ヒトビトの価値
サーカスの動物みたいに車輪の付いた檻に入れられ、暗幕を被されて、外の様子が全くわからないまま運ばれている。
それまでの事は曖昧にしか覚えていない。
見張りの兵士に無理矢理起こされてから、鎖に繋がれ、十人ずつくらいで檻に押し込められた。
そして今に至る。それだけ。
佐藤くんが向かい合うように座り、荒木さんも横に居る。
荒木さんは黙って目を瞑ったままで、佐藤くんは震えていた。
「ぼ、僕たち闘技場に運ばれているんですよね……?」
「……そうだね」
俺たちが知っている事はそれだけだった。
「……僕たち、どうなるんですかね」
「……」
俺は答えなかった。
返答がどうであれ、結果的に彼を傷付ける予感がしたから。
冷たい鉄鎖をいじりながら、あるかも知れない未来を漠然と考えてみる。
もしかしたらこれは異世界式のドッキリで、宴が言葉の意味のままかもしれない。
もしかしたら、保護を命令した王様が助けてくれるかもしれない。
もしかしたら、日本人が突如チートに目覚めて理不尽を蹴散らすかもしれない。
「はは……」
誰にも聴こえないように自嘲する。
非現実的だ。ありえない。そんなご都合主義みたいな展開があれば、今までに苦労などしていない。
鉄の鎖を持ち上げて、凝視する。
燐光を使えば、俺だけは鎖を壊して逃げられる。
「……最っ低だな。俺」
非現実の塊であるこの異世界。
もし主人公というのが居たのなら、鎖を千切り、皆を助けるかもしれない。
燐光という特殊な能力を持つというのに。俺は出来ない。怖い。
失敗するかもしれないから。動かないままで居た方が、良い結果が訪れるかもしれないから。
「……」
いつになっても、弱いままだな。
数日前の夜に話した浜島さんの言葉を思い浮かべた。
『強い自分を忘れてしまったように、弱くなってしまった』。
比べて俺は、強くもならなかった。いつまでも心は昔と変わっちゃいない。
「……」
色んな思考が頭の中でぐちゃぐちゃに混ざって、俺は身動きが取れないままでいた。
▽▽▼
《国民の皆様!大変長らくお待たせしました!準備が整いましたので……これから宴を始めたいと思います!》
真っ暗な控えの空間に、恐らく魔法で拡大された声が響き、人々の歓声が轟く。
《突然のことで状況がよくわかっていないという方も居るでしょう!衛兵隊隊長である私が説明いたしますと……なんと、昨日の昼下がりに、この帝都に魔族が侵入したのです》
にわかに国民が騒ぐのが聞こえる。
《ご安心を!魔族に関してはトラウム学園の学園長である英雄ニルマ様が撃退してくれました!》
おお、というわざとらしい驚きの後に拍手が鳴り響く。
なにが撃退した、だ。魔族をみすみす見逃したじゃねーか。やろうと思えば、倒せたはずなのに。
《さて、問題はここからです。その魔族による被害は奇跡的に少なかったのですが……その理由とは、魔族が降り立った場所が教会前だったこと関係があるのです》
そこで男は一息置いた。
《……黒づくめ。知っている方も居るのではないでしょうか?国王が保護を命令し、教会が積極的に匿った黒づくめ。魔力が無く、身体能力はいたって普通の彼らはなんと……魔族の先祖の種族だったのです》
どよめきが聞こえるが、構わず司会の男は続ける。
《そうです。教会には多くの黒づくめが保護されておりました。魔族は、仲間を死なせてしまうから、無闇に暴れることが出来なかったのです》
なるほど、そういうことか!
……ふざけんな。
《何故、黒づくめが魔族だと判ったか?それは結界を破壊して襲ってきた魔族が自らそう告げたからです!数多くの民が聞いたと証言しております!》
この時点で異常さに気付かないのは阿呆か能無しだけだな。
《我々軍部は黒づくめは断固処刑すべきだと主張しましたが……教皇様が待ったを掛けたのです》
教皇……か。そういえば見たことないな。
《彼らが魔族の源流であろうとも、彼らもまた生命だ……と。我々は、大変感服いたしました。しかし、ならばどうされるのかとお尋ねたところ、こう仰られました。聖霊様に選択してもらおう、と》
どういうことだ?
処刑を止めてくれたことは有難いが……選択?
