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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
南部国・ドバレア編
18/82

草原での質問会

 ガタン、と大きく揺れた振動で目が覚めた。目の前には毛の塊。子熊。


「ふぁ~……て、朝か……」


 色んな意味で安心した昨夜。

 なんやかんやで疲労の溜まっていた俺は、少女の顔を見た後座禅することも忘れてすぐに寝てしまったのだった。

 ふと横を見ると、馬に跨ったままの姿の少女。

 よく考えれば、少女は日が出るまでずっと馬に乗っていたということか。


 申し訳ない。思念を使ってもらい、その事を伝えることにしよう。

 肩をトントンと手のひらで優しく叩くと、フードを被った少女が振り返る。

 と同時に手を額にかざす。


(何用?)


(その、ずっと馬に乗ってたんだろ?大丈夫か?)


(気遣い。無用。)


 とだけ答えられた。

 やだ、この少女男前。


 日が出た後は昨夜のように盗賊まがいが出現するわけでもなく、のんびりとした道のりだった。

 少女の使う思念が無ければ会話が出来ないので会話することはない。

 だが、元より少女は無口な気質のようで特にこちらを気にしている様子でもなさそうだ。


 それにしても。

 少女は俺が朝起きてからも何時間も馬に乗っている。流石に疲れてきただろう。

 再び少女の肩を指で遠慮がちに叩くと、馬の手綱を離さずに片腕を後ろにまわして俺の額に手をかざしてくれた少女より先に思念を送る。


(なぁ、そろそろ休憩しないか?)


(疲労?)


(いやいや、お前がだよ。もう何時間も馬に乗ってるだろ)


(不必要)


 無理をしてしまう年なのか、それとも本当に平気なのか。魔法と姿を見た後には判断しづらい。

 だがそうだとしても、休ませておこう。それに、この世界について聞きたいことが山のようにある。


(それでも、頼む。俺、ちょっと聞きたいことがあって)


(………了解。)


 渋々ながら了承してくれた。

 いまだ続くあぜ道のど真ん中にそのまま馬車を停める。人の影すら見当たらないので別に構わないだろう。

 ただ、町か村に辿りつくのか、これ。


 馬から降りた少女は草原に歩いてゆき、座って欠伸をする。やはり少しは疲れていたのだろう。

 少女の荷物を持って、習って少女の横に座る。子熊は俺たちの前に座り、円になって対面する。

 特に話すこともなく、座ったままボーッと少女を見つめる。

 年齢はおそらく十歳前後。青い瞳で、褐色の肌にウェーブの掛かった白い髪。ダークエルフを連想させたが、耳は普通の形だった。

 ジロジロ見過ぎたのだろう、気付くと少女と目があっていた。物珍しくて失礼なことをしてしまった。


 少女の肩を叩くと、何も言わず手をかざしてくれる。

 この少女、大人を容易く蹂躙した割にはかなりのお人好しであることがわかってきた。


(何度もごめん。あー……と、これから変なことを沢山聞くけど、答えてくれるか?)


(結構)


 こくりと頷く少女。そういえば名前すら聞いてなかったな。


(遅れたけど、俺の名前は十河雅木。十河とでも呼んでくれ。えーと、君は?)


(ポル)


 ……ん?なんだって?


(ポル)


(ポル、でいいのか?)


 こくりと頷くポル。固有名詞とかはそのまま伝わってくるのか。


(じゃあポル、質問してもいいか?……まず、この世界ってなん……ていう名前なんだ?)


 危ないところだった。もう少しで「この世界ってなんだ?」と曖昧極まる質問をするところだった。ただの痛い奴になるところだった。

 そして修正されたあまり意味の無い質問にも律儀に答えてくれた。


(スピエルゼウグ)


 ほう、ちゃんと世界って概念はあんのか。というか無駄にカッコいいな名前。なんというか、ドイツ語っぽい?


(じゃあ、次の質問。別の世界からやって来た、って言っている奴とか、俺が話す言葉を話す居なかったか?)


 他の日本人の存在の確認だ。どうせ日本人のことなので、ある程度数が揃えば固まって動いているはず。


(……不明)


 どうやらそれはわからないらしい。まぁ、それは仕方ない。

 少しでもこの異世界の情報を知りたい俺はさらに質問を重ねていく。


(あー、昨日俺を持ち上げたり、男達を吹っ飛ばしたり痺れさしたりしたのは、魔法?)


(是)


(ポルは何語を喋ってんの?)


(人間語)


(人間語、の他には何があんの?)


(沢山)


(沢山か……えと、魔法って誰でも使えるもの?)


(微妙)


(……そう。あとどんくらいで目的地に着く?)


(半日)


(それは良かった。なんで昨日は絡まれてたんだ?)


