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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
『新たなる光』編
46/82

秋冬の日々

 ……季節は巡り、冬。

 曇り空の下の寒々とした空気は、帝都を歩く人々の襟元をきつく締めさせる。

 帝都に雪が降らないのは商店街の人の、或いは道で遊ぶ子どもの熱気のお陰だろうか。

 いや、やはり冒険者たちが年がら年中熱苦しい所為だろうと人々は、口々に言う。


 魔物の素材を良い値でギルドに売ろうとしたり難しい依頼をこなす為に友人と集まっている冒険者たちが騒ぐ、活気に溢れた冒険者ギルド『太陽の御手』。

 そんなギルドの中央を、のっしのっしと歩く大きな影があった。

 その者の太い首には、色とりどりのより糸で装飾された大蛇の牙の首飾りが揺れている。

 慣れている者は気軽に声を掛け、知らない者はギョッと驚いている。

 大きな影とは熊だった。熊に似た獣人という意味ですらない。そのまま熊なのである。

 鏖殺熊(キリングベア)でも魔巨熊(ラージベア)でもない黒い体毛の熊がカウンターに着くと、慣れた手つきで羊皮紙を受付嬢に渡した。


「依頼を完遂した。確認を頼む」

「……はい、確かに。それではこちらが報酬となります。パルガさん」


 その熊……パルガは報酬の金が入った袋を受け取って満足そうに鼻息を鳴らした。

 すると奥から軽快に走ってきたリャーノがパルガに飛び掛かり、首にぶら下がる。


「依頼お疲れ様であるパルガ殿ぉぉお!どうであるか!冒険者稼業には慣れてきたであるか!?」

「良好だ、リャーノ」

「それはなによりであるぅぅうう!!」


 そんな一人と一匹の楽しげなやり取りを眺めていた先程の受付嬢が、溜め息交じりで語りかける。


「リャーノさんがパルガさんを連れてきた時はどうなることかと思いましたけど……ホント、魔物なのか疑わしいですよね、パルガさんは」

「ウム」

「パルガ殿の知性は並々ならぬとは思っていたであるがぁ……わずか半年足らずで!ランクを二つも上げる実力!!天晴れであるぅっ!!」

「うるさいですリャーノさん」


 魔族が襲来したあの日から、早くも半年が経っていた。

 その日、大事な友人からの願いを聞き入れて遠くに逃げたパルガはまずリャーノの知り合いである鍛冶屋のドワーフの下へ行った。

 それを聞き付けたリャーノがそのドワーフを訪ね、自分が引き取ると言ったのだった。

 パルガがお金を稼ぐようになった現在も共に『満腹皿の里』という宿屋に寝泊まりしているが、料金はそれぞれが自分の分だけを払っている。


「そういえばガローンさん、魔物討伐の仕事に復帰出来てないんですよね。流石に心の傷を治療してくれる魔法使いは居ないらしくて」

「申し訳ない」

「ふん!少し剣の腕に覚えがある程度の冒険者が、パルガ殿に突っかかったのが悪いのである」

「あはは……そういえばそろそろパルガさんもCランクへの昇格試験を受けられるそうですよ」

「ほほう!やはり早いであるな」

「パルガさんはどんな仕事でも終えるのが速いですからね。一番速いのは魔物の討伐依頼ですけど」

「パルガ殿は凄いであるなぁ」

「照れる」

「照れたりするんですか……」


 パルガは冒険者登録の日に中堅冒険者をねじ伏せ、しかも内密に『紅』と『龍』という二人の偉大な冒険者に推薦された。

 そんなパルガは、ギルドマスターにも大いに気に入られいる。

 そして、冒険者ギルド『太陽の御手』初となる魔物の冒険者が生まれたのだった。


「して、パルガ殿の昇格依頼は何であるか?」

「えっとですね、ギルドマスターのメモによると……十日後にトラウム学園の新入生が野外演習があるから、その護衛員の仕事にするらしいですよ」


 冒険者のランク昇格は、ギルド側が用意した昇格用の依頼を達成する事で認められる。

 低いランクのうちは本人の性質に合わせて依頼が与えられるが、B以上の高ランク帯になってくると様々な状況に対応出来なければいけないような難易度の高いものとなる。


「トラウム学園の教員なら、引率で十分なのでは?」

「その引率の教員がたったの二人らしいですよ、二人。人材不足なんですって」

「そうなのであるか。依頼はパルガ殿一人で?」

「一人……?あ、いや、えっと、出来ればもう一人欲しいらしいんですけど、リャーノさんやりますか?」

「うむ!その言葉を待っていたのである。十日後であるな?我輩も参加させてもらうのである。宜しくである、パルガ殿」

「ウム、助かる」

「リャーノさんとパルガさんって、言葉使いが所々似てますよね……」

「我輩が人間語の細かい部分を教えたであるからな!」

「ウム」

「その相槌好きですよねパルガさん」


 昼時ということで、冒険者たちは食事処に出掛けているせいでギルドの中は人が少なかった。

 カウンターに来る者が少ないとわかるや、受付嬢もリラックスした座り方になる。

 リャーノはパルガに肩車をしてもらいながら、受付嬢に尋ねる。


「その野外演習が行われる場所はどこであるか?」

「西方の森です。小さい方ではありますけど、最深部は少し危険な魔物も居ますからね」

「ほぉ、危険な魔物とは?」

「最近だと三頭狼(ケルベロス)が目撃されました。討伐レートはBですから、充分に危険な魔物ですね」

「我輩がBランクであるから問題無いのである!それにパルガ殿も実力は優にBランクを超えているはずである!野生の魔物の獰猛さをもちながら、人間の知性を兼ね備えているようなものであるからな!」

