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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
南部国・ドバレア編
30/82

帝都へ向けて

 妻のミサラには念のため外に待機してもらい、フェインは協会の中に突入する。

 怪しげな地下への階段を見つけ、壁を走りかねない程に速く降りていった。


「ガキどもぉ!!無事かぁ!?」


 壊されていた扉の向こうには、うつ向けに倒れるアルヴィン、ネーレと、ネーレに撫でられているパルガ。

 そしてポルと、ポルに膝まくらされて眠る十河が居た。


「あっ、しー、だよ。おとーさん。おにーさん、起きちゃうよ」


 ネーレがパルガの頭を撫でながら、人差し指を口の前に立ててそう言う。

 フェインは剣を手早く鞘に納め、足早にネーレに近づいていく。


「……ネーレッ」


 ガバッと、フェインがネーレを力強く抱きしめる。

 ネーレは息苦しそうにして、初めてみる父親の泣き顔に驚いた。


「お、おとーさん……?苦しいよ……」


「あぁ、良かった……ネーレ、怪我はないか?無事だった……本当にッ……く、うぅ……」


 父の温かい頬が当たり、固まっていたネーレの感情が溶けていく。


「おと、さ……う、ぅう……うぇえええん!ごわがっだ、よぉおお、おお……おどぅざぁあん!」


 ネーレは我慢していた辛さと緊張が決壊して。

 フェインは娘が無事であったことが嬉しくて。

 二人で声をあげて安堵の涙を流した。


「……………」


 父親が居ないポルはそんな光景を見て、羨ましく思い、また微笑ましくも思った。


「…………むふ」


 そのポルの声はパルガの耳にしか聞こえていなかった。




 □□■




 ……結局俺が目覚めたのは、色んな事が起きた日の、次の日の朝だった。

 筋肉痛で身体中バッキバキになっているのを感じながら目を開くと、パルガが鼻先を顔に近付けていた。

 驚いて奇声をあげながらベットから転がり落ち、這々の体で部屋のドアを開けると、筋肉が凄い男……フェインさんに笑顔で迎えられた。


 朝から獣と男臭くて絶望。


 その日の昼過ぎ、しっかりとした昼食を頂いてからドバレアを出発することになった。


「よし……と」


 宿屋の前でトレッキングシューズの紐を丁寧に結びなおす。

 俺の服装は変わっていた。汚れきった服は捨てて、フェインさんのお古の服を貰った。ダボダボだが、これでも小さい方らしい。

 それでも靴下と靴だけは捨てるつもりはない。

 フェインさんとミサラさん、そしてネーレも門まで見送るために外に出ていた。


「ほれ、ネーレ、パルガから降りろぉ」


「門まで!門までだからー!……ううううう、パルガぁ……モフモフさせてぇ……」


「がぁあ」


「ポルちゃん、忘れ物はなぁい?大丈夫?」


「心配。無用」


 ポルが帝都の学園の入学試験に間に合わせるにはそろそろ出なければならなかった。

 俺としてはもう一日くらいゆっくりしていたかったが、ポルの都合に合わせなければならないので、仕方ない。

 馬車の速度に合わせて歩きながら、ドバレアの町を見渡す。


 慌ただしい昨日が遠い過去のようにも感じられるが、崩れた家を見れば鮮明に蘇る。

 飛竜の唸り声。爪。牙。


 それに、ポルとネーレを攫ったアルヴィンの醜い顔や声、魔法までもがついでのように連想される。


「フェインさん……アルヴィン、どうなった、ですか」


「あいつかぁ?ほら、あのちょび髭のアイツ、一応この町の兵士長に引き渡した。罪人として牢屋に入ってるぜ……まぁ、死刑とかにはなりはしないだろうがなぁ」


 残念そうに呟いたフェインさんに強く同調する。

 あのクソ野郎が死刑にならないのは、多分聖職者だからとかそんなところだろう。


「そうでスか……あと、ポルとネーレ、攫う、した男、違う、どうなった、ですか」


「あー。そいつらはぁ、もう……捕まった。ここの兵士は優秀でなぁ」


「はぁ」


 絶対嘘だ。


 少なくともドバレアの兵士に、隠れた魔物よりも気配を薄くする芸当が出来る奴らを捕らえられる訳がない。これもフェインさんがなんとかしたのだろう。


 女性プラス熊のグループは楽しそうに帝都の話に花を咲かしているようだ。


「ねーねー!ポルおねーちゃん。帝都の学園って楽しいの?」


「無知。初。見聞」


「学園に通ったことはないけど、お母さん、帝都には居たことあるわよー」


「おかーさんが?どんな所?おっきい?」


「とー……っても楽しくって、不思議で、勿論大っきい所よ!ドバレアしか知らないネーレが行ったら、飛び上がって驚くわね!」


「えー?そーなのー?……ねー、おとーさん。帝都に行ったりしないの?」


「行ったりぃ?ああ、旅行しようってことかぁ?」


「うん!そうそう!そうしたらまたポルおねーちゃんにも、ソゴウおにーさんにも、パルガにも逢えるから!」


