宿屋の娘ネーレ
夕食の時間前の食堂は早くも人が集まっていて、騒がしく、どこか窮屈な空気。
その空気から隔絶されたようなぽっかりと空いた空間に一人と一匹。
『きゃーー!きゃーーーー!!あははは!!』
パルガが寝転がって、休日のお父さんのように女の子を持ち上げたりしている。
周りの人は遠巻きにだが、興味あり気にそれを見つめている。
そんな光景を食堂へ繋がる廊下の入り口に立っていた俺も唖然と眺めていると、料理を運んでいたエプロン姿のフェインさんが笑いながら話しかけてきた。
『おう、帰ったか。お疲れさん。お前ぇらのメシもあるぜ!熊公には娘の子守してもらって大助かりだ!ガッハッハ!』
フェインさんは嬉しそうに客に皿を運ぶと、無邪気に遊んでいる女の子の頭を乱暴に撫でてからまた厨房に戻っていった。
ポルに目を向けると、もう様式美のように念話を始めてくれる。
(もしかして、あの子はフェインさんの子ども?)
(是)
普通に魔物と遊ばせているけど大丈夫なのか。どうもまだ異世界の価値観というか、一般的な物事に対する考え方というのがわからない。
フェインさん一家が特殊なのかもしれない。外では腫れ物に触るような扱いではあったし。
パルガ、頭良いとは言え、子どもをあやすことが出来るとは。
そこで楽しそうに遊んでいた少女がこちらに気付き、パルガから降りるとトテトテと近づいてきて、笑顔を見せた。
笑顔はどちらかというとフェインさんに似ているな。
『黒いおにーちゃんと、ボルボのおねーちゃん!ネーレだよ!よろしくね!』
少女はポルよりも一回り小さい手を差し出してきた。
横にいるポルが何の反応も示さないので代表して俺が握手すると、少女は一層笑顔になった。
ポルのローブの端を引っ張る。
(何?)
(この子って何て名前かわかるか?)
(……ネーレ)
ありがとうと人間語でポルにお礼を言いながら、しゃがんでネーレと視線を合わせる。
「こんにチハ、ネーレ」
『うん!こんにちは!』
えへへと笑って頷いてくれた。よしよし、ちゃんと発音出来てるみたいだ。
積極的に人間語で人とコミュニケーションをとっていきたいな。
『ネーレーっ?そろそろお手伝いしなさーい!』
『はーい!』
厨房からミサラさんの声が聞こえると、ネーレは大きく返事をして、厨房の方へ走っていった。
そんな様子を思わず笑って見つめていると、ポルから思念が送られてきた。
(ソゴウ。子ども。好物?)
好物ってなんだよ。そういう趣向を持ってる人みたいじゃねぇか。
そんな突っ込みは心の奥底にしまって、思念を返す。
(あー、んー、信じているかは知らないけど、俺、他の世界から来たって言ったろ?で、『原魔の森』だっけ?あそこのど真ん中に飛ばされちまったからな、多少なりとも捻くれていた性格は丸くなったんだよ)
多分。
まぁ丸くなったというのは、水に穿たれた感じではなく、ヤスリでゴリゴリと削られた感じだけど。
(……ポル。子ども?)
ポルを見やると、深く青い瞳が俺をじっと見つめていた。何かを期待するような子どもらしい顔で。
さっきは伝えなかったが、質問されたら正直に答えるしかない。
(そうだな……ポルが凄い魔法を使えるとしても、ポルはまだまだ子どもだな)
そう伝え、さっきのフェインさんのようにポルの頭を撫でてやる。うおぉ、柔らけっ。
『………むふ』
(ん、いまなんか言ったか?俺まだ人間語わかんないんだが)
(……否。着席。食事)
ポルはそう思うと、そそくさと空いてるテーブルに歩いていき、席に着き、そのまま人形のように語らず、動かなくなった。
子どもだからな、腹は減るよな。
ひたむきに食事を待つポルに笑いつつも、俺もそのテーブル席にパルガを連れて座る。パルガもちゃんと席に座る。
しかし、どうやら疲れていたらしいポルはうたた寝をし始めたので、料理待つ間に武器の点検を行なうことにした。
大振りなナイフと、大蛇の牙。
