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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
密林編
2/82

初日

 

 肌に受ける緩やかな風が気持ちいいと、感じた。


「………ここは?」


 さわさわと生温い風に髪を揺らされて、気が付くと、森の中に立ち尽くしていた。

 足元には草が生い茂り、見たこともない大きな虫が飛び交っている。

 辺りに生えている植生が熱帯の木々に似ているせいだろうか、気温はやや暑い。

 俺の格好は寝た時と同じく、白のTシャツに黒のジャージ。足は素足のままだった。


「はは……本当に異世界に来たのかよ……」


 訳のわからない内に、神を名乗る何かに飛ばされてしまった。

 人が目の前で死んだ直後だというのに、残酷にもワクワクしている自分がいる。

 どういった異世界なのかが全くわからないが、行動しなければ意味はないだろうと思い、足を一歩踏み出す。

 シャク、と草葉や枝を素足で踏みしめる。


「痛っ!」


 すると足の裏で痛みを感じ、慌てて見てみると、ムカデのような虫が、運動などしていない、ぷよぷよの俺の足の土踏まずに食らいついていた。

 ムカデは日本にいるサイズとは比較にならないほど大きくて、凶悪な姿だ。


「うわぁあ! あっちいけ! このやろう!」


 都会育ち都会生まれの俺にとっては恐怖以外の何者でもない。恐怖に身に竦むとはこのことか。

 脚をぶんぶんと振り回したら、あっさりとそのムカデの顎は俺の足から外れ、飛んでいった。しかし痛みは取れない。


「ちくしょう! いきなりどこだよここは……痛ぇ……休める場所が欲しい……」


 またさっきみたいな虫がいるのでは、とビビりながらも森の道なき道を進んでいく。

 幸い、木々の根っこは太く大きいお陰で根っこから根っこへと渡ることが出来て地面を直接歩くことはなかった。

 とはいえ、根っこの表面には苔が生えていたりしたためヌルッとしており、どちらにせよ気持ち悪い。


「ここどこなんだよー、普通は最初の村とかからスタートじゃないのかよ……」


 ぶつくさ文句をいいながらムカデに噛まれた足を地につけないように跳ねていくことにした。




 ▽▽▼




「っ……!ぐぁあ!!」


 根っこから根っこへと地面を足をつかないようにして進み、約十分経った頃、無視できないほど足が強烈に痛みだした。

 たまらず座り込み、さっき噛まれた足を見やる。


「うわぁ、マジかよ……」


 足は紫色に腫れ上がり、特に土踏まずは、足を地面につけたとすると最初に土を踏めるくらいに腫れていた。

 血が流れるたびに、その振動で痛みが倍加していく錯覚。それほどまでに痛い。

 痛い、というより辛い。この状態が続くのが辛い。

 あまりの痛さに全身汗を流している、嫌な脂汗。

 汗をかいて体温が奪われることもあり、身体が震えてくる。

 命の保証が何も無いこんな未開の地で、苦しんでいる自分が居ることに恐怖する。


「おいおい、死ぬだろ、これ……」


 異世界に来て、まだ一時間も経っていないというのに、もう死にそうだ。


「ふざけんな……理不尽すぎる……」


 歩けないので、大きな木の根っこに座ったまま、現在の状況を考える。

 息は荒く、汗もかいているが、すぐに死ぬわけではないはずだ。そう思いたい。

 異世界、に来たんだよな。

 ちらりと上に目線を向けると太陽があった。

 ただし、二つ。眩しくてよく見えないが、確かに二つの小さな太陽が寄り添うようにしている。ははっ、異世界らしい。

 どういった天体なのかは理解出来ないし、それは今どうでもいい。

 いきなり異世界に飛ばされたけど、(やつ)はいったい何がきっかけでこんなことを?

 神様っつーのは、本当なのか? 俺の家族は? 世界はどうなった?

 ここに、あの場所に居た他の日本人はいないのか?それとももう少し離れればいるのか?


「はぁ、はぁ……クソッ、頭回んねぇ」


 痛みを忘れたいので、考えることをやめたくない。

 だがむしろ足の痛みは鋭どくなってきて、ドクドクと血が脈打つ度に痛みが増していくようだった。

 異世界の地理や、物理法則は地球と変わらないのか?

 魔法があると言っていたが、どんなんだ?

 ……そうか、魔法。

 異世界といえばそれは外せない要素になっていて、現実の対義語ともなっているようなもの。

 ……使えるんじゃないか?

