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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
『新たなる光』編
47/82

未熟な桃

 中流貴族の家に生まれた少女の人生は、極めて幸せであると言えた。


 薄い桃色の髪、高い鼻、大きな瞳、幼いながらも凹凸がハッキリした身体……などの容姿は誰もが褒めちぎるほどの美貌である。

 その上、親から厳しく躾けられたお陰で品性があり、生まれながら魔法の才能まであった。

 トラウム学園の入試を受けると、見事特進クラスに進級する。

 将来は実家よりも地位の高い家の男性と結ばれることが約束されたようなものであり、魔法の才能によって自分で仕事を決めることも可能だった。


 少女は、自分の人生は全てが満たされていると思っていた。


 そしてトラウム学園にて、少女は当たり前のように恋をする。

 その相手は特進クラスの中において常にトップ近くにいる、王家に仕える将軍の息子。

 多少の補正はあるが……艶のある青い長髪なびかせながら微笑む美しい姿を見て、一発で惚れてしまった。

 少女は恋を自覚したその日のうちに、休日に遊びに行きませんかと少年を誘った。断られるなど思いもしなかった。

 しかし、青髪の少年は目を合わせずに言った。


「悪い。その日もポルと模擬せ……じゃない、決闘をするから」


 少女は呆然とする。

 完璧に近い自分よりも、魔法が得意なだけの猿を優先されたのだから。

 怒りの矛先が恋の相手に向けられるはずはなく、少女は事あるごとにポルに突っかかっていくようになった。

 しかしポルはどこ吹く風で全く相手にせず、少女がエスカレートするとジェイクが止めに入るので、少女にはどうしようもなかった。

 諦めきれなかった少女は、青髪の少年ジェイクにアプローチを続けたが……一言目二言目には「ポル」の名前が必ず出てきた。

 魔法の実力ではポルとジェイクは別格であり「決闘」の間に入っていくなど、とんでもなかった。

 少女はあらゆる手段を使ってもジェイクを懐柔出来ないので、ポルが全てを破壊しているように錯覚していた。


 そして、健気にも半年近くジェイクに接近し続けた少女……アンミュ=トスオルトは、教室の中で千載一遇のチャンスを恋の相手から差し出されていた。


「という訳でだ。二人組が駄目らしいから、特進クラスの中でもまだマシな方のお前を最後の一人として加えたいんだが……」

「ええ!ええ!是非!やらせていただきますわ!!」

「ああ、助かる。でも俺らの足を引っ張ることはしないでくれよ」


 アンミュは夢の中にいるような心地のまま、二つ返事で了承した。

 既に友人と三人組をつくっていたが、その友人の方を見ると笑って親指を立てていた。


(有難うございます、二人とも……!後で感謝と謝罪に伺いますわね)


 昔はアンミュの恋のライバルであった友人二人は、あまりにもポルに入れ込むジェイクに愛想を尽かして、今やアンミュの応援をしていた。

 心浮かれるアンミュだったが、ポルに話しかけられることで熱は一気に冷める。


「トスオルト。感謝」

「……ええ、どうも。あと、わたくしの事は名前で読んでいただいて?」

「了解。アンミュ」

「結構」


 アンミュとしては対応せずに跳ね除けてしまいたかったが、ジェイクが居る手前そうともいかなかった。

 アンミュはポルを恋のライバルとして認識するのも嫌であった。どちらかと言うと『目の上のタンコブ』だ。


(もし、この汚い肌の猿が居なければ、ジェイク様はわたくしと……こ、恋仲になっていたはずですのに……!)


 無論、アンミュの思い込みである。

 アンミュのように褐色の肌を不浄だと考える人は多く、それもボルボ族が差別される要因であった。

 アンミュが苛々していると、ポルが握手を求めていることに気付いた。

 しかし、ポルの握手に応じることなく甘ったるい声でジェイクに話し掛ける。


「それでジェイク様!わたくしは何をすればいいんですの?知っているかと思いますけど、私は光属性と土属性が得意でして……」

「ん?何もしなくていいぞ」

「……え?」


 あっけらかんとそう返されてアンミュは動きが固まってしまう。

 アンミュも、ポルとジェイクには及ばないとはいえ特進クラスでも五本の指には入る実力者だ。

 そんな彼女に対し、ジェイクは「何もしなくていい」と言い放ったのだ。


「さっきも言ったろ?足を引っ張らないでくれって。俺とポルの後ろに付いてくるだけで良い」

「い、いえ!それは悪いですわ!是非ジェイク様の支援を……」

「……俺が、西方の森の雑魚の魔物にやられるような男だって言いたいのか?」

「え!?いえ、め、滅相もないですわ!本当です!」

「ふん……ポル、演習場に行くぞ」

「ジェイク。腕。鈍痛。解放」

「うるせぇ、歩くのが遅いんだよ」


 気分を害したジェイクはポルの腕を強引に引っぱって教室を出ていこうとする。

 その光景はクラスメイトには見慣れたものだったが、アンミュが慣れることはなかった。

 恋慕している相手が汚い肌を直に掴み、あろうことか名前で呼んでいるのだから。


(あそこに居るのがわたくしだったら……)


