ウサギ
怒りを抑えて、視線をアルヴィンに向けながら太い手錠で繋がれている二人に人間語でそう声を掛けた。
「……ぅ、うぅ、ゔぁあぁぁん!ぐろ、ソゴウおにいさぁあん!」
一日で二度も辛い目に遭っているネーレの心はもうボロボロなのだろう、飛竜が襲ってきた時よりも泣いてるように思える。
「大丈夫、ネーレ。大丈夫」
なるべく優しく、はっきりと言うと、ネーレは泣くのをぐっと堪えて強く頷いた。
よし。良い子だ。
「……何故。ここが分かったのですか?黒づくめの方」
アルヴィンはどこか蔑んだような、虫でも見るような目つきで俺を見てきていた。
安っぽい黒幕のような態度だな。
ここをどう特定したかってか?馬鹿じゃねぇの、答える気なんてねーよ。
「……そンなこと、どうでもいい」
手の甲が白くなるほど固く拳を握る。爪が手の平に食い込むが、気にならない。
「燐光」が呼応するように光り輝く。
殺す?いや……そんなことはしない。することはやはり単純だ。
「お前を、殴る」
「がぁあ!」
パルガも賛成の意を示すように一際強く吼えた。
アルヴィンはと言うと、顔を手で覆って何故か肩を落としてジッとしている。
「……なるほど、なるほど。そういうことだったのですね」
そうかと思えば大仰に腕を広げて、見下すような目のままで高らかに叫びだす。
「……貴方は、いや黒づくめは、異端だったのですか!!聖霊様に仇なす不届き者だから、使徒である私の義務を邪魔しようとしているのですね!?」
「それならば納得がいく!生贄を授かろうとした時に、邪魔をしたのはそういうことだったのですね!?」
「許せません……聖霊様が天罰を下されるまでも無いでしょう……!この……異端めぇ!」
もうそこには美青年などは存在しなかった。
自分の思い通りにならない現実に腹を立てる醜い何かだ。
「異端め、異端め、異端めぇぇぇえええ……」
……駄目だ、狂ってやがる。
もう少し遅れていたら、と想像するとゾッとする。
いや、それでも俺は間に合ったんだ。ネーレもポルも捕らえられてはいるが何かされた様子は無い。
しかしそこで、ある存在に気付いてしまった。
二人の後ろにある、あれは、もしかして。
「おい……アルヴィン。奥、あの、骨ハ……何だ?」
「骨?………ああ、その子も生贄ですね。魔力が少し有るかと思ったのですが、全然足りなくて困っていたのですよ」
「それハ……もしかして……子ども?」
注意深く、それに向けて指を差す。
「ええ、そうです」
俺の質問の内容に間違いがなければ、この男はそれを真実だと告げた。
……その小さな頭蓋が、子どもの物だと。
「この……ク、ソ、野郎がぁぁぁああッ!!」
アルヴィンの飄々とした面を殴ろうと、拳を振りかぶりながら前へと飛び出す。
しかし。
「詠唱破棄。炎弾」
「なっ……!」
予想よりも速く、アルヴィンは火の魔法を放ってきた。
(呪文は無いのかよ……!ただの魔法が一発とはいえ、当たるのは不味いか……!?)
「がぁあ!」
パルガが手で突き飛ばすように横へと押しやってくれたお陰で火の玉は避けられた。
「詠唱破棄。炎槍」
だが追撃は続く。今度はレーザーのように炎が真っ直ぐに飛んできた。
次は不覚は取らない。直線的ならば避けられる。
パルガはサイドステップをするように俊敏に動いて避け、俺は「集中」してそれを見切る。
「がぁらぁあ!!」
パルガが一気に前に飛び出し、アルヴィンの腕に噛み付こうとする。
だがアルヴィンも軽やかな動きでそれを避けると、手のひらをパルガとその先にいる俺に向ける。
「詠唱破棄。炎槍」
俺は大きく転がることで、パルガはレーザーが放たれる直前に俊敏な動きで更に横へと避けてみせる。
なかなか攻勢になれない……強いぞ、コイツ。
「ふん……魔物が厄介ですね。火の理に願い誓う。我が道を解せぬ者を焼き、払い除ける炎の鞭の力の肯定を」
アルヴィンの攻撃は終わらない。
昼にも聞いたような呪文を唱えると、奴の手から鞭のような火が立ち昇り、蛇のようにうねる。
「消えなさい」
炎の鞭が、パルガへと振るわれる。
「がっ……ぐぁあ!」
パルガは身体を捻って避けようとしたが、鞭の予測不能な動きは避けられず、腕と胴体に当たり肉の焼ける音が響く。
「パルガッ!」
「ううう……!やめてよぉ!パルガが死んじゃうよぉ!」
ネーレが悲痛な声をあげる。
しかしアルヴィンはあくまで笑顔で、優しくネーレに語りかける。
「静かにして下さい、ネーレさん。私は悪しき魔物を倒しているだけですよ?」
「俺から見りゃお前の方がよっぽど魔物……だっ!」
不意打ち気味にアルヴィンの脚を目掛けてナイフを投擲する。
『燐光』を発動してる状態だから、相当速いはず……!