 そういえば。昨晩からネーレは俺の事を「十河お兄さん」と呼ぶようになっていたな。ずっと「黒いお兄さん」だったらどうしようかと。


「そうだな……近いうちに行かなきゃならんからなぁ……おう、考えとくぜ」


「えへへ~!やった!また逢えるね~、パルガ~」


「がぁあ」


 ネーレはだらしない笑顔でパルガの背中の毛の中でモフモフしている。羨ましい。

 まぁ、逢いたい相手の優先順位で俺は最下位だろうがな。


 やがて帝都への道が続くという方面の門の前までたどり着く。

 そこでフェインさんが手に持っていた巾着袋の中からゴソゴソと何かを取り出す。


「あーっと、そうだった。これを……ほれ、嬢ちゃん、やるよ」


 丸まった羊皮紙を広げると、人間語の文がつらつらと書かれていて、中心に簡素な龍のような絵が描かれた何かだった。

 なになに……「身分」「証明する」かな?あー、くそ。文字を読むのはまだまだ苦手だ。


「……?説明。要求」


「おう、それがあれば帝都の門番に邪険にされることもないだろうぜ。どっちかってっとネーレと嬢ちゃんを救ってくれたボウズ……ソゴウへの物なんだが、嬢ちゃんが持っておいた方が良いだろ、受け取ってくれ」


 ……あれ?俺への、って言ったか?


 ぽかんとしていると、フェインさん一家が寄り添って、改まったように俺の方を向く。


「そういやぁ、まだ礼がまだだったよなぁ?……ソゴウ。ネーレを助けてくれてありがとよ」


「ソゴウくん、娘を助けてくれて、本当にありがとうね」


「ソゴウおにーさん、助けに来てくれてありがとう!えっと、かっこよかったよ!」


 まさかこのタイミングにお礼を言われるとは思わなくて、呆けてポルを見る。

 しかしポルも馬の手綱を離してこちらを向いていた。


「ソゴウ。救出。感謝」


 礼を言ったポルは無表情だったが、幾分か雰囲気が柔らかいような気がした。


「えーと……」


 俺は嬉しいというのに、上手く言葉にすることが出来ず、頷くことで精一杯だった。


「えっへへー、パルガも助けにきてくれたもんねー?パルガ、ありがとー!」


「がぁあ!」


 ネーレのパルガへの執着は嫉妬を感じるくらいだが、パルガも満更でもないようだ。


「……ねーねー、パルガ……また逢おうねー……」


「わからない」


 ……もう人間語を使いこなしてますねぇ、パルガさん。

 独り言にまさか返答があるとは思わず、ネーレは驚いていた。


「……え?あれ?えー!?いま、パルガ喋ったー!?凄い凄い!パルガはやっぱりすごーい!きゃー!あはは!」


「………むふ」


 微かに、聞こえた。笑い声。

 聞き間違いかと思ったけど、何かの単語ではないことはわかった。


「なぁ、ポル。いま笑った?」


 音の主に尋ねる。


「……否定」


 変わらない無表情で、単語一つで否定される。

 あ、そう。

 無表情なポルだが、感情がない訳じゃない。むしろ豊かと言ってもいい。

 笑い声だったか、あれは。


「はは……そうか。よし、じゃ、行こうぜ。ポル」


「……了解」


 ぱから、と馬がポルの手綱の通りに動きだす。

 木で出来た重厚な門をくぐって、ドバレアから離れていく。


 後ろを振り返れば、フェインさんは腕を組み、ミサラさんとネーレは手を振ってくれている。


「パルガーーーー!また、あっちで会おうねーーーーー!」


「ポルちゃーん!試験頑張ってね~!おばさん応援してるわ~!」


「元気でやれよぉ!!お前らぁ!!」


 大変なことだらけだったけど、異世界で初めて入ったこの町のことは忘れることはないだろう。

 俺とパルガとポルは、滞在四日目にして、ドバレアを出た。


 次の目的地は、帝都。


 俺は日本人と合流して、ポルは入学試験を受けに行くために。

 保存が効く食料や衣服を多く載せられている馬車の荷台の隣を、パルガが並行して歩く。

 馬車は、ゴトゴトと、帝都に向けて真っ直ぐに進みはじめた。




 ▽▽▼




 ちょび髭、と呼ばれていた男。ゾング=バルゴは見張り台の上から疲れたように、十河たちとフェイン一家の一団を眺めていた。


「……ふん」


「あ、兵士長。こちらにいらっしゃいましたか」


 ゾンゲはわざわざ下から持ち運んだ高級な椅子に座ったまま、何も知らなくていい部下をギロリと睨む。


「……私がここに来てから何分が経ったと思っている。サボっていただろう」


「いえ、違いますよ!昨日からの指示の通り、壊れた建材を運んだりしていました!」


「ふん、まぁいい」


 ゾングは昨日の騒動の一つ、聖霊教の神父アルヴィン=クラウスが起こした……正確には、起こしていた誘拐事件を考えていた。

 子どもを中心にして数人が行方が知られなくなった事件。


(あの地下室にあった頭蓋骨の数と同じだった……ヤツが犯人で確定だろうな)


(だが、どうも目的が見えん。何の為に子どもをあそこで死なせた?そもそもあの場所はなんだ?)


