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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
密林編
15/82

猪と蜂

 太い木の根に腰掛けて土や血で汚れた靴を眺めていると、側にいた子熊が顔を上げて鼻をクンクンとさせる。


「……どうした?なんか居んのか?」


 位置は特定出来ないようで、あっちこっちに顔を向けて嗅覚で魔物を探そうとしていた。

 可愛いいけど、それで見つけるのは難しいだろ。


「あー、待て待て。俺がやってみる」


 木の根の上で足を組み、手を重ねる。手の親指と親指の先が触れるか触れないかのところにしてから、静かに目を閉じる。


 俺の前には子熊が居るが、もう気にすることもなくなった。

「肉体は飾りとなり、意識は世界に溶けて消える」

 いつもこのスタンスで座禅に取り組んでいるため、意識するまでも無く、自然とできるようになった。

 ゆらりと俺の身体の周りを何かが纏われる感覚。

 何度も繰り返している座禅。慣れというものは来ない、むしろどんどん座禅という行為の深みへと落ちていく。

 己は居ない。世界が居る。世界は己で、世界は居ない。こうして居るのは「無」しか無い。「無」すらも無い。

 極限までに希薄した自己の空間で、確かに知覚する。知覚したのは世界であり、俺だ。


 ゆっくりと目を開く。


 そこには俺の周りを漂っている、何かの欠片に火が灯されているような淡い光を放つ赤い燐光が瞬いて俺の周りを彷徨う。

 これを最初に見たのは三日前のことだった。

 自分の意識を薄くすることに集中し過ぎて、危うく寝てしまいそうになった時に慌てて目を開いて初めて、ミキさんが見たと言った「光る鱗粉」はウソじゃなかったと知った。

 燐光を周りに纏ったまま静かに立ち上がる。

 仁王立ちで、息を鋭くゆっくりと腹から吐き、腹に力を込める。

 俺の意識は今、俺と子熊がすっぽりと収まるよりも大きく、広く、拡がっている。

 その感覚は大口を察知した時と同じで、それもまたミキさんが死んでからここ一週間で何度も繰り返してきたこと。


(…………左側、後ろ、十六くらいになんか居るな)


