無力
「はっ……?」
こいつは、何を言っているんだ……?
俺たち、日本人が魔族の先祖?
もしかして、こいつは勘違いをしているのか?
俺たちの黒い部分が魔族の先祖の特徴と似ていた、とか。
冷静になれ。魔族の言葉に惑わされるな。
余計な事を言うまいと口を閉ざしていたら、魔族が怪訝そうに片眉を上げる。
「うん?お前、最近この世界に来た人間で良いんだよな?」
「……そうだ。だけど、勘違いしてるんじゃないか?俺たちはお前の言った通り、最近……」
……最近、この世界に来た、だと。
この魔族は日本人が異世界に飛ばされて来ていて、さらに近頃であることは知っている。
それなのに「先祖」だって?
矛盾じゃないのか。
いや、仮説だが考えられる可能性はある。
この異世界の設定を考え、生み出したのは日本人であることを、この魔族が知っているという仮説。
どうやってかは分からないが。
「勘違い?ちげーよちげーよ!勘違いなんてあるものかよ。俺様は間違いなくお前らの血を引いているよ」
背中を伝う冷や汗を感じながら、ニヤニヤとする魔族の言葉に反応を示す。
「そうかよ……わかった、それについては理解できたよ魔族。ただし一つだけ聞かせてくれ。お前が来た目的は、何なんだ?」
心臓を氷漬けにされた心地で質問をする。次の瞬間に殺されるビジョンが脳裏をチラついていた。
すると魔族は、人間のように、困った顔をして首の後ろをポリポリと掻く。
少しだけ悩んでから、口を開いた。
「……答えられねぇな。なに、安心しろ。大虐殺をするとかそんなのじゃねぇから」
「それは、良かった」
災厄を運ぶ者の目的が殺戮でないと言うのならば一体なんなんだ。
魔族の目的と、なんでこんな状況になっているのかを理解出来ない。
なんで日本人が考えた世界であることを知っている?なんでこのタイミングで帝都を直接襲う?なんで壊されたことのない結界を壊せた?なんで日本人が集められている教会にドンピシャで来れた?
わからないことだらけだ。
「どうにも腑に落ちないみたいだな。自分たちが魔族の先祖だってまだ信じられないか?」
付け加えると、納得しているものはない。
「それは、嘘だろ。たまたまお前の髪色が珍しく黒く、俺たちもそうだったのをどこからか聞きつけてやって来た、そのあたりじゃないか?」
ポルから魔族の容姿は様々だってことは聞いている。
魔族は俺の言葉を受けて、考える母になったかと思うと急に笑いだす。
「ハッハッハッハ!まぁ、それは偶然ってやつだ。そうだ、証拠に先代から教わった言葉を贈ってやろう」
「何?」
「『こんにちは』」
「……は?」
堕天使のような魔族の口から出てきた言葉は、日本語だった。
俺が反応しないでいると、魔族は日本語の単語を次々と言う。
「『ありがとう』『さようなら』『どうぶつ』『たいよう』『にんげん』『うみ』『じかん』。これら全部、お前らの言葉だろう?」
「…………な、んで」
待て、落ち着くんだ俺。
騙されるな。魔族の話術に嵌るな。もし日本人が捕らえられていて、言葉を教えていれば知ってしても不思議じゃない。
……いや、だったら何だと言うんだ。
奴らに何のメリットがあるんだ。
混乱が目的?俺たち日本人を混乱させるために、わざわざ?
魔法も使えず、チート能力なども無い日本人のために?
「おいおい、少しは頭を使えよ。もっと俺様を……」
「ぐぅう……がぁぁぁああ!!」
「パルガ!?」
我慢ならなかったように、パルガが縄を喰いちぎって飛び出した。
その動きは今までで最も力強く、最も速く、最も迫力があった。明確に殺意が伝わってくる。
だとしても、いち魔物の全力など魔族にとって些細なことだった。
「……ふん」
浮かんだまま動こうとしない魔族は、パルガへ手を向ける。
クソッタレが……!
脚に力を込め、俺も魔族に向かって跳んだ。
いきなりだが、これで仕留める!
……集中しろ!
一切の思考を削ぎ落とせ!
『肉体は飾りとなり、意識は世界に溶けて消える』!
最も確実に、殺傷出来る想像!
フェインさんの『剣』だ!
俺の腕は……剣だ!