(牢獄では大人しくしているようだが、寄生されていた虫が取れたみたいに一言も話しやしない)


 ゾングが黙ってフェイン一家を眺めていたため、それについて考えていると思った兵士が尋ねる。


「いやぁ、それにしてもあの宿屋の主人。フェインでしたっけ?何者なんですか?」


 聞いて良いことと悪いことがまだ分かっていない青二才をさっきよりも強く睨みつける。


「……ただの一介の兵士長である俺に、「あの」王が、直々に、関わるな、調べるなと言った気味の悪い家族について……お前ごときに言うと思ったか?それともそれも承知で聞くか?俺とお前の存在がこの世から消えることになるぞ」


「あ、い、いえ、その……し、失礼しました!ここの見張りはお任せします!」


 慌てて若い兵士は見張り台を降りていき、走り去っていった。


 あの王が、と付けるだけで大体の兵士は震え上がる。便利なことだ。


(それに、あいつらのことを言ったところで、到底信じられらんだろうな……)


 ……八年前のある日。


 絶海を越え、帝都に向かって巨大な「魔族」が進行していることが前国王に伝えられる。

 前国王は国が抱える兵士や魔導士だけでは対処出来ないと考え、多くの冒険者たちを雇い迎撃に当たらせた。

 集まった人数はおよそ千人。勝てる戦いだと、誰もが思った。


 だが結果は惨敗。

 数多くの無駄な命が散った。


 巨大な「魔族」……「アトラス」の進行は止められず、村や町を蹂躙し、帝都の目と鼻の先にまで迫っていた。

 今度は打って変わって、もう駄目かと思われた。

 ……しかし、奴らが現れた。

 名だけが幻のように一人歩きしていた(パーティー)


『紅吽龍彗』


 いかなる戦場でも光を放ち、味方の傷を癒した僧侶『紅』。

 枯れ木の杖を構え、口を開かずに数多の魔法を繰り出す魔法使い『吽』。

 一振りの剣を掲げ、視覚出来るほどの闘気を身に纏う剣士『龍』。

 己の肉体のみで敵を残さず薙ぎ倒していく、闘気と魔を纏った格闘家『彗』。


 たった四人のこの隊が、帝都に迫る「アトラス」に立ちはだかった。

 その事を帝都の中で聞いた者は無理だ、不可能だと嘆いた。


 しかし、彼らの戦いを直で見た者たちは口を揃えて言う、「負けるような戦いではなかった」と。


 そう、山のように大きな「アトラス」はそのたった四人に、あっさりと撃退されてしまったのだ。


(……で?あいつらが、その四人の内の二人。『龍』と、『紅』だってか?)


 ゾングが赴任して間もなくやって来た夫婦。

 付き添っていた貴族の男が、ゾングにこう囁いたのだ。


『王からの御命令です……彼らに深く関わるな、調べるな、ぞんざいに扱うな、歯向かうな。もし命令に背こうものなら、死あるのみだ……だ、そうですよ?ああ、あともう一つだけ。彼らがかの『紅吽龍彗』の『龍』と、『紅』です。憶えておいてくださいね』


 はぁ、と重い溜め息をついてゾングは苦悩する。


(まったく……俺がそれを知る必要があったのか?やってられん……)


 命令の一つにぞんざいに扱うな、とあった為、謎の死体の処理を任されたゾングは渋々従うしかなかった。


(昨日の死体も……見た目からして、堅気の人間ではないだろうが……)


 ゾングは剣に多少の心得があるからこそ解った。輪切りにされていた死体の、見事なまでの美しいと言える切り口。


(惚れぼれしてしまうほどの死体だった。あれは、本物だ)


 チラリと下を見る。夫婦は手を繋ぎ、娘は父親に背追われて、幸せそうな家族は家への帰路についている。


(はぁ……何故だ。こんなド田舎で働かせられると思えば、厄介事が、多すぎるのだ……)


「まぁ、ボルボ族と黒づくめと魔物が居なくなっただけ良しとするか……」


 ゾングはこっそり持ち込んでいた酒を一口だけ、ぐびりと呑んだ。

締めがコイツかよ……

これにて二章終了です。次章は「帝都編」となります。

評価や感想お待ちしております。

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