捜索
……どういう事だ。
町が飛竜に襲われたその日に、何故ネーレとポルを連れ去る必要があるんだ!?
血の気が引いていくのを感じながら、パルガと共に階段を転がるように降りていき、ある部屋を目指す。
「フェインさんッ!ミサラさんッ!」
失礼だとはわかっているが、急いでフェインさんたちの寝室に押し入る。
予想通り、二人は酔い潰れており、シーツをぐしゃぐしゃにして幸せそうに抱き合って眠っていた。
「起きる!……起きろ!えーと、事件!大変!早く!」
「……あーもー、うるせぇなぁ。勝手に部屋に入ってくんじゃねぇよ。どうしたぁ、ボウズ」
俺の声にのそりと起き上がったフェインさんに近付き、さらに声量を上げて言う。
「ネーレ!ポル!連れ去ラレる!黒い男!あぁ違う、黒い服ノ男達に!」
するとフェインさんの眠そうな顔は一転し、驚きで目が見開かれる。
「な……んだとぉ!おい!ミサラぁ!」
「もぉ……なによぉ、今日はもう疲れたのぉ……」
髪がボサボサなミサラさんは目を擦り、不満そうに起きる。
「結界はどうしたぁ!『聖域』は!」
「えー?魔力が少なくなっちゃったから、解除してたよー?」
「ちぃ、奴ら狙ったのか。くそぉ!最悪だぁ!」
俊敏な動きでベットから起き上がったフェインさんは、何処からか取り出していた剣と小さな盾を腕に嵌める。
「おいミサラ!《影》に勘付かれた、起きろ!ちと油断し過ぎたか……」
「私たちなら大丈夫だってー……」
「ガキどもが連れ去られたらしい!……ボウズ。どっちに逃げたかわかるか?」
「……いや、わからない。とても、速ク、逃げられタ」
フェインさんの言葉に「えっ!?」とミサラさんも驚き、起き上がっていた。
俺は事の重大さをこの夫婦の慌てぶりからようやく実感してきた気がする。
……もっと、俺が早くに気付いていれば、こんな事には……!
「場所!心あたりは、ありますカ?」
「あん?多分奴らはゴチャゴチャしてる大工街の奥にいる。俺たちはそこに向かう!お前と熊公は……」
昼間のように、じっとしてろ、とでもまた言いたかったのだろうな。
「じゃあ住民街に行くぞ!パルガッ!」
「がぁあ!」
ジャージに挟んであるナイフと牙の感覚を確かめてから、パルガを連れて外へと飛び出す。
後ろから制止の声は掛からない。行かせてくれるってことだろう。
(絶対に、助けてみせる……!)
トレッキングシューズの紐を乱雑にぎゅっと結び直し、扉を強引に開けて外へ飛び出す。
「無事でいてくれ……!」
振り返ることなく、俺とパルガは夜のドバレアの町へと繰り出した。
□□■
十河とパルガとは他の影。
その両者は、ドバレアの町を疾走していた。
フェインと、ミサラだ。
小盾と愛剣の感触を確かめながら、ミサラと大工街を駆けるフェイン。
両者とも酔い潰れた姿を感じさせない、素早い動きで走り続ける。
「どうせ止めたって飛び出していくだろうしな……」
「ん?何か言った?」
なんでもねぇ、とミサラに返す。
だがフェインの内心は怒りで炎のように燃え上がっていた。
その怒りを抑えることはなく、ひたすらに感覚を研ぎ澄ましていく。
(『聖域』の認識阻害で今までは直ぐにすごすごと帰ってったのによぉ)
(飛竜に襲われた日に限って……いや、飛竜もあいつらの差し金の可能性が高ぇよなぁ)
(俺らの寝込みを襲うのならまだしも、ガキを連れ去るなんざなぁ……許せねぇなぁ、おい)
(……何処だぁ)
(何処にいやがるぅ……!!)
