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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
南部国・ドバレア編
26/82

生者の仕事

「おうボウズ、生きてたかぁ。ちゃんと嬢ちゃんと合流出来たようだなぁ」


 フェインさんは俺の姿を見るやいなや、血で少し汚れた笑顔で話し掛けてきた。

 あの剣捌き、体捌きだったんだ。顔に付いているのは全て返り血だろう。


「はい。外、飛竜ハ?」


「ああ、全滅させたぜぇ」


 あれ、今、「させた」って言った?……恐ろし過ぎるな。


 美青年を無視してフェインさんと会話をしていると、美青年……もといアルヴィンが間にすっと入り込んできた。


「これは、フェイン様ではありませんか。教会に何の御用で?」


「はぁ?こんな事態の時に御用もクソもあるか。市民の安全の確認だ。こんなしみったれた教会には来るのも嫌だったんだがなぁ」


 物腰柔らかく対応したアルヴィンに対して、フェインさんはぞんざいな態度で言葉を返す。

 フェインさん一家はこの教会の宗派ではないのだろうか。


「それは……お疲れ様です。それとさっきの必要無いとは、どういうことでしょうか?」


「単純な話だ。怪我人を治して回ってる俺の妻がもうすぐここに来るっつぅことだよ」


 くいっと顎を向けると、フェインの言った通り、赤い髪を揺らしながらミサラさんがパタパタと小走りで教会に入ってきた。


「もう、貴方ったら相変わらず移動が速いわよー……はいはーい!ここで怪我をしている人は居ませんかー?回復しますよー!」


 ミサラさんは元気な声でそう言い、手を大きく降りながら教会内を見渡すと、パルガの上で眠るポルの事を見つける。


「あらあらあらあら!ポルちゃん、魔力が足りなくなっちゃってるじゃない!回復させなきゃねー!」


「ミサラ様、勝手な真似はっ!」


 ミサラさんは止めようとするアルヴィンの制止も聞かずに、軽いステップで歩き、ポルと俺の前に立った。

 ポルの柔らかいクリーム色の髪にポンと手を載せる。


「……光の理の誓い願う。我が同胞の空疎を満たし、高進させる魔力の送呈の肯定を」


 ミサラさんの手に暖かな光が灯ったと思えば、やがてすぐにそれは消える。

 すると、ポルのやや苦しそうな呼吸が落ち着いたものへ変わり、安定した息遣いになった。


「……あら、かなり魔力取られちゃったわね。まぁいいわ、これでポルちゃんは大丈夫!ソゴウくんは何処か具合が悪いとかあるかな?」


「いヤ、大丈夫。怪我、なイ」


 そう伝えると、ミサラさんは昨日の朝、挨拶を返した時のように笑って頷いた。


「……馬鹿な……魔力の受け渡し……?……そんなことが……」


 ポルを寄越せと言っていたアルヴィンを見やると、狼狽えた顔でボソボソと呟いている。

 なんとなく、ざまー。


「ミサラ。町の怪我人はもう居ないか?」


「ううん、まだ全員ではないわね!もう一周する?」


 フェインさんは顎に手を当ててうーんと考えたが、浅く笑って首を横に振る。


「いや……お前も久しぶりに魔法使って疲れただろ?後は兵士に任せようぜぇ」


「ええ、そうしましょう。確かに疲れたわねー。そういう貴方も疲れたんじゃない?」


「馬鹿言え、まだまだ俺は現役だぜぇ!」


 笑い合っている夫婦を見て、多分俺だけでなく、ついさっきまで町が飛竜に襲われていた事が夢か何かだったのではないかと思っただろう。




 ▽▽▼




 飛竜の被害が激しかった市場から少し離れた場所にある広場。

 そこに住民の姿はなく、荒れた空間があるだけ。

 しかし、広場の中央。本来何もない、ただ広いだけの場所に……黒く厚い鱗を持つ飛竜が積み重なって死んでいる。

 木と石の建物の影で、その光景を眺めていた者がいた。


(あの宿屋の主人……一体、何者だ……)


 その者は裏世界の、裏稼業で生きてきた《影》の者。

 冒険者などの居る表舞台からは隔絶された、舞台裏での「雑用」と呼ばれる汚い仕事などを優に何十もこなしてきている。


 裏では、様々な人と関わる。

 欲に塗れた権力者や商人。

 表舞台で名のしれた者。

 さらに言えば聖職者なども。

 つまり。

 多種多様な仕事に立ち会い、行っている。並大抵の経験は積んでいない。


 そのつもりだった。


 だが、眼前に広がっている光景は不可解なものだった。

 人を死に至らせる事など容易いはずの黒翼竜たちが十数匹、同じ場所で死んでいるのだ。

 外傷は多くない。確実に急所を刺し貫き、叩き斬られている。


 宿屋の主人はさぞや表舞台では高名な剣士だったのだろう。

 だが、この光景はそれだけでは納得することが出来ない。


(Aマイナスが……十体以上だぞ。たかが一人の剣士が、相手出来る訳がない……)


