人間の死霊が魔素を取り込んだものではないかとされているが定かではない。

 個体数は少ないが具体的な生息地はなく、突発的に現れる。

 ……たとえ、初心者の冒険者が訪れる普段は静かな小さな森であってもだ。


 新たな獲物を見つけた喜びに、『出来損ない』たちは身体を痙攣させながら機敏に動きだした。


「あぎょ、ぶぎぁぁあな「あ、あ、あびぃやぁがぁやぁぁぁあッ」びゃがざがぁ、あ、あッ」

「くっ……詠唱破棄!『雷矢(ボルトアロー)』!」


 ジェイクは奇声を発する『出来損ない』達に向かって魔法『雷矢』を放ち、一帯が閃光で満たされる。

 だが、光が引いた後も何ら変わったところはなかった。


「ジェイク様の魔法で……無傷……」


 普通の魔物ならば易々と肉を裂く魔法は、『出来損ない』の筋肉の表面を焼くだけに終わっていた。

 特筆される『出来損ない』の特徴が魔法はまるで効かない、というものだ。

 純粋な魔法使いの天敵であるが故に討伐レートはAにも届く。


「魔法は効きにくいんだった……!ポル!そいつらを連れて森を抜けろ!!俺が奴らを……一匹だけでも惹きつける!行け!!」

「……っ、了解」

「ジェイク様ぁ!駄目ぇ!!」

「アンミュっ、早く!」

「嫌ぁ!離しなさい猿!」

『あああああ死んだコレ!ムリでしょぉぉぉ!!』

「こっちだ!出来損ないめッ!」


 ジェイクが『出来損ない』の近くを走り抜ける。

 するとジェイクの思惑通り、肩車されていた腕の長い方の『出来損ない』だけがジェイクを追い掛けていった。

 ポルたちはジェイクとは反対の方向へ走りだす。

 脚が長い方の『出来損ない』が奇声を撒き散らしながら後ろを追ってきた。

 ポルは二人の手を掴んで、脚を止めずに走り続ける。


「アンミュ!走行!前方!注意!」

「嘘!嘘!嘘! なんで、こんな所で『出来損ない』が……!ジェイク様ッ、ジェイク様ぁ……!」

『さっきまで余裕綽々だった二人ですら一気にSAN値も命もピンチなんですけどぉぉぉぉお!?』

「……猿!その喧しい魔族を囮に使いなさい!」

「拒否!」

「……こ、のッ!そいつが呼び寄せたに違いないですわ!!早くしなさい!!」

『お、お、お二方!口論する前に後ろ見てぇぇぇ!来てるおぉぉぉ!!』

「あぎゃぱぎゃ、だぎゃぴぁぁぉあぁッ」


 ポルたちはあえて木が密集する方向を走るが、『出来損ない』にはまるで意味をなさず、木々をへし折りながら直進してくる。

 しかしながら、木が派手に折れたことで教員達やリャーノ達は異常に気付いただろうとポルは冷静に思考する。

 ポルが首を後ろに回すと、すぐ後ろに迫る『出来損ない』が骨と肉が剥き出しの手を伸ばしてきていた。


「……っ!()隆起(スウェル)!」

「ぷらぁぎゃおぉおぉおッ」


 ポルは息を切らしながら詠唱し、石柱を『出来損ない』にぶつけるも、容易く破壊される。

 それでもポルは走りながらめげずに魔法を放ち続ける。火を、水を、風を、闇を。

 すると、闇属性の視覚妨害魔法が『出来損ない』の顔面に当たり、奴の脚が止まった。

 闇属性の魔法も質量をもつ。『出来損ない』が魔法を払おうと思えばすぐに払えてしまうだろう。

 だけどその一瞬すらも、逃げる彼女達にはありがたかった。……ありがたかった故に、ポル以外の二人は脚を止めてしまう。

 体力が少ない真里谷とアンミュは肩で息をしていて、動けないでいた。


「今!急ぐ!」

『はひー……!はひー……!死ぬ、げほ、吐きそう……!』

「ま、待ちなさい……も、もう脚が……」

「ぎゃっ、びぁ、やぁならッ」

「早く!」


 魔法を霧散させた『出来損ない』を見て、ポルは強引に二人を引っ張ってまた走り出す。

 もし現れたのが三頭狼だったならば、ポルもここまで焦りはしなかっただろう。

 けれど、魔法に特化したポルと『出来損ない』の相性は最悪だった。

 永久にも感じられる十数秒の走行の後。