「詠唱破棄、風刃」
だが投げる前に気付かれ、ナイフはアッサリと何かの魔法に弾かれてしまう。
「まったく、危ない……」
「おおお……!!」
上手く引っかかってくれた……!
俺の本当の狙いは、近付いて直接殴ること。
滑り込むように下からアッパーで顎を狙う。
「らぁ!……なっ!?」
しかし、拳は虚しくも空を切り振り切られる。
アルヴィンは俺のパンチをスウェーで避けていた。
体制を崩している俺と、手を向けるアルヴィンの目が合う。
「詠唱破棄、風刃」
「ぐっ……あぁああ!!」
咄嗟に腕で顔を庇う。
腕や腹が見えない刃で裂かれ、血が噴き出る。
アルヴィンを見ることもせずに急いで後ろに下がった。
「っくしょお、痛ってぇ……」
アルヴィンも後ろに下がっており、脅すかのようにネーレの頭に手を乗せていた。
「いやぁ、意外と動けますね。異端。しかし、聖霊様の使徒である私を倒そうとなどおこがましいですよ」
憎たらしい程良い笑顔を向けてくるアルヴィンは、愛おしげにネーレの淡い赤色の髪を撫でる。
「黒い、おにーさん……逃げて、パルガも、死んじゃう、死んじゃうよぉ……」
ネーレは涙をポロポロとこぼす。それでも表情を変えないように、下の唇を噛んで堪えていた。
「大、丈夫……パルガも、俺モ」
「いいえ、異端は私がちゃんと殺します。安心して下さい、ネーレさん」
そう優しく言って、やや乱暴にネーレの髪を撫でるアルヴィンの目は据わっている。
「異端よ。なぜ抵抗するのですか?ここで聖霊様の使徒である私の裁きを受ければ、少なくとも地獄に落ちることはありませんよ?」
何言ってんだこいつ。
「地獄、行く、それお前ノ方、だ」
一瞬だけ黙り込んだアルヴィンは、先ほどよりも誇らしげな顔を見せる。
「……ええ、確かにそうですね、私は地獄に落ちるべきでしょう……しかし!」
「いたっ……」
ネーレの髪を撫でていた手で、がっしりとネーレの小さな頭を掴む。
「おい、やメロ!」
「私に課せられた使命を果たす為には致し方ない犠牲というものも当然あるのです!ですがどうでしょう、異端!?あなたは何かをなす為にここに居ますか!?そうではないでしょう!?私は使命を果たさなければならない……最後は、聖霊様が私を裁きましょう、ですが!私の使命が世界の為になるというのなら、私はそれで構わない!私は正しい……正しく信じている!聖霊様を!教えを!果たそうとしている!使命を!全うしようとしている!運命を!あなたは間違っています!異端!!」
……これ、説得はまず無理だな。まともにこちらの話を聞く気はないだろう。
「……疑問ヲ、持つ。二人、攫う理由ト時、わからない」
俺の質問を鼻で笑ったあとに、アルヴィンは丁寧な口調で言い返す。
「異端に言う必要があるでしょうか?下賤なあなたには理解が出来ないでしょうから、やめておきますよ……さぁ、解ったのでしたら大人しく死になさい」
「火の理に願い誓う。我を妨げる者を燃やし、塵にする炎弾の力の肯定を」
アルヴィンの手の中で炎球が膨らんでいく様子を眺めながら、深く思考する。
……どうにかして近づかなきゃな。避けてばかりじゃどうしようも無い。
……近づいて、悠長に殴ろうとしていたら、あの魔法で切り刻まれる。
……どちらにせよ、だな。一気に間合いを詰めるか。
……でも『燐光』が発動してる時の身体能力だけじゃ、速度が足りない。
……速度?
……ウサギ。
命を振り絞った一撃のような、あいつの最後の突撃。
あれがいい。今の俺におあつらえだ。
一角ウサギを。イメージしろ。
イメージは簡単に出来る。耳で聞いたわけでも動画で見たわけでもなく、直接感じたのだから。
「ソゴウッ……!」
イメージが固まっていくのに比例して、脚に力の圧力が加わっていく。
外部から作られた仮想の筋肉が、無理に俺の筋肉をフル稼働させるために熱を帯びていく感覚。
極限に集中してる中の視界で、炎球がゆっくりと、俺を焼き殺すために近付いてきていた。
……まだ。
……まだだ。
……………まだ。
……今ッ!