 Aランクは本来『個人では討伐はほぼ不可能であり、二組以上の(パーティー)で挑むことが推奨される個体』という意味だ。

 マイナスが付こうが、隊で挑むことは前提条件なのだ。


 それが、一人の剣士によって、十数匹がやられている。


「………………」


 影の者は思考する。

 仕事をする前に情報収集を行うのは鉄則であり、当然の事だ。

 しかし宿屋の家族についての情報は、当たり障りのない子どもでも調べられる程度のことだけだった。

 情報源は買収した町の兵士や、市民に紛れた仲間などだ。


「……そういえば、何故だかあの宿は情報が集めにくいと言っていたな……」


 総掛かりで動く必要がある。そう《影》の者は直感する。


「この有り様じゃ、どっちみちあの神父のイカれた作戦は失敗だろう」


 こっちはこっちで、自由に行動させてもらうことにしようと考えた《影》の者は、影に溶けるように消えた。




 □□■




 町の被害は甚大だった。

 数え切れないほどの多くの家が壊れ、数十人の死者が出たらしい。

 文字通り飛竜の残した爪跡が深く町のあちこちに刻み込まれていた。

 怪我人も勿論多く居たらしいが、回復の魔法を使えるミサラさんが治して回ったので、少なくなったという。


 崩れた家屋や、市場で散乱した食料品。それに死体などを町の兵士たちが片付けをしているのを傍らで見ていた。


「………………」


 ほぼ全ての死体は原型を留めていない。頭が付いてるモノは誰かわかるので、わからないモノと分けられていた。


「………………」


 ……一人くらい、救えた人が居たのではないだろうか。


 人が目の前で死ぬことがこんなにも胸を突くなんて、日本では知り得なかった。

 同じ人間が無残な姿になっているのを見て、傲慢にも、俺の所為で死んだのかもしれないと、そう思えてきていた。

 ミキさんの死も俺の所為だったのだろうか。


「…………はぁ」


 わけのわからない責任感と自責に苛まれていると、肩にやけに頑丈な手が置かれた。


「どうしたぁ?死体を見慣れてねぇなら無理して見る必要ねぇぞ?」


「……あー、その……救出……可能、可能性、少シ」


 俺の言葉に、フェインさんは片眉を上げ、深く溜め息をついた。


「……はぁ。ボウズ、自惚れんなよ」


 自分に向けられる初めての硬い語調に、振り返る。

 フェインさんは何を考えているのかわからない、読めない表情だった。

 悲しんでいるでもなく、哀れんでいるでもなく、責めているでもない。

 フェインさんは無表情からは遠い、内に閉じ込めた感情が染み出ているような顔で淡々と語り出す。


「ここで死んでるのは、誰にも救えなかった奴らだ。誰にも救うことが出来なかったと言っていい。死ぬべくして、死んだ」


「……それは」


「報いを受けたとかそんなことを言いたいんじゃねぇ、決してな……だが、死んだのに変わりはねぇし、変えることは出来ねぇ。幾ら祈ったって何もしてくれねぇ神様にも、俺たちにもだ」


「………………」


「だから生き残った俺らの仕事は、死んじまった奴らを華やかに送ってやることだ。お前らの死は決して忘れないと。お前らのことを忘れてなんかいないと。見送ってやるから、安心して逝け……ってなぁ」


