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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
帝都編
39/82

現れる災厄

 獣人の親子と、棒を持った少年二人の間で腕を広げる堀内さんは感情をぶつけるように叫ぶ。


「あんたたちさぁ!いくらなんでもヒドくない!?無抵抗の相手をどんだけ殴ってんの!?」


 繰り返し、堀内さんがそう訴えるも、少年二人はどこ吹く風だ。

 それもそのはず。堀内さんは人間語を喋れない。

 だから、少年二人は日本語で何と言われようとも、伝わっていない。


「……なんて言ってんのこの黒づくめ」

「ていうかお前には関係ないだろ、どけよ」

「あーもー言葉わっかんないよー!日本語で喋ってよ日本語でー!」


 てか、なんで、堀内さんが。

 ……そういえば前に堀内さん動物が好きだとか言っていたっけ。

 それならば動物に見た目が似ている獣人を助けたくなるのも、わからなくはないか?

 堀内さんと少年二人の会話 は成り立っていないが、言い争う三人に野次馬にどよめきが広がっていく。

 それは主に急に割り込んできた堀内さんに対するものだった。

 この空気は不味い。さっさと堀内さんを教会の中に連れ込まなくては。


「ソゴウ殿、あの方は黒づくめではないであるか?」

「ああ、知り合いだよ。我慢出来なかったのか……ポル、ナイフと牙を少しの間持っててくれ」

何故(なにゆえ)