「だらぁぁああ!!」
「がぁぁぁああ!!」
どうする!?
パルガの爪を避けたとしても、俺の剣がお前を殺すぞ!
「馬ぁ鹿」
だが、魔族は魔法すら使わなかった。
パルガの鼻先を先制気味に握ると、腕の力だけでパルガを止めて、俺の方へと投げつける。
「がっ……!」
ボールのように飛ばされたパルガの身体が、モロに俺の胴体に抉りこんだ。
パルガと揉みくちゃになりながら転がっていき天と地の区別がつかなくなる。
やがて地面に伏すと、吐き気と痛みが襲ってきた。
「くッ……はぁ、はぁ……」
「いやはや、俺様が魔族とわかっていながら攻撃してくるなんて勇者みたいじゃないか。そんな蛮勇も嫌いじゃないぞ?」
ズキリと脇腹が痛み、上体を動かすことさえ躊躇われた。
これは、肋骨にヒビが入ったかもしれない。身体を鋼鉄にしてれば良かった……!
パルガに視線を送ると、グッタリとして動けないでいる。
パルガは子熊と言っても八十キロ以上はあるんだぞ、それを片腕だけで投げ飛ばすとか……
「化け物が……!」
「いーや、違うね。魔族だ」
馬鹿にしたように笑いだす魔族。その哄笑は恐怖を誘う。
簡単にあしらわれた俺は、痛みを乗り越えてまた襲いかかる気になれなかった。
熱が冷め、戦意が萎んでいく。
するとやがて魔族は笑うのをやめた。
冷たい表情となった魔族は俺を見下ろすと、首を傾げる。
「どうした?もう掛かってこないのか?」
「……っ」
「はぁ……なんだよ。恐怖に突き動かされたか、その魔物を助けたかっただけかよ。つまんねーの」
また、頭の後ろをポリポリと掻く魔族。
しかし魔族の頭を掻く腕の動きは、魔族が顔を伏せていくにつれて激しくなっていく。
「はぁ~~~つまんねーなぁ」
すると、魔族は頭を掻く動きを止める。
そして、ボソリと呟いた。
「……やめだ。やっぱ全員殺そう。誰も来ないし」
今度こそ、全身の血の気が引いた。
まだ誰も死んでないのは、ただ、遊ばれていたから。
「簡単に殺しちゃどうせ掛かってこないしよぉ、殺さなきゃこうして安心して掛かってこないからよぉ」
俺には魔力を感じることが出来ない。
だが、地面が軋み、空気が歪み、現地人たちが錯乱していれば……嫌でも魔族が魔法を行使しようとしていることを理解出来た。
それも、とんでもない威力の。
「ここら辺一帯を吹き飛ばせば誰か掛かってくるかぁあ?」
風が荒び、敷かれていた石畳が剥がれて巻き上がる。
人々は恐怖を覚えようとも、度が過ぎる恐怖によって悲鳴を上げることさえ許されなかった。
圧倒的強者に説得は無駄でしかない。
例え、俺が巧みな言葉使いで言いくるめようとしても、止まるような気がしない。
むしろ気分を害して俺は最初に殺されてしまうだろう。
もう、どうしようも無いのか?
……いや、諦めるな。諦めてたまるものか。こんな所で死んでどうする。
諦めたら、何のために密林を出たのか分からなくなってしまう。
立ち上がれ……!
膝に手を当てて立ち上がるが、想像以上のダメージは脚をガクガクと震えさせる。
「くッ、はぁ……待てよ、魔族……!俺はまだ、死んじゃいねーぞ……!」
表情筋が痛むほど頬を釣り上げて、無意味に笑顔をつくる。
産まれたての動物みたいに震える俺を、魔族はつまらなさそうに見た。
「……お前は何の為に俺様に立ち向かってんだ?俺様が、勇気を出せば見逃すと思ってるのか?立ち上がれば賞賛して帰るとでも?」
「違う、そんなんじゃない……まぁ別にカッコ良い理由って訳でもないけどな……」
ただ黙って死ぬくらいなら、秒読みの寿命を絞り切って歯向かいたいってだけだ。
「ふーん、じゃあお前から殺してやるよ」
「……やってみろおおおおおおおおおッ!!」
純粋な力も強いが、恐らく奴は魔法の方がヤバイ!
イメージだ!「魔法が効かない」というイメージ!
万能感に呑まれろ!全能感に浸れ!