石の床が砕け、関節が悲鳴を上げる代わりに、身体は上前方へと跳ねていた。
それもさっきまでの速度じゃない。ああ、空気が邪魔だ。
低い弾道の炎球を軽々と跳び越えて、目標を見据える。
「なっ、にッ!?」
疲労が祟って意識が飛びそうになっているが、俺は驚いているアルヴィンの顔を見つめていた。
たぶん、悪魔のような笑顔で。
……届いたぞ。
「詠唱破棄っ、風じ」
「く、た、ば、れぇえぇええ!」
固められた拳は、アルヴィンの端正な顔の鼻っ柱を打ち抜いた。
▼▼▽
アルヴィンと一緒に派手に倒れ込む。仰向けになって、胸部を上下させて荒い呼吸を繰り返す。
「ぜー……はー……ぜー……はー……もう、限界だー……動けねぇー……」
ぷっつりと完全に「集中」の切れた俺は、全身に痛みと怠さを超えた苦しさを感じながら、呟く。
「ソゴウ。無事?」
目だけを向けると、ポルが無表情のまま俺の顔を覗き込み、心配してくれているようだ。
「あー、ちょ……ト、駄目」
「そう。良好」
「いや、あの……良く…無……」
「……黒いおにーさん!」
ネーレが叫ぶ。
首を持ち上げて向きを変えると、アルヴィンが膝に手をついて立ち上がろうとしていた。
「私はぁ……!異端などには、屈しないぃ……使命はぁ、かならず果たすぅ……!」
鼻血を流しながらも、手のひらをこちらに向けてきていた。
……アイヤー。
さっきのじゃあ、足りないか。
ああ、くそ。ちくしょう、指一本も動かない……抵抗しなきゃ……
「がああああぁ!!」
その時、背後で酷い火傷を負ったはずのパルガが、気合とともに起き上がるのが聞こえた。
「火の、理に願い誓うぅ……!」
そしてアルヴィンも呪文を唱えはじめる。視線は俺からぶれることはない。まず俺を殺したいみたいだ。
「がぁぁあ!」
ずん、ずんと。横でなんとかして歩く音がする。しかし、パルガが向かっている先はアルヴィンではない。
「我を、妨げる者を燃やしぃ……!」
ジャラリと金属に触れる音。
もはや逃れられないアルヴィンの魔法の発動は、もういい。諦めた。
……パルガは、ポルの方へ行ったのか。
「がぁぁぁあ……」
なんとかして頭を動かすと、パルガは腕から背中にかけて火傷を負い、血を流しているのが目に映る。
そんな状態で、ポルの手錠を両手の爪でこじ開けようとしているのだ。
はは……無茶苦茶だな。
でも、信じよう。
パルガなら、なんとかしてくれそうな気がする。
「塵にする、炎の弾のぉ……!」
「……がぁぁああああ!!」
パルガが耳を塞ぎたくなるような雄叫びをあげる。
バキンッ、と手錠が砕けた。
「肯定をぉ!!」
「水。壁」
水と、火が衝突する。
突如生まれた水の壁は、俺に襲いかかろうとした火球を妨げていた。
火は水に呑み込まれ、勢いは萎み、消えた。
「……あ、あ、あぁ……悪しき魔物、めぇ……許し、ません、絶対にぃ……」
魔法を防御されたアルヴィンは顔面から倒れ、今度こそピクリとも動かなくなる。
まぁ、死んではいないだろう。
「がぁあ……」
パルガはというと、顎を床につけて眠ることにしたようだ。
ぷるぷると震える腕で、パルガの小さな角が生えている頭を撫でてやった。
「ありがとう、助かったよ……」
「……ソゴウ」
「ん……ああ、ポルも、ありがとうな……」
手錠が外れたポルは近付いてきて、俺の頭を太ももへと乗せた。
「……光。治癒」
どうやら目立つ傷を魔法で癒してくれているようだ。
反動の苦しさの影に隠れていた切り傷の痛みが引いていく。
「おお、ありがとう……助けル……出来たー……」
薄れゆく意識の中でなんとか言葉を発してから、魔法の温かさに目を閉じる。
ポルの深く青い瞳は、お疲れ様と言ってくれているような気がした。
(……あー……そういえば……人生初の、女の子の、膝まくら、だー……)
柔らけー、なんて思いながら。
本能に従って、寝ることにした。




