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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
帝都編
32/82

木の巨人

 荒く削られた木の皿の上に豚肉がどんと盛られた、豪快な食事を摂っていた。

 会話が弾む、ということはなく。暗黙の了解で食事中は喋らないことになっている。


「…………はぁ」


 それにしても、溜息が漏れてしまう。

 俺の内心は沈んでいた。

 魔法だと信じていた「燐光」が魔法ではないと言われ、俺自身、想像以上に動揺している。


(魔法じゃないと、ポルはそれだけ言って他には何も言ってくれなかった)


 さりげなくポルの顔を一瞥すると、僅かに表情が曇っているのがわかる。

 食事中のポルは、無表情だが、楽しんで食べているのがいつもだ。だけど今はどこか上の空。


(……違う、言えなかったんだ。わからなかったんだろうな)


 俺の「燐光」は魔法じゃない。

 だったら、なんなんだ?

 この世界には魔法以外で何か有るのか?


(……心当たりはある)


 俺も馬鹿じゃない。いや、勉強の成績とかは置いといてだ。

 俺が異世界に来てから、何時から「燐光」の話が出た?

 最初は……ミキさんだ。

 ミキさんに言われたんだ。なんだっけ、二回目のゴブリンの時か?違う、もう少し後だ。

 そう、その日は……犬系の魔物を相手した日だ。


 大した出来事もなかったから、憶えている。

 特にミキさんと過ごした時間は。


(……。その前に言われた。座禅をしているのを、見られた時だ)


 だから、その前にある原因。

 なんだったか。


 朧げな過去の記憶を探っていると、後ろでパキッと果物が割れた音が鳴り、首筋に果汁が飛ぶ。

 パルガはまたリンゴを俺の真後ろで食っている。


「だから、汁が飛ぶっていってんだろう、が……」


 ああ……すっかり頭から抜けていた。

 呑気にリンゴを食うパルガを見て、思い出した。

 パルガの親だ。あの大熊。

 そいつが俺に向けて、俺の全身を纏うようにして、光を発した。


 きっとそれだ……!


「なぁ、ポル。さっきの、光、心当たり、ある、わかった、と思う」

「……食後。聴取」


 俺は、ポルがわかるという確証もないのに、「燐光」の正体が知りたくて食事をさっさと食べ終えて黙って待つ。


 そんなに時間も経たずにポルは食事を食べ終え、口を拭うと、ゆっくりと移動して再びベットの上に座る。

 俺は椅子をポルの正面に持ってきて、背もたれを前にして座る。

 焦らず、俺はなるべく冷静に話し始める。


「じゃあ、話す。これは、俺が、『原魔の森』に、居た、時の、話しだ……」




 □□■




「ありがとう、ございました」

「昨日はあいつが迷惑掛けたな。また寄ってくれよ!パルガくんもな!ハッハッハ!」


 気の良い宿の主人に見送られて、宿を発つ。

 途中で干し肉やパンなどの食料を少し買い足してから村を出た。

 宿の主人や村人の話を俺が聞く限り、村の先には危険な魔物が出る林があるらしい。


「くがぁあ……」


 ……パルガが欠伸をすると、沈黙がより際立つ。

 村を出て、暫く無言だったが、俺から話を振ることにした。


「その、林、回れる。えー、迂回?出来る、どうする?」

「迂回。拒否」


 どうやら迂回はしないらしい。村人にとっての危険がどれ程かわからない内は慎重になるべきじゃないか?

 まぁ、ポルもパルガも強いのでそんじゃそこらの魔物にはやられんだろうが。


 昨晩。俺は可能な限りポルに大熊の話をした。しかし、返ってきた反応はやはり芳しくないものだった。

 凄い魔法を使うポルに惑わされるが、実際は小学生くらいの女の子なのだ。知ってることもたかが知れているだろう。

 ポルは話を聞いた後「不明」と呟いて、そのまま横になって眠ってしまった。

 それ以上質問してもきっと答えは返ってこなかったと思う。


(いやぁ……にしても。この「燐光」。魔法じゃ、ないんだよな)


 もやっとした気持ちになるが、馬車の振動がうやむやにしてくれる。

 一対の太陽が雲に隠れ、温度がスッと下がり、生ぬるい風が顔を撫でる。


(魔法じゃない?魔法と、魔法じゃないものの違いってなんなんだ?魔法じゃない魔法みたいなのがこの異世界には存在するのか?)