《汚らわしき獣人と、災厄を生む黒づくめ……真に生き残るべき種族はどちらかを、聖霊様が覗いておられる今!聖戦によって決めるということです!!》
その時、日本人全員が詰められていた檻がおもむろに上昇する。
暗い空間から、明るい外へ出た。
歓声とブーイングが混ざった観客の叫びが一斉に浴びせられる。
高い石壁の向こうに居る人間たちの声は、砂や小石でざらついた地面をビリビリと揺らす。
そこは、まるでコロッセオの中央の闘う場所だった。
外で待機していた兵士たちの一人が檻の鍵を開ける。他の兵士は安っぽい槍を沢山抱えていた。
「出ろ、黒づくめ。一人一本槍を受け取れ」
言われるがまま一人一本、女子どもも関わらず槍が渡されていく。
ふと向こう側を見やると、同じくらいの人数の獣人が居て、同じように槍を受け取っている。
獣人も、誰彼構わず。
向こうにも小さな子どもが居た。
犬猫などの動物をごち混ぜにして二足歩行させたような獣人たちは、現実味を薄めていた。
「おっと、ここで俺たちを殺そうなんて思うなよ?ここには上級冒険者は勿論、教会の魔法使いも多く居るからな」
そう言って睨んでくる兵士を無視して、日本人の方に顔を向ける。
「状況的にどうなるかは判ってると思いますけど……向こうにいる獣人と戦って、勝った方を生かしてやると言ってます」
歓声にかき消されないように、なるべく大きな声でそう告げると、何人かの女性は泣き出してしまう。
こんなの、間違っている。
司会の男が「静粛に!」と声を上げた。
《この聖戦で生き残った方が奴隷となり!命の保証をされる!最近、態度が大きくなっているという報告を受ける獣人は、これを機会に態度を改めるでしょうか!?》
司会の男の言葉に観客はどっと笑う。
獣人にとってはトバッチリだろうな。俺たちが居なければ奴隷のままでいられたのに。
檻はそのままにされたが、兵士たちはさっさと引いていった。
《さぁ……闘え!争え!真に聖霊様に選ばれる者はどちらだぁぁぁああ!?》
観客たちが狂ったような声を出す。
今のがどうやらゴングの代わりだったらしい。
戦うのか、今から。
「……何をボケっとしとるさね!女と子どもは檻の後ろについて、檻ごと押しな!男どもは横に二列になって隙を無くして槍を構えるッ!」
始まったと同時に荒木さんが大声で指示を出す。
稲妻のような鋭い声に突き動かされて、俺たちは言われた通りに動く。
俺は、せめてもの償いのように真ん中へ位置した。
こちらの戦力となり得るのは大体40人。獣人の方もそのくらいの様だ。
「あたしらには知識がある!戦略を駆使して生き残るさ!!」
荒木さんは、諦めていなかった。
その力強い声によって、絶望で冷えていた心に火が灯る。
何を、諦めかけていたんだ。
横を見ると、言い争っていた中年のおっさんと柔道中学生はどちらも覚悟を決めた顔をしていた。
良い顔だ。
「絶対に負けられないさね!さぁ、雄叫びを上げな!!」
最初は躊躇いがちに、何人かが声を出す。
しかし、隣りの人が声を出すと、引火するように声が爆発的に広がっていった。
『うぉぉぉおおおおおおお!!』
こんな状況だからこそ、俺たち日本人は団結していた。
これが結束力ってやつか?