フェインの放つ『闘気』によってビリビリと周囲の空気が震える。あばら屋くらいなら壊れてしまいそうだ。
横に並走するミサラは平気そうだが、常人ならば立っていられない圧であろう。
そして、フェインとミサラの両者が気配を消した何者かに囲まれているのを察する。
「……ミサラ」
「わかってるわー」
夫婦の進行先に、やや腰の曲がった、大工の格好をした男がキセルを咥えて立っていた。
夫婦はその男の前で止まる。
「おや……宿屋の。こんな夜分に、武器を持ってどうしたんで?」
「……ああ、実は怪しい風貌の奴らに娘と客が何者かに連れ去られちまってなぁ」
すると大工風の男はキセルを落としそうなほど口をあんぐりと開けて驚いた。
「な、なんだってい!?そいつぁ大変だ!仲間を叩き起こして……」
「それよりもよぉ」
背を向けて走り出そうとする大工風の男に声を掛ける。
フェインは音も、予備動作もなく、ぬらりと剣を鞘から抜く。
「よく俺の前で、平然と立っていられたなぁお前さんよぉ!」
フェインは容赦なく男の頭の先から股までを一刀両断した。
二分した体のどちらも痙攣させながら倒れたのは、すでに大工の格好をした男ではなかった。
黒い服に身を包ませた、さっきの男とは何もかもが違う者。
「……そいつはここらの《影》の中で、幻惑の魔法が随一の奴だったのだがな。不意打ちなどは食らわんか」
くくく、とフェインとミサラの頭上から低い声が掛かる。
それも一つではない。
不敵で、押し殺すような笑いが何重にも反響して聞こえてきた。
「……《影》だな」
「ほう、我々の事を知っているのか。それでは一介の元冒険者、という訳でもあるまい」
「なぁに。大体は合ってるぜぇ」
「おやおや……我々を知っていながらも。このように囲まれながらも。随分と余裕ではないか」
「あ?……ぬぁはっはっは!なぁ、今のよぉ、聞いたことある台詞だよなぁミサラ?」
「うふふ!そうね、以前もそんなことを言われた気がするわねー。あ、でもその時はザン爺が居たっけ?」
「いやぁ、その頃にはちゃんとニルマの奴も居たぜ?速攻で片付き過ぎてあんま記憶に残ってねぇがな」
「……おい」
突然、ミサラの周りで黒い影が踊る。
影がミサラの胴体、それに腕と脚が縛りあげていく。ミサラの細い身体はそれだけで折れてしまいそうだ。
後方に術者らしき者がナイフをミサラの首に押し当てる。
「我々は、貴様を危険だと判断した。フェインとやら。この町を襲った『黒翼竜』の6割を一人で倒すなど、普通じゃない。自らそこで命を絶て。でなければこの女を殺す」
「……『黒翼竜』は、お前らの仕業じゃねぇのか?」
「知らんな。さぁ、どうする」
「……お前らよぉ。いやぁ前の奴らとは違うのは知ってるが、前と同じ展開っつーのはどうなんだ?」
なに?とその術者がフェインを問いただそうとした時、
「もー、いい加減苦しいわぁ」
とミサラが口を開いた。
「詠唱破棄。『消えなさい』」
注意してなければ気づかないほどの小さな光が生まれ、収束し、消える。
「……?……な、う、うっうわぁああぁ!俺の腕がぁあ!!?」
どてっと尻を地面に着いた男の肘から先は、無くなっていた。
拘束していた闇の魔法が消え、ミサラは腕を揉みながら主人の元へと歩く。
「ミサラよぉ……まだ一番おっかないその魔法を詠唱破棄出来んのかよ……」
「うふふ、でもこれ、ゴミを消すのに便利なの♪」
「なっ!?アホかぁ!もう二度とすんなぁ!」
そんな呑気な会話とは対照に、《影》の男たちは動揺が隠せない。
「馬鹿なっ……」
「今のはもしや……超級光魔法『消失』……?それを、詠唱破棄……?」
「貴様らッ!?」
もはや《影》の男たちの声は揃っていなかった。
「ほらぁ、そうやってすーぐ動揺すっから小物臭ぇんだよなぁ、お前らはぁ」