 ああ、もう訳が分からない。俺の頭じゃサッパリだ。やっぱり。


 ポルと、パルガとさえやり取りが少ないまま、緩やかな丘状の道をひたすら進む。

 気まずい。何故気まずいのか分からないが、気まずかった。

 そんな調子で数時間後。

 徐に、真っ直ぐに伸びた背の高い針葉樹の林が見えてくる。

 村人の言う通り、その林を避けるように横に別れ道が伸びているが、かなりの距離を迂回しなくてはならないようだ。


「……じゃ、入るか」

「ん」


 何気なくポルに話しかけてみたけど、機嫌は斜めじゃないようだった。

 横に広くないが草が生えておらず、進み易い、くねくねと曲がった一本道を進む。

 林の内部は案外、薄緑の葉に透かされた木漏れ日に溢れ、明るい様子だった。

 人の手が加えられていない林であるのに、木々は互いに邪魔することなく立ち並んでいる。


「こんな中で危険な魔物とか居るのか。というか居るか?なぁパルガ」

「がぁあ」


 パルガは警戒していない。つまり、居たとしても弱いか、魔物が居ないと判断しているかだ。

 俺の中では、魔物は近くの草むらから飛び出してくる実体験に基づいたイメージだから、危機感が湧かない。

 村人の話によれば「見かけたら逃げろ。その方が良い」とのことだ。

 危険な魔物と言えば。ドバレアでの飛竜もそうだけど、『原魔の森』で会った「肉塊」とかもそうだ。あの辺りが危険な魔物と言えるだろう。

 その恐ろしい「肉塊」を思い出して、油断は禁物だと思い直し、気を引き締める。


「ソゴウ」

「なんだ?」

「声。する」


 ん?「する」?

 英語で言うところの「do」。

 声が聞こえるってことか。もしかして、魔物の声?

 目を閉じ、聴覚に意識を集中させ、耳を澄ましてみる。

 自分を中心に、聞き取れる範囲が拡大していく感覚。

 葉が擦れ合うさざめきが殆どだったが、道の先から声が聞こえた。


『……ヒィイ……!』


 音量は微かだが、それは、確かに叫び声と大きな物が倒れる音。

 集中を解き、ポルに急いで尋ねる。


「誰か、襲われてる!急ぐカ?」

「……是」


 俺と目を少し合わせた後、確かにポルはそういった。

 ポルがピシャリと手綱を捌く。

 馬のピオは速度を上げて、さっきの数倍の速さとなる。パルガも問題無く付いてきている。

 見えた。

 やがて、数体の馬車が転がる場所へとたどり着く。

 着くやいなや、右手の林の中に逃げ込む人の影。それは、明らかに何かに追われ逃げ惑う後ろ姿だった。


「おい!待て!止まれ!」


 思わず日本語で、林の中に走っていく男に大声を掛ける。

 しかし余裕が無いのか、呼びかけを無視して走っていってしまう。


「くそ……おい!誰か居るか!?」


 仕方なく、道を塞ぐように連なる馬車の方へ声を掛ける。

 だが返事は無く、泣き声だけが聞こえてくるのみ。

 横倒しになっている馬車もあれば、大破し、血で汚れたガラクタに成り果てた馬車まである。


 それにしても肝心の魔物の姿が見えない。もしや、小さい魔物なのか?

 目を皿のようにして、地面近くに視線を走らせるが魔物の姿は無い。


「ポル!魔物、どこ!」

「下。否。上!」

「え?」


 反射的に見上げる。

 それは、微かに地面を揺らしながら、木々の隙間からヌゥっと姿を現した。

 その魔物は、この林の木が枯れたように茶黒く痩せた巨人。

 顔は目と口らしき箇所に丸く穴が空いており、目測で身長五メートルはある。

 その巨人の手には、人だったものが握り締められており、血が滴っている。


「なん……ポル!」

「理解。済み。()発射(シュート)粘着(クリング)。」


 魔法を、と俺が言う前にポルが火の魔法を放つ。

 巨人の頭目掛けて飛んでいった火の弾。

 しかし木の巨人は素早く腕を振り、手に当たって防いだ。

 手に火が移ったが、近くの木に擦り付けて揉み消していた。


「ポル!俺は、」

「人。救助。急ぐ」


 木の巨人には効いていないようにも見えた。しかしポルは気にせず、木の巨人に立て続けに火の魔法を放つ。

 そして俺は、その隙に人を助けろとの御達しを受けた。


「分かった!パルガ!お前は脚を、」

「ガァァアア!」


 パルガは言われるまでもないと言わんばかりに、木の巨人に向かって疾走していた。

 全くどいつもこいつも優秀だな!