奴が俺に向ける手の中に、黒い雷が生まれる。
「死ね」
関係ねぇ……!
腕を『剣』に!
脚を『ウサギ』に!
身体を『鋼鉄』に!
魔法を『無効』に!
出来る出来ないじゃない!やるしかない!俺の全てを集約させる!
俺の『剣』で、奴の身体を両断する!絶対に……討つ!
「らぁぁぁぁぁあああああ!!」
いつもよりも激しく輝く燐光を置き去りにするほど加速する。
一足で魔族の目前まで跳び、勢いそのままに『剣』を横一文字に振り抜き、奴の肉と骨をぶった斬る。
……はずだった。
俺の腕は虚しく空を切る。
拍子抜けするほど、アッサリと、俺の腕を避けた魔族は地面に足を着けて、黒い雷が迸る握り拳を構えていた。
「最後の動きはそこそこだったぜ、人間」
そして、黒い雷を纏った魔族の拳が、『鋼鉄』と化した筈の俺の腹に突き刺さっていく様を、皮肉にもスローで眺めることとなった。
「…………ぁッッ!!」
絶叫すら上げられない。
痛み。苦しみ……魔族が与えた感覚が頭の中を白くさせる。
何処かに激突するのは判った。
体の何処かが壊れたのも判った。
顔から倒れたのも判った。
腹が焼き爛れているのも判った。
口から血を流しているのも頬で感じた。
「……ぁ……か……」
「お~、良く生きてたな。殺す気で殴ったんだぜ?恐ろしく硬ぇなお前の身体」
何かを魔族が言う。
目を動かすことすらしんどい。
眼球を動かすと、歩いてくる魔族の足だけが視界に入る。
「そんじゃ、さようなら。蛮勇の勇者さん」
さようなら?
俺はここに居るぞ?
……あ、俺、死ぬのか。
「!? チッ……!」
すると、魔族の気配が轟音と共に遠ざかる。
これは……魔法?ポル、か?
でも、詠唱無しだった。あれ、出来るんだったっけ……思考が働かない。わからない。
「はぁ……怠ぅ」
「……ハッハッハッハ!冒険者が誰も来ないかと思えば、とんだ大物が釣れたなぁ!まさかアトラスの奴を殺した奴らの一人とは運が良い!」
「喧しい波動のせいで昼寝もままならなかったわよ魔族……あ~も~、怠ぅ……自滅してくれない?」
カツ、カツ、と魔族が居るこの場で平然と歩く足音が聞こえ、俺の近くで止まった。
俺の身体の周囲に光が溢れる。
すると、痛みが嘘みたいに引いていった。
「おいおい……今のは上級光魔法か?噂は本当らしいな」
「随分おしゃべりな魔族ね。自分の心配をしたら?」
「なぁに、『吽』を目の前にして気を抜いているわけ、が……!?」
燐光の反動で身体は怠いものの、動けるようになっている。
頭痛はあるが……なんとか起き上がってみた。
「…………え?」
そこでは。
ついさっきまで圧倒的強者であった魔族が、何十何百もの鮮やかで強烈な魔法によって追い詰められていた。
龍をかたどってうねる紅蓮の火炎が。
石畳を削る底の見えない量の滝が。
意思を持っているような鋭石が。
糸状でエメラルド色の光を放つ雷が。
目に見えない魔法もあるのだろうか。魔族が不自然な動きで、見る見るうちに傷付いていく。
「なん……」
「生きてる?黒づくめのボーヤ。魔族の一撃を受けて生きてるなんて怠い体質ね。死んだ方が楽そう」
多分、俺を助けてくれた人。
枯れ木のような杖にだらしなく寄りかかる、地面に着きそうなほど長い水色の髪の女性。
身長は俺くらいで、体のラインを浮かばせる黒いローブで身を包んでいる。
「あの、あなたが助けてくれたんですよね……?ありがとうございます」
「そうよそうよ感謝なさい。怠い魔族を滅するから下がって」
その只者ではない女性が、杖の柄の先をコツンと地面に当てる。
すると、詳しくはわからないが、魔族を追い詰めていた魔法の感じが変わった様に見えた。
より鋭く、より重く。
「中級から上級に上げてみたんだけど?そろそろ死んだら?」
「さっきので中級だったのかよっ……!オッラァ!!」
女性の魔法を避け続けていた魔族が業を煮したように叫ぶと、黒い雷が魔族を覆うように奔る。
女性の魔法が黒い雷の全てを相殺すると、魔族の姿はそこになかった。
女性が上を仰いでいるので俺も上を見ると、空中で魔族が偉そうにふんぞり返っていた。
「危ない危ない、死ぬところだったぜ。さて、俺様はこのまま逃げさせてもらう」
「逃がすと思ってるの?」
「三日三晩掛けても逃げきってみせると言ったら?」
「……怠ぅ。逃げて良いわよ」
えー……。
幾分落ち着いてきた俺は言葉にならないツッコミを心の中でする。
圧倒してたんだから、ここは倒した方が良くないか……?
