久方ぶりの休日を友と
俺はパルガと久し振りに外出したが、帝都の案内などはなく、右も左もわからないまま立ち尽くしていた。
簡単に縄で繋がれたパルガは美味しそうな香りに首をせわしなく巡らせている。
「うおー……店も人もドバレアとは段違いだな」
「がぁ」
「こら、引っ張んな、今日はお前のメシを買いに来たんだから」
そうは言ったが、とりあえずパルガに引かれて歩くことにする。
パルガは密林やドバレアにいた時よりも食欲が増したらしく、日本人と同じ量の食事じゃ満足出来ないようになった。
だから食料を買い足しに来たのだけど……これは俺の自腹である。
休暇を兼ねた外出は、わがままな相棒がもたらしてくれたものだった。
「だけどいつかこの分の借りは返してもらうからな」
「わからない」
「わからないじゃねーよ!人間語がわかるなら俺の言った意味もわかるよな?」
「がぁ」
「都合良いなオイ」
丁寧に舗装された石畳の上を歩く人々は活気に溢れている。
露店はドバレアのよりも商品の種類も量も豊富で、何よりファンタジーの世界らしく武器や防具も売られている。
男子としては近づいて見てみたいが、掲げられた値札が軽い気持ちで来るなと示していたので遠慮した。
パルガが釣られた良い香りの先には軽食屋らしい小さな店があった。
「じゃ、ここで飯を済ませてから買い物して帰るか」
「賛成」
「単語だけで喋るからポルみたいだな……」
店の中に入り、パルガも入って良いかを聞いてから席に着いた。
メニューが壁の掛けられた板に書いてあったけど、定番がわからないのでオススメをお願いした。勿論パルガの分もだ。
日本人が考えた設定の異世界だから当たり前かも知れないが、食文化にしてもさして大差がない。
あ、けどマンドレイクとかあるのかな……それは食べたくないかもしれない。
特に何をするでもなく料理を待っていたら、聞き覚えのある声の後に、見慣れた顔の二人が入店してきた。
「ここが数日間帝都の食事処を廻った我輩が良しと感じるに足りた所である!ポル殿もきっと気に入るに違いないである!」
「期待」
いつものローブ姿のポルに、いつもの軽そうな防具を身に付けるリャーノだった。
「おーい、二人とも!久しぶりだな!」
「むむ?おぉ!ソゴウ殿にパルガ殿ではありませぬか!これは偶然でありますな!」
俺に気付いたリャーノは全身で喜びを表し、ポルは無表情だが驚いているみたいだ。
「再会。驚愕」
「ああ、俺も驚いたよ。一緒に食べないか?」
「了解」
二人が席に着くと店員さんが来て、リャーノから注文を受けてから戻っていった。
これは、普通だったら俺から聞くべきではないのだろうが、確信を持ってポルに聞いてみる。
「なぁポル、試験はどうだったんだ?」
「おお!確かにそうでありましたな!して結果は如何ほどに?」
「合格。特進」
トクシン?
ああ特進か……って特進!?
「えっ、それってトップクラスだって事か?」
「是」
「ほほう!凄いでありますな!聞く所によると、受験者は毎年千人は受験して倍率は十倍から十五倍はあると伺っているのである」
少なくて十倍……百人くらいしか合格しないのか。
しかもその中で特進だと言うのだから、相当評価されたのだろう。
合格するとは思っていたけど、帝都の大きな学校はポルの実力をきちんと見い出してくれたんだな。
「いやぁ、凄いなポル!合格おめでとう!つーか、どうやって合格したんだ?」
俺の言う「どうやって」というのは「どんな魔法を見せて」という意味だ。
すると、ポルはいつもの調子で淡々と答える。
「全属性。無詠唱」
「……なんと!?ポル殿、それは本当であるか!?」
リャーノが突然動揺し、テーブルに身を乗り出してポルに詰め寄る。
ポルは鼻が当たりそうなリャーノの顔面から仰け反ることなく首肯する。
「はぁ~……なんと、我輩はとんでもない方と友人になってしまったようであるな!」
「えと、やっぱ凄いことなのか?」
「凄いこと?とんでもないのである!化け物を凌駕してそれはむしろ天使じみているのである!まさにポル殿は神に祝福された天性の天才である!ポル殿は十にも満たない年齢ながら、なんという器量の持ち主であるか!!」
ここまで興奮するリャーノも久しぶりだから、ここは黙って話を聞いておこう。
「いいであるかソゴウ殿!?まず魔法の属性には適性があると前に話したであるな!?」
「えっと……あ、あぁ。そうだな。うん」
