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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
帝都編
36/82

番外・少女ポルの入試試験

本編と直接関係はないため、番外としました

「……朝」


 早くに目が覚めたポルはゴソゴソと布団を退かし、ベットから降りて身支度を整える。

 クリーム色の髪を手櫛でといて、痛くない程度に頬をぺしぺしと叩く。目覚めはこれでワンセットだ。

 モーブリーの妻が用意した上質なシャツとスカートを着てから、寝泊まりしている来客用の部屋から出る。

 ポルは、何日もお世話をされているから今日は朝ご飯をつくろう、と足早に台所へ向かった。

 しかし、台所には既にモーブリーの奥さんがテキパキと朝ご飯の準備を始めていた。

 それに加え、モーブリーさんもテーブルの席にもう腰を降ろしている。


「あら、ポルさん。今日は早起きね?」

「緊張。覚醒。おはよう」

「そうですよね、今日は試験だから仕方ないですよ。いやぁ、ポルさん頑張って下さいよ~」

「あら、あなただって今日は珍しく早起きじゃないですか」

「自分ごとのように緊張してしまって……はっは」


 ポルがいつもの席に座ると、料理が差し出される。パンにスープという、いつものメニュー。

 斜めにカットされた丸パンをオニオンスープに浸してから、口に含む。

 舌全体に当たるようにパンを咀嚼し、細かくなったそれをゆっくりと飲み込んで、言った。


「美味」




 □■■




 帝都最大にして唯一の学園、トラウム学園。

 帝都中の貴族、平民、貧民でさえも関わりなく、才能の有る者たちだけが集まる場所。

 ……といった触れ込みではあるが、試験を受けるのすら金が掛かる為、貧民や平民が試験を受けることはほぼ叶わない。

 これは貧民や平民を嫌う人間がトラウム学園に居るという事実でもあった。


 つまり、結局、試験の会場に居る殆どの受験生は金を持て余した貴族の子どもばかりだった。

 そしてそんな中、貴族といった立場からは程遠いポルは非常に目立ち、ある意味注目の的となっていた。


「おいおい、なんで猿がこんな所にいるんだ……?」

「もしかして試験を受けるつもりかしら?」


 上質な衣服を身に纏ってはいるものの、顔の肌は隠しようがなく、ボルボ族の証である褐色の肌が曝け出されている。

 しかしポルがそれを恥じることなどは断じてあり得ない。

 ポルは、今日ばかりは、いつものようにフードで顔を隠すことはしなかった。


(私がこの学園で、優秀な成績を納め、ボルボ族を認めさせる。村で「抜け殻」と言われようと、ここで猿と言われるようと)


 社会的地位の低いボルボ族が胸を張って、村以外の場所で歩けるように。

 そうポルは決意を固めているが……本心は母に褒めてもらうため、喜んでもらうためである事をポル自身はわかっていない。


 トラウム学園の入試方法は単純明快である。


『如何なる方法であっても問うことは無い。己の実力を5人の学園の教師、講師に見せつけよ』


 といったものである。

 試験内容はこれのみ。そこだけは賄賂による不正や、裏口入学などの搦め手は一切通用しない。

 それがトラウム学園が学び舎の頂点に立っている由縁なのである。

 入学する者達は貴族の子息が大半であるが、卒業生は漏れなく優秀。トラウム学園の卒業証だけでも誇るべき勲章であるのだ。

 ちなみに、トラウム学園を卒業出来る生徒は毎年入学者の半分にも満たない。


 貴族の子息達から距離を置かれ、一人ポツンと控えの木椅子に座っていたポルは静かに魔力を練り上げていた。

 すると「演習場」と文字が彫られた扉が開き、痩せた男が紙を見ながら大きめの声を上げる。


「え~、受験番号186。ポル」

『はい』


 ポルは緊張のせいでボルボ語の返事をしてしまったが、痩せた男に気にされることはなかった。

 中に入ると、規定通り五人の審査員が持ち運ばれた椅子に腰掛けている。

 演習場は円状になっており、学園の教師陣が構築した魔法耐性がある壁に囲われていて、非常に強固な作りである。


「受験番号186の……ポル、だね?」

「是」


 試験官の一人の刃のような目つきの男にそう尋ねられ、ポルは迷わずに、今度こそ人間語で返事をする。


(うん。ソゴウよりは目つき怖くない)

「宜しい。では、試験を開始する。制限時間はこの砂時計が落ちるまで。始め」


 カツン、と小さな砂時計が逆さまにされる。


(私は、天才。大丈夫、出来る。魔法が私の価値だから)