(子供。夜中。一人。餌食)


(うんまぁ、確かに。狙われやすいよな。……なんで一人旅をしてんのか聞いていい?)


(是。……学園。入学。旅路)


(へぇ、なるほど)


 気になっていたことをどんどん質問して、次はどんな質問をしようかという時にポルがかざしていた手が疲れたのか、引いてプラプラと振る。

 そしてすぐにまた俺の額に手のひらをかざして、その上無表情に近い顔を近づける。


(……質問。可能?)


 今度はポルの方が質問したいらしい。頷いてから、肯定のジェスチャーは同じかと気づく。


(正直。不審。黒。目。髪。不気味。目。狂気。魔物。仲間。不思議)


 ……纏めると「ぶっちゃけ信用出来ない。黒髪に黒い目は不気味で、目つき怖っ。ていうかなんで魔物が仲間になってんの?」ってことかな。

 黒目黒髪って珍しいのか。

 それと、わからないことはないが、普通に喋れないのか。それとも思念だとこんな風になってしまうだろうか。


(そうだな、信じてくれないかもしれないけど俺はこの世界の人間じゃないんだ。神様を名乗る奴に一ヶ月、くらいか?前に飛ばされたんだ)


(……根拠)


(こんきょ?あぁ、根拠ね。そうだな、俺の居た世界には魔法は架空のもので、俺は地球っていう世界の、日本ってところに居たんだ。えーあー、証明出来るものとかは、無いと思う)


(……理解)


 ……その、ポルは、良い子なんだけど、聞き分けが良過ぎる点がちょっと心配になってくる。

 それともとりあえず全部を鵜呑みにしておくって感じなのか。


 すると、余っている手の方でポルが子熊を指差す。


(疑問。魔物。同行。友情)


 ほう。

 意外にも子熊は俺に友情を抱いていたらしい。

 そういえば、密林で最初に会った時から敵対していたわけじゃなかった。近しい者が亡くなってしまったという点で親近感を持ったのかもしれない。

 こそばゆい感覚。素直に嬉しい。


(それは、その……友情パワーで仲良くなったんだよ。成り行きもあってな)


 照れ臭さを紛らわすのに変な返答をしてしまったが、ポルはコクコクと理解を示すように頷く。

 がぁあ、と子熊も横で鳴いた。


(……名前)


 子熊に指差したまま、そう念じてきた。名前。

 言われて気付いた。子熊の名前か。


(付けてない、ってか俺が子熊の名前付けるとかおこがましい感じがしてなぁ、ほらコイツ賢いし)


(……なんと、勿体無い)


(……あれ、いま普通に喋らなかったか)


 つい反射的に思念でツッコんだが、それには反応せずに今度は子熊に思念を送っているようである。

 しばらく待つと、スッと子熊の額から手を離し、一匹と一人が俺の顔を凝視しだす。

 もしかして、これは俺に付けろということか。

 困った顔でいると、ポルが再び手を俺の額にかざす。


(熊。命名)


 はぁ、と無意識に溜め息を吐いてしまう。

 俺にはネーミングセンスってのものはない。壊滅的だ。

 せいぜい太郎、次郎くらいだ。いいじゃないか名前なんかどうだって。

 俺の心を知ってか知らずか一匹と一人は、じーっと俺を見つめ続ける。


(俺、ネーミングセンス無いぞ?)


(無関係。この子。願望)


 そうかい、そこまで言われたのならしょうがない。付けるとするか。

 ふむ、そうだなぁ、鳴き声が「がぁ」だから「ガー」は駄目かな。いっそのこと「熊」が名前とか。


(がぁ、がー、こぐまー、くーま……)


(……プイプイ)


(いや、俺でもそれはないと思うぞ)


 熊のプ○さんとか居るから、惜しいとこ突いてる気もするけど。


 それから旅の事も忘れて、俺とポルがしばらくの間子熊の名前を考え続けた結果。


((パルガ))


 に落ち着いた。

 ……ほんと、済まん、としか言いようがない。ダサくないかな?この名前。

 俺に命名して欲しいと子熊が言った、と伝えてきたポルが途中から子熊の名付けに本気になってきたのだ。

 しかもパ行を異様に推してくるので、少なくとも一字は入れなくてはいけない流れになり、こんな感じに。

 パルガ。うん。意外に何度か聞いているとそんなに悪くないような気がしなくもない。


(えー、じゃあ名前を、パルガに、伝えてくれ)


(了解)


 ポルが手をパルガの額にかざす。パルガには表情がないとは言え、どんな反応を示されるだろうか。

 すると、ポルが今度は俺に手をかざす。


(パルガ。歓喜)


 パルガの方を見ると、特に不機嫌な感じでもなさそうだ。これは、喜んでいるのか。

 異世界とは美的感覚のズレがあるのかもしれないな。というより魔物とか。

 ともあれ子熊の名前はパルガに決まった。三文字が子熊、二文字が少女か。

 どちらもパ行が入ってるので覚えにくくてややこしい。


(そうだ、ポル。その思念の魔法、俺にも使えたりしないか?)