フェインはそう言うものの、ミサラが今やってのけたことは並大抵の事では無い。
スピゼルバウク大陸の資料に残る限り、歴史上で超級光属性魔法の『消失』を使えた魔法使いはたったの「四人」。
その上、詠唱破棄で行えた者は正式には存在しないはずなのだ。
間違っても。
『消失』という魔法はただの宿屋の主人の妻がゴミ捨てに使う魔法などではない。
「あらあらあら……貴方、今のでまた魔力が尽きちゃった」
「お前ぇはもうちっと後先考えろぉ!……はぁ。ま、いいかぁ」
フェインは片手に持っている剣で肩をトントンと当てて、軽い足取りで歩を進める。
フェインの身体から白い『闘気』が溢れ、煙のようにたゆたう。
そして口元には、獰猛な笑みが浮かばれていた。
「さぁて……てめぇらが娘と嬢ちゃんを攫ったことは知ってんだ。大人しく返してくれるんだったら、生かしておいてやるよ」
「…………ちっ」
フェインの言葉に対して《影》の取った行動は、逃亡だった。
普通ならば良い判断であろう。
だがフェインの前ではそれは全くの無駄でしかなかった。
「遅ぇ」
くぐもった、人が斬られる音が連続して裏路地に響く。
「なっ、速」
「はぶぁ」
「がっ」
「ひぃあッ」
流麗にして豪快な動き。風のような速さで逃げる《影》の男たちの前へと回り込み、次々と屠っていく。
やがて影から聞こえる声は無くなり、ミサラの魔法で両肘の先を失った男の苦しむ声だけになっていた。
「……き、きさまらぁ、もしや!もしやぁ……!『紅吽龍彗』のぉお……!」
「おお、そういや一人生きてたか。丁度良ぃ」
腕の断面から血を垂れ流す男の前に屈み、笑みを消した冷酷な顔でフェインは尋ねる。
「もう一回聞くぞ」
「娘と、嬢ちゃんはどこだぁ?」
□□■
パルガと共に、月が昇った真夜中のドバレアを駆ける。
まだ町は焦げ臭く、崩れかけた家屋が散見されている。
土の地面は月明かりに照らされにくく、足元は仄暗い。まるで果ての無い暗闇を走っている気分だった。
異世界に居るのが、俺とパルガだけのように思える。
でもそうじゃない。ただ闇雲に走っている訳ではない。俺には追い求めているものがある。
「はぁ……!はぁ……!」
俺は走りながら「集中」していた。
目でも耳でもなく、第六感と呼ぶべき部分を尖らせていく。
それが確実に自分の中にあることはもうわかっている。
感じる。
音一つない静まり返った町でも、人の気配、小動物の気配、虫の気配さえも。
だが、足りない。目的のものを見つけ出すには精度が全然足りていない。
「どこにいる……!」
ポル。ネーレ。
燐光が輝き、身体は熱を帯びていく。そして息が苦しくなるほど、怒りが煮詰まっていく。
汗が流れる。関節は軋む。
脚を前へと進めるのに、もはや脳を介していなかった。
『ボウズ、自惚れるなよ』
『死ぬべくして、死んだ』
フェインさんの言葉を思い出す。
確かにそうかもしれない、俺ごときじゃどうしようもなかったかも知れない。
俺ごときじゃ運命を変えられなかったかもしれない。
でもそれは、「何もしなくていい」とは同義じゃない。
とにかく、走り続けろ。
ようやく住民街に入る。
比較的に飛竜による被害が少なかったここでも、灯りの点いている家はなく、静寂としていた。
「ふぅー……はー……」
息を吐き、「集中」を切らさないまま遠くに「己」という意識を拡げていく。
あくび、いびき。心臓の音。寝返り……拡がっていった「己」の感覚が触り、感じ取っていく。
どれだ。
ポルは、ネーレは。
まず、ここに居るのか?
「…………ッ」
もっとだ、限界なんて知らない。もっと拡げろ。俺は空間、いや世界だ。
世界は俺だ。
ドバレアを取り囲む世界は、俺だ。
もっと、もっと、もっと……!