確か、『闘気』の説明を受けた時にそんな事を聞いた……憶えがあるようなないような。
「そう!つまり、ポル殿には全ての属性に適性があるということを示しているのである!」
「なるほど!それは凄、」
「いえいえいえいえ!まだである!それに加えポル殿は無詠唱と申されました!ソゴウ殿は無詠唱の意味をお判りであるか!?」
「いや……知りません」
「ならば我輩が答えるのである!……ところでソゴウ殿は算術は出来ますかな?」
「さんじゅつ?ああ、計算のことか?一応は出来るぞ」
「ほう、素晴らしいのである!ならば簡単に説明出来るであるな!こほん、魔法とは即ち複雑な算術の答えであり、詠唱とは即ち導き出すための式と計算なのである!」
ふーん、なるほど。そういう事か。
「つまり!」
「つまり、無詠唱ってのは算術の問題を見ただけで一気に答えを出してしまう……みたいなものということか」
「そう!そうである!でもそれは我輩に言わせるのであるぅぅぅ!!」
「あ、あぁ……それは確かに凄いな。でも、それらはポルだけが特別なのか?」
「無論。我輩の所属するギルド『太陽の御手』はSランクまでの強者を多く抱えているであるが……全属性を扱える者は、居ないのである」
「……居ない?一人も?」
「うむ。ポル殿の年齢層の子どもならば、一つか二つの適性属性の簡単な魔法を詠唱ありで四、五発放つ程度が限界である」
冒険者については少しだけ聞いたことがある。
冒険者にはランクが存在し、最も低いランクのFランクから、最高ランクのSランクまである。
そして最高ランクのSランクはこの大陸に、十五人も居ない……だっけか。
「はは……それは、驚愕するわな」
俺は小説の主人公のような人間から言葉を習ったってことか。
尊敬の眼差しをついポルに向けると、目が合ったが、ぷいと逸らされた。
「……当然。私。天才」
「お待たせしましたー、本日のオススメ定食3つと魔物用のエサでーす」
この反応は、多分照れてるなぁ。
ポルの才能のことにはそれ以上触れないようにして、運ばれて来た栄養バランスの良さそうな定食を食べ始める。
話を聞けば、今日はわざわざポルがリャーノのギルドを尋ねて手斧を弁償しに来たのだという。
「じゃあこの後は武器屋で買い物するのか?」
「うむ。しかし武器は安いものでもポル殿には高価である。であるから、ポル殿の厚意を無駄にせぬためにも折半という形で落ち着いたのである」
「貧乏。謝罪」
「ぬっはっは!まだまだ子どものポル殿が気にするなど十年は早いのである!」
得意げな笑顔でドンと胸を叩いてみせるリャーノ。
しかしリャーノも見た目が子どもだから素直に格好良いと思えなかった。ごめん。
▽▽▼
食事を終え、俺たちはリャーノの案内で帝都を廻ることにする。
先にリャーノの手斧を買ってから、パルガの飯が買える教会に近い店に行くことになった。
ポルも帝都に来てからはずっと魔法の修行を行っていたからまだ詳しくないんだとか。
というか修行って……飛竜を五匹同時に倒せるのに更に強くなっちゃうのかよ。
活気に満ちた表通りから外れ、静かで細い道を進んでいく。
人の気配が薄まっていくと、代わりに金槌で鉄を叩く音が聞こえてきた。
「隠れ家みたいな店だな。良い店なのか?」
「無論!ここは我輩の父の友人の店なのである。武器を売るだけでなく、製造や研磨なども行っているのである」
リャーノの父親の友人……ということはドワーフが居るのか。
まだドワーフらしいドワーフを見ていないので、ドキドキしながら店に近付いていく。
ドワーフって言うと気難しい職人みたいなイメージがあるんだけど、どんなのだろうな。
店の前に着くと、リャーノが木扉を横にスライドさせた。
すると音も無く、小振りな剣が回転しながら飛来する。
「なッ!?」
瞬間的に集中し、燐光を発動させた。
世界がスローになった感覚の中、腰に差した大牙に手を伸ばす。
高さから見るに、投げた奴は俺の首を狙っている。上等だ。
大牙でその剣を弾こうとした時、リャーノが脚のホルダーに差してあった手斧を抜き、その剣を下から弾き飛ばした。
剣の速度は減衰し、山なりの軌道を描いてパルガの横に落ちた。
そして額に血管を浮かばせたリャーノが叫ぶ。
「我輩の友人に剣を投げつけるとは何事であるかぁぁぁ!!」
「その前にそこの黒づくめはリャーノちゃんの何なんだよぉぉぉ!?」
今友人だって言ったよね?