牙はともかく、ナイフは鉄製なので血で汚れたり錆びてしまわないように気をつけてはいたものの、やはりゴブリンから奪った直後よりは切れ味は落ちてしまっている。
そのナイフを、俺のシャツで磨く。
今は借り物の服を着ているので、手にシャツを持って丁寧に磨いてゆく。
……よし、終わった。
横にナイフを置いて、次に牙を手に持つ。
これは、メンテナンスというのが必要ない程これ自体で完成している。
何せこの牙、かなり硬い。無理な方向に力を加えたとしても全然曲がらない。
やはりあの大蛇は上位の個体だったのだろうか。
天井に吊るされたランプから放たれる光に牙を当てて、密林でのことをなんとなく思い出していると、目の前に湯気の立つ料理が差し出される。
『ほらよぉ、お待ちどうさん。嬢ちゃんは疲れちまったのかね?』
フェインさんは片眉を上げて、うつらうつらとしているポルの顔を見る。それを見て俺が苦笑すると、フェインさんも釣られて苦笑した。
『お?なんだよ、ボウズ良いナイフ持ってるじゃねぇか』
フェインさんは何かを言うと、横に置いてあったナイフをひょいと手に取り、爪で弾いたり、重さを確かめたりしている。
これはどういった意図なのか図りかねるが、悪いようにはしないだろう。
『にしても使い込んでんなぁ、まるで歴戦の戦士のナイフみたいだぜ。それと、その牙』
手に持ったままの牙を指差して、真剣味を帯びた顔になったフェインさんが何かを厳かに言う。
『……その大きさからして、ただの魔物の牙じゃねぇな。そういうのはあまりガラの悪いとこじゃあ見せつけない方が良い。「俺はこんなにもデカイ奴を倒せる」それか「こんなに良い素材を持ってる」とアピールしてるようなもんだからな』
当然、フェインさんの言ってることがわかる訳がなく。首を傾げる。
『どうやって手に入れたんだかは知らんが……おっと、黒づくめは言葉がわかんねぇんだっけか。悪い悪い。ほれ、メシでも食ってろ。嬢ちゃんも起きな』
ナイフをそっと元の位置に置いたフェインさんがポルの肩を優しく揺さぶると、ゆっくりとポルも目を覚まし、食事を始めた。
今日のメニューは薄切りの肉と、パスタっぽいやつをクリームで混ぜた料理。なんの材料で出来ているかは知らないが美味しそう。
「……いただきます」
手をきちんと合わせて、フォークを手に取り、肉から食べ始めた。うん、美味い。
そのまま無心で、料理をパクパクと食べ続けた。
▽▽▼
「ふぅ、ご馳走さま。意外と量があったな」
『……馳走』
二人とも食べ終わった頃には食堂内はゆったりとしていて、落ち着きを取り戻していた。
横ではパルガが後からフェインさんが持ってきた骨付きの生肉をガツガツとかじっており、そのパルガの腕の中に手伝いを終えたネーレがすっぽりと収まっている。
『あらあら!ネーレは熊さんがお気に召したようね?』
『うんっ!熊さん好き!』
木の椅子に腰掛けてその様子を見ているミサラさんは嬉しそうに笑っている。
幸せな家庭って感じだな。
ここでは父親役がパルガになってしまうわけだが。
ネーレはパルガの胸に頭を擦り付けるようにして、フワフワとゴワゴワの真ん中くらいの毛にご満悦だ。
『それで、ポルちゃんはいつドバレアを出発するのかしら?ソゴウくんはポルちゃんに付いていくでしょ?』
『……ソゴウ。不明。ポル。明日』
『あら、明日には行ってしまうの?寂しいわぁ』
ミサラさんは残念そうに頬に手を当てて、溜め息をつく。
するとパルガの前に座っていたネーレが大声を出す。
『えぇ~~~!じゃあ、じゃあ、熊さんももう居なくなっちゃうのっ?』
なんだなんだ、どうした。
そっと、向かいあって椅子に座っているポルが足を俺の膝に乗せてくる。
(理解。可能?)
(え?あ、あぁ、伝わってるよ、どうした?)
だんだんと思念の送り方が雑になってきていないか。
手ですらなくなるとは。いつか顔も向けずに出来るようになるのではないだろうか。
(明日。出発。同行?)