「………っ、がッ、は」
反動が、責めるようにして、苦しみと痛みで身体を蝕んでいく。
脚が震える、喉が乾く。筋肉という筋肉がキリキリと痛む。昼間の疲労も溜まっていて、怠い。
いや、俺の状態なんかどうでもいい。
倒れてでも場所がわかれば、そこに賢く強いパルガを向かわせるだけでいいだろう。
「くそ、見つからねぇ……」
そうじゃない、見つけなきゃいけないんだ。
今は、何も考えなくていい。とにかく、「集中」だけすれば良い。
俺の肉体を中心にして、「己」の意識が、球状になって飛ばされていく。
意識は世界だ。
自分が拡がって、自分の存在が薄くなっていく。
探せ、探すんだ。ネーレを、ポルを。
探せ……!
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーっ!!
距離は遠くない。そして深く、下。
方向はわかるが、場所はハッキリとはわからない。
ただとても地下深くに三人の人間の気配がいることを、感知した。
「ぐぅ……!?」
重い反動で思わず膝を着いてしまうが、パルガの体を使って立ち上がる。
「……見……つ、けた……!」
その見つけた場所を認識しながら進もうとしたが、脚がもつれて転んでしまう。
腕に力をいれて立ち上がる。
やるんだったら、最後までやり抜いてやる。
「こっ……ち……」
時折、民家の壁にぶつかりながらふらふらと進む。
探知の為に「燐光」を使い過ぎた。体が重い。視界が霞む。
倒れそうになると、パルガがそっと身体で支えてくれた。
こっちに、居る。
ゆっくりと、歩を進めていく。
気付くと、ぐちゃりと音を立てて、撥ねられた泥がトレッキングシューズに掛かっていた。
地面がぬかるんでいる。
これはポルの、水の魔法によるものだ。
流れている冷や汗を拭い、目的地である、屹立している協会を見やる。
「ここ……か……」
音を出さないように静かに扉を開け、中に入る。
月明かりに透けたステンドグラスが美しい。だけど今はどうでもいい。
「はぁ、ふぅー……」
パルガと慎重に歩みを進める。
あの、気配がほとんど察知することが出来なかった黒い服の男たちが襲い掛かってくるかもしれない。
「……おい、誰かいるかっ!?」
返ってくる反応は無い。
「……パルガ、ここに誰かいるか?」
俺よりも早く男たちを探知していたパルガに周りを警戒しながや聞く。
しかしパルガが俺を服を引っ張って奥へと進もうとする。これは大丈夫だと言うことだろうか。
「パルガ、ちょっと待ってくれ。感知してみる」
一日でここまで「燐光」を発動したのは流石に初めてだ。
今度は場所を限定させて「己」を飛ばしてみる。
すると。協会の奥そして地下。さっきよりもハッキリと、三人の人間を知覚した。
二人の他の一人はもう薄々心当たりはついている。アイツだ、アルヴィン以外に誰がいる。
「日本人の考えた設定……だったっけ。たしか、聖職者が悪い奴っていう設定も多かったな……」
やけに長い廊下を進んだ先に、古ぼけた木製の扉を見つける。
扉を開けると、地下へと降りる螺旋階段があった。
「…………」
少し降りればすぐに光が届かなくなり、壁に手をついてそろりそろりと降りていく。
……協会にこんなの場所があるとか、不自然過ぎだろ。
そして、隙間から光がもれている扉へと辿りついた。
中からは昼間にも聞いた泣き声がする。
「はあぁ〜〜〜〜」
ああ……多分だけど、これが今日の最後の仕事だ。俺の身体、頼むから気張ってくれ。
ゴブリンを倒した。
河童を倒した。
飛竜だって倒した。
何もビビることはない。
ただ、幼女と童女を誘拐した犯人をぶっ飛ばすだけだ。
「集中」すると、身体の周りで「燐光」が輝く。
「燐光」自身が地下の暗闇を消してしまいそうなほど、光を放ちはじめる。
……行くか。
「……おっ、らぁッ!!!」
身体の軸など考えていない無様な前蹴りが、扉を派手に破壊する。
パルガ、俺の順番に中へと入ると、そこには予想通りポルとネーレ、そしてアルヴィンが居る。
取り乱さず、冷静に俺たちを見つめるアルヴィン。
緊張で心臓の鼓動が上がっていく。誤魔化すように指の関節を鳴らし、敵を見据えた。
ただの雑魚のラスボス戦だ。しかも人間。全然イージーだ。
……テメーのその綺麗な面。ぶん殴ってやる。