「そりゃ有難い。ま、目的は果たしたしな。精々足掻けよ!蛮勇のご先祖様!」
そう言い残し、笑いながら魔族はさらに空高く舞い上がっていった。
魔族の姿が見えなくなると、俺は途端に緊張が解かれ、だらしなくその場に座り込んでしまう。
「……って、パルガ!メヒールさん!」
「怪我人はあらかた回復させといた。熊の魔物もね。怠かったけど」
パルガの方を見やると、ただ地面に座ってボーッとしていた。
「あの……改めてありがとうございます。俺は、黒づくめの十河雅樹といいます」
「うっわ、自己紹介とか怠ぅ……ニルマよ」
「学園長!ご無事で!」
素っ気なく返答されると、向こうから目つきの鋭い男性が走ってきた。
「セルトス、遅過ぎ。私が働かなきゃいけない羽目になったじゃない」
「魔族に張られた障壁をほぼ素通り出来るのは貴女だけです……!それで魔族は?」
「なんか逃げるって言ったから逃がした」
「貴女という人はぁ……!」
学園長……ということは、このもの凄く強い女性はポルが通うことになる学園のトップだったのか。そりゃ強いわな。
俺のことを無視し、魔族について喋りだした。まぁ黒づくめに構うわけもないか。
「さっきまでボロボロだったのに、何処も痛まねぇな……魔法すごい」
フラフラと歩いてパルガの下へ行こうとした。
そこで、唐突に、背中に衝撃を受けた。
反動の疲れでまともに反応出来なかった俺はあっという間に倒されて、腕を抑えられ、動きを封じられる。
そして、首をなんとか動かして、抑え付ける男を見た。
「コイツだ……コイツらだ!魔族を、黒づくめが呼び出したんだぁ!!」
男は怒りの表情に満ちていた。
よく見てみると、俺を押さえつける男は獣人の親子が殴られる様をニヤニヤとしながら見物していた男だった。
その男は額に青筋を浮かべ、同意を求めるように声を上げる。
「お前らも聞いてただろ!?こいつら黒づくめが魔族の先祖だって!魔族自身が言ってたのを!」
おいおいおいおい。
風向きがおかしいだろ。なんで混乱に陥れた魔族じゃなく、俺たちに矛先が向けられんだよ……!
男の口火を切ると人々は口々に、脅威が去った今になって、勇気を出して叫びだす。
「わ、私も聞いてたわ!魔族が黒づくめを探していたと言ってた!」
「俺も聞いてたぞ!黒づくめが魔族を呼び出したんだ!」
「結界を破壊して、さらに仲間の魔族を呼ぶつもりだ!!」
「捕らえろ!黒づくめを捕らえろ!!」
なんだよ。
なんだよ、これ。
何なんだこの展開は……!
現地人は目的を定めると、即座に行動に移っていく。
協会に男たちが雪崩れ込み、髪の黒い日本人たちが次々と連れ出されている。
見知っている人も、挨拶すらしてない人も……誰もが無関係に身柄を拘束され、晒されていく。
「怠ぅ。なぁに、どうなってんの?」
「どうやら……黒づくめが魔族に関わっているようですね」
さっき助けてくれたニルマという女性とその連れらしき男性は、別段助けてくれるという訳でもないようだ。
そこで、右往左往としていたパルガと目が合う。
パルガは無関係だと思われているのか、特に何もされていない。
ちくしょう、せめて、パルガだけでも。
口パクで「逃げろ」とやってみる。日本語と、人間語の両方をだ。
伝われ、伝わってくれ。助けに来るな。無関係を装え……!
