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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
南部国・ドバレア編
22/82

襲来

「待ってくれぇ……今のはわざと間違えたから、本当は答え解ってるからぁ……勘弁してくれぇ……」


「……お前はなにを寝ぼけてんだ。ほら、起きろ起きろ。そこで寝てると他の客の邪魔になるだろうが」


 自分の声に続き、フェインさんの声が聞こえ、目が覚める。

 人間語はまだ所々聞き取れないが、なんとなく意味は察して床から身を起こす。

 まだ時間は早いらしく、窓を見てみると外はまだ薄ぼんやりとしていた。


 昨日の晩、別世界が見えた。

 いや、既に異世界にはいるのだがそうではなく、宣言通りポルはスパルタだったのだ。

 ポルが宙に浮く光る単語を読み上げ、俺が続いて読む。

 それを十個間隔でやると、簡易なテストを行う。

 もし間違えたならば、身体に魔法の電流が流される。

 それを恐ろしい速度で、気が遠くなるほど何度も、何度も行ったのだ。


「……あー、えっと、分かル、起キる、飯、食う」


 フェインさんへの返答を、ポルに刻みこまれた知識でゆっくりと口にする。

 千個の単語を習いはしたものの、実質口からすんなりと出るようになったのはそのうちの百個にも満たない。

 だが、呪詛のように思念で繰り返し様々な人間語の単語を送られると、嫌でもクセのようなものが耳に染み付いた。

 よって、全ての意味がわかるわけではないが、何となくのニュアンスなら感じることが可能となった。


「ほぉ!何やら夜中に嬢ちゃんと特訓していたようだが……一晩で随分と喋れるようになったなぁ、おい」


 そう、夜だけで。

 もしもポルが俺の受験勉強の際につきっきりで教えてくれていたら肉体精神共に多大な疲労は負いはするものの、良い大学に進学する可能性は高かっただろう。

 パルガの方はというと、必死に単語を憶えていた俺の背後で早々に眠りこけてました。


「あらあらソゴウくん、早いお目覚めね!おはよう!」


「あ……おはよう、ゴざいます」


 厨房から顔を出した元気なミサラと挨拶を交わしたところで、段々と他の宿泊客も食堂に集まってくる。

 その中の一人の小柄な少女。俺の中での軍曹、ポル。

 ウェーブが掛かったクリーム色の髪を指で撫でながら、こちらに向かってきた。


「おはよう、ポル」


「……おはよう。記憶。継続?」


 最後の単語以外はわかった。教えたことを憶えているか、と聞いたのだろう。


「そうだな、少シ」


 指でもちょっとだけ、と示すとポルの目が細められる。軍曹、あなたのその顔が怖いんです。


「今日。夜。特訓。再開」


「……はい」


 いやはやしかし。

 言葉が少しではあるがわかるというのはやはり良いな。スムーズだ。


 すると、てこてこと目を擦りながら歩いてくるポルよりも小柄な少女、というよりも童女のネーレ。


「おはよー……今日はー、おかいもの……」


 髪は適当に纏められ、目は半開きだ。よほど眠いのか。

 そのままフラフラと歩いていると、寝ているパルガにぶつかって転んで、頭から埋もれる。


「ふわー……あったかーい……」


 そのまま夢の世界に行きそうなネーレの襟首近くをフェインさんが掴み上げ、困った顔でいる。

 吊るされているのに、ネーレはうとうとして今にも眠りそうだ。


「おい、ネーレ。買い物には行くかわりに朝のお手伝いする約束だろぉが。それとも……行きたくないのかぁ?」


 ぐったりとしていたネーレをフェインさんがガクガクと揺さぶると、言葉を聞いたネーレに活力が湧いてきたようで、


「……行く!ネーレはパルガとお買い物するぅぅ!!」


 とフェインさんに掴まれたままやたらめったに暴れて、解放されると厨房に走っていった。フェインさんはやれやれと溜め息をついている。


 今日は俺とポル、それにパルガとネーレで、買い物だ。




 ▽▽▼




 フェインさんが首輪とも呼べない、粗末な紐を苦しくないようにパルガの首に柔らかく巻きつける。


「よし、これでいいだろ……こうしねぇと衛兵の奴らがうるせーからなぁ。悪いな、熊公」


 どうやら、そういうことらしい。

 話を聞けば、魔物を共として連れるのことは別段珍しいことでもないということ。

 大体が魔物使いという職に就いている者、もしくは小さい時から育てた場合らしい。

 ただし後者の殆どは金を持て余した貴族や大商人などの上級階級しかいないと。


 職務質問でもされたら魔物使いとでも答えておこうか?