士気は十分だ。これなら、脚が竦んで戦えないということは無い。
そして獣人と槍を交えそうになったら、俺が燐光で前に出……
「はバッ」
「……えっ?」
俺たちが手に持つ同じ槍が、隣りに居た中年のおっさんの首を貫いていた。
……投げ槍。
「広がれぇぇぇえええええ!!」
俺が叫びつつ走り出すと、次々とほぼ直線に槍が飛来する。
次々と、次々と、次々と。
やる気に満ちていた日本人の男たちの体に槍が突き刺さってく。
「うぁぁあぁぁあぁぁあ!!」
俺は、いつの間にかに前に飛び出していた。
目の前で、現実で、大変なことが起こっているのに、怒りで胸がはち切れそうなのに。
頭は妙に落ち着いていた。
冷静に、いつもよりも集中して燐光を発動。身体が軽くなる。
槍は凄まじい速度で飛んでくる。
だが一直線の軌道である為、燐光を発動している今は簡単に避けられた。
槍を投げ終えた獣人の男たちに向かって走り、近付いていく。
近くで見ると獣人の男は一人残らず身体が大きく、腕は丸太みたいだ。
数人の獣人が爪を出し、牙を剥き、咆哮を伴って襲いかかってきた。
でも、脚を止めずに進む。
まず槍の穂先を複雑に動かして獣人たちの目を潰した。
構わず突進してきた獣人にはすれ違い様に『蜂の針』にした指で喉を深く突く。
目をやられて動きを止めていた獣人の心臓を目掛けて槍を突いていく。
四人目に掴んで止められたのですぐ槍を手放し、距離を詰め、腕を『剣』にして首を飛ばす。
俺以外の日本人を襲っていた獣人が気付き、俺の下へ走ってきていた。
俺は死体に刺さっていた槍を抜いて、『大熊の怪力』をイメージしながら槍を放つ。
俺が投げた槍は獣人が腕で防御しようともお構いなしに貫通していた。
何本かを投げ終わると、後ろに回り込んでいた獣人を察知し、裏拳を放つ。
怪力のままの裏拳は獣人の首を易々とへし折った。
それからも、襲いくる獣人は沢山居た。
俺の全ての想像を持ってして、様々な殺戮の方法で……殺した。
殺して、ただ殺していく。
それは作業だった。
簡単な作業ではない。
針に糸を通すように細心の注意を払いながらも、無心だった。
動く人影が少なくなっていった時に、自分がずっと叫んでいた事に気が付いた。
そして、戦える最後の一人と思われる獣人が普段なら頭が吹き飛びそうな拳を放ってきた。
それを『鋼鉄』と化した額で受け止め、『剣』で獣人の喉を貫く。
その獣人は涙を流しながら、死に絶えた。
……歓声が遠くで聴こえる。
「……」
日本人が入っていた檻の方を見ると、何人かが生き残っていた。
「あぅぁあぁああ……!!お婆ちゃんっ、お婆ちゃん!」
遠くでよく見えないけど、藍ちゃんが泣いている。
藍ちゃんは横たわる人を揺さぶるのをやめない。揺さぶられる人の身体はやけに赤かった。
「……」
獣人の檻の方も見ると、同じように、何人かの獣人が震えて固まっていた。
俺は獣人の檻の方には向かわずに、日本人の男たちが槍を二列になって構えた場所まで歩く。
死体を見ると、日本人の男たちは最初の場所で殆ど死んでいるのが判った。
「……この人は、俺と佐藤くんが作っていた辞書を見て喜んでいた」
「……この人は、口が悪かったけど女の人には優しかった」
「……この人は、パルガの毛をよく触っていた」
「……この人は、風呂に入りたいってよくぼやいていた」
見覚えのある顔を見つける。
「……浜島さん」
浜島さんの喉に、深く、槍が刺さっていた。
当然死んでいる。
表情は呆気に取られているように、口は半開きで目は見開かれている。
一人一人、槍を抜いて、死体の瞼を下ろしていると司会の男が叫んでいたのに気付いた。
《いい加減にしろ黒づくめッ!まだ獣人は残っているだろうがッ!!》
観客からまばらに人間語の声が聴こえてくる。
「殺せ」「殺せよ」「まだ生きてるぞ」「殺れよ早く」「さっさと殺せ」「あと一息だ」「殺せ」「殺してくれ」「早くしろ」「獣人は死ね」「殺してよ」「たおせ」「さっきの見せろ」「殺せ」
段々とその声は一つに纏まっていく。
混じり気のない悪意によって一つに纏まっていく。
『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』
しかし、俺は構わず死体の瞼を下ろしていく。
観客の言う通りにはしまいと抵抗していた。自分で理解しながら無視していた。