 ポルは目を閉じ、息を静かに吸って、体内の魔力を活性化させていく。

 そして吐く息に呼応して、腕に、脚に、全身に、満遍なく魔力を満ちていく。

 それをゆっくりと両手へと集めていった。


 試験の数日前に一体どんな魔法を見せれば良いだろうかと、ポルは逡巡していた。

 派手な火の魔法か、最も得意な水の魔法か。

 その事をモーブリーさんに相談すると、とんでもない、と叫ばれた。

 そして言われた。『出来ることを全てやってしまえば良い』……と。

 ポルは名案だと思った。だが、それだけでは不十分にも思われた。

 だから、もう一工夫加えることにした。

 ポルは試験までの日数全てをその「工夫」の訓練にあてた。

 ポルが魔法に関して、ここまで苦労したのは初めてであった。


(でも……もう、問題無い)


 魔力の多いポルが集中して、魔力を溜めて練り上げる。

 そして「無言」のまま。

 右の手の平に火の、左の手の平に水の球体を浮かばせる。


「……!」

「ほほぅ……」


 ポルがその異なる双球をゆっくり交わらせると、たちまち水蒸気が立ち昇る。

 さらに続けて、蒸気の中から這い出てきたのは二つの雷の球。

 円を描くように、空中で二つの球がグルングルンと互いを追いかけあう。

 やがて雷球が一つに纏まると、ポルの両手から伸びた闇がまとわりついて、雷球を消して見せた。


 砂時計は、まだ半分までしか落ちていない。


(まだ)


 ポルが地面に手をつけると、石の円柱が囲うように、乱雑に隆起する。

 魔法を形成する激しい思考の中でも涼しい表情を保つポルが、くるくると両手を広げて回りだす。

 すると、たちまち疾風が巻き起こり、石の円柱は上から徐々に削られ、石片が宙へ飛ばされる。

 削られた石片群は空中で止まり、強風と共にポルが差し出す両の手の平の上へと集結していく。

 石片が一つに集められると、突如ポルの手の平が眩い光を放った。

 審査員達はその眩しさに目を細めるが、目を逸らすことは無い。


 発光が終わり、試験官たちがポルを見やる。

 ポルの目の前の空間には、小振りながら完璧な球体の石が宙に浮かんでいた。

 ポルは石を浮かばせたまま、モーブリーの奥さんに教わった通り、スカートを少し持ち上げる優雅な礼をした。

 そして、時計の砂が全て下に落ちる。


「……時間だ。先程の待機場で待っていなさい。合格の発表は後ほどすぐに行う」

「是」


 風の魔法を解除し、浮かばせていた石の球を落としてから、身なりを整えて踵を返す。

 詠唱無しに連続で魔法を使ったポルは非常に疲弊していた。

 だが疲れを見せまいと、気丈な足取りで演習場を出ていった。


 しばし、ポルが居なくなってからも審査員達は椅子に座ったまま、黙り込み動けないでいた。

 沈黙を破ったのは刃のような目つきの男だった。


「……合格だな」

「は?そりゃ~そうだろ!あの年で無詠唱だぞ!?それも、全ての属性魔法を!」

「天才、というやつなんでしょう。才能に嫉妬しちゃう。というより恐ろしいわね」

「しかしボルボ族か……人種差別者が煩いよ?」

「あぁ、そうだな。この子……ポルの審査員が私たちで良かった」


 興奮する者、懸念する者、思考する者。

 反応は様々であったが、皆同様に「合格」だと言う見解であった。


「彼女は特進クラスで良いね?属性によっては魔法の練度はまだまだだけど、磨けばどんな原石よりも素晴らしい物になるよ」

「わかっている。しかし、困ったな。特進クラスとなると上流貴族ばかりだぞ」

「でも、セルトスと目を合わせても逸らさなかった。肝は据わってるんじゃない?」

「くはは、その通り。きっと大丈夫だろ」

「お前ら……まぁ良い、とにかく結果は合格。そして審査員は交代だ。戻るぞ」


 刃のような目つき男……セルトスがそう言うと、他の四人は頷いて立ち上がる。

 口々にポルの良かった所、悪かった所を話し合いながら、受験生の出入りする扉とは別の扉から退出した。




 ▽▽▼



 結果はすぐに出る。とは言うものの、数分後に出るということは勿論無い。

 ポルは待機していた元の席がまだ空いていたので、そこに座り直していた。

 その表情は無表情のようにも見えるが、疲労の影を深く落としている。


(……少し眠ろう。疲れた)