 少女の一人に、限界が来てしまう。


「……あっ」

「アンミュ!」

『ピンク髪ちゃん!?』


 酸欠によって力が抜け、脚をもつらせたアンミュが転ぶ。

 獲物の一人が転んだのを見て、『出来損ない』は口と目の穴から分泌液を吐きながら喜びを表す。


「がゃっぴやぁぁあっじゃむゃぁッ」


 アンミュは後ろから近付いてくる『出来損ない』の奇声を遠くに聞きながら、刹那の時間で記憶が駆け巡る走馬灯に浸っていた。

 まだ短い人生ながら、それでも多くの大切な思い出が彼女の心を僅かばかりに癒す。


「……」


 ふと顔を上げた。

 見たこともない、緊迫した表情のポル。

 髪の隙間から恐怖の顔色を伺わせる、腰が抜けかけた黒づくめ。

 そして、アンミュはもう少し後の自分の姿を想像した。


 魔族と猿に見守られながら、『出来損ない』に貪り喰われる土や血で汚れた自分を。


「い、やぁ……ッ」


 現実を認めまいときつく目を閉じて、涙を流した。

 横たわる彼女のすぐ背後に迫る『出来損ない』が筋張った手を伸ばす。

 しかし。

 その手がアンミュに届くことはなかった。

 アンミュが想像していた、自分が咀嚼される音は訪れない。


(らい)っ、(ウォール)(すい)っ、(バレット)!」


 代わりに聞こえてきたのは、ポルの独自の詠唱。必死なその声は途切れない。


(おん)っ、盲目(ブラインド)(ふう)っ、(ブレード)!」


 普段よりも練度の低いポルの魔法は『出来損ない』に傷を与えることはない。

 足止めが精々。『出来損ない』は鬱陶しそうにするだけだ。

 やたらめったに魔法を放つポルの表情はやはり無表情。それは、諦めた顔ではない。

 アンミュは真里谷に起こされて、立たされる。


『ほら!ピンク髪ちゃん起きて!』

「アンミュ!黒づくめ、連行、逃走!急ぐ!」

「……え?」


 アンミュはさらに茫然とした。

 魔法が効いていないのは目に見えているのに、己を置いて行けとポルが言っているのを理解したからだ。

 役に立たないから。

 足手まといだから。

 真里谷に腕を掴まれて『出来損ない』から段々と遠ざかっていくアンミュ。

 魔法が得意なだけの無表情な娘が、天敵ともいえる『出来損ない』に立ち向かっている。

 ポルの背中は小さく、けれど大きく見えてしまった。

 アンミュは、激昂した。


「ふざけるんじゃ……ありませんわぁ!!私だって、私だってぇ!!」

『ピンク髪ちゃん!?』


 真里谷の手を払って、アンミュは『出来損ない』を見据える。

 重いメイスを地面へと叩きつけ、魔力を漲らさせる。

 普段使わない分の魔力を引き出して、全身が乾いた痛みに侵されながらも血を吐くように詠唱する。


「土と、光の理に願い誓う!我が道を穢す悪し者を裁き、墓標となりし柱の力の、肯定を……!!」


 詠唱の一拍後。『出来損ない』の真下の地面から仄かに光を放つ方尖柱が激しい勢いで隆起する。

 危険な魔法を察知して『出来損ない』は半歩、下がった。

 だが方尖柱は『出来損ない』の左腕をぶちぶちと物理的に千切り取って、天高く聳え立つ。

 あまりの痛みに絶叫する『出来損ない』。それを見届けてから、アンミュはぐったりと座り込んだ。


「はぁ……はぁ……わたくしの、出来る、最強の、魔法ですわ……弱い訳が、ありませんの……」


 魔力を殆ど使い尽くしたアンミュはしてやったりと笑った。


『いやいやピンク髪ちゃん、凄いけどぉ!まだアレ死んでないから!逃げよ!ほら、ポルさんもぉ!』


 そう、『出来損ない』は死んでいない。むしろ怒りを露わにして、無数の眼球で再びポルを見据える。


()……」


 ポルの魔力はまだ豊富に余っていた。

 ポルは物理的に奴の命を断てるような魔法を……アンミュが生み出した隙の合間に構築を完了させていた。


硬化(ハード)重化(ヘビー)拘束(バインド)


