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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
南部国・ドバレア編
20/82

異世界での、はじめてのおつかい

 耳元で、寝息が聞こえる。

 毛布の下からもぞっと顔を出し、頭をかきながら寝息を立てていた正体のパルガを見やる。


 座禅をした後にどうしようもなく眠くなって、先に眠りについていたパルガに寄りかかるように倒れ込んだことまで憶えている。

 どうやら俺とパルガはそのまま朝を迎えたようだ。これが朝チュンってやつか。パルガさんは暖かかった。

 悔しくも寝心地の良かったパルガの毛に手を突っ込み、揺さぶってパルガを起こす。

 徐にパルガが起き出したら、ミサラさんがエプロン姿で料理を運んできていた。


『あら……ソゴウくん、だったわね!おはよう!』


 ……相変わらず何を言ってるのかわからない。


「……おはようございます」


 何も言わないのも失礼かと思い、一応言葉を返すとニコニコと嬉しそうにして厨房に戻っていった。

 身体を起こし、目を擦りながら食堂を見渡すと、他の客やポルの姿が目に入る。

 朝の食堂は人はまばらではあるものの、時々笑い声が聞こえて

 賑やかな雰囲気である。

 しかしポルはともかく、他の客までいるのは想定していなかったので少し慌てた。


『おい、黒づくめが目を覚ましやがった』


『ちょっとやめなさいよ、別に害があるわけでもないんだし』


 すると近くに居た宿泊客だろうカップルのような異世界人の二人組が、俺をチラチラ見ながらなにやら話をしている。

 カップルってのはどこの世界だろうと距離が近いもんだな。その距離って息がくすぐったくなったりしないの?


『大~丈夫、あいつら言葉がわかんねぇって。ほら、見ろよ。目も髪も真っ黒で気持ち悪ぃ!』


『そうだけどさぁ』


 彼氏の方がニヤニヤと笑いながらこちらを見ていれば、嫌でも馬鹿にされていることくらいはわかる。

 昨夜のちょび髭だって俺のことを虫と呼んでいたらしいし。日本人はあまりいい評価を受けてないのか?なんでだろう。日本人が何かしでかしたのだろうか。


 ガンッ、とそんな男女の間に、フェインさんが乱暴に木のジョッキを叩きつけるように置く。


『……待たせたなぁ。炭酸水だ』


『あ、あぁ……どうも』


 フェインさんの表情は犯罪者のような凶悪な笑み。

 その笑顔を向けられた男女は明らかに動揺している。

 そんなチンピラみたいなことをしたフェインさんがそのまま俺の所に来る。


『たくよぉ……おう、起きたか』


 今度は打って変わってニカっと朗らかな笑顔になったフェインさんが俺に話し掛ける。


「おはようございます」


 言葉を返したことに満足したようで、一つ頷いてからフェインさんも厨房に戻っていく。根は似たもの夫婦だよな。

 視線をずらした先に、パンを頬張っている無表情なポル。

 一人でいるのも寂しいかと思い、ポルに近づいていく。


「おはよう」


 ポルは目だけをこちらに向け、もぐもぐとパンを口の中で咀嚼し、飲み込み、こくんと頷いた。

 ポルの目の前に座ると、パルガもならって俺の横にお行儀良く座る。

 わざわざ思念を使ってもらって会話するのも迷惑かと思い、ただポルの食事を眺めていた。

 すると、ずいっと手を差し出して俺の頭に手をかざすと、頭の中に強い思念が送られる。


(視線。邪魔)


(え?あ、あぁ。悪い)