 首輪に繋げられたパルガにちらっと目を向けると、嫌がる素振りも見せずどっしりと尻を着けて座っている。

 まさに大物。

 どちらかと言うと使われるのは俺の方かもしれないです。


「まぁ、熊公ほどの魔物に突っかかる奴は居ないだろうよ。ドバレアに襲いに来る中型以上の魔物は少ねぇからな」


 そう言って(半分以上聞き取れなかったが)、フェインさんはパルガの頭を撫でる。

 すると身支度を終え、清楚な白いワンピースっぽい服に着替えたネーレが走ってきた。


「きゃー!パールーガー!乗ーせーてー!」


 パルガは、ネーレが飛び掛かる直前にすっと四つ足で立つ。

 その広いパルガの背に、ネーレは勢い良く跨っていった。

 小さな女の子一人くらいなど、子熊であろうと大したことではないだろう。


「よーし!じゃあ出発しよ!お買い物!お買い物!」


 ネーレは精力的に手伝いをした結果、晴れて買い物に同行する許可を得てご機嫌である。


「了解。パルガ。ネーレ。ソゴウ。出向」


「おう、行ク」


 今まで通り、ローブを羽織った上から荷物を入れるために借りた大きめのリュックを背負ったポルと共に扉を開けて外に出る。

 後からネーレを乗せたパルガも続き、フェインさん夫婦も扉の前で立って見送る。


「ネーレー!晩ご飯までには帰ってくるのよ~!今日のご飯はピャのパイよー!」


「裏路地は危ないから気をつけろよぉ!しっかり二人と熊公に付いていけよぉ!」


 この昼前の宿屋の前で大声を出す、子の親二人。


「うん、わかったー!よーし、パルガ!市場に向けてしゅっぱーつ!」


 両親に手を振ってネーレは大きな声で返事をしてから、パルガにもまた大声で指示する。

 元気な親子なこって。


 パルガに騎乗するネーレを先頭にして、町の市場の方に向かって歩きはじめた。




 ◇◇◆




 太陽の光が柔らかく差し込む、聖霊教の教会。教壇の前に多くの人が集まっていた。


「………ということをなさった聖霊様は、迷える者達に進むべき道を示したのです……はい、では今日はここまで。お疲れ様でした」


 アイヴィンは聖書をパタンと閉じ、聴衆に向けて柔らかな笑顔を浮かべる。


「神父さまー、ありがとうございましたー!」


 信者たち……というよりも聖霊教に属する家の子ども達に教えを説き終わり、バタバタと家に帰っていく子どもを見送る。

 ドバレアの町で比較的住みやすい北東部の中央には、町で最も大きな建物である教会がある。

 この教会は教育の場でもあり、憩いの場。

 昼前のこの時間には礼拝者と一緒に子どもがやってくる。


 アルヴィンとしては、純粋な子どもは共に居るだけで心が癒されるので、むしろこの時間は楽しいひと時である。

 子どもなので居眠りをしたり、話を聞くことさえしない子もいるけれど、それも平和の姿であると思うと大変微笑ましかった。



 ……しかしこれからする自分の行いで、子どもたちの何人かは死んでしまうだろうと思うと、胸が引き裂かれそうになっていた。


「ああ……罪の無い子らが、私の選択により、天に召されてしまうのは、悲しいことです……」


 アルヴィンはまるでオペラ歌手のように胸に手を当てながら独り言を言って、人が普段入ることのない教会内の奥にある廊下を歩く。

 足音と独り言しか聞こえない、静寂。


「けれどもそれは、聖霊様の選択であり、聖霊様が示して下さった私の道なのです」


 やがて地下へと続く階段がある扉に手を掛け、軋む音を立てながら開ける。


「どれだけの民が嘆くでしょう、どれだけの民が恨むのでしょう、どれだけの民が死んでしまうのでしょう……そうなっては、終末に聖霊様がお救いが来てくださっても、私は救われないはずです」


