パルガ、冒険者となる・後編
平常時であれば初心者冒険者への動きの指導や魔法の試し撃ち、試験などの際に魔物と戦う場所として用いられる、砂が敷き詰められた方形の訓練場。
その中央に一匹の魔物と一人の人間が相対していた。
その様子を観客席から見守るのは暇を持て余した冒険者たち。見世物でも観に来たような気楽さでいる。
「……各々、準備は宜しいかな?」
「ウム」
「さっさとしろ」
正式に決闘として戦うことになったガローンとパルガは準備を終えて、始まりを待つ。
ガローンは少しの鉄と多くの皮を使った軽さ重視の防具に対し、パルガは何も身につけずにいた。
審判として同じ場に立つリャーノは二名の返事を受け、片手を垂直に掲げてから……振り下ろした。
「始めっ!!」
「瞬殺してやるよ魔物」
「来イ」
ガローンの武器は両手剣。分厚く、重く、長い。とんでもない殺傷力を保持していた。
予知させない初動でガローンが前へ駆け、背中の鞘から抜いた両手剣の切先をパルガの頭部へ奔らせる。
抜刀術。日本人が見ていたならば、それを連想していただろう。
しかし立会い人の冒険者たちは別の事を考えていた。パルガの死だ。
多くの者が早くも決着がつき、熊の魔物の脳漿が飛び散るのを想像した。
「グ、ラァァァア!」
だが、パルガはそれを容易く打ち砕く。
斜め前に出ながら身体を捻り両手剣を避けつつ、剣の鍔の近くを右腕で横殴りした。
それだけで柄を握っていたガローンの片手を外す。
「くっ……!?」
「殺シハシナイ」
体勢を崩されたガローンが距離を取ろうとするも、取れない。ガローンと同じかそれ以上の速度でパルガが近付いているからだ。
「殴ル、ダケダ」
「……っ!!」
今度は左腕で強烈な横殴りをパルガが放つ。
ガローンの防具を計算に入れた、爪を立てた一撃。
それが鼻先を掠めながらも、ガローンは後転することで辛うじて避ける。
ガローンはすぐさま飛び退いてから、追い詰められた獣のように雄叫びをあげた。
「『闘気』ぁ!!」
隙だらけだったはずのガローンに危険を感じ、パルガは深追いをやめる。
見ると、ガローンの皮膚を覆うように、白い煙のような『闘気』が発せられていた。
「使いたくもなかったが……意外に強いとか。やってらんねぇな」
パルガがガローンの雰囲気が変わったのを警戒して、身構えると同時だった。
「死ね」
先よりも鋭い両手剣の致死の一撃がパルガへ迫っていた。
野生の感か、第六感か。突き動かされるようにパルガはあえて前に出て、横薙ぎに振られた剣の勢いを殺す。
それでも当然、刃はパルガの皮膚にメリメリと食い込んだ。
血が流れ出る。しかしパルガは止まる訳にいかない。
「グ……ラァァ!!」
「今のも避けるとか……!!」
痛みを堪えて、パルガは無理に前進する。
両手剣をわざと身体に押し当てて剣を固定し、ガローンに近づいてから投げ飛ばすつもりだ。
しかし『闘気』によってガローンの膂力は通常の数倍にも跳ね上がっていた。
パルガと密着した両手剣を握り直す。
「な、め、んなぁ!!」
「……がぁ!?」
パルガが初めて感じる違和感。ガローンに、ただの人間に、剣の腹で吹き飛ばされたのだ。
パルガの体長はおよそ二メートル弱、体重は百キログラムにも及ぶ。
空中で器用に体勢を直して着地するが、パルガは驚きで動揺していた。
「『闘気』を使えばテメェなんざ瞬殺のはずだったんだが……なぁッ!」
ガローンがパルガに走り寄る。
パルガが次なる攻撃に備え、一挙手一投足見逃さないように見つめた。
互いの距離がガローンの間合いになる。
するとガローンは剣で砂を掬い上げパルガにぶつける。
「がぁ!?」
「うぉぉぉぉお……!」
パルガの目に砂が入り怯んでいる隙に、ガローンが両手剣でパルガの脳天を突こうとした。
「グラぁアア!!」
パルガが片目を辛うじて開くと、巧みに腕を動かし、正確にその突きを払う。逸らされた突きはパルガの頬を掠めるに終わる。
まさか突きまでも避けられるとは思わず、ガローンの顔が歪んだ。
「避けるとか!どうなってんだよ!!」
「フンッ!」
「くっ……ッ!!」
