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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
南部国・ドバレア編
28/82

ポルという少女

ポル視点です。

「……むかーしむかーしこの世界に、魔王と呼ばれる恐ろしいものが現れました」


 これが、私の最初の記憶。


「その恐ろしい魔王は、暴力によってひとびとを支配していきます」


 母は毎晩この話をせがむ私に嫌な顔一つせず、一緒に横に寝て話してくれた。


「ふははー!弱きものどもよー!この我が、愚かなお前らを奴隷にし、使役してやろう!」


「……その強大な魔王と、魔王の軍にひとびとは途方に暮れ、絶望してしまいます」


「やがて、ひとびとは自分たちで戦うことを諦め、代わりに救ってくれるものを求め始めました」


「ああ、誰か私たちを助けてくれないものか」


「……するとある日突然、いつものようにひとびとの街を襲おうとした魔王軍の前に、白く美しい鎧に身を包んだ勇者が現れました」


「魔族の大軍を前にして、一人、剣を抜き、それを天に掲げ、こう言いました」


「私が勇者だ!貴様らを倒す者だ!魔に敵する者だ!そして、ひとびとを護る者だ!さぁ、何処からでも掛かってこい!」


「……その勇者は、天から授かったという魔を打ち払う力を使って、魔王の仲間を次々と倒していきます」


「えい!やぁ!とぉ!……勇者がひとたび剣を振るえば、魔族たちはどうすることもなくやられていったのです」


「勇者は、魔王の居城を目指して突き進んでいきます」


「山を越え、海を越え。遂に勇者は魔王の前へとたどり着きました」


「……勇者は言います」


「やい、魔王!私がお前を倒してやるぞ!」


「……魔王は聞く耳を持たず、こう言いました」


「ふはは!勇者よ。貴様の強さに我は感服した!我についてこい!世界を共に歩もうではないか!」


「……勇者は言い返しました」


「断わる!……いざ、勝負!」


「……激しい戦いは三日三晩続きました」


「しかし、決着の行方は誰も知りません」


「魔王も、勇者も、姿を消してしまったのです」


「こうして世界は滅ぶことも、魔族がいない平和な世界になることもなかったのでした」


「……はい、おしまい。もうおやすみ、ポル」


 ……私は、このシンプルな、誰も救われないおとぎ話が好きだった。


 もう少し工夫を凝らしてあったように思えたが、今では本筋しか憶えていない。

 普段の穏やかな母からは想像できない、魔王や勇者の真似ごとが好きだった。

 自分が「どういう存在」なのかを気付く歳になるまで、この話を聞いて眠っていた。


 物心ついた時には父親はいなかった。

 母は父について詳しいことはついぞ話してはくれなかったが、優しい母のことだ。話してしまったら私が傷付くとでも思ったのだろう。


 私の髪の色はまるで何かが抜け落ちてしまったように白い。

 私の一族……ボルボ族は、茶色にくすんだ肌、青い瞳、それに深い緑色の髪をしているはずなのに、だ。


 私が外に出ると、まず子どもが騒ぎ出す。


「うわっ、『抜け殻』だ」


 次に、土着の宗教に信心深い大人が騒ぎ出す。髪が白いことが異端だったのだろうか。


「この出来損ないがっ!寄るな!色が薄くなる!」


 よくこうやって幼少の時でさえも、石や泥を投げられ、嫌われていたものだ。

 今ではどうなのだろう。気にされないか、罵声だけになっているくらいか。


 ボルボ族は『原魔の森』に近接するように村や集落を形成している。

 私の村は、遠い南にあると聞く大海からは離れており、雨が少し多いくらいの、ごく普通の場所にある村だ。


 そこで私は生まれた。

 普通とは違う形で。

 村では望まれない形で。


 母はそんな私をいつも村人から庇い、守ってくれていた。

 村人の暴言、暴力を受ける私を何処からか現れて、救ってくれた……という印象を持っていた。

 投げられた石が額に当たり、血が流れようとも、笑って私を慰めてくれていた。


「ポル……怪我はない?」


 私にとっての魔王軍は村人で。

 私にとっての勇者は母だった。


 いつからか、私は母の前以外では笑うことも、泣くことも、しゃべることもほぼ無くなっていた。