 そう言うフェインさんの言葉には、重みがあった。

 言葉の全部の意味はわかっていない。

 でも、フェインさんが伝えたいことは痛い程に伝わってきた。


「あとなぁ、生きている人の仕事は……もう一つあるぜぇ!」


「え?」


 急に口調の変わったフェインさんを改めて見ると、丈夫そうな並びの良い歯を見せながら愉快に笑っていた。


「なぁに、簡単な事だぁ!」


「俺たちは生きてることを……全力で喜ぶんだよ!こっちだ、こぉい!」


 フェインさんが笑顔のまま、尋常じゃない膂力で俺の首を掴んで引っ張っていった先は、フェインさんの宿屋「春ノ風亭」の前だった。


 そこでは沢山の人が酒らしきものを飲み、並べられた色とりどりの食べ物に手をつけて笑いあっている。


 お祭り騒ぎだ。


「おぉっ!ほらみんな見ろ!アレが例の黒づくめだ!」


 明らかに酒に呑まれている酔っ払いの男が、俺を指差して叫ぶ。

 騒ぎまくっていた者の一部が動きを止めて、こちらを見る。

 なんだ。

 今回の件の犯人だと、罵倒でもされるのか。


「うちの母ちゃんを教会まで運んでくれた、俺の、英雄だ!拍手ぅ!!」


「は……?」


 よく見れば、そう言った男の傍に訛りの強い言葉を話す、あの老婆がいた。

 日本人である俺を忌避していた事も忘れたように拍手が鳴り響く。


「ははは……」


 会釈してその場を去り、ぐるりと周りを見渡してみる。

 周りの人々誰しもが、手を叩き、足踏みし、大口を開けて笑っている。


「楽しそう……いや、嬉しそうだな」


 しかし中には、居心地悪そうにしている者もいた。あれは。


「……ソゴウ。救出。要求」


「ポル!」


 あの後、何事もなく目覚めたポルは大事をとって宿屋に戻ったはずだ。


「ポル、体調、平気?」


 僅かにうなずいたポルは、小さな口から溜め息を洩らす。


「……無問題……はぁ……不要……不要……」


 どうやら、この場にはあまり居たくはないらしい。


「なーに言ってるのー!ポルちゃんも頑張ってんでしょー!もーぅ!ほらぁ!飲みなさいよぉー!」


 酒が入っているのか、テンションの高いミサラさんに頬をつつかれているポルは完全に無視している。

 面倒くさいと言わんばかりのふくれた表情だ。


 ふむ。


 良いこと考えた。


 意趣返し、ではないが。

 昨晩ポルに勉強でボコボコにされた腹いせをしてやることにしよう。


「皆、こっち、見ルーーーー!」


 俺が大声でそう叫ぶ。

 すると俺がされた時のように、皆動きを止めて、こちらを見る。


「ポル、コの、女の子!!飛竜、倒ス!!強イ!!凄い!!拍手!!」


 注目を浴びさせて、ポルが嫌がる顔がみたかった。


 ……しかし。


 なんとなく、嫌な方向に予想していたが。


 拍手は返ってこなかった。


「……っ」


 それどころか物音一つ聞こえない。音を立てたら見られてしまうかと思っているのだろう。


 俺が想像していたよりも、人種の差別は根強かった。

 協会では、何人かはわかってくれたと思ったのに。

 ……簡単にわだかまりは解けそうにないな。


「ソゴウ……」


 弱々しい声が俺を呼ぶ。


「……やめて」


 あれほど強烈な魔法を使った少女とは思えない懇願に、俺は胸がかき乱される。


 余計な事を、してしまった。


「ご……」


 ごめん、と喉まで出かかった。


 すると、


「ぱちぱちぱちぱちぱち!!」


 と舌足らずな声が遮った。

 皆が、声の主の方を見る。

 舌が上手く回らない口でそう言ったのは、一生懸命に手を叩くネーレだった。


「そう!おねーちゃんはね、凄いんだよ!!地面から、こんなに大っきい……棒?をどかーん!て出してね、あの竜をね、止めたの!!」


 その場の者が静かな中、ネーレは手振り素振りで、自分が見たポルの魔法を必死に話している。


「それでね、それでね!ネーレと、おにーちゃんと、パルガにね、先に行けーってしてくれたの!」


「おねーちゃんはね、凄いの!」


 誰も、何も言わない。

 当然だろう。

 女の子が一人、訴えかけただけで差別をやめるのだったら、誰も最初からやっていない。


「ぱ、ぱちぱちぱち……」


 しかし、パチパチと、群衆の中から小声と拍手が生まれた。

 それは寝ているネーレにお礼を言っていた男の子だった。


「その、えっと……魔法、見たよ!凄かった!」


「……んだぁ。助けてくれでありがどだぁ、感謝しでるど!」


 そう言って続いた老婆もまた拍手をする。

 張りのある音ではないが、しっかりと音を響かせる。


「……ほお!そうか。嬢ちゃんは魔法使いだったのかぁ!凄ぇなぁ!」


「ええ、ええ!ポルちゃんは偉いわね~!うふふふふ!」


 そして、フェインさん夫婦もわざとらしく続く。


 俺も、無言で拍手をポルへと送る。


 ……パチパチパチパチ


 やがてゆっくりと、控え目にだが、拍手は広がっていった。