「そう考えると恐ろしいですね。ガローンさんも『闘気』を使って完敗してましたし」

「照れる」

「……リャーノさん、照れるってどの場面で使うって教えたんですか?」

「褒められた時はそう言うと教えたのである」

「ウム」

「う、うーん……良いのかな?」

「驕っている訳でもなく、かつ相手の褒め言葉を無為にしている訳でもないから、最適解と言えよう」

「……パルガさんって、もう魔物なんじゃなくて、獣の成分の多い獣人なんじゃないですか?」

「いえ、魔物であるよ」


 受付嬢はリャーノにはっきりと告げられて、ハッとしてキョロキョロと見回した。

 誰も聞いていないことが分かると、胸を撫で下ろす。


「しっかりするであるよ。どこに『聖霊教』の信者が居るかわからないであるからな」

「済みません……魔物は良くて獣人が駄目ってのが理解出来なくて……。古臭い奴隷制も頭の固い貴族様のせいで残ってますし」

「うむ。しかし、もうこの話はよすのであります」


 黙ったままのパルガの頭をリャーノがなでなですると、異物に手が当たる。


「おや、パルガ殿の角が大きくなってきたであるな」

「え?パルガさんって角があるんですか?」

「うむ、良く見れば分かるであるが鉱石のような透明な角が額に生えているのであるよ」

「どれどれ……あ、ホントだ!綺麗ですねー!」

「照れる」

「こんな角の生えた熊型の魔物など居たか疑問である。熊型の魔物自体少ないであるが」

「ひょっとしたら、新種の魔物なのかもしれませんね!」

「照れる」


 それからもしばらくの間二人と一匹で雑談を交わしていたが、先にパルガが「用事が有る」と言って『太陽の御手』を後にする。

 残された二人は雑談を続けようとするも、受付嬢は先輩からのありがたい指導の鉄拳を頂き泣く泣く仕事に戻るのであった。




 □□■




 トラウム学園は休憩時間が長いことで知られている。

 その理由とは授業で得た知識や技術をすぐに実践したり、自ら調べたりするためである。本来ならば、だが。

 多くの学生はその休憩時間を使って定着をさせるが、中には授業の時間内で理解してしまったり既に会得している者が居るのも事実だった。

 ではそんな者たちは休憩中はどうしているかというと、そんな者同士で実戦の経験を積んでいるのだ。


 トラウム学園に数ある演習場のうちの一つの中で、二つの人影があった。

 一人は激しく動き回り、もう一人は対照的に立ち尽くしている。

 動き回るのが長い青髪を紐で一括りにした端正な顔立ちの少年、ジェイク。

 立ったまま動かないでいるのが、褐色肌でウェーブの掛かったクリーム色の髪を持つ少女、ポル。


 「とぉどめ、だぁぁあぁぁ!」


 ジェイクの雷が迸るショートソードが、ポルの後頭部に迫った。

 信頼の上で成り立つ、真剣での全力の攻撃だった。


(すい)(ハンマー)

「痛ッ……!?」


 ポルは振り向きもせずに独自の詠唱を呟いて、人差し指をヒュンと振る。

 すると頭上から不意に水塊がショートソードを握る手を直撃し、ジェイクは思わず武器を手放す。

 ジェイクは慌てて距離を取るが、そこでポルは振り返り、指先をジェイクに向けた。


(おん)捕縛(キャプチャー)

「ぐおっ!?」


 ジェイクの脚と腕に黒い触手のようなものが纏わりつき、動きが止められる。


(ふう)圧縮(プレス)