「動くんじゃねぇ黒づくめ!!」
「がっ……!」
男に顔を地面に押し付けられる。微塵の遠慮も感じられない。
力一杯抵抗して、もう一度顔を上げてみると、パルガの姿はなくなっていた。
……ああ、本当に察しが良い奴だな。
ホッとしたところで、男は俺の髪を乱暴に掴んで地面に叩きつけた。
何度も、何度も。
気絶するまで。
□□■
目を覚ますと、そこは牢屋の中だった。
衣服はそのままで、いつもと変わった箇所はない。
とても大きな牢獄のようだが、日本人たちがぎゅうぎゅうに詰められていた。
暗く冷たい空気の牢屋は、人が多いからか何処か息苦しい。
「あ、十河くん……目ぇ覚めた?」
「……堀内さん。ここは?」
顔面の痛みの他にも、地面に直接横になっていたからか後頭部が痛む。
俺の質問に答えたのは、藍ちゃんを抱きしめる岡本さんだった。
「見ての通り、牢屋の中よ~。ねぇ、十河くん。外で何があったの?どうして、私たちが捕まってるの?」
あぁ……やっぱり、捕まったのか。
こちらを見る藍ちゃんの目の周りは赤く腫れていた。泣いていたのだろう。
どうしてこうなっているか、正直俺にも理解出来ない。
それどころか魔族に言われたことすら、一つも把握出来ていない。
それでも、事実だけを喋ってみることにする。
「魔族という化け物が、襲いに来たんです。そして言いました。お前らが俺たちの先祖だって……」
「ふん、先祖だって?この世界に来たばっかのアタシらがかい?さっぱり意味がわからんさね」
「そ、そんなことなら……誤解はすぐに解けるんじゃないですかね……?」
そうだろうか。それで終わりなら、万々歳なんだけど。
一人の誤解を解くのならば問題ないだろう。
だけどあれだけ騒ぎ立てていたのなら、誤解している人数は少なくない。
集団の誤解は怖い。
誤解は更に誤解を呼び、伝染し、定着し、こじらせていく。
佐藤くんの言うような望みはほぼ無いと考えておこう。
そうしていた方が、ショックが小さいから。
「どうなっちゃうんだろ……僕たち……」
「良くて国外追放、最悪は死刑であろうな」
俯く浜島さん。こんな所でもドライな上野さん。
牢屋は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
男性の中にはボロボロの人も居る。抵抗したんだろう。
「浜島さん、俺たちがここに入れられてからどれくらい経ちましたか?」
「まだ、数時間といったところかな。兵士の人が何か言ってたけど……」
「シッ、誰か来たさね」
「十河くん。通訳したまえ」
「わかってます」
牢屋の外から、鎧の音を立てて数人の兵士が歩いてきた。
鉄の棒を隔てて、俺たちの前に立つ偉そうな兵士が喋り出す。
「やぁ、魔族の先遣隊の諸君。元気にしているかな?」
その一言で、終わった、と思った。ショックは少なかった。
「まさか大胆に、力の無い民を装って教会に身を潜めるとは……王は洗脳でもしたのかね?」
俺は兵士の言葉を通訳しなかった。伝える必要性を感じなかったから。
偉そうな兵士の男も気にせず、嬉色を込めた言葉を続ける。
「明日、闘技場で宴が開かれる。盛大な宴だ。本来ならば魔族の貴様らは処刑の筈だったが、教皇様の慈悲により、そうではなくなった」
皆に、内容を通訳する。
宴とはどういう意味か。それは、闘技場という単語から良い想像は出来なかった。
日本人が僅かにざわめくと、見張りの兵士が槍を檻に叩きつけて黙らせる。
「……なぁ、兵士様。その宴というのはどういった内容なんだ?」
「それはせいぜい明日の楽しみにしておけ。魔族」
兵士たちは嫌らしく笑い、それ以上は何も言わないで去っていった。
それからも、牢屋の中は静かだった。
誰かが脱出しよう、とか。どうしてこんな事に、だとか冷静さを失うかと思ったけど。
小さな子どもは、何が起こっているかわかっていない顔をして、保護者代わりだった人の顔を覗き込んでいる。
大人はどんな気持ちで俯いているんだろう。
絶望して?精神が衰弱して?それとも現実から逃避して?
そんな細かい他人の心の機微をを考える心の余裕は、俺にはなかった。
「……」
たぶん……全部かな。
俺が横になると、みんなも同じようにして、眠った。
俺は眠れなかった。