 そりゃそうか。

 女の子が飯を食べているのをガン見されて平気なわけないよな。今のは俺が悪い。

 しかしいよいよどこを見てればいいか困って、キョロキョロしてると、目の前にパンらしきものを載せた皿が置かれる。


『はい、どうぞ!朝ごはんですよ』


『アりが、とう』


 もちろん人間語でそう言うと、ミサラさんはそこにニコニコしながら立ったままだ。

 え、なんだろう。


『ソゴウ』


 ポルが俺の名前を呼ぶ。ポルの方を向くと、親指と人差し指で挟んだ何かを見せてきた。


『これ。必要』


 それは、丸い金属の何か。

 いや、わかっている。異世界でのお金だ。


 それを見て、冷や汗が流れる。


 やばい、そういえば昨日の晩も泊めさせてもらったはいいが、無一文だ。

 宿屋に泊まればお金を払う。当然のことだ。

 だが、異世界トリップのスタート地点が密林だったんだぞ、金なんて持ってるわけねぇだろ……!

 顔を青くしていると、ミサラさんが淑やかに笑う。


『やぁね、冗談よ!黒づくめさんがお金を持ってないのは知ってるわよ、そのかわり、宿のお手伝いをしてもらいます!』


 ミサラさんの発した人間語に首を傾げていると、ポルが思念を送ってくれた。


(ソゴウ。労働。対価。宿泊)


 おお、なるほど。

 泊まる代わりに働けばいいのか。なんとも良心的だな。

 ここでお金を払わなかったら身ぐるみを剥がされでもするかと思ったが、この人がやる訳ないか。俺もつくづくネガティブ。


(じゃあ、俺は何をすればいい?)


 と、ポルに伝えると、ポルがミサラさんに人間語で伝える。

 ううむ、この伝達方式じゃ効率が悪いな……夜とかにポルにお願いして、単語を幾つか習おう。

 すると、ミサラさんがエプロンのポケットから、手触りが変な紙を渡してきた。


『じゃ、最初はお買い物ね!』




 □□■




 字など読める訳がない。

 ポルに頼んで一緒に来てもらうことになった。

 ポルさんには本当に迷惑掛けてばかりです。

 頼んだ時には嫌そうにするかなとも思ったが、ポルはすぐコクリと頷いてくれた。ほんと良い子。


 昨日の晩とは違ってガヤガヤと人通りの多くなった、土が剥き出しのままの道をポルと歩く。

 木や石の家の前に簡素な作りの露店が出され、売り物がポツポツと置かれているのが散見される。

 宿屋と同じように賑わってるようにも見えるが、どこか余所余所しいような気もした。

 それと、人々からの奇異の視線。

 俺やフードを被ったポルに向けられているのを感じつつ、それらを無視してポルに念話で話し掛けている。


(これは何て読むんだ?)


(……人参)


(これは?)


(……豚肉)


(これは?)


(三分前。指導。玉ねぎ)


(これ……は、芋だ!)


(不正解。ピャ)


(……なんだそれ)


 食材の名前を当てることをしながら、食材が売られているらしい場所を目指す。

 道ゆく人達はゆったりと長い布を体に巻いているような、見たことのある服装をしている人の他にも、シャツに近い服装の人もいる。

 ただ、共通点は一様に皆、俺たちのことをジロジロと見てくることか。

 好奇の視線に慣れてなどいない俺は少しうんざりしていた。

 ポルが手を俺の体にかざして、思念を送ってきた。

 気付けば、ポルは額に手をかざさなくてなくなっていた。最初からそうすれば良かったのに。


(ソゴウ。視線。無視)


(あー、そうだな。うん。そうした方が良いだろうな)