 問題を起こしたら母が村人という魔物に襲われる、と幼心に思ったからかもしれない。


 やがて、私は母しかいない家の中に引き篭もるようになっていた。

 ここだったら村人はやってこないから、母は傷付かない。そう思って。


 そしてある日、隠すように地下にあった本棚を見つける。


 本、というのが珍しいこの村で、何故こんなに沢山の本があるのかと驚いたものだ。


 私は母にさえ内緒で、その蔵書たちを読みふけった。


 そこで私は母に教えられるよりも遥かに多くのことを学んだ。


 物語や、冒険者の書いた伝記。

 世界のことが書かれた本、魔物の特徴が書かれた本、そして魔法のことが書かれた本。


 難しくて読めないものも、一緒に置いてあった辞書を使って夢中になって読み続けた。

 私にとってそれはまるで冒険のようで、鳥になって世界を俯瞰している気分だった。


 そして、母に見つかるのはそう遅くなかった。

 私は叱られてしまうと思って、頭を抱えてしゃがみ込み、謝り続けた。

 しかし母は叱ることはなく、むしろ嬉しそうに、涙を流しながら、


「ポルは……お父さん似なのね」


 と言って、そっと抱き締めてくれた。

 その言葉から、この蔵書たちが父の所有物だったのだと理解した憶えがある。


 いつからか、たびたび物語や伝記で冒険者が使う魔法というものに私は惹かれていた。


 これがあれば私は母を守れる。

 母は傷つかなくて済む、と。


 父が置いていった本の知識を総動員し、私なりに魔法の事を勉強した。

 それは本当に苦労の連続で、失敗ばかりで、辛かった。

 しかし幸運なことに、私には類い稀な魔法の才能があった。

 そして自分の才能を理解していくにつれて、様々な魔法が使えるようになった。


 ……初めて使えた魔法は水の属性魔法で、初めて母に見せた魔法は闇の属性魔法だった。


 私の魔法を見た母は自分のことのように喜んでくれた。


 それからと言うもの、私は魔法の練習のばかりしていた。

 周囲の人々は相変わらず嫌がらせをしてきたが、無視することが一番効率的であるのは、ここで知る。


 魔法があれば、お前らなんて。


 魔法を初めて使ってからおよそ五年が経った頃、集落に外部の……帝都からの商人がやって来た。


「お願いします!いえ、店単位で大きくするわけではなくて、少しで良いのです!ボルボ族の方に利益が出るようにしますから……!」


 その小太りで気の弱そうな商人は、外部の人間関係にしては珍しく、ボルボ族に差別意識を持っていなかった。

 商人は個人的にでいいから交易がしたいと言ってきたのだ。


 しかし、村の長老たちは有無を言わさずに商人を追い返した。

 ……それが差別される所以だとまだ分かっていないようだが。


 しょぼくれて帰る途中だった商人……モーブリーさんがたまたま私の魔法を見て、目を輝かせて詰め寄り、手を握って、まくしたててきたのは記憶に新しい。


「す、凄い!素晴らしい!君の魔法は絶対に、世界を変えますよ!そうだそうだ!君は帝都に行くといい!帝都の学園に!」


 ……後に聞けば、そう言っていたらしい。

 最初は、怪しい男だな、燃やそう。とも思った。

 泣きながら命乞いされたので、やめたが。


 モーブリーさんはお人好しだった。

 蔵書に無かった本や欲しい内容の本をくれたり、学校に行く事を反対する母を地面に伏せてまでして説得したり、素直に泣いたり、笑ったり、怒ったり……感情に正直な人だった。

 母以外で触れ合い、しゃべった最初の人。


 色んなことを聞いた。

 人種のこと、経済のこと、社会のこと。

 優秀な魔法使いであればきっと差別もされないと、ボルボ族への偏見も無くなるだろうとも。


「ポルさんは凄いですよ!こんなにも幼いのに、賢くて、魔法の新たな系統を生み出すとは、いやはや、本当に凄い!」


 そう私をいつも褒めてくれるモーブリーさんだが……一つだけ嫌いな所があった。

 人間語を教えてくれたモーブリーさんは、とても恐くて、厳しかったのだ。

 内容は憶えていない。

 辛い記憶は取っ払った。

 というより、思い出したくない。


「ポルさん、これが、帝都の学園……トラウム学園への入学試験の許可証です。いえ、運良く手に入りましてね……ちょうど半年後に試験があります、試験官の方を驚かせてやってください!」