 十六というのは、メートルではなくて俺の感覚的な距離。(いち)は大体俺が一気に間合いを詰められる距離くらいだ。

 俺はこの能力……に近いものを朧げながらも自分のものにしていっていた。

 最初は戸惑いが有ったし、恥ずかしさも有った。だけど一度はミキさんを救うことが出来たこれは、有用だ。

 風も無いのにゆらゆらと俺の前髪は揺れる。

 もう一点気付いたことがある。燐光がある時は、身体が軽いのだ。

 実際に軽く感じたわけではなく、集中が切れて燐光が消えた時は決まって身体が重く感じられる。つまり相対的に軽くなってんのか?と予測した。

 集中を保ったまま足元の小さな石を拾い、振り返る。


「ピッチャー、振りかぶって……」


 大丈夫、燐光は途切れていない。このままいける。

 小石を右手に握って、左手を添え、頭上に掲げる。

 ググっ…と左の膝を高く上げる。

 重心を少しずつ、身体の半身を差し向けるように前へとずらしながら、高らかに叫ぶ。


「……投げたッ!」


 左脚の踏み込みと共に振り切られる右腕から、小石が射出される。

 木々の間を抜けて、狙いは外れずに目標に到達する。ぶぎゃあッと下品な叫び声が耳に入った。

 この声は聞いたことがある。確か、猪みたいな奴だ。二足ではなくて四足で歩く、普通の猪。

 まぁ目が八つほどあるのですけど。


「うっし……!」


 ナイフを持って、一直線に猪に向かう。植物や木の根を気にしながら進んでいた前と比べれば、段違いの速さになっていると思う。

 すると、俺に追従する影。子熊だ。色々と縁があるコイツは殺す気にもならないし、殺せる気もしない。それどころかコイツ、俺の狩りを手伝うようになっていた。

 俺が狙った奴は、上手く俺が仕留められるように陽動してくれる。お返しと言っちゃなんだが、俺も似たことをしてやってる。最終的にはフォローされてしまうんだけど。


「今回は俺一人で仕留めてやる」


 今回の目標を呟くと、後ろで「がぁあ」と返事が聞こえた。聡明過ぎて嫌になるわ。

 猪の姿が見える。目に当たったようで、八つの内の一つの目から血が流れていた。八つの目は大体蜘蛛の目の配置と同じだ。

 残っている七つの目で俺を視覚した猪は怒りの表情で雄叫びを上げる。


「ぶぅぅうぎゃぁぁあああ!」


 やけに生々しい発声を受けつつも、後ろ足を蹴って間合いを詰める。

 狙いは目。この戦闘スタイルは前から変わらない。

 シッと歯から息を漏らして、ナイフを振るう。

 一閃、二閃と煌めいたナイフは残った猪の目を更に数個、削る。

 それに動揺した猪は、俺に向かって直進してくる。


「ぶぎゃらぁぁぁああ!」


 落ち着いて斜め前に足を出して、姿勢を低くし、ナイフを両手でしっかりと固定する。

 その固定されたナイフに、突進してきた猪の首が当たる。

 その時に刃を猪に押し当てて、引く。

 油断なく猪の方を見つつ、距離をとる。

 そこには、頸動脈からダラダラと血を流す猪。

 ぜはぁぜはぁと息も絶え絶えとしていて、血で地面を赤黒く染めていた。

 しかし最後の力を振り絞り、突撃を仕掛けてきた。

 身構えたが、それは無駄に終った。


「がぁ!」


 後ろで控えていたはずの子熊が、猪の横から飛び出し、もう剛腕と言わざるを得ないスピードと質量で爪を立てて腕を振るう。

 子熊の爪は猪の顔に刺さりつつ、捻れて伸びた牙に引っ掛かり、猪の首がボキンと嫌な音を出して横に一回転した。

 首の折れた猪が、突進の勢いそのままに俺の前まで転がってくる。

 その凄惨な光景を見て、この熊が味方で良かったと思いつつもジト目で文句を言う。


「……いや、いいんだけどさぁ、最後に美味しいとこ持っていきすぎじゃね?」


 はぁ、と溜息を吐いたところで身体に重力が戻ったように重くなり、漂っていた燐光は消える。

 身体が軽くなっていた時は、なんというか、下から持ち上げられてるような感覚だ。


「さて、じゃあ早速解体しますか……」


 ナイフを脇に挟んで、猪の死体に手を伸ばして角を掴んだその時、


「がぁあ!」


 子熊が覆いかぶさるように俺にのしかかってきた。

 なんだなんだ今度こそ俺を食う気か!と慌てたが違った。

 風を切って、頭上を今見たことが無い魔物がブゥンと通り過ぎた。

 その魔物は蟹を連想する赤い甲殻を持った、蜂のようだ。大きさは俺の頭よりも遥かに大きい。

 赤の甲殻の下の方、腹に当たるところに人間の頭など軽く貫通出来るくらいの太い針が備わっている。子熊はアレから俺を守ってくれたのだろう。


「本当にこの森は魔物の宝庫だな……!」


 ゲームのRPGものだったりは、一つのエリアには数種類の魔物しか居ないのが定番なのに、この森には少なくとも数十種類の魔物がいる。

 蜂が、仕掛けてきた。

 羽音をけたたましく鳴り響かせ、妖しく光る針で俺の頭を狙ってくる。

 集中が切れて燐光が消えた今、俺の身体能力はちょっと運動の出来る現代人と変わらない。

 地球の小さな蜂と比べれば遅いものの、比較すればの問題だ。

 太い針が俺の頭部を貫かんとした瞬間、またもや子熊が助けてくれた。

 俺の服の端を噛んで、向こうへ投げ飛ばしてくれる。だが代わりに子熊の腕に針が掠め、微かに鮮血が舞う。


「ぐぅがぁあ!」


 蜂を屠らんと振るわれた子熊の腕は虚しく空を切る。

 蜂はその巨体に似合わず、ゆらりとした予測のしにくい動き。

 蜂は羽音を、熊が唸り声を出しながら睨み合う。


 そこで俺は空気も読まずに、蜂に特攻する。だが状況は読んでいるつもりだ。

 狙いは羽。羽を切り落とすなり破いたりすれば確実に運動機能が低下するはず。