 ポルはどんな反応をすればいいのかわからないのか、ぼけっとしていた。


 まぁ、意趣返しは成功かな。


「えっと、ポル。悪カった」


「……無問題」


 人の好いポルは、こちらを見ることもせずに許してくれた。


 結局、酒(だと後で確認した)の入った樽の中身と料理が無くなるまで、人々は騒ぎ続けた。


 静かになったのは一対の太陽が隠れ、地球のよりも大きな月が頭上に昇った時だった。


 ああ、そういえば。

 ピャのパイだけど。

 渋いけど、甘かった。




 ▽▽▼




「今日は、ポルおねーちゃんと寝ましゅ!」


 噛んだな。


 心神喪失としていた俺と、満足気なポルに向かってネーレが舌足らずにそう言い放った。

 お祭り騒ぎの後、俺にはポルの人間語訓練が待ち受けていたのだ。

 何故ネーレが、俺が感電する様を見学しているのかと思っていたが、どうやらそういうことらしい。


「……寝床。共有。就寝?」


「うん!そうだよ!ネーレね、ポルおねーちゃんと寝たい!」


 ポルは小首を傾げ、疑問を持ちながら思考していたが、やがてコクリと頷く。


「…………許可」


「やったぁ!じゃあポルおねーちゃん、もう寝よっか!」


「同意……ソゴウ」


「ん?ああ、おやす……」


「人間語。復習。必須」


「……はい」


 この鬼。


「ソゴウおにーちゃん、パルガ!おやすみ!」


「ああ、おやすみ」


「がぁあ」


 ポルは昼間の事を思わせない程元気にはしゃぐネーレに手を引かれて、階段を昇っていった。

 どうやらネーレの部屋……というかこの宿の家族の部屋ではなく、ポルの泊まっている部屋で寝るらしい。

 そういえば、この宿の家族……ネーレ、ミサラさん、フェインさんたちの名字って何なんだろ?

 そもそも異世界に名字という概念はあるのか?


 まぁ、いいか。


「はぁぁ……疲れたぁあ……これからは『事情で電撃は浴び慣れている』って言えるな……」


 ……これから、か。


 ポルから人間語を習って、日本人が送られたという帝都って所に行ってから、どうする?


「異世界トリップの小説みたいに、ギルドでも入るか?」


 あるかは知らないが。

 だけど、現実にはありえない魔物は居たし、魔法も存在する。だったらギルドくらいあるだろう。

 日本人が考えた世界観、らしいしな。


「町に来たら、もっと情報が入ると思ったんだが……」


 立ち塞がった言語の壁。

 そもそも日本人が考えた世界観っていうなら言語も日本語にしてくれよ。


「まあ、もう、それもどうしようも無いか……座禅でもしよ」


 その場に座り、神経を落ち着かせる。

 脚を組み、手を重ね、親指で円をつくる。

 ゆっくりと目を閉じて、静かに息を吐く。


『肉体は飾りとなり、意識は世界に溶けて消える』


 極限までに自意識を無くし、周りの空気すら自分であると想像する。

 肉体と言う囲いが消え、希薄になっていく自分。


 どこまでも、拡がっていく。


 ああ、落ち着く。



 ………………




 ……………………




 …ぁ……………………




 …………………ゃぁ!………




 ………いやぁ!!




 一気に、肉体へと意識が収束していった。


「……ッ!?い、今の、上から……!?」


 どれ程時間が経ったかはわからない。集中した状態から解放された俺の身体は少し上気している。


 ばっと立ち上がり耳を澄ますが、生まれる音は無い。


「気のせい……?」


 しかし、パルガは動いていた。

 階段の板が抜け落ちるかと思うほど、猛然と階段を駆け登っていく。


「あっ、ちょ、待て、おいっ……!」


 遅れながらも、俺も階段を二段飛ばしで急いで上がっていった。

 走るパルガは勢いそのままに、廊下の一番奥の部屋の扉をタックルで壊して、突入する。

 俺もその部屋に到着する。


「ポル、ネーレ、入るぞ!!」


 そこには。

 ぐったりとしているポルとネーレを抱えた、いかにもな黒装束の男たちが居た。


「なっ……!?」


「むう?気配も音も完全に無くせていると自負していたが、まだまだ甘かったようだな。それとも……貴様とそこの魔物が我々より優れていたのかな?」


 黒装束の男の一人が、腕を組みながら馬鹿にしたように言う。


「笑止」


 ふっと、前触れもなく、男たちはポルとネーレと共に、目の前から消えた。

 それは煙のように、なんて半端なものではなかった。


「え……?はっ!?なっ、え?」


 冗談だろ。

 まるで、あいつらが逃げる時の記憶が無くなったような。


「いや、待て、今は、そうじゃ、ないだろ……」


 混乱する頭のまま、状況をあやふやにまとめていき、ゆっくりと言葉にした。


「ポルとネーレが、連れ去られた……」

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