パルガがガローンを遠ざける目的でゆっくりと、強く腕を振ると思惑通り剣で拳を防ぎ、飛ばされてくれた。
「へへ……中々やるじゃねぇか魔物。雑魚ばっかりで退屈したんだよ」
動揺こそしているが、ガローンは傷らしい傷は負っていない。
パルガはまた一つ学んだ。あの白い煙を纏う人間は、魔法を使わずとも強い、と。
このままだと自分はなす術もなく斬り殺されてしまう、と。
だから……パルガは手加減をやめることにした。
強者にはそれに見合った実力で挑むべきだと判断する。
すくっとパルガは立ち上がって、ガローンを見据えた。
「おっ?なんだ、二本脚で立ち上がるとか。珍しいもんでも見つけたか?ギャハハ」
「……」
軽口を叩きながらもガローンは両手剣を今度は隙なく構える。『闘気』は途切れていない。
しばし、沈黙が訪れた。
「……ッ」
激しい攻防をする両者を見つつ、リャーノは揺れていた。パルガの動きは想像以上のもので、ガローンもまた然りだったからだ。
このままだと、どちらかが死に至るかもしれない。
(止めるべきであるか……?しかし……)
見ると、パルガは臆していない。リャーノには、賢明なパルガが自暴自棄になって無謀な挑戦をするとは思えなかった。
「らぁぁぁぁああ!!」
迷うリャーノを置き去りにしてガローンが飛び出した。立ったままのパルガは動かない。
砂を巻き上げながら、虎のような俊敏さでガローンが袈裟に斬りかかる。
それは、立会人たちから感嘆の声が零れるほどの渾身の動き、一撃だった。
しかし。
「がぁッ!!」
「……!?げはぁッ……!!」
瞬きの狭間に、ガローンは手から両手剣を離して宙を舞っていた。
感嘆の声が終わらないうちに起きた出来事に、立会人たちは理解が追いつかない。
一瞬だった。
リャーノにすらギリギリ視認出来た程度。それ程までに、パルガは速かった。
何が起こったか。
まず、パルガは右肩に切り込まれるはずだった刃を両腕で大胆に挟みこみ、身体ごと回したのだ。
そして前のめりになるガローンに、パルガの全身の強靭な筋肉を駆使して、下から上へ掬うような拳を胸部に突き刺した。
ガローンは『闘気』を纏っているため肉体は鉄塊と化していた……が、それは無意味であった。
天井付近まで飛ばされたガローンは、そのまま力なく落ちてくる。
それをパルガはしっかりとキャッチして、揺さぶり、反応は無いがちゃんと生きていることを確認した。
「リャーノ。我ノ勝チダ」
口を開けていたリャーノは、ふっと微笑んでから、凛々しい顔になって高らかに宣言した。
「決着である!!勝者……パルガ!!」
立会人たちはまさかの展開に大いに沸いた。
□□◆
肋骨が数本折れるという重傷を負ったガローンは、弱い回復魔法を掛けられ、外に運び出されて放置された。
訓練場の中は決闘の時よりも熱を帯びている。
「お前凄いなぁ!誰の従魔なんだ!?」
「誰デモナイ」
「言葉が分かるの!?しかも喋ってるじゃない!何処から来た魔物なの!?」
「こらー!待ちなさーーい!パルガに質問したければ、このネーレに許可をもらってからーー!」
立会人だったギルドメンバーである冒険者たちは、ネーレを肩車するパルガに群がって騒いでいる。
その遥か後方、観客席の端には、ピークェストとフェイン、ミサラが集まっていた。
「パルガの奴、『闘気』を纏う相手に白刃取りをやってのけるなんてやるじゃねぇか。ガッハッハ!」
「なんなのよあの魔物……発想も普通じゃないわねぇ。実は魔族なんじゃないのぉ?」
「まさかだろ。あいつからは魔族らしい威圧感を欠片すら感じねぇよ」
「分かってるわよぉ、馬鹿にしないで頂戴。うふ、どんなものかと思ったけど中々面白い子じゃないのぉ?」
「あら!ピーちゃん、それじゃあ?」
「ええ、認めてあげる。た・だ・し……加入をね」
「あの冒険者がそこそこ強かったとは言え、反発されねぇのか?」
「私がマスター。つまり私がルールよぉ。文句言う悪い子はお仕置きしちゃう☆」
ウインクをするピークェストだったが、顔は整っているため意外にもその所作は似合っていた。
そうこうしていると、リャーノがパルガとネーレを連れてこちらに向かってきた。