 俺は俺の役割を果たすべく、連なる馬車の方へと駆け寄る。

 大破した馬車を追い越し、横倒しになっている馬車の元へ行き、持ち上げる姿勢になる。


(馬は……生きてる。起き上がれば走れるぞ)


 集中、集中しろ。怪力があるもの……大熊のイメージだ。


『肉体は飾りとなり、意識は世界に溶けて消える』


 切り替わる。すると、たちまち「燐光」が輝きだし、身体に尋常でない力が漲っていく。


「う、お、らぁぁあ!」


 ぐぐ……と、徐々に起き上がり、横倒しになっていた馬車は元通りとなった。


「ひぃい、ひぃいい!」

「おい!大丈夫カ!?生きてる!?」


 馬車を中を覗くと、涙や鼻水に塗れ、恐怖の表情を貼り付けた男女が身を縮こませていた。


「く、黒づくめ?今、馬車を、いや、どうしてここに」

「えー……走らせる!逃げる!急ぐ!了解!?」


 一方的にそう告げ、さらにもう一つの動きが止まっている馬車へと移る。

 木の巨人はパルガとポルが上手いこと連携して食い止めている様子だ。これなら、なんとかなるか?

 あとはあの馬車だけだ。

 息を切らしながら、その馬車の中を覗く。


「おい!走らせる!逃げる!急……」


 人を視認して、思わず目が見開かれた。


 相手もそうだった。


「き、君、君!日本人!?」


 と、黒髪で平たい顔の太った大柄な男から、日本語で告げられた。

 似た特徴の、いや、日本人が数名居た。

 思考が止まりそうになる、こんな状況なのに嬉し涙が出てきそうだ。だけど、今は抑えろ。


「あー!えー!今は急いでくれ!仲間が木の巨人を食い止めているから!」

「ま、待って!それは馬車の左側に居たの!?」

「えっ?いや違う、右だ!」

「だったら!それは別の奴だ!」


 そう言われ、バッと左側の林の中を見る。

 そこには、俺たちを見下すようにして、ポル達が相手しているのとは別の木の巨人がゆっくりと近付いてきていた。


「くっ……そッ!この馬車の馬は無事みたいだ!急いで走らせてくれ!」

「え!?無理だよ!き、君!?」


 馬車を乗り越えて、林の中の、木の巨人へ向かって走る。

 後ろを見れば、ポルとパルガが相手している木の巨人は所々燃え落ち、膝を付いていた。


「直ぐに加勢に来てくれよ……」


 意識を、集中させる。

 巨人を見れば見るほど恐怖が未だ湧いてくる。魔物なんて慣れたと思ったが、どうにも俺はビビりなようだ。

 パチリと、俺の身体の周りで「燐光」が煌めく。

 普段よりも脚が力が込められ、走る速度が上がる。

 これはこの異世界で言う魔法ではない。

 でも、幾度と無く窮地を救ってくれた「燐光」は。俺にとって。


「……おおおおッ!!」

(イメージは!飛竜の!爪!)


 右脚を、岩さえも抉り、引き裂くような飛竜の爪だと思い込む。

 相手するまでも無いと思ってか、木の巨人は突っ込む俺を避けようともしない。


(見くびる、な!)