(明日出発すんのか?ああ、ポルが良ければ付いていくつもりだけど)
(許可……ネーレ。駄々)
ネーレの名前が出てきたのでその方を見ると、今度はパルガに向かいあって抱きつき、顔を埋れている。
『やっ!熊さんともっと遊ぶ!』
『こーらネーレ。わがまま言わないの。お客さんが明日出るって言ってるんだから』
『やっ!』
どうやらネーレはパルガを相当気に入ってしまったようで、離れようとしない。パルガはそんなネーレの頭をクンクンしている。
『……ネーレ』
椅子から降りたポルが駄々を捏ねるネーレと目線を合わせるようにすると、何かを優しくネーレに言う。
『熊。名前。パルガ。理解。可能?』
小さく頷いたネーレに、ポルが続ける。
『明日。物資。調達……出発。明後日』
ポルの言葉にネーレはポカンとしたかと思うと、徐々に笑顔が咲いていった。
『本当!?やったぁ!熊さん、パルガとまだ一緒に遊べるね!』
そこで一仕事終えたらしいフェインさんが、厨房から申し訳なさそうに頭を掻きながらやって来た。
『嬢ちゃん、いいのか?別にネーレの為に無理しなくてもいいんだぜぇ?』
『無問題。必要物資。食料。購入』
『ま、それもそうか。でも確かぁ……「学園」に入学すんだろ?期限は大丈夫なのか?』
『無問題。入学締切。三週間後』
『ふむ……じゃあ一日くらい大丈夫か』
何やらどんどん話が進んでいってるが、ネーレの喜びぶりから出発が延期されたと見ていいだろう。
やはりというか、ポルは優しいな。
『ネーレ、そろそろお休みの時間よ。お部屋に戻りなさい』
『はーい!パルガ、おねーちゃん……あと、おにーちゃん。明日一緒にお買い物に行こうね!お休みなさーい!』
『買い物。許可……お休み』
ポルは笑顔で去っていったネーレを見送り、フェインさんとミサラさんもポルと少し言葉を交わして同じく去る。
他の客も部屋に戻ってゆき、食堂の中は俺とポルとパルガの二人と一匹になった。
何気なくぼさっとしていたら、向かい合うポルが足を俺の膝に乗せる。
(ソゴウ。言葉。特訓。可能?)
(おお、してくれるか?えー……じゃあ頼むわ)
(……了解)
心なしかポルの目がすっと細められ、ボソボソと言葉を紡ぐ。
『光。……文字」。浮上」
ポルを中心として光が生まれ、ポルの身体から何かが湧き出る。
それは、文字。
周りの空中に、白く発光する読めない文字の羅列がふわふわと浮かぶ。
幻想的なそれは、異世界の夜空の星くらい綺麗だった。
(最初。簡単。目標。単語。千個)
……あれ?
文字に目を奪われてた今、何か、恐ろしいことを伝えられた気がするんだけど。
ポルの顔を見ても、いつものように表情に変化は無い。
ただ、密林での日々の経験からだろうか。ポルの雰囲気が変わったことを朧げに察した。
幾つかの光る文字がふわりと目の前に移動してきた。
そして、ポルは静かに思念を送ってくる。
(私。スパルタ……了承?)
そういえばそんなこと言ってたや。あとスパルタという意味の言葉があるのか気になったけど。
優しく……お願いします。
◇◇◆
そこは、信徒のいない静謐な教会。
室内の広さは一般家庭の十倍の広さはあり、この宗教の規模の大きさを表している。
『聖霊教』
僅かに月明かりが差し込む正面の大きなステンドグラスの下で男が二人、目線を合わせずにあたかも他人であるような立ち位置で居る。
一人は脚を組んで影となっている壁に体を預けており、一人は指を重ねて祈りを捧げるようにして、正面を向いていた。
祈りを捧げている男、アイディンは正面を向いたまま男に話し掛ける。
「では、例のボルボ族の少女は明日はまだ町を出発しないのですね?」
「ああ、宿屋のとこの娘と魔物。それと黒づくめもお買い物をするそうだ」
「そうですか。さて、では早速明日の昼に仕掛けることにしましょう」
「……なぁ、口を挟むようだが。それは明日の、しかも日中にやらなくちゃいけないことなのか?」
「ええ、聖霊様が覗いておられる昼の内に行う必要があります。そして聖霊様は一日も早い解放をお望みなのですよ」
「それにしても、だ。その宝珠の効果があんたの言う通りなら、攫うのには不確実だし、町には被害が出る。俺達に任せといた方がいいんじゃないか?」
「いえ、貴方達は最後の手段です。この「宝珠」は中央……帝都から送られたもの。つまり、「宝珠」を用いることが聖霊様の御意志なのです」
影に潜む男はこっそりと溜め息をつく。
目の前のこのアイディンという男は異常だ。
町中であんな代物を使ったなら、災害と言っても過言ではない事態が起こるだろう。
質が悪いのが、それを悪意で行なうのではなく、善意でしようとしていること。
こいつはただの純粋な、頭がおかしい狂信者だ。
「ふふ、楽しみです。彼女こそ、聖霊様が満足される贄となってくれることでしょう……」
アイディンは目を閉じて、幸せそうに微笑みながら、祈りを捧げる。
「我らの行く末に、聖霊様のご加護があらんことを」