 手のひらを眺める。

 足が腫れ上がって、身動きが取れないので、あっちじゃ恥ずかしくて出来ないことを、やってみる。


「ま、魔力をイメージ……魔力をイメージ……魔力をイメージする……」


 ネット小説などでは、魔素というのが存在し、それを取り込み、自分の身体の中で魔力とし、魔法を放つ。みたいなのが一般的だったと思う。

 なので、体内に魔素という空気中にある何かを吸収し、それを固体として固めるイメージをして。そしてそれを手の平に集める……!


「はぁぁぁあああ…………!」


 勉強のようなツマラナイものよりは集中できたが、五分以上やってみても変化は何も起こらなかった。


「そりゃあ、いきなり出来たらチートだよなぁ……」


 神と名乗ったナニかはチート無し、と言っていた気がする。

 だが、放任してる印象を受けた。

 つまりチートは確かに無いだろうが、異世界人だからといって制約があるという訳でもないのだろう。


「でも、今の状況じゃどうしようも……痛ぅ」


 うんうんと唸ってると、足の痛みが意識せざるを得ないほど痛みだしてきた。痛みを通り越して痺れすら感じる。ふざけた考えももう浮かべるのも億劫になっていた。


「うう、どうすっか……薬草とかか? そんなん、日本でもわからねぇぞ……」


 弱々しく、呟く。


「水場だ……水があれば、無敵な気がする……」


 ふらふらと立ち上がり、よたよたと赤ん坊のように木に手をつきながら、少しの先も見通せない森の中を進む。

 希望があると信じて。





 ▽▽▼






「………無い」


 呆然と呟き、へたり込む俺は、おそらく、数時間ほど前の自分と変わらないだろう。

 いや変わったところはあった。腫れた足が紫と黄色と赤が混じり、カラフルになったことだ。

 それとより死にそうな表情になった顔だろう。


「はは……笑えねー……」


 足の痛みが無視できなくなってきた、今はもう片方の脚で歩く振動だけで痛みが足を中心にして全身に駆け巡るようだ。

 もう動けない。無理だ。

 もしかしたら、もう、ここで死ぬかもな。そんなマイナス思考が先ほどからループしていた。

 思い返せば俺の人生、必死に生きてるわけではなかった。

 遊んでばっかりで、為になるわけでもないことばかりして、努力もせずに、生きてきた。

 なんとなく飯を食べて。なんとなく寝て。なんとなく友達を作って。

 なんとなく生きてきた。

 俺の人生の意味ってなんだったんだろう。

 何の為に生きてたんだろう。

 他人のため? 家族のため? 自分のため? 世界のため?