 声に哀しみを滲ませて、コツコツと薄汚れた階段を一段一段降りていく。

 日の光が届かなくなる。

 口元でボソッと呟き、手に持った蝋燭に小さな火魔法で火をつける。


「ああ、私は罪深い……だが、誰かがやらねばいけないのです。誰かが犠牲にならねばならないのです」


 やがて階段が終わる。

 古びた扉が見え、それをゆっくりと開けた。

 持ってきた蝋燭で照らされても、壁の見えない暗い室内。

 カビの臭いと、鉄の臭い、そして腐敗した臭いが充満している。

 空気を通す管から、ひゅーひゅーと細い音が聞こえている。


 室内の中央にある小ぶりな机の上には、金や銀で装飾された美しく輝く紅い球体が置かれていた。


「それはドバレアの民草であり、私です。そして私は全ての人々の為に罪を被ります……ああ、どうか、どうか、どうか、ボルボの少女……選ばれし者が早急に導かれんことを」


 机の隅に蝋燭を置き、それを手に取ると、アルヴィンはそれに魔力を込めていく。

 宝珠の発動の条件は簡単で、一定量魔力を込めるだけでいい。それも多い量じゃない。


「さぁ、聖霊様に選ばれし使徒よ。聖なる令に従いなさい」


「……ボルボ族の少女を、我が身の元へ」


 宝珠に亀裂が入っていき、やがて粉々に砕け散った。




 ◇◇◆




 のっしのっし。


 熊にしては小柄ながらも存在感のあるパルガがネーレを乗せて歩いているのは、ドバレアの人々の目を惹いた。

 それは昨日、俺とポルが受けた奇異の視線ではなくて、物珍しいものを見る、純粋な好奇心の視線。

 宿屋の娘であるネーレが居ることが大きいのだろう。

 ネーレは行く先々で、魔物に乗っていることを心配する知り合いに度々声を掛けられていた。

 この天真爛漫な子は町では有名とまではいかないが、そこそこ顔が知れているらしい。

 そんなネーレはパルガに跨りながら、得意そうな顔をしてキョロキョロと周りを見渡していた。


「……よし、パルガ!まずはおねーちゃんのご飯を買うから、あっち!」


「がぁあ」


 ビシッとネーレが大袈裟に指差すと、パルガは律儀に返事をしてそちらの方向にのしのしと歩いていく。

 それが見ていてとても微笑ましい。

 俺の横で何も言わずに付いてくるポルに、頑張って人間語で話し掛ける。


「ポル、パルガ、乗ル、シたい?」


 多分、単語は合ってる。

 間違ったことを言っていないか恐る恐るだったが、意味が通じたようでポルは緩やかに首を横に振る。


「否。ネーレ。子ども。ポル。天才。必要。皆無」


「おーぅ!ポル、天才。わかるわカル」


 最後の二つはわからなかったので適当に返事しておく。でも別に乗りたくはないことはわかったかな?

 というか、俺ら二人。周りから見れば単語だけで会話してる奇妙な奴らだよな。

 でもまぁ、そればかりは仕方ない。


「おねーちゃーん!こっちと、あっちと、そっちのどっか……このへんでも食べ物が売ってるよー!なにか買おっかー!?」


 手をメガホンにしてパルガの上からネーレが叫んできた。

 ポルは無言で頷き、ネーレとパルガに近づくとネーレと会話しながら旅に必要な食料などを選んでいるようだ。

 俺は、ちょっと離れたところで待ちぼうけていることにしよう。

 フードの中から僅かに見えるポルの表情は乏しいが、楽しんでいるようにも見えた。


「おねーちゃんおねーちゃん!この乾いた野菜とか果物とかどう?」


「欲求。肉」


「あ、それならこっちにくんせい肉があったよ!あとあと服とか布があっちに売ってるけどどうする?」


「購入。他」


「うーん……そうだ!おねーちゃんのローブ地味だから、もっと可愛いローブでも買う!?」


「検討」


「そうだ、おねーちゃんって魔法を使うんでしょ?杖とか要らないのー?」


「不要」


「ねぇねぇ今度おねーちゃんの魔法見せてよ!かっこいいやつ!」


「検討」


「あ!この服おねーちゃんに似合いそうじゃない!?ね、ね、買ったりしない?」


「否。ネーレ。似合う」


「えー?そうかなー?絶対おねーちゃんよ方が似合うと思うなー」


 ふむ。


 人混みから離れた場所で、俺は足元にあった小石を蹴る。

 それが人の足に当たり嫌な顔をされたので、頭を下げて謝る。

 キョロキョロと辺りを見渡して、日陰を見つけてそこに行き、壁に身体を預けた。


 ……うん、暇です。

 これ、俺、居る必要無かったなぁ。


 女子の買い物という時点で、男は荷物持ち以外のジョブに就くことはないということか。


 はぁ……と溜め息をして、楽しそうに買い物してる少女たちを視界から外して、青い空を見上げる。


 大きな雲が二つ三つゆったりと空を流れており、鳥の群が飛んでいる。

 眼下には買い物をする少女たち。少し前まで考えられなかった平和そのものな風景。


 そう、見えた。


「………ん?」


 だが、様子がおかしい。

 というのも。あまりにも空に見えるその鳥の翼が、でかすぎる。

 翼は巨体を支えるかのように大きく横に広がり、急いでいるかのようだった。

 鳥というより……まるで。


 もしや、と思ったその時。


 ガランガランガランガラン!!


 何処からか響いてくる、焦燥感を沸きたてる鐘の音。

 その場にいた人々は買い物を止め、ザワザワと騒ぎだす中、町の兵士達が大声をあげながら転がるように走り込んできた。


「だ、黒翼竜(ダークワイバーン)だ!速やかに……どこでもいい、とにかく避難しろぉ!」


 息も絶え絶えに叫んだ兵士の声を妨げるように、そいつらは雄叫びをあげて到来した。


『ギィィヤァァァァァァァオオオォォォオオオォォォォォ!』


 市場にいた皆一同が動きを止め、空を見上げる。


 そいつらは空一面に居る、というほどではない。


 しかしそいつらは圧倒的な存在感を持って、優雅とも言える翼の動きで空を豪快に舞う。


 畏怖か、それとも現状を理解しようとするためにか。ともかくその場に居合わせた皆が皆、目を奪われる。


 そこには、闇や影のように黒く、巨大な体躯を持つ、飛竜たちが君臨していた。

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