 ある日、入学試験の許可証である羊皮紙をタダ同然で貰った。

 その日が、近くにある町のドバレアから、一年近く足繁く村に通ったモーブリーさんが帝都に帰る日だったのだ。

 寂しかったと思う。たった一年の半分ほどしか一緒に居なかったけど、恐らく父親とはモーブリーさんのような者ではないだろうか。


 帝都の学園については前から知っていた。

 帝都が誕生した何百年も前に、同時期に出来た由緒正しい学園であると本に載っていたからだ。

 興味が無いかと言えば嘘になる。自分のまだ知らない魔法についての事があるかと思えば、行かない手は無いと思った。


 当初。母は学園への入学どころか、帝都に行くことすら反対していた。


「ポルが一人で学園に行くなんて、駄目よ。ポルは私の……大事な、娘なの。宝物なの……」


 だけど私は生まれて初めて母に抵抗した。

 モーブリーさんと一緒に頭を下げてお願いした。


 お母さん。私は、学園に行きたい……と。


 モーブリーさんは、私の実力がBクラスの魔法使いに相当する、と懸命に言ってくれた。

 ついに私の情熱に負け、母は帝都行きを許してくれた。

 同時に条件として、長期休暇の時は絶対に帰ってくることが言い渡される。


 そしてついに、半年後。

 引き篭もっていた私が村を出る時が来た。

 出発は村人が誰も起きていない深夜。見送りは母だけ。

 母は私の姿は目立つと言って、昔父が使っていたという、フードが付いたローブを着せながら耳元で囁く。


「これからはね、ポル……悲しいことも、辛いことも、いっぱいあるわ。でもね、それは後になって楽しいことがあるからだって、信じてね。あなたなら大丈夫。お母さんと、お父さんの子だもの」


 母は泣いていたけど、私は泣かなかった。代わりに苦手な笑顔を出来るだけ深く、母の脳裏に焼き付くようにつくって、村を出た。


 悲しくはなかった。

 それよりも一刻も早く名の知れた魔法使いになって、母を楽にさせたい。

 一人でいるのは、平気だ。得意でもある。

 旅の共は、屋根もないボロボロな引き車とモーブリーさんがくれた馬のピオだけ。

 寂しくはなかった。


 出発した次の日だった。


(ポル。人、来る。たくさん来る)


 多分一番苦労して使えるようになった念話の魔法でピオと話していると、そう伝えられた。


 後で現れた人達と、人間語でモーブリーさん以外と初めて話したが、上手く話せた。


 盗賊だったのだが。


 ちゃんと話せなくはないが、面倒なので単語だけで会話することにした。伝わるのであればそれでいい。

 それに、ちゃんと喋っていると、余計な事を言いそうだから。


 それから数日間、同じ景色が続いた。

 食料がほぼ底を尽き、水魔法で喉を潤すことしか出来なくなった頃、また鎧をつけた男に囲まれた。

 十年かそこら前に滅ぼされた国の、兵士崩れなのだろう。


 結果的には簡単に蹴散らせた。


 だけどもう一人、取り残していた……と思った。


 だがその男は盗賊ではなかった。穏やかな性格の、子どもの魔物……そう、パルガから「良い人間」だと聞く。


 不思議な男だった。泥などで酷く汚れた服を着て、知らない言語を話し、黒い髪と瞳を持っていた。

 見たこともない姿に戸惑ったが念話で話してみると、理性的で、謙虚なただの人間だった。


 ……見た目が違うだけで判断するのは、あいつらと同じだ。


 そういう訳で、あいつらへの当て付けのように、謎の男の同行を許した。

 夜中はずっと起きていたが本当に無害なようで、何もしてこなかった。


 その男は怖い顔だ。でもそれが普通の顔らしい。モーブリーさんが怒った時よりは怖くないけど。


 ボルボ族が畏敬している『原魔の森』から来たという。服をみれば所々血も付いている。嘘をつく必要もないかと思った。


 熊の魔物、パルガと何故か仲が良い。理由を聞いても誤魔化して教えてくれなかった。

 パルガに聞いても、よくわからなかった。


 人間語の単語を教えて欲しいと言うので、モーブリーさんの教え方を私なりに変えて教えているが、物覚えが悪い。


 私が使える一番強い魔法で『黒翼竜(ブラックワイバーン)』を数匹倒した後に、意識が朦朧となって教会の屋根から落ちて、受け止めてくれたことは、実は憶えている。


 そう、今、共に行動している……明日……パルガと一緒に……ドバレアを出て、帝都に行く…男……………


 ……


 ……


 ……


 ……さい、


「起きなさい、ボルボ族の少女」


 ポルは聞き慣れない男の声にハッと目を覚まし、ジメジメした仄暗い空間に居ることを理解していく。


(私は確か……捕らえられて……)