 歯噛みしようにも、まだ幼いアンミュにはどういう言動すればジェイクが振り返ってくれるかなど分かる由も無かった。

 それからもアンミュは悶々と考え込んでいたが、無情にもポルとジェイクは離れていく。


 アンミュが誘われているのを見て、密かにポルとジェイクの組に入ろうと企んでいた生徒は肩を落として席に戻っていっていた。

 もうすぐ授業が始まるのだ。

 間もなく、予鈴のチャイムが音響魔法によって響く。


「お前らも今からの話は聞いてもらうからな。席に着け」

「わかった!わかったから解放しろぉぉ!魔法使いなのになんでこんなに握力強いんだよ!」


 教室の扉を開けて出ようとしたジェイクの頭を担任教師のセルトスが掴んで教室に引きずりこんでいた。

 生徒全員が席に着いたことを確認すると、教壇に立つセルトスが黒板にカツカツと文字と図を書いていく。


「さて、早速授業を始める。だがその前に、魔物について話そうと思う。……上の空になっているアンミュ、魔物とはどう生まれるか知っているか?」

「……へぇ!?えっと、その、ですわね、」

「もう授業は始まっている。気を引き締めろ」

「す、済みませんですわ……」


 クラスの者たちがくすくすと笑う。

 その時アンミュはちらりとジェイクを見てみたが、心ここに在らずといった感じだった。


「良いか、魔物というのは我々が使う魔法の原料とされる魔素を多く吸収したものだ。物に、動物に、思想に……魔素は何にでも吸収される」

「思想にも……?それはどうやって実証されたんですか?」


 大きな分厚い眼鏡を掛けた男子が反射的に質問をする。この様に教師が説明している最中だというのに、度々生徒から質問が飛ぶ。

 特進クラスの面々はおおまかに実力があって知的好奇心も強い人間と、ただ魔法や武術が強いだけの人間の二種類に分かれる。

 ちなみにポルとアンミュは前者であり、ジェイクは後者だ。


「正確に言うとその説が濃厚、ということだ。例えばドワーフ族が棲む火山島には『アグ二』と呼ばれる討伐レートSプラスの強力な魔物が居る。『アグ二』はドワーフ族にとっては火山の守護神のようなもので、山を荒らすならず者たちにしか攻撃しない味方の魔物、という特殊な例だ。ドワーフ族には『アグ二』に関する言い伝えが古くから残っているが……どちらが先か、という点は謎だ」


 ここまでセルトスが説明したが、何人かの生徒は理解していないようだった。強いだけの人間だ。

 アンミュは汚名返上するために手をあげる。セルトスは「良いぞ」と言って促した。


「それはつまり、伝承が先か魔物が先かがわかっていない……ニワトリと卵のどちらが先か、と言ったものですわね。仮説としてはドワーフ族に伝わる伝承によって生まれたのが『アグ二』という魔物ではないか……そう言いたいのですわね?」

「そうだ。わかったか、阿呆面をぶら下げた何人か」


 その何人かが恥ずかしそうに顔を逸らすが、セルトスは構わず話を進める。


「地域ごとに魔物の生育地域が違うのもそれが原因ではないかと言われている。人が少ない地域では動植物系の魔物が多いのはそれで説明がつくだろう。我々教職員はこの仮説を有力なものとして見ている」

「えー、じゃあじゃあ、魔法の属性というのはどこから来ているのですかー?魔物も属性をもってますよね?」

「……若干魔物の話とは関係ない上に既に習った内容だが、憶えていない者の為に言っておいてやる。世界は大雑把に分けると八つの属性……いや、七つの属性と一つの無属性で分けられ、それらで全てが成り立っている。つまりどう転がろうと、どれかの属性になる、という訳だ」


 説明と並行して黒板にそれらを簡潔にまとめたものを書き綴っていたセルトスがチョークを置いた。


「さて……これらは来週に控えた野外演習に関することだから話しておいた。ジェイク、我々が行く西方の森にはどんな魔物が出るか知っているか?」

「雑魚ばっかり。相手するまでもないと思います」

「……ああ、間違ってはいない。大抵がスライムや大コウモリといった弱い魔物ばかりだ。それは西方の森が人里から離れてあて、エルフ達が棲む極西の樹海に近く、魔素が薄いからだ」