 ごもっともだ。

 ポルに諭されて、ただ歩くことだけに集中する。

 人混みとも言えない人数だが、俺たちを避けるように道が開ける。嫌な感じ。


 頼まれていた品を順調に買っていき、人通りの少ない路地裏の入っていく。その日の当たらない影の深い場所は、どこか湿り気があり肌寒い。

 迷いのない足取りで前を歩くポルに付いていく。会話はあまりない。

 さして話すこともないかな。あぁ、単語を習いたいことを言わなきゃな。

 更に奥に入るように曲がり角をポルが曲がったとき、ぼすっと人にぶつかった。

 後ろに仰け反ったポルを支えると、ぶつかった優男が申し訳なさそうな顔で話し掛けてきた。


『おや、失礼しました。お怪我はありませんか?』


 その優男は路地裏には似合わない純白の、まるで神父のような服装をしていた。

 美形なことと、サラッサラの金髪ストレートが癪に障る。


『……無問題』


 鼻をさすりながらポルがなにか言うと、優男はニコリと笑う。おばさまに人気ありそうだなコイツ。

 すると俺の顔を見て、おや、と表情を変える。


『もしや、昨日深夜に町に入ってきたという方々ですか?』


『……是』


 ポルがコクリと頷いた。

 優男は表情を明るくすると、近かった距離を詰めてきてポルの手を握る。

 おいこらセクハラだぞ。


『………っ、ではこちらがボルボ族の方、ですね!もしや帝都の学園に行く途中でしたか?』


『是。……手。鈍痛』


『……これは、失礼しました。淑女に対する態度では有りませんでしたね』


 ぱっと手を離した優男は、改めてといった風に俺たちに居住まいを正すと、手を腰に回し、もう片方は胸に当てて恭しく礼をする。


『申し遅れました。私は「聖霊教」のしがない神父、アイディン=クラウスと申します。以後、お見知りおきを』


 俺のコイツへの第一印象は「胡散臭い」だ。

 なにか怪しい。こんな路地裏になんでこんな身なりの良さそうなのがいるんだ。

 というかそもそもイケメンなのが気に食わない。俺もそんな大きい目が欲しかった。


『……ポル。これ。ソゴウ』


 ポルが俺を指差しながら名前を言った。どうやら自己紹介だったらしい。

 言葉がわからない。不便だ。


『あぁ、そちらの方は黒づくめの方ですね。しかし数日前に帝都に運ばれたような……』


 失礼にも怪訝な顔を俺に向けてくる優男。

 すると優男が何か喋っている途中で、ガシャガシャと鉄が擦れるような音が聞こえ、大きくなって近づいてきた。

 横道から出てきたのは、昨夜見たよりは軽装備な、腰に剣を携えた兵士だった。


『……おい!黒づくめとボルボの猿ッ!アイディン様に何をしている!』


 兵士が優男を守るように俺たちの間に割って入り、腰の剣に手を当てて、俺たちを睨む。


『アイディン様、こいつらは信用出来ません、お下がりください!』


『まぁまぁ、落ち着きなさい君。彼らは何もしていません。むしろ私が迷惑をお掛けしてしまったところですよ』


 優男がそんな兵士の肩をポンと叩き、宥めているようだ。

 兵士は納得のいかないような顔をしつつも、大人しく身体から力を抜いていく。


『ふん……お前ら。最近、子どもが行方不明になったりするのと関係あるまいな?』


『……無関係』


 ポルが何か答えると、またふんっと兵士が鼻息をつき、来た道に向き返る。


『何かしでかしやがったら、すぐに捕まえてやるからな』


 そのままガシャガシャと音を立てながら元の道を歩いていった。

 それを横目で見送った優男はわざとらしく息をついて、やや困ったような笑顔でまた俺たちに向き直る。

 そんな表情も、どこな胡散臭い。


『いや、災難でしたね。こんな路地裏まで来るとは。私個人としてはボルボ族の差別も止めさせたいのですが……』


『私達。買い物。途中。邪魔』


 まだ話を続けようとする優男を押し退けて、ポルが奥に進んでいく。ちょっといい気味。

 おっと、置いていかれる。

 慌てて追い掛けると、その場を動かない優男が人を問わず虜にしてしまいそうな優しそうな笑顔を浮かべていた。