「ぐぅあぁ……!」


 さらに追撃するポルの風の魔法はジェイクの腹部を圧迫していき、呼吸すらままならない。

 ポルが勝負あったと判断して魔法を全て解除した。

 ジェイクがゲホゲホとしながら膝をついた……と思われた刹那。


「詠唱破棄ッ、閃脚!雷烈ノ剣!!」


 雷を放つ脚部によって、ジェイクはポルの背後に回っていた。手には剣の様に尖った雷を纏わせている。


「油断したな!うぉ、」


 しかしジェイクが攻撃に移る前に、ポルの背後の空間が突如爆発する。

 ジェイクは爆風に巻き込まれ、飛ばされていき、大の字に転がった。


「油断。禁物」

「……最後の最後で無詠唱かよ。俺も、まだまだだな……」


 今度こそ負けを認めた少年はよっと跳んで立ち上がり、トボトボと歩いてショートソードを拾いにいく。


「ポル。なんで後ろに行くと分かったんだ?」

「ジェイク。背後。毎回」

「後ろに回れば反応出来ないと思ったんだがな……流石に何回もしてたら分かるか」


 ジェイクはブツブツと改善点を呟き続け、ポルは教室に戻る支度を始めていた。


 二人は入学してからの半年あまりの休み時間はこうした模擬戦を繰り返していた。

 全てジェイクが誘う、というより連れ出す形で行っている。

 ポルも大して嫌がらずにジェイクに付き合っていた。一年のうちの授業の内容は基本の事が多く、ポルには少し物足りないのも理由の一つだった。

 ポルとジェイクが演習場を出て、廊下を並んで歩いているとジェイクがポルに話し掛ける。


「ポル。そういえば十日後の野外演習の班は決まってるか」

「否」

「良し、なら俺と組め。他の奴にお前が遅れを取るとも思えないが、万一やられたら嫌だからな」


 ジェイクが心配しているのは、自分の目の届かない所でポルが別の生徒に倒されるかもしれない……ということ。

 まだ「一度たりとも」ポルに勝利した事がないジェイクは何が何でも、誰よりも早く、ポルを打ち負かしたいのだ。

 しかしながらジェイクの心配は実を言うと杞憂である。

 授業中にジェイクが見せた雷の魔法は特進クラスであっても驚嘆に値するものであり、ポルに至っては別次元の物であるからだ。

 他の生徒はポルどころか、ジェイクにすら立ち向かう気など起きるはずもなかった。

 もし卑劣な手を使ってポルをどうかしようとすれば、ジェイクが激怒するのも目に見えているからでもあったが。


「たしか三人で一組だったけど、俺たちなら二人でいいだろ。先生に頼んでみるか」

「了解」


 ジェイクは普段から慇懃な振る舞いをするが、それだからといって横暴な事はしない。

 だが、ポルが絡むとなるとそうともいかない。

 入学した数日後、ポルが早速ジェイクの取り巻きの女子になじられているのをジェイクが見つけると「それは俺の獲物だ!」と激昂したのだ。

 それ以降、一人を除いて、取り巻き以外の人たちもポルを腫れ物を扱うように接していた。

 ポルはこの扱われ方にどこか変な懐かしさを覚えながらも、嫌がらせをされるよりは良いと考えている。


「ふん、俺たちが西方の小さな森なんて初心者冒険者が行くところなんて行ったところでどうしようも無いってのにな」


 ジェイクはポルを大した人間だと評価している。

 しかし一方ポルはジェイクに全く無関心というほどではないにせよ、傍にいれば煩い奴らを遠ざける人……くらいにしか思っていない。


「……」

「ん?何読んでるんだ、見せろ」


 ポルが手紙を読んでいると、それを遠慮無しにジェイクが取ろうとする。

 するとポルはジェイクの伸ばしてきた腕を掴んで止めた。


()……」

「あー待て!わかった!見ないから!やめろ!」


 魔力の波動を感じたジェイクはポルの手を振り払い、鼓動が跳ね上がる心臓を押さえながら訊ねた。


「で……誰からの手紙なんだ?親か?」

「ネーレ」

「あぁ……ネーレか。俺を呼び捨てにしたり、噛み付いてきやがって」

「私。ジェイク。呼び捨て」

「ポルは俺が認めてるから良いんだよ。チッ、思い出したらモヤモヤしてきた……!」


 二人がしばらく廊下を歩いていると、執務室の古びたの扉の前に辿り着く。


「先生~、居ますかー」


 ジェイクが勢いよく横開きの扉を開けると、担任であるセルトスが丁度通りかかったところだった。


「ジェイク、執務室に入る時は失礼しますと言えと教えたはずだぞ?」

「はいはい済みません先生。それより十日後の野外演習なんですけど、俺とポルは二人で良いですか?」

「なに?」

「俺とポルだと、どの班に入っても実力が偏っちゃうと思うんですよ。だからいっそのこと俺たち二人で……」

「今回の野外演習は複数の仲間との連携が取れるかどうかが試されるものだ。二人だと意味が無い」

「そこをなんとか出来ないんですか?」

「例外はない。実力で分けるようなこともしない。お前らが組むというのなら止めはしないが、三人組が絶対条件だ」

「……そうですか。失礼しました」


 セルトスが首を縦に振らないとわかると、ジェイクはむすっとして執務室からさっさと出ていった。

 残されたポルもついて行こうとしたところで、セルトスに呼び止められる。


「ポル。ジェイクに構ってやるのは良いが……あまり調子に乗らせないようにしてくれ。それが出来るのはお前だけだ」

「了解。善処」

「それと、普通に喋れるのにどうして単語だけで喋るんだ?」

「面倒」


 それだけ言うと、ポルも執務室から出ていく。

 やれやれ、と言ってセルトスは溜息をついた。


「わかり辛いから普通に喋ってくれ、という意味なんだが……」

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