 一旦はジェイクの言葉を肯定したセルトス。しかし「だがな」と凄むと、入試の時のような魔力を垂れ流した。

 特進クラスの生徒は倒れるようなことはなかったが、ほぼ全員が総毛立つ。


「油断している人間から死んでいく。ふっと気が緩んだところで、大コウモリに喉笛を噛みちぎられて死んだAランク冒険者も居る」


 平静を保っているフリをするジェイクが固唾を飲み込んだところで、セルトスは魔力の放出をやめる。


「それに、魔素が薄いとはいえ何処かには必ず濃い場所がある。そこで討伐レートが格段に上の魔物が産まれるんだ。西方の森では既に三頭狼(ケルベロス)と呼ばれる討伐レートBの魔物の存在が確認されている」


 討伐レートBとは『個人での討伐は困難であり、一組以上の(パーティー)で挑むことが推奨される』という意味だ。


「さらに言うと、魔物というのは成体に至れば成長が止まるが……万が一その三頭狼が貪欲に成長を求めていたならば、討伐レートAになっていてもおかしくはないだろう」


 その言葉に生徒たちの中にはかすかに震えだす者も居た。討伐レートAとなると、小さな村を簡単に滅ぼせる力があることを知っているからだ。


「つまりだ。油断をするな、危険を感じたならば逃げろ、もしくは引率の私とホーレンスか、雇う冒険者の誰かを頼れ。でなければ、死ぬぞ」

『…………』


 静まり返った教室を見渡して、セルトスは小さく溜息をつく。


「少し脅かし過ぎたか?まぁ、そのくらいの気概で挑めということだ……では、授業に始めるか。魔物学の教科書三十八ページを開け」




 □□■




 帝都を囲う巨大な柵状の壁の周囲は魔物が多い。

 門の周辺を闊歩するその魔物らは定期的に仕留めておかないと、冒険者を雇う金もない商人や隣国へ用のある者たちなどがすぐさまやられてしまう。

 得られる報酬は少ないが……魔物を討伐するも、遠出の必要がないその仕事は冒険者には人気の仕事だった。


 冒険者であるパルガは、帝都からやや離れた草原にて巨大な馬型の魔物と相対していた。

 今日パルガが狩っていた魔物とは比較にならない強大な魔物。

 そんな巨馬の魔法が、巨馬の嘶きと共にパルガに襲い掛かった。

 幾つもの不可視の風の刃は静かに地面を奔る。

 当たれば致命傷になりかねない風の刃。全てがパルガへ向けて飛んでいく。

 だがパルガにはそれが見えてるのか、傷を負わずに、ゆるりゆるりと四つ足で巨馬に近付いていった。


「大人しく、やられるがいい」


 パルガはそう言うも、ただの魔物である巨馬が言葉を解するわけもない。

 巨馬は魔法が当たらないことに苛立つと、今度は巨大な風の鎌を横薙ぎに放った。

 奴は避けられない、殺した。巨馬は確かにそう直感した。

 だが、パルガは落ち着き払っていた。


「……ウム」


 パルガは風の刃に思い切り水晶のような角を叩きつける。

 すると、風の刃は霧散して空中に溶けていった。

 目の前で起こった事を理解出来ず、巨馬は動けないでいた。

 巨馬の脚が震える。魔力が尽きかけているのだ。それはしばらくの時間を置けば、じきに回復する。

 だが、パルガがそれを許す筈がなかった。


「終わりだ」


 捻りながら突き出されたパルガの剛腕は、易々と巨馬の首を貫いていた。


 一仕事終えたパルガは巨馬のたてがみが高く売れることを思い出し、たてがみの付いた皮ごと千切り取って大きな麻袋の中へ突っ込む。


「……」


 密林の中では知ることの無かっただろう人間の言語を身につけて、知識を蓄えたパルガはしばしば人間のように思考していた。


(我は、何者なのだ)


(何かを成し遂げなければならぬ)


(その何かとは、何なのだ)


(……解らぬ)


 パルガは密林を出てから、謎の使命感が徐々に強まっていくのを感じていた。

 十河と居る時は何故だか和らいでいたその感覚は、角を中心として溢れていた。


「……フム」


 爪でカリカリと角を触ってみる。

 パルガが自分の角が魔法を打ち消すことを知ったのは偶然だ。

 ある日、魔物が放ってきた弱い魔法が角に当たり、消えた事に気が付いたのだ。


(いや……だから、何だと言うのだ。これが何の役に立つ)


 人間のように頭を振って、余計な事を考えないようにする。


「……我は、十河を助ける」


 自らの決意と目標を呟いて、鼻息を鳴らし、帝都の方へ四つ足で戻っていった。

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