 そう思い、目を閉じた。

 けれど、それはすぐに開かれることになる。


「おい、眠ったフリをすんじゃねぇ。起きろ猿」


 猿、という単語がボルボ族を指す言葉と理解していたポルは、聞こえて来た側の目だけを開ける。

 そこに居たのは、まさに貴族と言わんばかりの豪華な服で着飾ざっている少年。

 その少年は長く青い髪を持ち、それを紐で一本に束ねている。

 顔立ちは整っているが、表情は不満を持っていると言わんばかりであった。


「何用」

「はっ、何用だとぉ?決まってんだろ、お前みたいな下等民族がトラウム学園の試験を受けられる訳がねぇ。盗みでも働いたか、忍びこんだんだろう!」

「否」

「ちっ!気取った言い方してんじゃねーよ!爺やが浅黒い肌の奴らは劣等種だって教えてくれたぞ!」


 ポルはこういう手合いの人間にいい加減慣れてきていた。

 ポルが周りをちらと見回すと、誰も止めようとしないどころか、青髪の少年を心配するヒソヒソ声ばかりだった。


「おい、無視すんじゃねー!俺が誰だかわかってんのか!?」

「無知」

「……は?知らねーの?俺を?」

「是」


 ポルが素っ気なくそう答えると、青髪の少年の顔は髪とは対照的に紅く染まっていく。

 それは羞恥ではなく、憤怒であった。


「この胸に付けられた家紋が見えねーのかよ!?ヴァリアス家の家紋だぞ!?」

「無知」


 ポルにとっては心底どうでも良い事だった。

 自分の実力を認めさせ、ボルボ族の社会的地位の向上こそが目的なのだから。


「こ、の……っ!決闘、決闘だ!俺が勝ったら今すぐここから出ていけ!」

『おぉぉ……!』


 その言葉に周りのギャラリーは色めき立つ。

 決闘、という単語が子ども達にとっては心躍るものであった。

 しかしポルは理解に苦しむ。

 なぜ知らないことを知らないと言っただけで怒っているのか。

 なぜ一方的に決闘、などと言ってくるのか。


(しかも、負けることを想定してないのも丸わかり)


 青髪の少年が返事を待っていたので、ポルは答えを返す。


「許可」

「よし!受けるんだな!?いいか、俺はこの武器と魔法を使う!」


 青髪の少年がそう言い放つと、懐から武器のナイフを取り出す。

 青髪の少年の親が護身用に持たせたそのナイフは子どもにとっては十分に大きなものであった。

 一方のポルは丸腰であり、魔力も少なくなっている。

 だが青髪の少年を倒すには事足りる、と感じていた。


「我が名はジェイク=ヴァリアス!ヴァリアス家の名にかけて、勝負だ!うおぉお!」


 青髪の少年の動きは俊敏だった。ナイフを片手に持ち、真っ直ぐにそれを突き付けて突進してくる。

 ポルは避けようと動くこともなく、席に座ったまま、指先を地面に向けて独自の詠唱を口にした。


()陥没(ベント)