 隣には怯えているネーレがいた。部屋で一緒に居たところを、巻き添えを食らったのだ。


(否……目的が……不明。私?それとも、ネーレ?……わからない)


「ポル、おねーさん……怖いよ……」


「私。存在。安心。要求」


「……うん」


 ふと、ポルは腕が重いことに気付く。見ると、紋章が刻まれた手錠が嵌められていた。


(ふう)(ブレード)回転(ロール)


 魔力を込め、魔法をさせようとした。

 しかし、何も起こらない。

 魔法は発動されなかった。

 ポルにとって、初めての経験だった。魔力は足りているというのに魔法が形にならない。


「………」


「おや?今のは詠唱ですか?変わった詠唱ですが、どちらにせよ、魔法は発動出来ないでしょう?」


 ゆっくりと近付いてきたアルヴィンは、しゃがみ、手錠を愛おしそうに撫でる。


「これは中央から贈られた物でして、最新の魔業機構が使われているのですよ。魔業も、聖霊様の下さった素晴らしいものなのです」


 悪寒を感じたポルは、無駄だと分かっていながらもジリジリと後ろに下がる。

 すると、足に何かが当たり、それを見る。


「…………!」


 小さな頭蓋骨。それも、ポルやネーレと同じくらいの大きさ。


「聖霊様は、穢れた大人は用いず神聖な子どもを贄に用いよ……とのことでして。しかし、満足のいく魔力を持つ子は少なくてですね……それに比べ貴女たちは素晴らしい!豊富で上質な魔力をその小さな身に宿しているのですから!」


「……贄?」


「ええ、そうです!本来は貴女だったのですが……宿屋の娘も、負けず劣らず素晴らしかった!ああ、これもまさしく運命なのでしょう!」


(………こいつ、気持ち悪い)


 ポルが力をどれだけ加えても、ポルの細腕では手錠はびくともしないい。

 アルヴィンはポルとネーレの間に立つと、それぞれに向けて手のひらを向ける。


「まぁ贄と言っても、特別なことをする必要はありません……ここで血を流していただければ充分です」


 ポルは諦めずにやたら滅多に腕を動かしてみるが、やはり手錠が外れるような気配はない。

 ネーレは泣き声をわんわんとあげて、ポルの身体に顔を埋める。


(私は)

(こんなところで、終われない)

(学園に行って、学んで)

(お母さんと、モーブリーさんに恩返しをして)

(そして、そして……)


「安心してください。まず、命を絶たせていただきますからね」


 ポルはあくまで冷静である。だけどそれは場を解決するために冷静なのではなく、事態を直視していないからという、悲しい理由だった。

 アルヴィンは魔力を高めてゆき、波動を徐々に放っていく。


「では……始めましょうか」


(……嫌)

(嫌、嫌、嫌)

(死にたくない)

(どうすればいいの、なんで魔法が使えないの)

(どうして。おかしい)

(私は学園に、行って……そして、そして……)


「風の理に願い誓う。我の行く先を斬り、拓く、風の剣の力の……」


(誰か、助けて)


 その時であった。

 アルヴィンの魔法の詠唱が終わろうとした時、扉が蹴破られる。

 歩いて中に入ってきたのは、熊の魔物であるパルガと、そして、


「……ソ、ゴウ……?」


 彼は、捕らわれている私たちの前に、瞬き輝く光を身に纏って現れた。


(こんな魔法は聞いたことも、使ったことも無い)


 さっきまでの恐怖がどこにいったのか、ポルは十河の「燐光」に目を奪われていた。


(炎みたいで……綺麗)


 十河の怖い顔は皺が寄っていて、いつもより険しくなり、素直に怖いと感じた。


(……でも)


 十河はアルヴィンを睨んで、口を開く。


「ポル。ネーレ」


(……だけど……なんだか)


「俺は。助けに来た」


(……勇者みたい)

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