 地面から伸びるずっしりとした鉄のような岩が『出来損ない』の全身に絡みつく。

 しかし、それもゆっくりとだが、確実に千切るように破壊されていく。

 魔法が効きにくいというのは、構築した魔法を破壊しやすいという意味も持ち合わせる。


「あぎゃぴぁ、ばっじゃぁぁあッ」

「くっ……」

『む、無理だべポルさん……逃げた方がいいって!』

「……再発動(ラウンド)っ」


 悲鳴をあげる真里谷に向きもせず、ポルはさっきと同じ魔法を『出来損ない』へと繰り出す。


「びょかむのたえのぇげぇッ」

「再発動っ」

「ぎゅむごやけゃあぇッ」

「再発動っ」

「づどょほひゃッ」

「再発動っ」

「びゅ……ごゃおまな……ッ」

「……再発動!」


 五度の繰り返しの末に、ポルは顎から汗を滴らせて、どさっと膝を着く。

 それは……戦いの幕引きを意味していた。

 息切れするポル、目を見開くアンミュ、頬をひくつかせる真里谷らの息遣い以外の音はそこにはない。


「なんて……魔力量なんですの」

『ご、ゴリ押し……』


『出来損ない』がいた場所、オベリスクにも似たアンミュの合成魔法の目下には、巨大な岩のオブジェが完成していた。

 魔法で倒せないと判断したポルは、『出来損ない』を圧殺することを選んだ。

 いかに怪力で魔法が効かずとも、質量をもってすれば勝てると踏んだのだった。

 フラフラと立ち上がったポルは、やっとのこと振り返って二人を見る。


「あ、貴女……」

「……アンミュ。無事?」

「……!!」


 この期に及んで、この猿は他人の心配をしているのかとアンミュは驚く、というより狼狽える。

 自分は、大きな魔法を一回放っただけで魔力切れを起こしかけたというのに。目の前のポルは何度も魔法を放っていたというのに。

 澄んだ青色のポルの瞳は、真っ直ぐにアンミュに向けられていた。

 アンミュは嫌味の一つでも言おうと思っていたのに、言葉に詰まった。

 そしてポルから目を逸らし、もやもやとした気持ちのまま、頬を赤らめて言う。


「た、助かりましたわ。その……ぽ、ポル」

「是」


 ポルは本当に僅かに、頰角を上げた。

 穏やかな雰囲気になったのを察してか、真里谷は中腰でアンミュとポルを交互に見る。


『お? お? キマシ? キマシなん? ぐふふ』

「な、なんですの魔族!? そのニヤついた口元は!? 殺しますわよ!?」

「魔族。洗脳。解除。謝罪」

「ふ、ふん……魔力が回復した後で、洗脳し直せば良い話ですわ」

『ぐふふのふ! なぁにこの子! 照れちゃって!』


 キッとアンミュが真里谷を睨むが、真里谷は赤面しながらも偉ぶるアンミュに能天気にもデレデレとしていた。

 アンミュは魔力欠乏寸前の為、肩で息をして、額には薄っすらと汗を浮かばせている。


「ですけど……ジェイク様が心配でたまりませんわ……」

「ジェイク。無事。彼。強い」

「……ふふ、そうですわ。ジェイク様がそう簡単にやられたりはしないですわね!見くびるな、と叱られてしまうところでしたわ」

「肯定」


 実際に、ポルはそこまで深刻に考えていなかった。

 ジェイクの魔法は物理攻撃の補助の意味合いが強く、基本の攻撃はショートソードやナイフで行われているからだった。


(それにあの速さがあれば、容易に逃げられ……)

『……っ!!ポルさん!後ろ!!』


 真里谷が大声を出して、注意を喚起する必要はなかっただろう。

 ポルとアンミュの二名とも、背筋を奔った悪寒と共に岩のオブジェを見やる。

 その土くれの檻には、ヒビが入っていた。


「……っ」

「なんて、しぶといのですの……!」


『出来損ない』を閉じ込めて圧殺したはずの岩のオブジェに、大きく亀裂が走る。

 同時に、その隙間からあの奇声が漏れ出してきた。

 少しづつ亀裂は拡がり、やがてそれは大きな空洞と化した。

『出来損ない』の醜い腕や身体が再び姿を現していく。


「お、お、おびゃぁぉぉああゃぁッ」

「……」

「う、嘘……」

『ぐふふ……なぁにこれぇ』


 気付いた時には、『出来損ない』は身をよじって岩のオブジェから抜け出していた。

 口腔の奥の眼球たちは血走っていて、血が混ざった涎はボタボタと溢れている。

 吐き気を催す、絶望。

 彼女たちには走れる体力も、足止めをする魔力も、まともな思考をする余裕も無かった。

 アンミュは、思考停止する。

 真里谷は、諦めている。

 ポルは、懐にある大振りなナイフを握りしめた。

 嗤っているような奇声を出して、『出来損ない』は少女ら三人を食さんと残ったゆっくりと右腕を伸ばした。

 ーーその時だった。

 大きな影が、その場に飛び込んでくる。


「良くぞ耐えた!ガ……ラァッ!!」

「ぎょぷ……ッ」


 振るわれた豪腕が『出来損ない』の腹部にめり込まれる。

 巨躯であるはずの『出来損ない』は、なす術もなく吹き飛ばされていった。

 アンミュと真里谷は安堵の溜め息をついて、互いの肩を合わせながらその場に座りこんだ。


「はぁ……冒険者、遅いですわよ……」

『く、熊さんに出逢った……もしかして味方、なん?』


 安心して近くの木に背を預けたポルは、また助けられてしまったと思って、微笑んだ。


「遅くなった。後は、全て我に任せよ」

「……ありがとう。パルガ」

「問題ない」


 怒気を纏うパルガが、起き上がろうとする『出来損ない』を睨みつけて言う。


「さぁ……大人しく、死ぬがいい」

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