『貴方達に、聖霊様のご加護があらんことを』


 何か言ったが、どうせしょうもないことだろう。

 振り返らなかったが、なんだかずっと奴に見られているような気がした。




 ◇◇◆




 アイディンは少女と青年の姿が見えなくなってから、先程少女と握手をした右手を見つめる。

 未だに感じる魔力の余韻。それはとても莫大なのに、繊細できめ細かい。


「………素晴らしい。あの魔力、今までの少年少女達とは比較にならない!」


 アイディンは感情を抑えきれないように震える手を見つめながら、答えを見つけたような気持ちとなっていた。


「彼女こそが、相応しい」


 震えていた手を拳に変える。

 彼がここの路地裏に来ていたのは偶然ではない。また「彼ら」に依頼があったからに過ぎない。

 しかし、アイディンには少女と出会ったことに運命を、御意志を感じていた。

 これは、成るようにして成ったのだと。


「これこそが、聖霊様のお導き」


 アイディンは笑顔だった。

 それも何かを企むような邪悪な笑顔の類いではなく、純粋に幸福を喜ぶ暖かい笑み。

 目を閉じ、うんうんと頷きながら、自身で納得しながら、自身に言い聞かせるように、優しく言葉を紡ぎだす。


「そうだね、彼女にしよう。あれ程の逸材は他にはいないだろう。うん、そうしましょう。「宝珠」を使おう。うん、そうしようかな」


 ふふ、と機嫌が良さそうに笑ったアイディンは軽快な足取りでスタスタと歩きだし、そのまま町の中へと姿を消した。




 ◇◇◆




 路地裏の奥にあった怪しげな雰囲気の店で目的の物を買い、まだ日が高い中でポルと俺はフェインさんの宿へ帰っていた。


(……ということで、単語とかをもっと多く教えてくれないか?このままじゃまともに生活することも出来ないし、ポルの思念の魔法をずっと使わせるわけにもいかないだろ?)


 いかに俺が人間語が使えないことで不便なのか、それによってどれほどポルに迷惑がかかるのかを懇切丁寧に説明してから機嫌を伺いながら尋ねてみた。


 あまりポルは機嫌というか、表情を表には出さないが女の子だからちょっと怖いのである。

 ミキさんは、うん。その、別物だったかな。

 ……ミキさんのことを思い出して哀しい気持ちになりかけたが、すぐに返ってきたポルから答えで意識が引き戻された。


(……教育……許可。私。スパルタ)


 若干予感はしていたが、やはりすんなりと許可してくれた。

 ここまでいくとお人好しで片付けられるレベルなのだろうか。

 これから先、悪い人に騙されるのではないかとかなり心配だ。


(おお、ありがとう。でもな、ポル。なんでもかんでも考え無しに人のお願いを引き受けたら駄目だぞ。あ、いや俺のは受けてもらわなきゃ困るんだけど)


 偉そうに苦言を呈してしまったが、ポルの表情に変化は無い。


(……心配。無用)


 何故か弱々しい、そんな思念が伝わってきた。

 そうやって、自分は詐欺に引っ掛からないと思っている奴ほど引っ掛かるとも言いたかったが、それは大人げないかと思い自重。

 約束を取り付けさせて頂いたのに偉ぶるのはやめよう。そもそもそんな事が言える人間でもないしな。


 やがて、フェインさんの宿屋が見えてくる。確か宿屋の名前は「春の風」という名らしい、ミサラさんはともかくフェインさんには似合わないな。


 扉を開けると、骨が転がるようなカランコロンと軽い音が響く。


「フェインさーん、お使い終わりましたー」


 取り敢えず声を出してみると、朝と違ってガヤガヤとしている食堂の方から女の子の笑い声が聞こえた。


 夫婦のどちらとも出てこないので、女の子の声がした食堂に向かってみる。


『きゃーー!楽しいーー!あははははーー!』


 そこでは、寝転がるパルガの上に、長く淡い赤色の髪を一つに纏めた元気な女の子が乗っかっていた。

 当のパルガは、やや苦しそうにしている。

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