そこで、司会の男が慌てた声を出すと別の人の声が響く。
《……聴こえますか、黒づくめ》
振り返って、顔を上げて見てみる。一際高い所に白い衣に身を包む人が立っていた。顔まではわからない。
《私は『聖霊教』の教皇、ヨラン=ファーフェスです。貴方たちの助命は私が命じたのは周知の事かと思います》
恩着せがましく、教皇は演技掛かった声音で言う。
《しかし……貴方たちは本来生きていてはいけない者。この聖戦も私が出来る限界の事だったのです……聖霊様は見ておられます。さぁ、力足らずであった獣人の息の根を留めるのです。そして掴み取りなさい、生きる権利を》
その言葉は、俺の中の何かを切った音がした。
「……ふざけるなぁぁぁああぁぁあぁあぁぁぁあぁ!!」
無意識に燐光を発動していたのか、自分でも信じられないくらいの声量で絶叫した。
「生きる権利だと!?テメーらには当然のように生きる権利があって、俺らや獣人には無いっていうのか!?」
「昨日まで俺たち黒づくめは笑っていた!!それなのに突然!俺たちも訳がわからないうちに!殺し合えなんて言われても!意味がわかんねーんだよ!!」
「俺が最後に殺した獣人は泣いていたぞ!?今檻の後ろに居る獣人は震えているぞ!?そうやって、感情を露わにしている獣人たちも、生きる権利すらないってのか!?」
もうそれ以上、何と言っていいかわからなくなって、俯いてしまう。
《……黒づくめ》
優しげな声で教皇が言う。
《答えは「はい」です。魔族を生み出す黒づくめと、野蛮で人間語を理解しない獣人はヒトの形を持っているに過ぎません……残念ながら、私たちは貴方達を導くことしか出来ないのです》
教皇の言葉が終わらないうちに、俺は教皇の居る方向に向かって駆け出していた。
拳を握り、歯を食いしばり、喉は震えている。
身体にこびりつく獣人たちの血を感じていた。
「届けぇぇえぇぇえええ!!」
そびえる石壁。ビッシリと敷き詰められた観客。
それらを飛び越えて、教皇をぶん殴る為の想像をする。
強く、強く、願った。
そして、思い切り踏み込む。
地面に大きな亀裂が走った。
《なっ……!?》
俺はあり得ない高さまで飛び上がる。口を開ける観客の顔が良く見えた。
そして「空中」を走り、教皇の眼前で腕を引き絞る。
殴り殺すのに、最適な想像だ。
『魔族の拳』……!!
「死ねぇぇえぇぇえぇええ!!」
「光の理に願い誓う。我が愛しき者を守り、苦痛から隔絶させる壁の力の肯定を」
しかし、教皇を殺すつもりで放った拳は光り輝く透明の壁に防がれた。
「メ、ヒールぅぅぅう!!」
もはや敬称を付けることなく、その魔法を発動した者の名を叫ぶ。
教皇の傍にいたメヒールは口を閉ざし、表情を変えることもなかった。
バリアにはヒビが入ったが、とてもじゃないが教皇には届かない。
すると、透明な壁が消失した。
そうかと思えば、メヒールは俺に手の平を向ける。
「詠唱破棄。『激光の大矢』」
「クソッ……!」
魔法を『無効化』する想像をするが、中途半端な想像は威力を少し減衰するだけに終わった。
光の束が腹に刺さり、空中に投げ出され、俺はまた血みどろの場所にまで戻されていった。
俺が獣人の死体の上に落ちると、教皇が拡張された声で告げる。
《……ご覧になったでしょうか。もはや、我々の心は彼らには伝わりません。腹心であるメヒールが居なければ私はこの世に居なかったでしょう》
すると、観客からの殺意が届き、視線が突き刺さった。
何十人もの死体があるこの場所をそんな目で見下ろしてくる人間どもが愚かに見える。
《もはや一刻の猶予もありません。兵士の方々……いえ、誰でも構いません。彼ら黒づくめに天誅を下して下さい》
教皇が告げるとこの場所への出入り口の門が音を立てて開く。
そこから兵士たちや、観客であったのだろう冒険者らしき格好の人々がゾロゾロと入ってきた。
殆どの者の手には殺傷するための武器が握られている。
数々の武器が日光を反射しながら、徐々に近付いてきていた。
「……」
俺はどうすれば、良かったんだろう。
言われるがままに、獣人の女子どもを殺すべきだったのだろうか。
……男の獣人を殺しておいて、何をこんなところでフェミニストぶっていたんだ。
そうすれば、少なくとも俺と残りの日本人は生き残れたのに。
失敗ばかり。
後悔ばかり。