「……うぇ!?」


 ポルが行使した魔法は、ただ少年が足をつける予定の地面を凹ませただけ。

 それだけで少年はすっ転び、ナイフはあらぬ方向へ飛んでいった。

 強かに顔面を地面に叩きつけた青髪の少年は、完全に気絶した。

 周りのギャラリーからしても、呆気ない幕引きであった。


「注意。不足」


 そういえば魔法は見ることも出来なかった、とポルが思考していると鋭い声が待機場に響く。


「……坊ちゃん!あああ、お痛ましい姿に!なんて事だ!」


 気絶したままの青髪の少年に近付いてきたのは、白髪交じりの初老の男。

 プルプルと震えたかと思うと、青筋をたててポルを怒鳴りつける。


「この……劣等種がっ!貴様、誰に手を出したかわかっているのか!?」


 その言葉により、ポルは彼が例の「爺や」なのだと悟る。


「決闘。受諾」

「決闘だと?そんなもの知るか!大事なのは貴様が坊ちゃんを傷付けたことという事実だけだ!」


 ポルは溜め息をつく。延々と怒鳴り続ける初老の男の言葉などはとうに馬耳東風だ。

 周りの貴族の子息達も非難めいた視線をポルへ注ぐのみ。そこに同情といった類いのものは見当たらなかった。

 ポルはこの学園へ入学出来たとしても、差別や偏見により学生生活は厳しいものになると予想していた。

 しかし、入学前でここまでの洗礼を受ける羽目になるとは少々驚きであった。

 そして、ボルボ族とそうでない者たちとの間に深い溝を感じずにはいられなかった。


「……つまり!お前らはいまだに豊かな自然に寄生しておる!自らを鍛えようとしない猿と比べ我々は、」

「やかましいッ!ここはトラウム学園の試験会場だぞ。部外者は出ていって貰おう」


「爺や」らしき人物がいかにボルボ族が後進的であるかを語っていると、ポルの審査員の一人であるセルトスが「爺や」の言葉を遮りつつ歩いてきた。


「んな……!?貴様、何様のつもりだ!私が誰だかわかっているのか!?ヴァリアス家の次期当主であるジェイク様の教育係であるぞ!」

「ほう、そうか。それは失礼した。だがここはトラウム学園。貴族も平民も……他民族だろうと平等だ。それは誰だろうと、例外無く、適用される」


 目つきをより一層鋭くしたセルトスは、濃厚な魔力を垂れ流して広い待機場の空気を重苦しいものへと変える。

 その強力な魔力にあてられて、倒れる受験生の姿もあった。


(この男……強い)

「ぐ、うぅ……そ、そうだ!このメス猿!ボルボ族の卑しい女は!あろうことか坊ちゃんに手を出したのだ!」

「ほう……彼女が。ポル、だったな。一方的にか?」


 ポルはキッパリと否定する。


「否。決闘。受諾」

「ふっ……決闘か。それで、そこで伸びているジェイク御曹司は完敗したか。なるほど?」

「出鱈目だ!猿ごときに坊ちゃんが負ける訳がない!卑怯な手を使われたのだ!」

「そうなのか?見学者諸君」


 セルトスが事の顛末を見守っていた受験生達に問う。

 が、受験生達は首を縦に振れるはずもない。

 ジェイクは「決闘だ」と一方的に宣言し、刃物を持って襲い掛かり、あまりにもあっさりと負けたのだから。


「う、う~ん……」

「……!坊ちゃん、いやジェイク様!お目覚めになりましたか!」

「んん?爺やか……?ここは……?」


 すると、当の本人であるジェイクが気絶から目覚める。

 少々記憶が飛んでおり、ボーッとしながら周りを見る。

 そして、ポルと目が合った。


「……思い出した」

「この猿に何かをされたのですね!?」

「いや、決闘に負けた」


 ハッキリとそう告げる。

 その言葉は、誰もが予想外であった。

 セルトスは、我の強い御曹司であるならプライドを保つと思っていた。

 周りの貴族の子息達もまた、実力を伴った自信家な彼を知っていたので驚きを隠せない。

 どよめきの後、爺やが震える声で言う。


「今、なんと……?」

「負けた。恐らく、俺が転んだのは土魔法のせいだな。発動までの時間が短くて、見抜けなかった」

「馬鹿な事を申さないで下さい!雷魔法の使い手である坊ちゃんがそう簡単に負けるはずが!」


 雷の魔法を使うんだ、とポルは知りたかった事が解り、一人スッキリする。

 一方ジェイクは悔しそうな顔のままふらりと立ち上がり、ポルを睨みつける。


「おい猿。名前は」

「ポル」

「ポル……ポル、だな。劣等種のお前を名前で呼んでやる、感謝しろ。次は簡単にやられない。今度こそヴァリアス家の名にかけてお前をぶち殺してやるからな!」

「了解」


 ドバレアの教会の地下で殺されかけたポルにとって、少年の殺害宣言など可愛いものであった。

 セルトスはそのやり取りを見て、内心でほくそ笑む。


(本国最大武力を持つ貴族の一人息子と、差別される他民族の娘か……面白い。これもまた運命なのかも知れないな)


 どのようにして倒すかを熱弁するジェイクと、それらの言葉を単語のみで淡々と返答するポル。

 爺やも周りの受験生もそのやり取りに唖然とする中、セルトスが手を叩き合わせ注目を集める。


「さて、本題に入ろう。今から合格発表を行うつもりだったが、先に十数名しかいない特進クラスの内の二人の発表をする」

「一人は……巧みなナイフ捌きと木剣の演武を激烈な雷と共に最後まで魅せてくれた者。ジェイク=ヴァリアス」

「そしてもう一人は……全ての属性魔法を、無詠唱で発動してみせた者。ポル」

「君たち二名は今学年のトラウム学園の特進クラスの仲間だ。ふっ、仲良くやれよ」


 この時、この場で笑っていたのは、セルトスだけであった。

唯一の学園、とありますが、学ぶ場所がトラウム学園だけという訳ではありません。

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