 蜂の背後に位置していた俺は、羽をナイフで切断しようとした。

 まるで、扇風機の中に棒を突っ込む感じだった。

 ナイフは高速で動く羽にいとも容易く弾き飛ばされてしまった。

 これは、不味い。

 ふわりと上空を移動した蜂は俺の背後を取り、巨大な針が俺の脳天を目掛けて迫ってくる。

 数少ない戦闘の経験からすれば、ここは前に出るべき。

 何も考えずに、目の前に迫りくる針にだけ神経を尖らせる。


 よく、よく、よく、見るんだ。


 パチリと燐光が生まれる。

 感覚的に、周りの時間と空間がハチミツの中にいるようにドロリと遅くなる。

 その中で手を動かして、針を掴もうとする。

 刹那の気も抜けない。針だけを見る。

 両手の平がおもむろに針を捉え、そして流すようにして針の軌道を逸らす。

 集中が切れて、世界が元に戻ると蜂は促した方向に行儀良く飛んでいってくれた。

 当然、俺を狙っている蜂はもう一度俺を狙おうとするが、それは叶わない。

 蜂の目の前に、先ほど遅れを取った子熊の姿。珍しく二本足で立って白くて鋭い爪を見せつけていた。

 子熊が斜め下から腕を掬い上げるように振るうと、俺に狙いをつけていた蜂は避けることが出来ずに、頭部は胴体とがおさらばしていた。




 □□■




 今日は災難な日だったが、収穫も多かった。

 足元に転がる猪に、まだピクピクしてる蜂を視界に収めながら腰に手を当てる。


「猪かぁ!美味しくないけど有難く頂こうじゃないか」


 猪の首をナイフで切ってゆき、千切ると首の無くなった胴体から血がまた湧き出てくる。

 それを、直に飲む。

 最初は生臭くてやってられなかったが、渇きには敵わない。

 血で口どころか顔全体が血で汚れて、そんな顔を子熊に差し向けると、ペロペロと舐めてくれる。

 血を飲んだ後はもう恒例になっていた。

 初めは、水が無くて苦しんでいた俺が子熊が捕らえた一角ウサギの血をがぶ飲みしたことからだった。その時も子熊が舐めてくれたので、それ以降も任せる形になっている。


「ますます野蛮人(バーバリアン)じみてきたな、俺……」


 ありがとう、と角の感触を確かめながら子熊の頭を撫でる。


「おお、そういえば蜂にやられた傷は大丈夫か?」


 それ、と腕に指差すと、子熊は腕を何回か舐めて平然としていたので、大丈夫ってことだろう。


 手早く猪の死体を解体しながら思考に耽る。

 もうミキさんが死んでから、およそ一週間が経つ。

 メンタルが弱いはずの俺もなんとか腐ることなく順調に生き延びている。

 その間、俺はなし崩し的に子熊と行動を共にするようになって、まだ密林の外を目指していた。

 ミキさんが死んでから俺は遠慮が無くなって、本気で魔法を使いたいという思いが芽生えてきた。

 火の精霊さんは流石に呼ばなくなったが、手から火やら水を出そうと四苦八苦はしている。


 そこで出来るようになったというか、出来ることがわかったのは「燐光」だ。

 この「燐光」は「燐光」自体が何かするわけではなく、どちらかと言うと効果が発生した後の残りカスのような感じだと思う。

 俺は「燐光」について、詳しくわかっていない。わかっているのが、

 身体能力が上がる。

 サーチみたいなのが出来る。

 光る何かが出る。

 ……くらいだ。

 俺が望んでこの効果を出してるのではなくて、魔法を使おうとした結果に出来たのが「燐光」というだけの話。

 さらに自分は気付かないで、最初に見たのがミキさんという他人なのだから笑える。


「んー……強化魔法みたいなもん?」


 考えても答えが出るわけはなく、そうこうしてるうちに猪の解体が終わる。

 子熊は生肉で大丈夫なので適当な端肉をあげている。まぁ仕留めたのは子熊なのだけど。

 ライターで集めた枝に火をつけて、火に牙に刺した肉を当てる。

 血抜きしていない肉など食べられたものではないが、生き残るためにはしょうがない。

 蜂の方は使い道が見当たらないので、土に埋めた。埋葬してあげたのでなくて、これに釣られて魔物が寄ってきても困るからだ。

 あ、でも羽は貰っておこう。かなり丈夫だったし。

 そういえばさっきの戦闘でナイフの一部が欠けてしまった。しかし使えなくはないから、問題ない。


 やがて焼けた固い肉を噛みながら、ぐちゃぐちゃと生肉を頬張る子熊を見つめる。


(コイツとか、お前とか、子熊とかでしか呼んでなかったけど。名前を付けて、呼ぶべきかなぁ)


 不思議な奴だ。

 俺を殺そうとする密林の魔物とは違い、コイツからは理性が感じられ、敵意は全く感じることはない。

 なんで俺のことを襲わないのだろうか。

 ……一つ、心当たりといえば、コイツの親熊が死ぬ間際に俺に発した光。あれは子熊が味方につくように仕向けるものだったのではないだろうか。

 ……まぁいっか。


「この後することはー、ナイフを磨いてー、座禅してー……寝るかぁ」


 すべき行動を指折り数えてから、食べ残った骨をポイと捨てる。

 ミキさんのしていた簡易なトラップを真似したものを設置してから木の上に登り、気の済むまで座禅を行った。

 腕を組みながら身体が落ちないような寝方で、目を瞑る。

 そういえばだが、子熊も隣の木で寝てる。猿のように器用に登った時はびっくりした。

 眠気によって意識が鈍くなっていく中で、自分に問いかけるように呟く。


「明日こそは、密林、出れるかな……」


 これもここ数日、毎晩言っている気がする。

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