 どれも違うし、ましてや目標など、生きがいなど無かった。


「異世界トリップしたけど……なんだよこれ……無理ゲー過ぎるだろ……」


 こんな場所にきて、ようやく後悔する。

 身体の力を抜いて、木の幹に背を預ける。

 力が抜けて、身体の中の、生きるのに必要なエネルギーも疲れと一緒に流れ出ていくようだ。

 緊張したままだったのだろうか、かなりほっとしてる自分がいる。

 ここで終われる。休める、と。

 何時間も痛みを堪えながらこの密林の中を彷徨った。

 どこから何かの唸り声も聞こえていた。怖くて怖くて仕方なかった。

 物語の主人公なら、恐れずに知恵と勇気とでこんな局面乗り越えてしまうだろう。

 だけど、俺には無理だ。


「もういいや、面倒くさい。このまま野垂れ死ねばいい。俺に生きる価値なんて、無いし……」


 おやすみ。つまらない人生だった。

 ゆっくりと、目を閉じた。

 足の痛みは不思議と感じなかった。




 …………………………。




 はっと顔をあげた。一瞬で、指先まで熱い血が再び巡った。

 遠くで、微かに、水音がした。


「どこだ……?」


 幻聴だった?いや。

 確実に聞こえた。

 水の音だ。


「……こっちか!」


 耳に手を当て、音を拾い、その音の方に一本足でだが、駆け出す。何度も転んで、手は擦り傷だらけになっていく。

 ただ必死に酸素を貪っているだけの不規則で乱れた呼吸。よだれを拭き取る余裕もない。

 肺がある胸が、血を送る横腹が、腫れた足が、渇いた喉が。

 正直、死ぬほど痛い。これ以上、動きたくない。

 目を開きたくない。

 何も感じたくない。


「でも……!」


 理性に反して体が突き動かされている。

 俺は、今まで褒められるような事をした人間じゃない。

 善人でも悪人でもなく、ただただ愚者だった。

 残念なことに、恋人や親友なんてものも持ち合わせていない。

 守りたい、大切な人なんていない。

 志なんか無い。

 信条なんて無い。

 信念なんて無い。

 無い、俺には何もだ。何も無いんだ。空っぽだった。無い。無い。無い。

 生きてても、意味が無い。


 空っぽで、色も形もないような生き方だったのに。俺は。


「死にたく、ない………!」


 痛みに顔を歪めながら、止まっては水の音の方向を確認し、移動。それを繰り返した。

 時間にしたら三分も経っていないだろう。

 だが俺には、何時間、何十時間にも感じられた。

 気づけば、音の出どころに辿り着いていた。

 目の前の光景を、痛みのせいで朧げとしている意識の中で見つけた目に焼き付ける。

 ついに、水を見つけた。

 湧き水なのだろう。ちょろちょろと、岩と苔と植物の間から染み出るようにして、水が流れていた。多い量じゃない。

 けど、これで充分だった。


「はは……」


 嬉しくて、声が漏れる。笑い声。心から水に感謝する、喜びの声。

 まず、その水を手で掬い、飲んだ。気温が高めだからそう感じるだけかもしれないが、冷たく、そして最高に美味しかった。


 嬉しすぎて、声が出せない。涙が溢れてくることが心地いい。

 喉を通り、食道を通り、身体に染み渡っていくのがわかる。

 胸に詰まっていた嫌な気持ちが洗い流されるようだ。

 喉を潤す冷たさは胃へと降りてゆく。

 口の中に取り残されている僅かな水も、存在を確かめるように噛みしめる。わざとらしく、喉を鳴らして飲んでみる。

 あぁ、生き返る。

 水にこんなにも感謝する日が来るとは思いもしなかった。

 ようやく落ち着きを取り戻したところで、問題の腫れた足に水を当てる。


「づっ……あッ、いったぁ!」


 振動で感じる痛みとは比にならないほどの痛みが襲う。

 しかし汚れを洗い落とさねば、どうなるかわからない。

 俺の精神が保つ限りまで、足は洗い続けた。

 痛かったけども、なんでか無性に嬉しかった。




 ▽▽▼





「はぁ、はぁ……」


 清潔な布などは無いので、仕方なくTシャツで冷やした足を拭き、そのTシャツは頭上の木の枝に引っ掛けておいた。白かったTシャツも、だいぶ汚れてしまっている。


「ひと段落、というか始まってすらいない気がする……」


 幸い湧き水は実際に冷たく、足の感覚がなくなるほどには冷えた。こんなにも湧き水って冷たいものなのか。

 異世界に来てからかなりの時間が経ったのか、日が落ちはじめていた。

 腹が減ってきた。口にしたのは朝ごはんの卵かけご飯と、コンビニで買った菓子を少しだけだった。

 とはいえ水は確保したので、一日、二日で死ぬことはないだろう。


「マジで、今日は、もう、疲れたわ……寝る……」


 その場で横になろうとしたが、ふと思う。

 ここが異世界なら、魔物ってのも存在するんじゃないか。

 ぞっとした。

 もしいるのだとすれば、こんな所で大の字になり寝ることは「食べてください」と言わんばかりではなかろうか。

 足を冷やしたお陰で頭も冷えたようだ。

 片足を庇いながら、湧き水の位置からやや離れた木の上に登ることにした。木登りなんて子どもの頃しか、それも一度しかやったことがないため苦戦する。

 ただ苦労して登った甲斐もあって、地面で寝そべるよりも格段に安全になったと確信する。

 周囲に生えている木は枝の伸び方が特徴的で、全体がまるでお椀のようになっているのだ。

 これはいい寝場所だ。まるで秘密基地、なんて思えるのは余裕が生まれたからだろう。

 乾かしていたTシャツを枕がわりとして頭の下に敷く。まだ少し湿っていたが気にならない。

 ……異世界に来て最初の日なんだよな。

 少々窮屈ながらも、寝そべりながら空の星を眺める。


「なんっにもこの世界のこと分かってないんだけど」


 というか異世界らしいことを全然していない。


「けど、まぁ」


 今日はなんとか生き残ったんだ。上々だろ。

 人生でそんな風に思えたことはなかった。


「生きていれば、なんとかなるでしょ。」


 そう小さく呟き、深い眠りについた。


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