 勢いの付いた無様なトーキック。

 それを木の巨人の右の脛に叩き込む。

「思い通り」、ベキベキと、脛が折れていくのが右脚から伝わる。

 右の脚を折られ、バランスを崩した木の巨人は両手を地面に倒れるこみそうになる。

 けど、休ませはしない。


「もう、一丁!!」


 今度は腕だ。

 格好つけて後ろ蹴りなどはせず、振り返る。

 同じように、地面に付いた右腕の尺骨あたりに「爪を」叩き込む。

 同じように、折れた。

 木の巨人の巨体が、地響きを立てて完全に倒れ込む。

 押し寄せる風にむせそうになるが、なんとか耐える。

 木の巨人は地面を這うだけのでくの棒と成り果てていた。


「よっし!」


 木の巨人から離れて、集中を解き、小さくガッツポーズ。

 ポルとパルガが相手していた木の巨人も、俺一人で充分だったんじゃないのか。なんて。

 道の方を見てみれば、馬車たちは慌てるように走っていっていた。

 パルガたちも終わっているだろう。

 そちらを向くと、パルガとポルが走ってこちらに来ている。


「お~い!こっちは終わっ……」

「ソゴウっ、後ろ!」


 その単語に、嫌な予感しかしなかった。

 何も考えずに前へ走る。

 次の瞬間、地面がバウンドし、身体が跳ねた。

 必死に後ろを振り返ると、さらに別の木の巨人の拳がさっきまで俺が立っていた地面を窪ませていた。


(死ぬとこだった……!)

「ポル!頼む!」

「ん。()(ブレード)発射(シュート)


 ポルの手の内から円盤状の火が放たれる。

 それは見事木の巨人の太ももを直撃。焼き、切り離し、倒す事に成功した。

 だが。喜ぶ束の間も無く。

 その奥、倒した木の巨人の背後から、数体の木の巨人が歩いてきているのが目に飛びこんでくる。


「あー……なるほど。見かけたら逃げろってのは、そういう事か……」


 つまり、ゴキブリと同じ。

 一匹居れば五匹は居る、みたいなものか。


「ソゴウ。逃走。推奨」

「俺、それ、賛成……逃げる!する!」


 速攻でピオの牽く馬車の元へと駆け戻り、ポルが手綱をグイッと引いた。

 馬車は勢い良く進みはじめるも、木の巨人が四方八方から現れてきていた。

 しかし、不幸中の幸いながら、攻撃や防御以外での木の巨人の動きは鈍く、馬車の速度でも振り切ることが出来そうだ。


「ソゴウ!手綱!」

「はっ!?またかよ!」


 ポルの緊迫した声によって、再び緊張が身を走る。

 見れば、進行方向に木の巨人が立ち塞がっていた。

 無機質な空洞の目は、先を急ぐ俺たちを捉えている。


()(ブレード)発射(シュート)。」


 ポルが揺れる馬の上で魔法を放つ。

 だが、火の魔法は巨人の身体に当たることなく近くの木を焼き切るだけに終わった。


「失敗」

「もう一度、やれるか!?」

「魔力。少量。困難」


 目の前の木の巨人との距離が、すぐ近くまで縮まっていく。

 もし止まれば、後ろから来ている巨人に潰される。このまま進んでも、凄惨な結果しか残らない。

 こうなったら、やるしかないのか?

 手綱を握る力が無意識に強くなっていき、身体からは嫌な汗が滲んでくる。


「ガァアアア!!」

「パルガ!?」


 横を並走していたパルガが突然前に出て、木の巨人の膝に飛び掛かった。

 ギリギリ両手の爪が届いて、木の巨人に引っ掛かる。

 勢いを殺さず、身体を奥へと投げ、腕を振り抜いく。

 巨人の膝が捻られ、壊れた。

 パルガは倒れゆく巨人の向こう側にスタリと降り立っていた。


「よし!このまま、抜けれる!」


 手綱をポルが俺から奪い、馬のピオに急がせる。

 だが、倒れた木の巨人が執念のように拳を大きく振り上げて構えていた。


「……ッ!!」


 俺たちの位置は、ここは、当たる。当たってしまう。

 ポルの魔法も、間に合わない。

 集中、集中、集中しろ!

 なにか、奴の攻撃を払い除ける、想像を……

 その時。


「危ないのであるぅぅうう!」


 突如、横合いから甲高い声が響く。

 そして、声と同時に飛来した何かが木の巨人の振り降ろされた腕の肘に、ゴッと音を立てて深く刺さる。

 拳の軌道は曲がり馬車のすぐ横に拳が落ちる。

 致死の一撃を、免れた。


「ポル、あそこ、下、進む!」

「理解。済み」


 馬車は素早く木の巨人の脇の下をくぐり抜ける。

 声の方向を見ると、馬車を追いかけるように走ってくる人影。


「貴殿ら!大事無いであるか!」


 俺たちを助けてくれたのは、軽そうな革鎧を身に纏う、栗色をした団子髪の小柄な少女であった。

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