「話し合いに武器は要らないだろ?パルガ、行こう」

「がぁ」


 ポルに武器を預けてから、パルガを連れて、野次馬の輪を抜けて現場に出る。

 俺に気付いた堀内さんは「十河くん」と小さく呼んだ。


「堀内さん、駄目です、教会に戻った方が良い」

「いや、でも、この人たち、ボコボコに殴ってたんだよ!?」

「そうですけど、この世界だと獣人は奴隷の身分なんです!俺たち日本人がこうなってもおかしくないんですよ?」

「……っ、だけど、ヒドすぎるでしょ!おかしいよ……」


 ズルい言い方だとは思うが、それで堀内さんは力なく項垂れた。

 俺とパルガが現れたことにより、困惑していた野次馬の意識がこちらに向けられる。

 取り合えず、不満そうにしている少年二人に話し掛けた。


「ごめんな、獣人が奴隷だってことをこの人は知らなかったみたいなんだ」

「……あっそ。じゃあ見せしめの続きしていいか?ほんっと気に食わねぇぜ」

「あー、いや待ってくれ。その、さっきまでの見せしめでかなり衝撃的だったし、もういいんじゃないか?」


 殴ることを続行しようと木の棒を握り直す少年に慌ててそう声を掛けた。

 するともう片方の少年がさっきよりも不満を募らせたように言う。


「兄ちゃん、この黒づくめ、人間語が喋れるからって偉そうだぞ」

「そうだな。はっ、お前の言うことなんか聞くかよバーカ」


 下手に出た途端にこれだ。

 だけど、忍耐だ俺。怒ってしまったら元も子もない。

 パルガも小さく唸り声を出して、静かに憤っている。


「なぁ、でもこのまま殴ってたら死んじまうぞ?いいのか?」

「また買えばいい話だから」

「死体の処理はどうするんだ?」

「兵士さんがやってくれるでしょ」


 ……駄目だ、少年二人はやめる気なんてハナからない。

 諦めかけ、動けないでいたら、パルガがのっしのっしと歩き、獣人の親子を守るように立ち塞がった。


「なんだお前、黒づくめの従魔か?」

「もういいよ、コイツごとやっちまおう」


 パルガが少年二人ごときにやられる奴ではないことは知っている。

 だが、パルガの体勢は無抵抗を示していた。

 少年たちが木の棒を振り上げる。


「待ってくれ!やめろって!」

「あぁ、うるさいな!なんなんだよお前は!邪魔すんなよ!」

「一体なんの騒ぎでございますか。ここは神聖な教会の前でございますよ?」


 緊張がピークに達した時、教会から出てきたのはメヒールさんだった。

 野次馬からさっきまでとは違ったざわめきが起こる。

 メヒールさんの優しげな瞳が少年二人と獣人の親子に向けられる。


「……なるほど。状況は大体わかりました。あなた方はその棒を下ろしてください」

「メヒールさん。介入するつもりはなかったんですけど、その目に余って……」


 しどろもどろになりつつ、そう伝えるとメヒールさんはコクリと頷いて前へ進み出る。

 メヒールさんが少年二人の前に屈み、二人の頬にそれぞれ手を添えて優しげな声で言う。


「きっと、癇に障ることがあったのでございましょう。しかし、生命を無闇に弄んではいけません……ね?」


 少年二人は顔を赤くして、素直に頷いた。

 それだけでも腹立たしいが、メヒールさんに頭をなでられると二人は年相応の純粋そうな笑顔へと変わった。

 さっきまで獣人の命を奪おうとしていた、醜い死神の姿ではない。

 苛立たしい。この世界の仕組みが。

 次にメヒールさんは怯える獣人の親子の前に屈むと、親の方に手の平を向けて呪文を唱える。


「さて、あなたを治療してあげましょう……光の理に願い誓う。我が隣人を癒し、再起させる力の肯定を」


 血で汚れた毛は赤黒いままであるが、傷は治ったのだろう。獣人の親は両手の指を組んで感謝を示している。

 メヒールさんは立ち上がると、野次馬が多く集まる方に振り向き、口を開いた。


「皆さん。ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、私は『聖霊教』の枢機卿、ヴリスタ=メヒールでございます。事の顛末は知り得ませんが、思うに少年たちが獣人をいたぶっていたのでしょう」


 そこで言葉を切り、この場にいる聴衆を見回してから続ける。


「獣人が奴隷階級であることは私も承知しています。ですが、彼らもまた生命。生命とは全て聖霊様の同胞である魔創神様がお創り下さったものです。言葉や文化、外見が違うのに完全に理解し合え……などとは言いません。ただ、手を取り合ってみて下さい。獣人に歩み寄ることで彼らはより従順となってくれることでしょう。かつて私は森に篭っていたエルフでした……ですが聖霊様の教えを知った時、一人の信者となり、目が醒めたのでございます。そう、彼ら獣人は知らないだけなのです。人間語を解し、世界を知るあなた方ならば獣人を導いてあげることが出来るでしょう。痛みでなく、教えによって彼ら獣人も変わることが出来ます。皆さん、大事なことは慈悲の心を獣人へと分けてあげることでございます。そうすれば獣人にも人間の心が芽生え、より親しい間柄となるのです。彼ら獣人を怖がってはいけません」


 メヒールさんが演説を終えると、聴衆から歓声と拍手が湧き起こる。

 だが俺は手をピクリとも動かさなかった。動かす必要などない。

 従順になるだの導いてやるだの、つまり人間が上であることを前提として話している。

 ……やっぱり、『聖霊教 』は駄目だ。日本人は教会から独立すべきだ。

 メヒールさんを始めとする司祭さん達も優しそうな人だけれど、いつぞやのクソ神父と同じことをしないとも限らない。

 周りをぐるりと見ると、野次馬が人垣となり、ポルとリャーノの姿を見失っていた。

 あちゃあ、ナイフと牙を預けたのは失敗だったか?



 二人を探すのに骨が折れそうだと思った時、聴衆の拍手が止みだした時、パルガが不自然に動きを止めた。

 首に繋いだ紐を引っ張っても、動こうとしない。


「……?おいパルガ、どうした?」


 いつもの理性的なパルガの姿はなく、鼻息を荒くして空を睨みつけている。まるで獰猛な魔物のようになっていた。

 飛竜を前にした時も平気だったパルガが……怖がっているように見えた。


「ぐぅ……ぐぉぉぉおおお!!」


 鬼気迫るパルガが吼えた、まさにその瞬間。

 体の芯まで届く、分厚い卵の殻が割れるような歪な音が鳴り響いた。

 なんだっ、これはなんの音だ!?