「おお!ギルドマスター殿ではありませぬか!もしや今の決闘をご覧に?」
「ええ、しっかり観てたわぁ。この子、試験はパスでギルドメンバーに迎えてもいいわよぉ!」
「なんと!真であるか!」
「感謝スル」
「うふ、可愛いわねぇ。パルガちゃんだったかしらぁ、貴方いま何歳なのぉ?」
「オヨソ二歳ト少シダ」
パルガのその言葉に、皆の動きが止まる。
「……二歳ですって?」
「産マレテカラ現在マデノ日数ノコトヲ言ウノデアレバ、ソウダ」
知性の高さ、身体能力からして成熟した魔物かと思っていた大人組は呆気に取られる。
子どものネーレは眼下のパルガに得意げに話しかけた。
「なーんだ!パルガ、ネーレより年下だったんだー!良い?ネーレの方がお姉さんなんだからねっ?」
「ウム、理解シテイル」
「ちゃんとうやまって!」
「理解シテ、イマス」
「よろしいー!えへへ!」
パルガのギルドメンバーへの加入を認めたピークェストは「大人になったらどれ程大きくなるのかしらぁ……」とボロボロのギルドの床を案じ、フェインとミサラは「ネーレが二歳の時より言葉を憶えてる……」とよく分からないところで張り合っていた。
パルガの頭を撫でていたネーレが突然「あっ!」と大きなお世話声を上げる。
「どうしたぁ?突然大声出して」
「忘れてた!んっとね……はいっ、これ!ポルおねーちゃんから贈り物!首飾りかな?掛けてあげるね!」
パルガの首に提げられたのは、ポルが自作した牙の首飾りだった。
首に提げてもらったその首飾りをパルガが持ちあげて見る。見覚えのある牙だった。
「……有難ウ、ネーレ」
「良いの!作ったのはポルおねーちゃんだから!」
パルガが器用にも肉球の表面でネーレの頭を撫でると、ネーレはデレデレとだらしない笑顔になった。
その様子に皆が和んでいると、ピークェストが指を鳴らす。
「この後、パルガちゃんのギルドカードを発行しましょ?種族は魔物になるのかしらぁ。パルガちゃんって魔法は使えるのぉ?」
「ワカラナイ」
「お、それだったらアレ、あの球で魔法適性を調べてみようぜぇ。もしかしたら魔法を使えるかもしれねぇし」
「天魔水晶よぉ。その言い方、見にくるつもりかしらぁ?」
「馬っ鹿お前、俺は推薦人だぜぇ?覗いたって良いだろ」
「ま、貴方は引退してるから良いけどぉ。知ったところで……だしぃ」
「そういう事だぁ。おら、さっさと行こうぜ熊公!ネーレとミサラは留守番な!」
「いーやー!なんで降ろすのー!?パルガのかーたーぐーるーまー!!」
「はーいはい。ネーレはお母さんと待ってましょうね~」
女性組は受付のあるロビーへと向かい、他の者はギルドマスターの部屋へと向かった。
「こっちよぉ。パルガちゃんはここに座っててねぇん。準備してくるわぁ」
「ワカッタ」
「楽しみだなぁおい!もし魔法適性があれば使うか?」
「ウム。一考ノ価値アリダ」
「……カッコいい言い回しするなぁお前」
各機関にせいぜい一、二個しか『聖霊教』から渡されない、魔法適性を調べる唯一の魔法具。その名は天魔水晶。
適性を調べるだけというシンプルな効果であるが、これが無ければ地道に自分で全ての属性魔法を試みるしかない。
それに適性魔法があると分かることは、即ち魔力があるということを示す。本人から魔力を感じられない……と思って調べてみると、ごく僅かだが存在したということが多々あるのだ。
魔法の適性はギルドカードを作成する際に、本人にしか見えない特殊な記述で表示される。それは自身の魔法は何を使うべきか、敵の何の魔法を警戒すべきかの指標となる。
ピークェストは天魔水晶を取り出してパルガの前に設置する。
「さぁて、これで良いわぁ!手を優しく当てて、少し経ったら判定が出るわぁ。何も起こらなければ、適性無しよぉ」
「ワカッタ」
ぴと、とパルガが大きな肉球を水晶に乗っけた。フェインは期待の眼差しで水晶を見つめる。
もし火属性の適性があれば赤くなり、風なら緑といったように属性ごとに色分けされて表れる。