奥から出てきたのは、焦茶色の髪と髭で覆われた顔で、背丈は低いが体格は巌のような典型的なドワーフだった。
言い合う二人の話を聞いていれば、どうやらリャーノは里でアイドル的な立ち位置であったらしい。
「くぅー!あんな小っちゃかったリャーノちゃんが大人になっちまうなんてよぉ……」
「我輩はもう大人である!良い加減子ども扱いはやめるのである!」
いや今でも外見が……とかいう突っ込みは野暮なのだろう。
リャーノにどやされて大人しくなったドワーフが俺に向き合う。
「チッ、悪かったよ。殺すつもりで投げたが……見えてたな?」
「いや、マジで死ぬとこだったよ。それで、手斧は売ってあるのか?」
「ああ、有るよ。お前さんへの詫びの意味も込めてリャーノちゃんの武器は三割引きにしといてやる」
「五割である」
毅然とした態度で、腕を組むリャーノが言い放つ。
すると肩を竦めたドワーフが困ったような声で言う。
「それはキツイぜ、リャーノちゃん。うーん、じゃ四割引きはどうだ?」
「五割である」
「わかった、四割五分引こう!それで……」
「五割である」
「……はい」
なんとも強引な手で五割引きにして、手斧を購入した。
ドワーフがリャーノに手渡した手斧は見事なもので、表通りの店先に並んでいた安物とは明らかに異なる。
リャーノが二度、三度その手斧を振り、納得したように頷く。
「うむ。逸品である。ポル殿、半分買っていただき誠に感謝である」
「それを作ったのは俺なんだが」
「ああ、うん、ありがとうである」
この扱いの差よ。
俺を殺す気で剣を投げたから当然の報いだと思っておこう。
ションボリするドワーフの肩にポルとパルガが手を置いて慰めてあげていた。
▽▽▼
「ふぅ、買った買った。パルガ、荷物を少し背中に載せるぞ」
「があ」
肯定と捉えます。
パルガの飯の買い物を終えて、俺たちは帰路に着いていた。
教会の近くにあるのが良かったけど、どうやらあの辺一帯はいわゆる八百屋と言った店が無いらしい。
「ということは、パルガの飯が無くなったらまたこの道を往復しなくちゃいけないのか……」
「友の為ならその程度の運動は我慢するのである」
「肯定」
「肯定」
ポルに続いてパルガが言う。仲良いねまったく。
するとリャーノは驚いた顔をした後、苦笑しながらポルに撫でられているパルガに向ける。
「何度か聞いてはいるであるが、パルガ殿の口から言葉が出るといまだに不思議な気分になるであるなぁ」
「言葉を習ってない時でも俺の言いたいことを理解してるみたいだったよ、コイツは」
察しの良さはどんな人間も敵わないと思う。
褒められているのも分かっているのか、少し誇らしそうに顔をこちらに向ける。ドヤ顔すんな。
ポルがパルガの顎の下を優しく撫でながら語り掛ける。
「パルガ。天才。私。同等」
「があ!」
俺はポルが学校で虐められないか心配です。
事実、ポルはボルボ族という他民族であるから、人種差別をする人間は存在するだろう。生徒はもちろん教員側にも居るはずだ。
だから、ポルの味方になってくれる人が少しでも居てくれれば良いな。
「……なんてな」
「がぁ」
クサイことを考えていたら、パルガが鼻先を尻に押し付けてきた。
なんだよ、と思ったら教会に着いていたようだ。
しかし様子がおかしいことに直ぐに気付く。教会の入り口付近に人集りが出来ていた。
近付いていき、聞こえてきたのは子どもの癇癪声と肉を打つ鈍い音だった。
「食らえ!奴隷!獣がっ!おら!おらっ!」
「俺らに心から謝れよ!」
それは見るも無惨で、残酷な、ただの暴力だった。
裕福そうな少年二人は木の棒を縮まりこむ獣人の親子に振り下ろし、何度も、執拗に叩く。
子どもを庇う獣人の母親は血塗れになっていて、鉄の臭いが今にも届きそうだ。
その光景に、内臓が丸ごと出てきそうな吐き気を催す。
熱い憎悪をぐっと堪え、近くでニヤニヤとしながら見物していた男に訊ねた。
「なぁ……あの獣人の親子は何をしたんだ?」
「ん?あぁ、貴族の子どもを獣人の子が睨んだらしい」
「……それだけか?」
「そうらしい。奴隷が歯向かうからあんな目に遭うんだよな~」
「教えてくれてありがとよ」
言葉尻にクソ野郎、を付け加えるのも我慢する。
初めて見る獣人の姿がただ一方的に虐げられる弱者だった。
異世界では仕方の無いこと、そう割り切れれば良いのに。今すぐ少年二人に飛び掛かりたい。
だけど、俺が自分勝手な正義を行使してしまえば、日本人の居場所は消える。
また、どうすることもできないのか。
無力感を覚えたまま、ポルたちを見ると、皆同じように、感情を殺した表情をしていた。
俺もこんな顔をしてるのかな。
『許して下さい……許して……』
「はぁ!?鳴き声じゃなくて人間語を喋ろよ!獣!」
可哀想なんて思うのは、エゴなのか。
人が傷付けられて助けたいと思うのは気持ち悪いことなのか。
助けたら、助けたで、日本人も現地人も馬鹿だと笑うかもしれないな。
動きたくても動けない。それに、動きを縛るのが味方であることが歯痒い。
息を吸って、吐いて。いつもの調子で喋れるようにして、ポルに笑って話しかける。
「……とにかく教会に戻るよ。俺たちには、関係がない。ポルとリャーノはここでお別れだな。また会おうぜ。じゃあな」
返事をさせないように、一息でそう言い残して、パルガを引っ張って教会に歩き出そうとしたその時。
「ちょっとちょっとちょっとぉ!いい加減にしたらぁ!?」
大声の日本語で、獣人の親子と少年二人の間に割って入っていった人が居た。
怒りを露わにする、オカッパ眼鏡の堀内さんだった。