 これで意思疎通が出来たなら、人間語とやらが喋れなくても済むかもしれない。

 しかし、ポルは首を振って否定する。


(私。天才。ソゴウ。凡人。以下)


(つまり?)


(無理)


 そっかー、無理かー。自分を天才と自称するのはいいんだけど、俺を凡人以下というのはどういうことだろう。魔力でも見ることができるのか。それともこの短時間の触れ合いで俺が下であると認識したのか。

 俺も舐められっぱなしでは終われない。人差し指を立てて、諭すように穏やかに念を送る、


(ポル。あのな、凡人以下の俺でも実は一つだけ魔法を使うことが出来てだな)


(時間。圧迫。出発)


 そう一方的に告げると、手をかざすのをやめてポルは立ち上がる。

 パルガとすれ違いざま頭を撫でて、馬車へと向かって歩いていった。

 はぁ、仕方ない。もしあまり強くない魔物が襲ってきたら論より証拠ってことで、「燐光」を見せることにするか。

 これはどんな魔法なのかもその時に聞くことにしよう。

 パルガと一緒に黙ってポルの後を付いていった。




 ▽▽▼




 ゴトゴト、どころではなかった荒れたあぜ道が終わり街道らしき場所に出た。とはいっても夜になりそうな暗さだったので人の姿は見えないのだが。


 半日、とポルが言った休憩からもう五、六時間か経っている。半日がこの世界の半日ならば、そろそろ着いても良い頃だ。

 密林でこの世界の一日はおよそ十五時間程で一日が終わることはわかっている。

 二回目にした休憩で、人間語とやらの単語を何個かポルに教えてもらった。なんとなくドイツ語っぽい感じかな。ドイツ語なんて全然知らないけど。


 教えてもらったのは、「こんにちは」「ごめんなさい」「味方」「わからない」の五つ。

 これで日本に観光に来た外人さんレベルのコミュニケーションは取れるだろう。

 あと、ジェスチャーについても教えてもらおうとしたが、


(人間語。本。会得……身振り。手振り。文化。無知)


 どうやら言葉は言えるが、ジェスチャーとかはわからないってことらしかった。

 同時に、ポルも人間だから文化は一緒じゃないのか?という疑問も生まれ、それを聞くと、


(人間。違う)


 相変わらず読めない無表情のまま、ふるふると首を横に振ってそう伝えてきた。

 人間じゃない、とは。踏み込んではいけないことかなと感じて、「そうか」と流すように返事しておいた。

 それと、パルガにも人間語を教えてみると驚いたことに「わからない」だけ完璧な発音で言えているとのこと。おそろしい。俺の方はどれも言えるようにはなったが、違和感を感じるようです。


「ソゴウ」


 昼間のことを思い返していたら、馬に乗ったポルの声から声がかけられ顔を上げる。

 すると遠くの方にだが、火の光でぼんやりと照らされた木や石で作られた二メートル程の高さの壁が見えた。

 ぴしっとその方向に指をさして、単語を言う。


「ドバレア」


 ドバレア、という町に行くということを聞いていた。

 ということは。

 意味を理解して、どう反応すればいいか迷っていると額に手をかざされる。


(到着)


 異世界に来て初めて人里に着いた、ということだ。

 ポルという異世界人に触れてはいるが、町ともなると感慨が違

 う。

 やっと、始まりの町ってか。


 やがて馬車は町へと近づいてゆき、篝火に挟まれた木で出来た質素な観音開きの門に到着した。

 しかし扉は閉まっており、開く気配もない。

 どういうことだ、と思っていたら上で何かが動いた。どうやら外を見張る用途の高台に誰か居るようだ。

 夜中なので、大声を出すのも失礼かな。

 馬車をよっと降りて篝火の近くに寄り、高台に向かって手をブンブンと振ってみる。

 チラッとポルの方を見てみると、特に反応していないのでこの行動に問題は無いだろう。


「……~~~~~!」


 するとその高台に居た者がこちらに気付いたようで、ドタバタと騒がしく降りている音が聞こえる。

 良かった、通じたようだ。というかそんなに急がなくてもいいのに。


 だが、いくら待っても門番らしき人は出てこない。扉の向こうからは声が聞こえるのに。

 もしかして、開けるかどうか迷っているのか?

 などと考えているとギギィ、と重厚な木の扉がゆっくりと開いていく。


 なんだ杞憂だったか。

 やれやれと思いつつもほっとしながら中に入ろうとしたが、


『動くなっ!』


 槍を構えた者と弓をつがえた者が数人ずつ、列になって出迎えてくれた。


 ……勘弁してくれ。

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