 真っ先に反応したのはメヒールさんだった。険しい表情でざわつく民衆に呼び掛ける。


「これは……!皆さん!落ち着いて下さい!教会の中に入れば安全でございます!」

「……っく、堀内さん、早く中に!」

「う、うん!十河くんは!?」

「いいから、先に!」


 混乱する前に指示された民衆も急いで教会の中へと駆け込んでいく。

 演説を聞いていた者だけでなく、近くに居た人間も教会に走ってきていた。

 事態が急転する中、メヒールさんの下に急いだ。


「メヒールさん!今のは何の音ですか!?」

「帝都の空には数百人の魔術師による強力な結界が張られています!……それが、破られた音でございます!!」


 ……なんだって。

 数百人の魔術師による結界?それが破られたとか、冗談かよ。


「今までそんなことは?」

「帝都史上、初めてでございます!さぁ早く、ソゴウさんも教会へ……!」

「……はいっ」


 ポルとリャーノが心配だったが、二人なら大丈夫だろうと思い直して踵を返す。

 空を凝視したまま動かないパルガを引きずるように、メヒールさんと一緒に教会へ入ろうとした。


 すると、背後で大きな鳥が出したような羽切り音がした。


「やぁやぁ、ご機嫌よう。人間ども」


 それは高いが、男の声だった。

 そしてその一声だけで総毛立つ。

 腕が震え、脚が固まり、脳は働きを停止しそうになる。

 楽に死のうとする本能を抑え、歯を食いしばり、意を決して振り返った。

 そこには、地面に足をつけずに僅かに浮かぶ人間の男の形容をしている化け物が居た。

 白い肌に対照的な黒い髪、背中からは黒い翼が生え、ボロ布を纏う姿はまるで堕天使みたいだ。

 どんな者も魅力されてしまいそうな邪悪な笑みで、俺たちを眺めている。

 恐ろしい。ただただ恐ろしい。見ているだけで寿命が縮みそうだった。

 首だけを動かすと教会に入れなかった現地人も、顔を蒼白として動けないままでいた。

 誰もが彫刻のようになった中、メヒールさんが厳しい表情でその者に問う。


「帝都の結界を破るなど……何者でございますか」

「んー?俺様に質問したのか、エルフ」

「……質問を変えましょう。どのように結界を破ったのですか!?魔族!!」


 魔族……だって?

 単語だけは知っている。

 ポルはこう言っていた。

 災厄を運んでくる、最悪の者。

 数年前に魔族は何百人の人間を殺した異形だと。

 目の前の堕天使みたいな奴が、魔族。


 俺以外の人々も目の前の化け物が魔族だと認識すると、悲鳴で埋め尽くされる。

 気丈な人々は言葉にならない声を撒き散らしつつ、魔族から逃走する。

 そうでない人は、その場にうずくまって動けそうになかった。

 ドバレアでの、飛竜が現れた時を思い出す。


「はぁ~、茶番だな……取り合えず、お前は眠っとけ」

「っ!?『壁』よ!」


 魔族が腕を振るうと、見たことのない黒い雷がメヒールさんを襲う。


「くぅっ……!?」


 メヒールさんは即座にバリアのようなもので防ぐが、吹き飛ばされ、教会の壁に叩きつけられた。


「メヒールさん!!」


 地面に倒れ込んだメヒールさんだが、肩は上下している。死んではいない。

 ……反応出来なかった、集中出来ていなかった。

 もし、あの黒い雷が俺を狙っていたら避けられなかった……!


「グラァァァァアアア!!」


 パルガはかつてないほど殺気立ち、魔族に向かって吼え立てる。

 しかし魔族は余裕の表情でパルガを見た後、流し目で俺へ視線を送る。

 くそ、武器……は、タイミング悪く預けちまった。

 有ったところで、何が出来るかって話だけどな……!


「お、早くも見つけちゃったか。用事はすぐに終わりそうだな」


 ……は?

 魔族は、今、俺と目が合っている。

 目が合っていて、「見つけた」と言った。

 俺を、見つけたと。

 つまり、俺が目的?

 いや違う、黒づくめが目的なのか。

 そうか、それなら国王が黒づくめを保護しようとしたかも納得がいく。

 魔族の目的が俺たちなら、国王が魔族から黒づくめを守ろうとしていると思えば自然な……


「あんたらを探してたんだよ、黒い髪に黒い瞳の人間様。魔族の、ご先祖様をな」

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