複数の適性を持っている場合は色が混ざることはなく、適性が強いものほど大きく、弱いものは小さく表れる。それゆえ複数の場合は調べるのに少々骨が折れるという。
……だが、しばらくしてもパルガの手の中の水晶は何の反応も示さなかった。
「うーん。これは駄目ねぇ。残念ながらパルガちゃんに適性魔法が無い……つまり魔力も無いわぁ」
「ソウカ」
「ちぃ、少しでもありゃ魔法は使えずとも『闘気』を扱えるかもしれなかったがなぁ……」
「済マナイ」
「いやいや、熊公が謝ることじゃねぇよ」
人間二人は、興味本位ではあったが、やや期待していた為に落胆を隠せない。
「さて!ワタシが直々にギルドカードを作成してあげるわぁ。本人の印としての毛を一本……」
ピークェストが気を取り直して、ギルドカードについて話そうとした時。
ビキッ、と固い音が鳴り響く。
三名が音の発生源である天魔水晶を見ると、パルガが手を当てていた所がひび割れていた。
「なにぃ?」
「えぇ?」
「……」
そのヒビは少しづつ広がっていき、遂に天魔水晶はバラバラに砕けてしまった。
「済マナイ。壊シテシマッタヨウダ」
「……これがバラバラになるってことがあんのかぁ?」
「さて、ねぇ?パルガちゃん。水晶に力を加えたぁ?」
「イヤ、シテイナイ」
ピークェストは訝しみ眉をひそませる。
天魔結晶の原材料は希少な魔鉱石を魔法で加工した上に、魔業技術をふんだんに組み込まれたものであり、多少の衝撃で壊れることはほぼ無いと聞いていたからだった。
原因不明の自壊か、やはりパルガによる影響か……良い想像も悪い想像もするも、しかし、そんなことはおくびにも出さずピークェストはコロっと笑顔に戻った。
「ま、どうせ壊れかけていたんでしょ!教会にお願いして新しいのを貰うから、パルガちゃんは気にしなくていいわよぉ!」
「有難イ」
「じゃあ続きねぇん。どこの毛でも良いから一本、毛をワタシに頂戴?記入事項は……」
「おう、俺が代筆してやる」
名前や種族、パルガの推薦人やその内容、本人に関する備考などなどをフェインが記入し終わってから、ピークェストは言う。
「じゃあパルガちゃん。もう少し時間が掛かるからミサラちゃんの所に戻っててぇ?」
「ワカッタ。失礼スル」
のっしのっしと歩いて、パルガはギルドマスターの部屋を後にした。
パルガの後ろ姿を見送ったピークェストとフェインは、困ったブツを挟んで言葉を交わす。
「……フェインちゃん、これ、どう思うかしらぁ?」
「俺は専門家じゃねぇよ、ニルマに聞けぇ。そうだな、一応俺の意見を言っておくと……壊れるなんておかしい、だ」
「ワタシも同じ。フェインちゃんの目線の高さから石の床に落としても壊れない代物なのよぉ?」
「となると、物理的な問題じゃねぇってことか。今までに壊れたことはあんのか?このギルドだけじゃなくて他でも」
「無いわねぇ。貴重なものだもの。パルガちゃんにはああ言ったけど、教会がもう一つポンとくれるかしらぁ?」
「ふん、金だけはあるんだ。渋るフリでもすれば脅しゃ良いだろぉ」
「あらぁ、野蛮だわぁ。ワタシの魅力に取り憑かれて渡してくれるというのはどぉ?」
「ふん、気持ち悪ぃ」
「うっふん!ワタシを気持ち悪いと言える人も少なくなってたから嬉しいわぁ」
「被虐趣味も持ってたのかお前……」
「やだぁ!フェインちゃんだ・け・よ♡」
「さっさと死ねぇ」
フェインの言葉を笑って受け流し、ピークェストは天魔水晶の欠片の一つを摘み上げてジッと見つめる。
「これは教会に漏らさないようにしなきゃね。それと、ニルマちゃんに調べてもらえるか聞いてくれるかしらぁ」
「ニルマにゃ別件での魔法具についても聞いたばっかだからなぁ……駄目元で聞いてみる」
「もう、頼み込んでよぉ。意外と大変なことなのよぉ?適性を調べたいーって子は多いんだからぁん」
「けっ、俺がガキの時はこんな便利なもん無かったがなぁ」
「あらやだジジ臭い。そんなんじゃあネーレちゃんに嫌われちゃうわよぉ?ぱぱジジ臭いでちゅーってぇ」
「やっぱ今すぐ死ぬかぁ……?」
常人なら気絶するレベルの『闘気』をフェインから浴びせられながら、ピークェストは口に手を当てて笑っていた。