どうして俺は、こんな時まで、こんな所でも、弱っちいんだ。
世界と自分に失望して、膝を着きかけたその時だった。
《待たれよ》
その反響する低く重い声は上から降ってきた。
誰もが空を見上げる。
空中に地面があるように浮かんでいたのは護衛らしき者二人と、豪奢な衣服に身を包み王冠を戴く老人だった。
そして老人が腕を掲げると、日本人以外の全員が敬服を姿勢を取った。
もしかしてあれが……この国の、王。
《皆、楽にせよ。話は聞いておる……闘いの様子も覗かせてもらっていた》
ゆっくりと地に降り立った王は、両腕を広げて語り続ける。
《昨日の魔族の襲来は、帝都史上で最悪の日であったと言っても過言ではなかろう。それほどまでに魔族は脅威であった》
王が、俺に視線を向ける。
すると、俺の身体は地面に縛りつけられたように動かなくなる。
目だけ動かすと、横にいた護衛らしき青髪の男が俺に手を向けていた。あいつの魔法か。
《正直に告白しよう。我は、黒づくめに操られておった》
王の台詞に怒りはもう湧いてこなかった。
あまりにも馬鹿馬鹿しく、身体が自由で反論出来たとしても面倒でしなかっただろう。
観客たちがザワザワとしたが、王は言葉を続ける。
《民よ、心配するでない。洗脳は解け、こうして我は健在している。これも聖霊様が救って下さったのだ》
王が俺たち日本人や、獣人たちに身体ごと向けて言い放つ。
《彼らは最早罪からは逃れられん。慈悲を与えた教皇殿の厚意すらも無為にし、手に掛けようとしたのだからな》
王が歩いて俺に近付いてきた。
俺の目の前に立つと、一際大きな声で宣告した。
《この場に生き残っている黒づくめと獣人は……極国、リドルブリゲン行きとする。彼らには死よりも苦しい目に遭ってもらおうではないか……どうかね?国民諸君!》
すると観客たちは歓喜し、闘技場は王を讃える言葉で埋め尽くされる。
……死よりも苦しい目って、なんだよ、それ。
俺はまた、苦しまなきゃ駄目なのかよ。
歓声が止む気配を見せないでいると、王は俺の傍にまで近付いてくる。
そして王は皺だらけの顔を、俺の顔の近くまで寄せた。
嫌みの一つでも言われるのかと思った。
「宝物庫へ行け。ニホンジン」
「……は?」
そう、短く耳打ちされる。
耳を疑った。
《では、国民よ。我は城に戻ろう。諸君らに聖霊様の導きがあらんことを》
聞き間違いかとも思ったが、聞き返す前に歓声を浴びながら王は浮上していく。
王は、俺のことを「日本人」と言った。確実に。
だけど、俺は現地人には一回も俺たちが「日本人」という名の種族であることは言っていない。
しかも、さっきまで王は俺たちの事を「黒づくめ」と呼んでいたのに。
……わざと、使い分けた?
「よーし、そのまま動くなよ黒づくめ。獣人を皆殺しにしたお前さんは特別製の錠だ……っと言葉はわかんねーのか」
疑問の形が固まる前に、兵士に文様が彫られた手錠を掛けられる。
心の熱は収まっていない。だけど冷静になることが優先だ。
「いや、わかるよ。なぁ……リドルブリゲンってどんな国なんだ?」
「あ?そーだな、一言で言うならゴミ溜めだ。知人が死んでもその辺の道端に捨てるような、犯罪者やクズが集められる国らしいぜ。お前らにおあつらえ向きだな、へへ」
ゴミ溜めにある……宝物庫、か。
「これは骨が折れそうだな……」
「あ?今なんていった?」
「ただの日本語だよ、クソ野郎」
「……なんていった?」
罵る時は、今度から日本語を使おう。
首を巡らせると生き残った日本人と獣人も鎖で繋がれている。
日本人で誰が生き残ったかを確認することはしなかった。
どうせ、後に判ってしまうことだろうし。
しかし、生き残った大人の男は、どうやら俺だけの様だ。
「……しっかり、しなきゃな」
俺がみんなを助ける。
俺がみんなを支える。
戦える俺が、守る。
もう……失敗したくない。
王が敵か味方かなんて考える必要はない。
王が拾ってくれた命だ。
「絶対に、生き延びてやる」
兵士に連れられて闘技場から出ると、小汚い布で目隠しをされる。
それから暫くの間、俺の視界は黒に染まっていた。
これにて三章は終わりです。
申し訳ないですが、四章は十河の出番無いです。フェイン一家やポル、パルガなどの偶像劇となります。
それと、鬱成分はこれから減っていくと思います。たぶん。




